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「うちは品揃えが自慢でしてね。奥さまが気に入るような奴隷もかならず見つかります。さあ、おすわりください」


 そういってルボエラはコンラッドをテーブルに案内するとと、反対側に自分も座った。


 フィーはようやくここが何か理解した。以前、潜入した商人の屋敷が奴隷たちの倉庫だとしたら、ここはその売り場だ。


「奥さまはどんな奴隷をご所望ですか?」

「そうねぇ、今度は黒髪の子がいいかしら」

「それでしたら、この子なんてどうでしょう。遠方のバハラト王国の血を引いているんです」


 ルボエラはさまざまな奴隷たちがのった資料を、コンラッドの前でぱらぱらとめくっていく。

 その間にも、ちらちらとコンラッドのドレスの胸の谷間や、ベールの下から見える首筋などを見ていたが、当人は気づかれてないつもりのようだった。


「ねぇ、肖像画だけだとやっぱりわかりにくいわ。本物は見れないのかしら」

「近頃は取締りが厳しくてですな。なかなか奴隷たちを動かせないのですよ。先代の王の時代はやりやすかったのですがなぁ……」

「嫌な話ね」

「まったくでございます。奥さまのように良い遊びも悪い遊びもたしなまれるのが、本物の貴族のあり方だというのに」

「ふふっ、そうよね」

「しかしご安心くださいませ、奥さま。われわれは長年、この国の貴族の方々を相手に奴隷を販売してきた伝統ある業者です。フィレムのような大手とは名ばかりの雑な売り方をする者たちとは違います。肖像も腕の立つものに頼んでますので、まったくそのままの姿ですよ」


 フィーはルボエラの話を聞いてると、むかむかしてきた。

(何が伝統あるよ……人攫いなんてしておきながら……)

 蹴っ飛ばしてやりたい気分だ。でも、コンラッドの足をひっぱるわけにはいかないのでがまんする。

 フィーたちの後ろには、コンラッドよりも圧倒的に体格で優る見張りが二人も立ってるのだ。


 一方、貴夫人に扮しているコンラッドは、すこし考える仕草をしたあと、渡された紙の中から奴隷をひとり選んだ。


「じゃあ、この子にするわ」

「その子ですか。さすが御目が高い」

「いくらかしら」

「そうですね。この子だと500万メルクほどになります」

「あら、この前より値段があがってない?」

「最近またいっそう取締りが厳しくなりましてな。わたしたちのものとは違いますが、この前も倉庫がひとつ潰されてしまいました。これぐらいでないと、わたしどもがやっていけないのですよ」


 コンラッドはそういわれると、眉間に皺をよせ、わざとらしいぐらいのしなをその体に作る。


「困ったわ。この前ドレスと宝石にまたお金をつかってしまったの。ねぇ、まけてくださらない?」


 妖艶な声がルボエラの耳に届き、その鼻の下をさらにのばさせる。


「そ、そういわれましても……」


 そんなルボエラにコンラッドは自然な仕草で身を寄せた。甘い香水の香りが、ルボエラの鼻腔をつく。


「じゃあ、こういうのはどうかしら。400万メルクを払って。のこりはわ、た、し」


 コンラッドが、ルボエラの体に体重をかけよりかかった。さりげない仕草でベールをめくって、その美しい顔をルボエラにだけ見せておく。


「お、おくさまはその、若い少年たちに、その興味があらせられるのでは……」

「かわいい子は好きよ……。でもあなたみたいに、歳を経て熟練した男も好きなの。変かしら……」

「いえ、そんなことはありません……」


 もうすっかりルボエラの鼻はのびきり、コンラッドの色仕掛けに陥落していた。

 身を寄せるコンラッドに、まったく抵抗する気配はない。


「ねぇ、あれ、恥ずかしいわ」

「あれ?」


 そういってコンラッドが指したのは、扉の前にたつ見張りの男たちだった。


「下げてくれてもいいでしょ。せっかくの二人の時間なんだから」

「おい、お前たち。もういい、下がれ」


 あっさりとルボエラはそれを了承する。

 見張りの男たちが扉の外にでていった。


 ルボエラはそのとき、あらためて執事服を着た少年に意識を向けた。


「おくさま、あの少年は……?」


 外にださないのか?と問いかけるが、コンラッドはそんなルボエラの両頬に白い腕を置き、美しくも妖しげな人を惑わす笑みを浮かべてみせる。


「あの子はわたしたちを見てるの。そういうのも悪くないでしょ?」


 ふたりを見つめる執事服姿の少年は赤い顔をしてわずかに俯いていた。


 フィーは本気で赤面していた。

 コンラッドが出す色気たっぷりの声と、妖しくなってしまった場の空気に、本気で赤面して俯いていた。


「ええ、たいへん良いご趣味でいらっしゃいます……」


 それに何を思ったのかルボエラが同意すると、ルボエラとコンラッドの顔がどんどん近づいていく。

 フィーの目はもうぐるぐるとまわりそうだった。


「それじゃあ、たっぷり、気持ちよくしてあげる」


 そんな艶かしいコンラッドの声がフィーの耳に響いたあと。


「ぎゅうっ」


 ルボエラが妙な声をあげ、首をかくっと落とした。

 伏せていた視線をあげると、ルボエラは気絶していた。その首にコンラッドの指がかかっていた。


 ルボエラの体を床において、完全に落ちているのを確認すると、コンラッドは立ち上がりフィーに言った。


「さて、仕事の時間よ。あんまり大きな音はたてないでね」


 そういってコンラッドはいつも通りにフィーにウインクし、唇に人差し指をたてる仕草をした。


「絞めたんですか……?」

「そうよ」


(あんな一瞬で落とすなんて、どんな早業……)


 フィーは女装したコンラッドの細く美しい指が、そんなことをやってのけたなんて信じられなかった。

 ルボエラの姿を自分でも確認し、小さな声でつぶやく。


「大丈夫なんですか?これ……」

「大丈夫よ。興奮作用のある香をかがせながら、気持ちよく落ちるように絞め落としてあげたわ。いまごろ、たっぷりいい夢みてるわよ」


 コンラッドはそういってくすりと笑う。

 確かに床に仰向けに寝かされたルボエラの顔はどことなく嬉しそうで、その口からは「メーヌエさま……げへへ……」などと呟きが漏れていた。


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