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「コンラッドさんって女だったんですか!?」


 コンラッドの姿をみてフィーは叫んだ。

 そんなフィーの反応に、コンラッドはいつもの表情の読めない笑みをうかべ、いつもののんきな調子の声でかえしてくる。


「いやだなー、男だよ男。声聞いたらわかるでしょ?」


 確かにちゃんと聞くと男の声だけど、コンラッドさんの声はなんというか、男っぽさとか、その人ごとにでてくるらしさとか、そんな特徴が抜けているのでわかりにくいのだ、とフィーは思う。

 そんな格好でしゃべられると、ふとした隙に錯覚してしまう。


 それに……。

 と、フィーはある一点をじーっと見て思った。

 コンラッドの着ている大胆な胸元のひらいたドレスには、確かにあるのだ。

 男心を惹き付け、女性の視線もなんとなく引き寄せてしまう、魅惑的な胸の谷間が。


(いったいどうやって作ってるんだろう……)


 思わず長々と眺めていたら、コンラッドがそんなフィーの姿を楽しそうに眺めていた。


「やりたいなら教えてあげるけど?」

「いえ、いいです」


 フィーは首を振った。


 コンラッドは着替えたフィーの姿を上から下まで確認すると頷いた。


「うん、いいね。とてもかわいいよ。あとはちょっと仕上げかな」


 そういうとコンラッドはいつのまにか持ってた化粧道具で、フィーの顔や髪をいじっていった。


「さあどうかな?」


 コンラッドに渡された手鏡で自分の顔を確認すると、そんなに大きくいじってなかったはずなのに、フィーの顔の印象ががらっと変わっていた。

 普段のフィーの顔は明るくはつらつとした感じだけど、いまはどこかはかなげでおとなしめな少年の印象になっている。髪も普段よりさらさらに梳かされていて、それが繊細そうな印象を強めていた。

 しかも色味が変わってる。

 フィーの普段の髪は金色だけど、いまは赤色が交じってる。


「色素が薄いと色も加えやすいからね。大丈夫、わりとすぐ取れる染料だから。逆に任務の間は水には気をつけてね」


 そんなこともできるらしい。

 そういうわけで、コンラッドの腕によってフィーもまたたくまに変装してしまった。


「これで準備は完了だね」


 コンラッドは顔を隠すベールのかかった高級そうな帽子を被る。そうすると、素性を隠している怪しげな貴族の婦人のようだった。

 しかも、ちらりとのぞくほそい顎と口紅の朱色が、しっかりと美人であることをうかがわせている。


 コンラッドはすべての準備を整えると、あの扇子をぱちりと口もとでまた鳴らす。


「それじゃあ、行きましょうか」 


 次に出した声は、美しくも妖艶な本物のような女性の声になっていた。



 ◇◇


 宿をでてコンラッドとともにやってきたのは、さらに怪しげな建物だった。


 この区画にしては珍しい、しっかりとした造りの建物で、外には見張りらしき男が立っている。どうかんがえてもあぶない匂いしかしない。

 そんな建物にコンラッドはためらいない動作で近づいていく。


 女装したコンラッドの姿をみると、見張りの男はその強面に不似合いな笑顔をつくり頭をさげる。


「これはこれは、メーヌエさま。ルボエラさまに御用でしょうか?」

「ええ、また買い物にきたの。いれてもらえるかしら」

「はい、メーヌエさまならいつでも構いませんとルボエラさまに言われています。さあ、どうぞお入りください」


 男はうやうやしく頭をさげ、変装したコンラッドを建物の中に招く。そのときはじめて、コンラッドのうしろに執事服姿の少年がついてきていることに気づく。


「メーヌエさま、この子供は?」


 子どもをみた瞬間から、男は少し警戒する態勢をとっていた。腰がわずかにさがり、右の手のひらを隠すように腰の裏にまわしている。おそらく背中側に、なにか武器を隠し持っているのだろう。


 そんなことにはまるで気づいてないかのように間延びした声で、コンラッドは見張りの男に言った。


「わたしの執事よ。ねえ、ソーシア」


 ソーシア。それが作戦前に告げられたフィーの偽名だった。

 名前を呼ばれてフィーは、内気そうに俯き気味だった頭を、ちょこっとだけ下げてこくりと頷く。

 ソーシアは喋れないという設定だった。


「ごめんなさいね。この子しゃべれないのよ」

「執事……ですか」

「そうよ。とてもいい子でしょ?」

「ええ、たいへん良いご趣味でいらっしゃいます」


 メーヌエ婦人の言葉に、男は愛想笑いを浮かべた。

 こんな幼い少年が執事を務められるわけがないのだ。しかも、喋れもしないのに。

 そんな裏を読んだ呆れた笑みだったが、コンラッドが扮したメーヌエはそれに気づかない鈍い貴婦人を演じやりとりを続ける。


「うふふ、この子も連れていっていいでしょ?おいてけぼりは可哀想だわ」

「ええ、構いません」


 コンラッドは見張りから了承をとり、フィーを引きつれ店の中に入っていく。


 建物の中の一階は酒場になっていた。カーテンを引いた薄暗い室内を、赤や青色に染められたランプが薄く照らす。それなりに繁盛しているようで、まだ早い時間帯だというのに男女が酒を飲みあっている。


 しかし、フィーたちが向かう場所はそこではなかった。


 見張りから何か合図を受け取ったらしい店の中の人間があらわれ、コンラッドの前に立ち一礼をする。


「ようこそいらっしゃいました、メーヌエ婦人さま。ルボエラさまのところまでご案内します」


 コンラッドたちが案内されたのは、店の裏側の方だった。店のほうとは違う殺風景な廊下が1階から2階まで続いていた。奥のほうはかろうじて絵画や花瓶で飾り付けられてるが、あまりセンスがいいとは言えない。

 置き場所も悪く、前を歩く案内の男が危うく花瓶にひっかかりそうになっていた。


 たどりついた廊下の奥の扉。扉の前には大柄な二人の見張りが立っている。おそらく、この店の支配人の部屋であることをうかがわせていた。


 フィーたちが部屋の前までやってくると、「さあどうぞ」と男が扉を開けた。

 コンラッドとフィーが部屋に入ると、見張りの男たちも一緒に後ろから入ってくる。フィーたちの背後で扉が閉まる。


「ようこそ、メーヌエさま!またわたしの店におとずれてくださるとは光栄の極みでございます!」


 わざとらしいほど大仰な仕草で手を広げながらそう言ったのは、部屋の中にいたちょび髭を生やした小太りの男だった。後ろに流してる髪は整髪料をつけすぎて、いやな匂いがフィーの鼻にただよってくる。

 この男がここの支配人ルボエラだった。


「うふふ、他の店にもいってみたのだけど、あまり気に入るものがなかったの。だから、あなたの店にまた来てみたのよ、ルボエラ」


 たぶんな色気まぜこんだ声でコンラッドはそういうと、閉じた扇子で自分の口もとを軽くとんっと叩いた。

 その瞬間、かすかな風がコンラッドの顔を隠すベールをふわりと巻き上げ、その妖艶な美女の顔の下半分を覗かせる。それを見たルボエラの鼻が、真下にのびるのをフィーの目は捉えた。





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