32 コンラッドさん
一週間後、夕食抜きの罰も終え、フィーはまた第18騎士隊の集会所に来ていた。
集会所に入ると、やっぱりコンラッドさんがいる。
いつもどおり挨拶すると、お茶を入れてくれた。今日はカミモールティーだ。ほんのり甘くて落ち着く味で、なんだかリラックスしてくる。
そんなとき、正面に座っているコンラッドが言った。
「今日は俺と任務だからよろしくね。ヒースちゃん!」
ぱちりっとウインクする。
「え……?」
フィーはコンラッドの言葉に、呆然と「え」と言ったきりだった。
そんなフィーの反応に、コンラッドが表情の読めない笑顔で、テーブルについた肘に顔をおいて、驚くフィーの顔を見上げて言った
「ひどいなぁ、ヒースちゃん。まるで―――この人の口から任務って言葉を聞くなんてあると思ってなかった―――っていうような顔をしちゃって。それじゃあ、俺がさぼり魔みたいじゃない」
(考えを読まれてる!?)
思考をトレースするように口で言われ、フィーの背筋があわ立つ。
「ご、ごめんなさい。でも、いつも僕が来たときはここにいたから」
「それはヒースちゃんとお茶飲飲みたかったからね~」
にっこりと笑っていうコンラッドに、やっぱりもしかしてさぼってるのではないだろうか、とフィーは思う。
フィーの面倒をみてくれているクロウですら、他の隊の助っ人とかでいないこともあったのに、コンラッドだけは見事にここまで皆勤賞だった。
「それで任務っていうのは何ですか?」
「ああ、ちょっと街におでかけだよ。まだお茶が残ってるから、ゆっくり飲んでからいこうね」
任務の前とは思えないゆったりとした雰囲気と、緊張感のないやり取り。
(お出かけって買い物とか……?)
フィーはそんなはずないのに、そんなことを考えてしまった。
ふたりしてゆっくりとお茶を飲み終えると、城門から街へでた。
王都の中心街は石造りの大きな建物が整然と立ち並んでいるが、コンラッドがフィーを連れてきたのは、そこから離れた場所にある、木造の建物が雑然と立ち並んでいる場所だった。
そこはスラッドたちとよく買い物にいく下町方面とも違う、どことなくあぶない雰囲気がする。
おもわずきょろきょろしてしまったフィーを見て、コンラッドがくすっとわらって忠告する。
「あんまりきょろきょろしたちゃだめだよ。危ない人に絡まれるから」
フィーはそう言われて、まわりを見まわすのをやめた。
本当に危ない場所らしい。
コンラッドに連れられてやってきたのは、さびれた一軒の宿屋だった。
木造の2階建ての宿屋だが、ところどころ壁が変色していて、さびれた雰囲気をかもしだしている。その雰囲気どおり、人の気配が少ないどころかまったく無かった。
扉を開けて中に入ると、受付にひとりの老人が座っている。
目が不自由なことは、その瞳を見ればわかった。コンラッドは挨拶もせず無言で、受付に金だけ置いて宿の奥に入っていく。
(うわぁっ!)
一晩の宿代とは思えない大金だった。
フィーの見習い騎士としての給料、3ヵ月分よりも多いかもしれない。
受付の老人も金だけさっと受け取り、コンラッドには声をかけもしない。
フィーも何かしゃべっちゃいけない雰囲気になって、無言でコンラッドのあとについていった。
階段を上ってたどりついた二階には、六つぐらいの部屋があった。人の気配は相変わらずまったくない。
そこでフィーはコンラッドに洋服を渡された。
少年用の執事服。
小さめの白いシャツとベストに黒いネクタイ、同じ色のズボン。ジャケットはない。
「この部屋で着替えてきて。俺も着替えてくるからさ」
そういってコンラッドは部屋のひとつをフィーに指示すると、自分も隣の部屋へ入っていった。
(なんなんだろう……)
よくわからないまま、部屋に入り着替えると、サイズはぴったりだった。
なぜに……、とフィーもさすがに思う。
考えても仕方ないので、外に出るとコンラッドの姿はまだ無かった。
待っているとさほど時間がたたずに、コンラッドが入っていった部屋の扉が開く。
そこから絶世の美女が現れた。
情熱的な色香を感じさせる赤く長い髪を頭にまとめ、大きな切れ長の目をあでやかに長いまつげが彩る。白い肌は陶磁器のようで、その肌に一点塗られた赤い紅は芸術のようだった。
胸元の開いた大胆なドレスに、細身だがめりはりのある体をつつみ、そこから漏れ出る色香は、女の子であるフィーですらなんだかどきどきさせた。
何より、なんだかとってもいいにおいがする。
フィーはおもわず、その匂いをすんすんと嗅いでしまった。
そんなフィーの姿を美女は妖艶なうつくしい笑みで見つめたあと、さまになる仕草で豪華な羽のついた扇子を口もとでぱちっと閉じ、フィーに言った。
「お待たせ。ヒースちゃん」
コンラッドさんの声だった……。




