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すべての敵を倒し終えクロウとイオールが、フィーへと振り向く。
「たいちょー……、クロウさん……」
フィーは感動してふたりに駆け寄ろうとした。
だが、次の瞬間、クロウのげんこつがその頭に振り下ろされた
「ヒース!降りるなっていっただろ!」
クロウは本気で怒っていた。クロウほどの美形が本気で怒ると、本当に怖い。
「ご、ごめんなさい……。でも子どもが危なくて、助けなきゃいけないと思ったんです……」
「お兄ちゃんをいじめないで!ぼくをたすけてくれたんだ!」
助けた子どももフィーを擁護する。
しかし、クロウの怒りは収まらない。
「命令違反は命令違反だ!自分がどれだけ危険な状況だったかわかってるのか!隊の基本は上官の命令を守ることだ!教官たちにも習っただろう!」
「はぃ……」
クロウの言うことは正しいことだった。フィーの声は小さくなった。
冷静になると自身の命だけでなく、助けにきてくれたイオールたちも危険だったと気づく。それに気づくと、身がすくむ思いがした。
でも、同時にあの状況で子どもを見捨てるのが、どうしても考えられなかった……。
どうしたら良かったんだろう……。フィーの胸に疑問が渦巻く。
オールブルが怒るクロウの隣にやってきて、肩を叩き首を振る。
かかげた紙には「新人が先走るのはよくあること。怒りすぎ。ヒースの言うことも分かる」と書かれてた。
しかし、クロウのほうの怒りもおさまらない。
「しかしな!俺たちが駆けつけなきゃこいつは殺されてたかもしれないんだぞ!」
クロウが怒ってるのは、やっぱりヒースが心配だったからだ。
実際、危険な状況だった。
踏み込むのが遅れれば、ヒースは殺されていたかもしれない。
イオールがそこで一歩、前にでた。
みんなの視線が自然とイオールに集まる。
「ヒース」
「はい……」
イオールの呼びかけに、フィーが返事をする。
「部隊で行動する場合には、正しいおこないが、正しい行動でない場合がある。力が及ばなければ、正しさを切り捨て行動することも必要とされる。そして及ぶための力を得るには、時間が必要なのは以前いったとおりだ」
イオールの言葉にフィーはこくりと頷いた。
「きっとお前は、あの時どうすればよかったのか悩んでいるだろう」
「はい……」
それはフィーのどうしようもない本心だった。
助けたい。そう思ったのに自分ひとりの力では助けられなかった。逆にまわりも巻き込んで、ピンチになってしまった。
「その答えをだすためには自分の力を知らなければならない。今のお前の力ならば、助けるという選択肢は恐らく選べないだろう。
自らの命を危険に晒したこと、仲間にもリスクを負わせたこと、子どもを救えたこと、攫われた人達を助けられたこと、その全部が今日のお前の行動の結果だ。そのすべてを忘れるな。
お前はまだ成長の途上だ。今日すぐに答えをだす必要はない。お前が一人前の騎士として育っていく中で、正しくその答えをだせるようになれ。それまでは俺たちができる限りのフォローをしよう」
「わかりました」
フィーが今日突き当たった疑問は、騎士全員が突き当たる問題なのだ。
クロウも、イオールも、オールブルも、昔は悩み、そこで考えたこと、そして今の己の力量をもとに、その答えをだすようになった。
その答えは、各人の騎士の有り様ともいえる。
フィーはイオールの言葉に真剣に頷いて、忘れないように胸に刻み込んだ。
クロウもようやく怒りを収め、一件落着したように見えた。
しかし、たいちょーのお言葉はまだ終わってなかった。
「ただし、命令違反は命令違反だ。罰はうけてもらう」
「ええ!?」
罰を受けること自体に不満はないが、イオールの話は終わったと思い込んでいたフィーはおもわず素っ頓狂な声をあげてしまった。
イオールの隣では、クロウが腕を組みうんうんと頷いている。
「ちなみに罰を受けるのは全員だ。ヒースだけではない」
「ええっ!?」
こんどはクロウが目を剥いた。
「なんでだよ!」
「今回、俺たちも大きなミスをした。ヒースの力量を見抜けなかった。救出作戦の心構えについても、十分に伝播できてたとはいえない。それと部隊としての連帯責任だ」
「ぐっ……」
確かにそうだった。
お試し運用だからと軽く考えすぎていた。
振り返ってみると説明も甘かった気がする。
見習い騎士は授業でひととおり騎士隊での心構えを教えられるが、あらためて念押ししておくべきだった。
危険がありそうだったら取りやめるつもりだったのだ。しかし、予想外にうまくやってみせたので、任せてしまったのがこの有様だった。
しかも、ミスが広がったのは、ヒースがこちらの想定を超える能力を発揮してしまったからだ。
クロウはがしがしと頭をかいて、フィーに謝罪した。
「確かに俺たちも想定が甘かった。一方的に怒ってすまん、ヒース」
「いえ、そんな。クロウさんたちは悪くないです」
フィーはクロウに首を振る。
「それじゃあ俺たちへの罰を告げる――――」
「ええええええええ!?」
どんな厳しい罰でも、と覚悟していたフィーだが、イオールから告げられた罰におもわず悲鳴をあげてしまった。
夕食の時間、フィーは涙をながしながら食堂のテーブルに伏していた。
「あれ、ヒース食べないの?」
お盆をもって席にやってきたレーミエがたずねる。
誰よりも食事が好きなヒースが、夕飯を食べないのはめずらしい。
「部隊で命令違反したらしく、三日間夕飯抜きだそうだ……」
しゃべる気力もないフィーの変わりに、ギースが答える。
イオールから告げられた罰は、三日間の夕飯抜きだった。いまや北の宿舎の見習い騎士の中で、いちばん食べることがすきなフィーにはとても辛い罰だった。
「三日間夕飯は全員食べるのを禁止する。その代わり、朝はしっかり食べるように」
それがたいちょーの言葉だった。
レーミエが食べるシチューを、フィーはうらやましそうにじーっと眺める。
「た、食べる……?一口ぐらいならきっとばれないよ……」
レーミエはフィーのレーミエごとかぶりつきそうな視線に、頬に汗をひとすじ垂らしながらスプーンをさしだす。
しかし、フィーは首を振った。
「ううん、いい」
たいちょーとの約束を違えるわけにはいかない。
しかし、スラッドがやってきてハンバーグを食べだすと、フィーはまたそれをうらやましげにみながら涙をながした。
「ううううっ、お腹へったよー。うらやましいよー」
(なら、食堂にこなきゃいいのに……)
食堂の誰もがそう思った。
クロウは夜の街で、気の強そうな美人の前で手をあわせて謝っていた。
「わりぃ、夕飯いけなくなっちまった!」
「はあ!?おいしいディナーに連れてってくれるって約束したじゃない!来たってことは時間もあるんでしょ!なんでよ!」
女性はクロウの言葉に顔を真っ赤にしておこる。
「いやぁ、食べる気がおきなくてさ。予約とってるから、もしよかったらひとりでいってくれないか」
すぐさま、バシッと女性のビンタが炸裂する。
「ふざけないでよね!もう二度とあんたのデートの誘いにはのらないから!」
女性はおこって、かつかつとヒールを鳴らしていってしまう。
彼女は気は強いが話すと面白くて、クロウにとってはお気に入りの相手だった。しかし、プライドの強い彼女のことだ。もうこんなことをしたクロウの誘いには乗ってくれないだろう。
「ま、仕方ねぇよな……」
その後姿を、クロウはため息をはいて、ちょっとだけ苦笑いしながら見送った
オールブルは集会所の鉢植えに水をやっていた。
花は綺麗に咲いて、今日も彼は楽しそうだった。
夜、まだ椅子にすわり仕事を続けるロイに、文官がたずねかけた。
「陛下、そろそろフィール王妃殿下との夕食の時間ですが」
そういわれ気づいたようにロイが言う。
「ああ、すまない、伝え忘れていた。今日は無しにしてくれ」
「はい!?」
王の言葉が信じられず、おもわず文官は聞き返す。
そんな文官に、ロイは少し考えると告げた。
「今日の私の分は、料理人たちにでも振舞ってやってくれ。それからフィール王女に謝罪を。それとあと二日は、私の夕食は作らなくていい」
「は、はい……」
指示の意図はわからなかったが、文官は頷いた。
ロイは文官にそれだけをいうと、またペンを動かし始めた。




