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  欲しいといった王女とセット売りにされてきた欲しくない王女。

 その待遇は当然と言えば当然悪かった。


 王都についた途端、すみっこの使い古しの離宮にさっさと閉じ込められ、特に誰とも面会することなく結婚の日まで過ごした。

 フィーの扱いの悪さは、日が経つごとにここに極まれりといった感じで、臭いものに蓋をするように離宮でただひとつあった出口におかれていた見張り番ですら、だんだんとこちらに対する扱いが雑になってきた。


 具体的には、昼の交代の時間に、二人ともいなくなる。ほかにも交代の時間がずれて、見張り番のシフトが代わる時間なのに、代わりの見張り番が来ない。

 そしてもといた見張り番も、代わりがこないのに平気でシフトを抜けていく。そして夜の時間は、誰もいなくなる。


 寝てやがる。あいつらお昼はたらふく食って、適度に休憩して、夜にはぐっすり寝てやがるのだ。

 何が見張りだ。

 むしろフィーの方が彼らの仕事ぶりのいい加減さを、ここ数日じっと見張っていた。


 もちろんこの国から侍女などが支給されたことはない。

 母国から来た侍女は、全員フィールの方にいった。


 彼女たちは未来のオーストルの王妃のお側付きとなれるかどうかの瀬戸際、それは侍女でいうならほぼてっぺんに位置する。おまけで押し売りされてきた王女に構ってる暇はあるまい。


 かろうじて付いてきたのが、デーマンでは厨房の下働きだった『料理長』であるが、彼の狙いは別のとこにあったらしい。

 オーストルの首都ウィーンネはこの世界のあらゆるものの中心となっている。食の都でもあるのだ。

 そこで修行したい、働きたいという料理人は五万といる。


 フィーについていけば、ただでそこにいけるのである。あとはフィーに首を言い渡されれば、はれてこの地で自由の身だ。

 いや、むしろ異国の地でわがままな王女に首にされた料理人として同情されて、就職の当てすらつくかもしれない。


 そんな狙いに三日連続、朝昼晩冷たいスープを提供されたフィーも気付いていたが、無料馬ただうまにされたことがむかついたので意地でもスープを飲み干し彼が自分から暇を請うまで待っていた。


「あの、その、えっと…。おひまを…そのいただきたいのですが…」

「はい、どうぞ」


 こんな言いたいこともはっきり言えないで、この先この都会でやっていけるのか、とフィーは彼の態度に自分のことでもないのに不安を覚えたのだった。


 そんなアホらしい茶番もようやく終わり、離宮に取り残されたのはフィーひとりというわけだった。

 冷たいスープを飲み干すと、誰もいない離宮でひとり窓をみあげる。


「あーあ、このままあの父親の無茶な要求を引き受けて、わたしの人生を台無しにしやがった夫の顔すら一度も見ることなく、この離宮で何十年もひとりすごして死んでいくのかなぁ……」


 見張りの兵士はあきらかに、外からくる人間でなく、うちにいる人間。つまりフィーを見張ってた。


(つまり、この離宮からわたしはでてくるなというわけね。

 あーあ、あの氷の王とやらはわたしをこっからほとんど出す気はないだろうなぁ……。

 なんというむなしい人生だろう)


 フィーは肖像がでしか顔をみたことがない夫に、怒りを燃やそうとしたが、それよりもむなしくなって、ベッドにもぐりこんだ。


(こんな人生捨ててしまいたい……)


 もう寝てしまおうかと思ったが、あいかわらず外はさわぎっぱなしでうるさくて眠れない。


(いくら嬉しいからって、こんな時間まではしゃぎすぎだろう……)


 たぶんこの日、この国で、どんぞこまで落ち込んでいるのは、フィーぐらいなのかもしれない。

 そのとき、ふと、散歩でもしてみるかという考えが頭をよぎった。


 どうせ、見張りは夜にはいないのだ。

 王さまとしてはここから一歩も出て欲しくないのだろうが、いい加減な見張りたちを配置したのも、王さまの責任だ。こちらがそれにまで配慮してやる必要はない。


 といっても、見つかったらめんどうなので、離宮を囲う壁のまわりの散歩ぐらいにとどめておく。


「ひろいなぁ……。わたしの国の城とはぜんぜん違う……」


 離宮のまわりに広がる王城の庭は、みたことない木や植物が生い茂り、夜露に濡れて、月の光や遠くの花火を反射してきれいだった。


 そこでようやくはじめてフィーは、自分が遠い異国の地にきたことを自覚した。


 王宮の人間にみつからないように、静かに散歩をしていたフィーは、何か紙のようなものを踏んづけたことに気がついた。


「ん、なにこれ」


 ひろいあげた紙を、あかるい月明かりに透かして見てみると、そこにはこう書かれていた。


『見習い騎士募集!

 オーストル国家騎士団は、あらたな騎士候補を求む!

 平民!貴族!旅人!浪人!身分は不問!一切の差別なし!

 才能のある若人を求む!

 近日入団試験あり!』


 その紙をみた瞬間、フィーのあたまにパッと光がわいた。


「これだ!」


 フィーはその紙を月明かりに高く掲げる。


「これに受かれば、わたしは――」


 ――ふたつめの人生を手に入れられる。 


 他国のものでも身分が知れないものでも、その国の騎士になれば新たに国籍が手に入るのだ。

 つまりフィーの場合、この国で必要とされていない側妃の立場とはまったく別の、オーストルでの新しい身分と名前が手に入れられるのだ。


 どうせこんな離宮誰も来やしない。ほとんど顔も知られていない。

 フィーとフィールははっきりいってぜんぜん似てなかった。

 だからいなくなってもぜんぜん問題ない!


 ここを抜け出し、騎士として新たに人生をやりなおせば、そうすればこんなむなしい未来しかまってない人生からおさらばできる。


 フィーはあわてて、入団試験の日を確認した。


「二週間後……、ちょっと短いなぁ」


 試験の日まであんまり日はない。

 一応、剣の心得はある。子どものころ、騎士にあこがれて剣術をならったことがあったのだ。父も母も、妹に夢中で完全スルーだから、注意されることもなかった。

 年頃になり、だめな方の王女も嫁にださなければ外聞がという段階になり、ついに見咎められてやめさせられたが基礎はなんとなく覚えている。


(なんとか、この二週間で勘を取り戻さないと!)


 フィーはそう考えると、かけあしで離宮のほうへもどった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >子どものころ、騎士にあこがれて剣術をならったことがあったのだ フィーさん、子どもの頃に剣を教えてくれた人がいたんですね 期待しない人には期待しないけど 自分を導いてくれる大人には素直ない…
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