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案の定というか、見習い騎士でいちばん体力がなかったのはフィーだった。
それも当たり前の話である。
騎士を目指していままで体力づくりに剣術、武術とがんばってきた少年たちに、ずっとお姫さまとして生きてきて、しかもここ最近は礼儀作法ばっかりやらされてきた女の子が、同じ土台に立てというのは無茶な話だった。
ランニングは見習い騎士たちの体力をあげるのが目的だったので、鍛えてきた少年たちでもきつい周回回数だった。
先頭を走ってるのは、ゴルムスだった。
その次は意外なことにレーミエ。ランニングを嫌がってなかった通り、長距離は得意だったらしい。
ぴったりとはりつくように、ゴルムスのペースについていっている。
ゴルムスはどちらかというと長距離走は得意じゃなかった。体が大きいから、どうしても他人より体を動かすのに負担がかかる。
(確かこいつはヒースとよくいる。のんきなひつじみたいな顔つきしてるから、こんな速く走れるとは以外だったぜ。でも、負ける気はねぇ)
ゴルムスは気合をいれて先頭をたもつ。
スラッドとギースはおなじ中位ぐらいの位置だった。
スラッドは楽しくなさそうな顔をしている。ギースはいつも通りの顔だった。
そしてダントツの最下位がフィーだ。
少年たちのペースにはとてもついていけず、ぜぇぜぇいいながら走っている。
周回の半分を消化するころには、真っ青なかおになっていた。
なのに弱音ひとつ吐かない。
「ヒース、大丈夫か?」
見習い騎士たちに普段は鬼教官と呼ばれているヒスロも、さすがに心配になって何度も声をかける。
そもそも、彼が厳しく叱るのは、まだ力が残ってるのにそれをだそうとせずサボろうとする生徒である。
しかし、目の前の生徒は、限界をだしきってるはずなのに、まだやろうとしている。
「ヒース、無理だと思うなら、走らなくていい」
「大丈夫です……。すいません……、息が……苦しいので、あまり……話させないでください……」
それはつまり、しゃべれないほど限界が来てるということだった。
なのにヒースの目は、ぜんぜんやめようとする気配がない。
ヒスロも止めていいものか迷う。
だんだんとフィー以外の生徒がゴールしはじめる。
「あいつ大丈夫か……?」
ゴルムスがふらふらになりながらもまだ走り続けるフィーを見ていった。
ゴルムスは北の宿舎でいちばんにゴールした。最後まで付いてきたレーミエを、ラストで振り切った形だ。
「ちょっと心配だね……」
ゴルムスにわずかに遅れてゴールしてきたレーミエが、心配そうに話す。
どんどんほかの生徒がゴールしていって、フィーだけがグラウンドに残ることになった。
「無理しなくていい」
「できます……」
ヒスロの声に、フィーは即答する。
汗だくになりながら、フィーは走り続ける。
もう体力も力も使い果たして、足もほとんどあがってない。
でも、あらためてまわりの少年と自分との差を実感したからこそ、訓練メニューぐらい最後までこなさないと、とさらに思ってしまう。
「時間が……、おしてるなら……、教官とほかのみんなは……、次のメニューにいってください……。ぼく……ちゃんとやりきりますから……」
苦しそうに呼吸をしながら、そんなことを言う。
「ヒース……、がんばって……」
レーミエがそれをみながら、祈るように手を組んだ。
「ははは、やっぱりあのチビが騎士になるなんてむりなんだよ」
「そうだそうだ。貧民の癖に騎士になろうとするから、あんな風になるんだ」
昨晩フィーに突っかかった少年たちが、フィーの様子をみて嫌味を言ったが。
「おまえらうるせぇぞ。黙りやがらねぇならぶっころす」
「ヒースを侮辱するならゆるさねぇぞ」
「ぼくもだよ」
「俺もだ……」
ゴルムスだけじゃなく、スラッド、レーミエ、ギースにまでにらみつけられ黙った。
フィーは意識が朦朧としながらも、足を動かし続けた。
とにかく、みんなに追いつくために。自分を生まれてはじめて必要としてくれた人。イオール隊長の役に立てる騎士になるために。
ヒースひとりを待つわけにはいかず、見習い騎士たちの訓練は、筋力トレーニングへと移行した。
でも、ゴルムスも、スラッドたちも、まだ走り続けるヒースのことを見ていた。
そうしてようやく、フィーが周回を終え、ゴールに足をかける。
みんなの2倍以上の時間がかかっていた。
もう、汗だくでボロボロの姿だった……。
「ヒース、よくやったよ……」
レーミエなんかは、その姿を見て目をうるませている。
しかし、あとの三人はむしろ真っ青でふらついているフィーの姿を見て、「あいつやばいんじゃないか」といった表情だった。
そしていやな予感の通り、ゴールして数秒たった後、フィーは糸が切れた人形のようにその場に倒れた。
「ヒース!」
ヒスロとゴルムスたちがあわててヒースのもとに駆け寄っていく。
この国の国王であるロイは、文官たちと話していた。
そこにクロウがやってくる。
「おーい、ロイ!」
「どうした?」
文官たちの前だというのに、クロウの口調は変わらない。
「これはこれは、ハールバルド公爵子さま」
ロイと話していた大臣も、うやうやしくクロウに頭をさげる。
「はは、やめてくれよ。確かに親父は偉いけど、俺は一介の騎士だぜ」
「いえいえ、そういうわけにはいきません」
(正直、あの宰相みたいに怒ってきた方がまだやりやすいんだよな。まあ、俺もこの態度変える気はないけど……)
クロウはこの国でも大きな力を持つ公爵家の子息で、ロイと幼馴染だった。
ただ個人的な身分はあくまでいち騎士だし、高官たちにまでうやうやしく扱われるのは居心地が悪い。
しかし、幼馴染だからといって国王であるロイに気安く友人として話したり、かしこまった口調が苦手でたいていの人間にくだけた調子ではなしかけてしまう自分のほうにも原因があるのは分かっていた。
なので、あんまり文句も言えない。
「それで何があった?」
「いや、ヒースのこと見守ってやってくれって言ってたろ。あいつ、さっそく訓練で無茶して倒れやがった」
クロウが頭をかき、ため息をはきながらロイに伝える。
「そうか」
ロイは一度頷くと、文官たちに向き直っていった。
「少し用事ができた。いってくる」
「へ、陛下?五分後に会議ですが?」
「その会議については、すでに方針や大まかな手順については伝えているはずだ。あとはお前たちでやってくれ」
そういってロイは文官たちを置いて、北の宿舎の方にむかってしまう。
そのあとを苦笑いしながらクロウもついていった。
「ヒースはどこにいる」
「いまは救護室のベッドに寝かせてるよ」




