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 明日から訓練がはじまる日の夜、宿舎の休憩室でひとりでお茶を飲んでいると、ふたりの少年が目の前に歩いてきた。

 少年たちのまなざしは、仲良くしたいという類のものではなく、敵意と見下した感情に満ちていた。


(やっぱり、いい人ばかりじゃないよね)


 悪意にはなれていた。

 フィーが生きてきた中で、無関心の次に向けられてきた感情だから。


「お前、第18騎士隊に入ったからって、調子にのってるらしいじゃねえか」

「入隊試験では一回戦負けしたくせによ」


 第18騎士隊に史上初の見習い騎士での入隊を果たしたフィーは、ちょっとした有名人になっていた。

 フィーとしてはそこまで凄いことだとは思ってない。

 イオール隊長の言ったとおりだ。

 たいちょーに必要とされたから入れただけ。みんなと比べて劣ってる優れてるの話ではない。


 だから入団試験の結果もあっけらかんとみんなに告げた。

 一回戦負けだったと。


 みんな別にそれで馬鹿にしたりとかはしなかった。

 だって採用理由もしってるのだ。「ちっちゃかったから」だと。


 その後は基本的に背が高い方が嬉しがる少年たちが、背の低いフィーのことを一時的にうらやましがる珍現象が起きたり、ギースがしゃがみこんで「これがお前の世界か……」などと謎の言動を残したり、それを見て同じくしゃがみこんでフィーの世界を体験するものが何人か現れたり、「(男の子たちって)ちょっとバカみたい……」とフィーが内心思ってしまった行動をとるものはいたが、基本的に平和だったし、フィーも楽しかった。


 でも、話が広まるにつれ、そうではない人間もいたということだった。


「しかも、お前テオールノアだそうじゃないか。貧民だか不法移民だかのくせに、騎士なんか目指しやがって!」


 フィーも一週間、一緒に過ごした見習い騎士たちに、テオールノアの意味はおしえてもらった。

 それを知ったときはクロウに感謝した。

 この国に来て、いちばんフィーを助けてくれてるのはクロウだろう。フィーの事情を知っているわけでもないのに。


 そしてフィーは別に自分がすごいなんて思っていなかったが、同時に言われたのだ、イオールに。

 胸を張れと。

 だから少年たちに一歩も引くことなく、目を合わせていった。


「確かに僕は弱いし、出自も不確かだ。でも、必要な能力を持ってたから、第18騎士隊に入れてもらえた。それだけの話で、良いも悪いもないよ。それにこの国では騎士になるのに身分は関係ない」


 ここに来たばかりで、フィーが意外と鼻っ柱が強い性格であることを知らなかった二人の少年は、フィーの反応に面食らった。

 小柄だし、顔も女顔でかわいらしかったから、きっと気弱な性格だと思ったのだ。

 入団試験も一回戦で負けてるというのもあったし。


「うっ……。ふん、お前みたいな奴が選ばれるなんて、何か賄賂でもおくって入れてもらえたんじゃないか……?」

「そうだよ。何か汚いことしたにちがいねぇ!」


 その瞬間、フィーの目が冷たく細まった。そして彼らを明らかに馬鹿にする表情で、ふっと笑う。

 フィーは怒っていた。

 さっきまでフィーの事を貧民だ不法移民だとバカにしてた人間が、賄賂で受かったなどと言い出すのもおかしいが、そこではない。


「君たち馬鹿じゃないの?たいちょーがそんなこと許す人だと思えるの?」


 見習い騎士に入ってから一週間、フィーはすっかりイオールの信奉者になっていた。


 見習い騎士になる人間の誰しもがイオールに憧れているが、その中でも特別に熱狂的な層に振り分けられる。

 もともとイオールに生まれて初めての言葉をもらい特別な思いと敬意を抱いていたのが、さらに見習い騎士になって一週間、宿舎の仲間たちからイオール隊長の伝説的な活躍の話を聞き、それはどんどん補強されていってしまった。

 今ではイオール隊長を崇め、イオール隊長を信仰し、イオール隊長のためならなんでもできるという、イオールシンパのひとりが誕生していた。


 そんなイオール命の人間にとって、自分の採用理由を賄賂などといわれるのは、イオール隊長を侮辱したことに等しかった。

 そしてあんなにすごい人たちがいる第18騎士隊を侮辱したことでもある。


 ただ怒るのは大人気ない。

 イオール隊長だってこんな戯言わざわざ相手にしたりしないだろう。だから馬鹿にするように笑ったのだ。



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