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196.

かんたん前回までのあらすじ

王女だったけど見習い騎士になることになったフィー

遠征の訓練として砦で2週間、生活することになった

でも同じグループのコニャックが突っかかってきてめんどうに思っていたら

全身甲冑の兵士に襲われるという事件に巻き込まれてしまった

それもカーネギスさんたちが助けにきてくれてなんとかなったけど

 日の沈んだ道を兵士の人たちに保護されながら帰る。


 フィーはクーイヌの腕を心配そうに見つめた。


「大丈夫……? 痛まない?」

「平気です」


 カーネギスさんたちに応急処置はしてもらったけど、包帯を巻かれた腕は痛々しかった。


 フィーの方も無事ではない。脱臼を戻した部分が痛むし、細かい切り傷があちこちについていた。


 でも、みんな生き残れてよかった。


 誰かが死んでもおかしくなかった。

 それなのにみんな無事だったのは奇跡だと思う。


 でも、その奇跡が起きたのは、クーイヌたちががんばってくれたおかげだし、カーネギスさんたちが身を挺して助けに来てくれたおかげだし、そして。


「け、怪我大丈夫か?」


 ちょっと、遠慮がちに、話しかけてきたのはコニャックだった。

 フィーは微笑みを返す。


「うん、平気だよ」


 クーイヌの怪我は心配だけど、でも無理に心配させることはないと思う。

 コニャックにはそう言っておいた。


 コニャックは少し俯きながら、申し訳なさそうにフィーに言う。


「その……ごめんな……。俺のせいで大変な目に合わせて……」


 みんな命を失うようなことはなかったけど、全員の命の危機を招いた。

 特にフィーやクーイヌたちの。そのことにかなりの罪悪感を抱いてるようだった。


 震える声でコニャックは言う。


「本当は俺、自分でもリーダーに向いてないって分かってたんだ。それでも、子供のころからそういう騎士に憧れてきたから、絶対になってやるって思ってて……。それだけを目的にやってたら、いつの間にかあんな風に他人を自分の得意な勝負で負かして、無理やりいうことを聞かせる、そんな風になっちまってた……。本当にだめな奴だよな……。お前たちを危険な目に合わせて本当にごめん、金輪際リーダーになるのはやめるよ……」

「ううん、それはちがうよ」


 その言葉にフィーは首を振った。


「確かにあそこでみんなで戻ってたら、罠にかかって相手に捕まるのは避けられたかもしれない。でもその場合、相手に馬があるのが分からず、背後から強襲を受ける可能性があった。全員は捕まらなくても、何人か犠牲がでていたと思う。きっとあの罠を避けるだけじゃだめだったんだよ。あそこで信じる方、信じない方、ふたつに別れたからきっとみんな無事に生き残れた。そんな奇跡が起きたんだと思う。カーネギスさんたちの助けがあったからこそだけど」


 フィーはコニャックに優しく微笑む。


「そんなカーネギスさんたちもコニャックが呼んでくれてたんだよね」


 フィーはカーネギスさんたちから聞いていた。

 もともとここらへんでは怪しい集団の報告があったらしい。どうやら夜間に活動していたらしく、噂程度の話で、兵士たちが調査しても見つからない。だから何かの誤報かと考えられてたんだけど、カーネギスさんとトロッコさんが派遣されるにあたって、ロイ国王陛下から再度調査するように命令があったらしい。


 だからカーネギスさんたちがこの近くにいたそうだ。


 そしてそんなカーネギスさんを発見したのがコニャックだったらしい。



***



 フィーの指示通り、東の宿舎の2人を回収し、逃げているコニャックはふと立ち止まった。


「どうしたんだ?」


 尋ねてくる仲間の見習い騎士たちに、コニャックは一点を指して言う。


「あ、あそこにうちの国の騎士の鎧を着た人たちがいたんだ……」


 コニャックはそういうが、他の少年たちはそこを見ても何も見えなかった。ただ、立ち並ぶ木が見えるだけだ。

 でもコニャックには確かに見えた。彼はハイラルと同じ村出身なのだ。彼ほどではなくても、視力がかなり良かった。


「本当なんだ! い、いってみないか!? もしかしたら助けてもらえるかもしれない!」

「ほ、本当か……?」

「一刻も早く戻って助けを呼ぶって話だったろ。あっちにいったらかなりの時間のロスになるぞ」


 少年たちからは疑わしい声がかかる。今日の彼は多くの失敗を重ねてしまった。そんな反応になってしまうのも当然だった。

 コニャック自身もその言葉に迷う。


 少年の1人がむしろコニャックを心配するような表情で言う。


「自分の失敗のフォローをしたいのか……? それなら言っちゃ悪いが……戻って助けを呼ぶのが無難だと思うぞ……。あんな事態は誰にだって予想できなかったことだ。上の人たちもお前を責めたりはしないよ」


 でも、少しの間俯いて考えると、決心した顔で言った。


「違う! あいつらを助けたいんだ! 駐在所に助けを呼びに戻っても、あいつらは助からねぇ! そんなこと分かってたんだ!」


 コニャックは自分についてきてくれた見習い騎士たちに言う。


「お願いだ! もう一度だけ、俺のことを信じてくれ! あっちに俺たちの国の騎士の人たちがいる。確かに見た! 接触して残ったあいつらに救援を送ってもらおう!」


 コニャックの言葉に少年たちは、「わかった」と頷いた。


 結局、コニャックの判断はどんぴしゃだった。足の速いカーネギスが先行し、あとからトロッコたちが追うことで、フィーたちを助けることに成功したのだ。


 そのことを聞いていたフィーはコニャックに言う。


「コニャックはリーダーに向いてないって言ったけど、リーダーの第一条件って『自分がリーダーをやる』っていう強い意志なんだって、僕の尊敬するたいちょーが言ってたよ。あんな条件でも、それを手放さなかったコニャックはきっとリーダーに向いてたんだよ。確かに今は足りないものがたくさんあるけど、それをじっくり身につけていったら、きっといいリーダーになれるよ」


 その言葉にコニャックは、嬉しそうに顔を真っ赤にして照れだす。


「そ、そうかな……? そんなこと言われたのはじめてだ。へへへ」


 もうその気になったようで、嬉しそうにぶつぶつと呟きだした。


「俺、リーダーに向いてたのか。そうか。そうだったのか。よーし」


 その頭の中には新しいリーダーの計画書でも作られていってるのかもしれない。ずいぶん乗せられやすい性格だなっと、フィーは思いながらも。

 でも言ったことは本心で、今度はきっと立派なリーダーになってほしいなって思っておいた。



***



 その後、遠征訓練は途中で終わり、フィーたちは王都に帰ってくることになった。


 カインもまた自分の知った情報をロイに報告するために王都に戻る。


 カインの胸には安心感があった。

 この件について報告をすれば、ロイ陛下も何かおかしいと気づいてくれるはずだと。


 砦に派遣したネーナではなく、王女の監視を命じたカインから報告が来る。

 その不自然な状況に気づいてくれれば、カインもようやくフィー王女の件を報告できる。


 ただ、フィー王女はそれを望んでいるのだろうか……。

 友達ができて、見習い騎士としてがんばって、毎日笑っていて、あんな危険な目にあっても一緒に乗り越えていた。そんなフィーを少年たちから引き離していいものか……。


(しかし危なすぎる……)


 ロイ陛下が気づいてくださるなら、カインとしては仕方ないことだと割り切れる。草としての使命にも、フィー王女に対しても。

 ……ちょっと卑怯かもしれないが。


 陛下の執務室に入ろうとすると、ネーナが扉からでてきた。


 入れ替わりに執務室に入ろうとするとカインより頭ひとつ分、小さな体がその進路を通せんぼする。


「ネーナ?」

「必要な報告は済ませたわ」


 カインの進路を遮ったネーナはカインにそう言った。

 カインの頬に汗が伝う。


(いや、それは困る……)


 カインから報告しないと、フィーのことについて話せない。

 カインはなんとか扉を塞ぐネーナを乗り越え、陛下のもとに報告に行かなければならない。


 しかし、続いてネーナの口から放たれたのは、カインをさらに絶望させる言葉だった。


「それから仕事の割り振りが、あなたに負担を掛けすぎていることも報告したわ。今後、草全体の報告については私が情報を纏めてロイ陛下に報告するようにする。だから、あなたは任務に専念してくれればいいのよ。ここに来る必要はないわ」


 ネーナの言ってること、それはカインが陛下に何かを直接に報告する機会を奪われたことになる。

「いや、しかし……」

「陛下の命令よ」


 戸惑うカインにネーナはきっぱり言う。

 カインはどうしようも出来ず、その場に立ち尽くすことになってしまった。


 そんな固まってしまったカインの手をネーナが取り、語りかける。


「カイン、私たちは国王陛下の手、そして指よ。手が本人の意思に反して勝手に動く? もし、その手が勝手に動き出し持ち主の首を狙うようになったら……。私たちは陛下から授けられた意思を遂げなければならない。カイン、あなたは『余計』なことは考えなくていいの。任務に集中してくれればいい」


 カインはネーナのことを尊敬していた。

 幼馴染であり、一緒に修行を重ね、現在、草の中で唯一の女性である彼女のことを。


「あ、ああ……」


 だから頷いた。


 彼のネーナの信頼に曇った目では気づけなかった。

 約一名、その『余計』なことをやり続けている人間がいることに。




***




 やがて襲撃の情報は18騎士たちにも降りてきた。

 あの不死の死体、ジョンの話についても。


「この異様な力を持ったジョンという男。お前の知り合いなのか、コンラッド」


 そのジョンがコンラッドの名前を挙げたことも、情報として受け取っていた。

 それを知ったパルウィックがコンラッドに尋ねる。


 コンラッドは手もとのお茶を、一口、口に含むと、それをゆっくり飲み込んでから口を開いた。


「ええ、昔の仲間。いえ家族みたいなものかしら」


 その表情は遠い記憶を思い起こすように、ここではないどこかを見ていた。


「私は昔、ここからはるかに離れた東の地方で暗殺者をしていたわ。メンバーの大半は特殊な体質のせいで親に捨てられた孤児で、それを一人の男が集めて育てて、暗殺の技術を教えて、仕事を請け負い、金を稼いでいた。私と同時期に育てられた子供の1人が、そのジョンだった」


 コンラッドの話は続く。


「暗殺者としては三流、いえ、五流と呼んでも褒めすぎな子でね。親に捨てられたことによる異常な承認欲求、注意力に欠け多動的な性格。致命的に暗殺者に向かない子だったわ。仕事を任せれば失敗し、重要な情報を周囲に漏らしてしまう。だから主に囮に使われていた。こちらを追跡する追っ手のもとに投げ込み、リンチさせて時間を稼いだり、つかまった人間をだすために身代わり出頭させたり。そういう仕事ばかりを任されていた」


 そこで一回、コンラッドはため息を吐く。

 その扱われ方に同情していたのかもしれない、しかし、本心は分からなかった。


 ただパルウィックに警告するように、少し力を込めた声で言う。


「でも、あの力だけは本物よ。失敗した味方の代わりに、追っ手のもとに取り残され死ぬほどの拷問を受けたこと10回、依頼者の換わりに出頭し極刑を受けたこと13回、獄中でリンチされ死体として搬出されたこと7回。でも、次の日、死体袋を掘り起こせば、あの子は生きてたわ。いつも死体袋の中の暗闇と孤独に怯えながら……。だから仲間たちは見下されつつもこう呼ばれてた、死なない死体だって」

「にわかには信じられない話だ……。だが、本当だとするなら、なんで名うての暗殺者集団がそんな男を普通の仕事に使っている。それになぜ、東の地方で活躍していた暗殺者集団が、この国に来ている」

「さあね、復讐じゃないかしら。それとジョンが使われているのは、たぶん人が足りなくなったんでしょうね」


 パルウィックはコンラッドの答えを理解できなかった。

 続くコンラッドの言葉を聞くまでは。


「だってその暗殺者集団のメンバーの半分以上は私が殺したもの」


 その情報を口にしたコンラッドの顔は、気負いも喜びも悲しみもなく、凪の中にある湖面のようにただただ静かだった。




***




 薄暗い小屋の中、ジョンと車椅子の老人が向かい合っていた。

 ジョンは地面に膝をついた姿勢で、老人に今回の件を報告していた。


 すると、老人が右手にもっていた黒檀のステッキで、ジョンの顔を殴り飛ばした。

 その後も、ジョンを何度も殴打し、ヒステリックな叫び声をあげる。


「お前はっ!! 本当にっ!! 役立たずにもほどがあるっ!! 子供の始末も上手くできずに、目撃者は取り逃がすとはっ!! 言われたことは何一つできないっ! いったいどう育ったらそんな何もできない無能者になれるっ!! お前はゴミだっ!! 塵クズだっ!! 私の人生の何にも役に立っておらんっ!! できるならこの場で廃棄してしまいたいぐらいだっ!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、父さん!!」


 そんな老人にジョンは必死に頭をさげて、すがりつくような仕草で声をかける。


「今度こそうまくやるからさ。次こそ、ちゃんとできるから、ね。だから僕のことを捨てないで」

「くそっ!! このゴミがっ!! クズがっ!! なんでお前のようなものしか、私の手元に残ってない!!」


 しかし、老人は、ジョンの言うことなどまったく聞いていないかのように、ひたすら叫びジョンのことを殴打し続ける。


 そして数分ほど掛けて、ジョンを殴り続けたあと、老人は組んだ腕に顔を伏せて啜り泣きをはじめた。


「あぁ……フィリヤァカ……。お前が今も私の傍にいたら、こんなことで頭を悩ます必要などなかったのに……。お前だけ……お前だけがいてくれれば何でもできた……。一国の王の暗殺も、国の乗っ取りすらも絵空事ではなかった……。叶えることができた。お願いだ……帰ってきておくれ……私の大切なフィリヤァカ……。いつでもいい。私のもとに帰ってきてくれるならば、お前の罪をすべて許そう……。私のもとを逃げ出したことも、追わせた息子たちを殺したことも……。だから、帰ってきておくれフィリヤァカ……」

「父さん……僕がいるよ……。僕たちが……」


 ジョンの言葉は、コンラッドの帰還をひたすら望む老人には、届いてはいなかった。




***




 フィーたちが巻き込まれた事件がおこった場所から、少し離れた森の中。


 巨漢の男がゲリュスを殴り飛ばしていた。


「てめぇ、絶対に成功するって言ってたから、訓練中の兵を預けてやったんじゃねぇか。それをガキどもを取り逃がして、目撃者だって作りやがって。今ここでぶっ殺してやろうか?」


 男は顎に黒い髭を蓄え、そのいかつい顔は、まるで山賊のようないでたちだった。

 しかし、身に着けている黒塗りの鎧や剣はしっかりしたつくりのもので、ただの野盗ではないことを伝えている。


 その男に胸倉を掴みあげられたゲリュスは、悲鳴をあげるようになきながら謝罪した。


「悪かったよ、アニキぃ……。まさかカーネギスが助けにくるなんて思わなかったんだよぉ……」

「アニキじゃねぇって言ってるだろうがっ!!」


 そんなゲリュスをもう一度、男は殴りつける。


「き、騎士団長……」

「そうだ、それでいい」


 頬を殴られながら、ゲリュスが搾り出した言葉に、男は少し上機嫌になる。


「ほ、本当に想定外だったんだ……。村の奴らはとちりやがるし、妙なガキが混じってるし、すぐに救援がくるし……」


 怯えながら、必死に許しを請うゲリュスに、男はちっと舌打ちをしてから言った。


「はぁ、こんな無能でも、騎士時代からついてきた数少ない部下だ。許してやるよ。ただし、次に変なミスしたら、そのときは命はないと思え」

「は、はいぃっ……」


 許しを与えた男の言葉に、ゲリュスは必死に頷く。


 男もゲリュスと同じく元騎士の人間だった。

 それどころか、先王の時代には騎士団長候補に推されていたほどの人間だった。


 名はゴウフェン。


 ただしその素行はあまり良くなかった。

 裏では犯罪者と手を組み、騎士団の情報を流し、王都に犯罪者を跋扈させていった。その時代に騎士が腐敗する原因を作ったといわれる人物だ。


 だから王がロイに替わったときにクビにされ、国を追われることになった。

 そして彼の代わりに、騎士団長になったのが、ロイの修行時代の兄貴分でもあるゼファスだった。


 その頃に不正に関わった騎士たちは、みんな国を追われている。

 しかし、ゴウフェンは戻ってきていた。


 復讐するために。


「仕方ねぇ、しばらくは暗黒領に篭るぞ。そうすりゃ、あの王の捜索の手もとどかねぇ」

「はい」


 ゴウフェンとゲリュス、そして彼らの連れる全身甲冑の兵士たちは森の闇の中に消えていく。


 消える間際、ゴウフェンは呟いた。憎しみの篭った声で。


「今はこうしてこそこそ動くしかねぇが、いつか俺は返り咲く。騎士たちの代表にな。ゼファス、てめぇが座っている席は本来俺が座るはずだったものなんだ。絶対に奪い返す」


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