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195.

 カインたちの戦いは長引いていた。

 目的が違うネーナとカインではうまく息を合わせられない。しかし、再生能力だけでなく、常人よりも高い膂力を持つジョン相手に、ネーナ1人では不利になる。


 フィーのことを助けにいきたい。そう思いながらも、ネーナを見捨てることはできず、カインは時間だけを浪費させられていた。


 しかし、戦いの内容は一方的だった。

 そもそもカインを相手に圧倒されているところに、ネーナが加わったのだ。


 ジョンの体は傷だらけのぼろぼろ。体には裂傷や腫れだけでなく、ネーナの暗器による攻撃を受けた毒の染みまで浮かび上がっている。

 それでもジョンの体は生命活動にまったくの支障をきたしていない。


 それは特異体質と呼ぶにしても異常すぎた。


 このまま戦いはずっと続くように思われたが――。

 ジョンが唐突に後ろに引く。


「ははっ、さすがに二人を相手にはきついや。まったく勝てる見込みはなさそうだし、もう帰ろうかな」


 ジョンがそういって後ろに引く。

 ネーナともカインとも距離が開いた。どうやら逃げるつもりらしい。


 正直言えばこの怪しい奴を拘束して目的を聞き出したい。カインの考えとしてはそうだ。だが、このまま引いてくれる方が、フィーを助けられる。そういう思いもあって、カインは距離を詰めきれなかった。

 ネーナの考えてることはわからない。だが、同じように距離を開けて、ジョンを観察する。


 そんな二人を前に、ジョンはカインの方を見て微笑んで言った。


「そうだ、フィリヤァカさまによろしくと伝えてください」

「……?」


 いったい何の話をしてるのか分からなかった。

 フィリヤカ、聞いたこともない名前だ。


 その反応にジョンは、ああっと思い出したように言う。


「そういえば今はコンラッドと名乗ってるんでしたっけ。父さんはいつもあなたの帰りを待ってると、お願いしますよ?」

「……!!!」


 同じ部隊の人間の名前が出て、カインは目を見開く。

 そんなカインを置いて、ジョンは姿を森の中に消そうとする。 


「それでは」

「逃すと思うの?」


 ネーナがその背中を追いかけた。


(くっ……)


 ネーナを切り捨てることができない、カインは追うしかない。




***




 日の落ちた森、カーネギスは兵士たちに周囲を囲まれていた。

 フィーたちが逃走してから時間が経った。フィーたちを追うのを諦めた、兵士たちはカーネギス相手に攻撃を集中した。


 うまく逃げたり、急に飛び掛ったり、予測できない立ち回りをしながら、相手の剣を避けてたカーネギスだが、さすがに多勢に無勢だった。

 だが、近づいた兵士を一瞬で戦闘不能に追い込む実力が、兵士たちとぎりぎりの均衡を作り出している。


 しかし、人間に死角がある以上、これだけの数に囲まれればいつかは倒される。

 フィーたちを救い出した代償として、カーネギスは死を覚悟しなければならない状況にあった。


 厚い兵士たちの包囲の後ろから、ゲリュスが笑う。


「ぎゃはっはっは、お前との縁も遂に終わりだな、カーネギス! どうだ、分かっただろう? 俺の方が正しいからこうなったんだ。俺の判断が、俺の行動が正しいから、俺は生き残って、お前はそこで死にかけてる。後悔してるか? 懺悔してるか? 俺を騎士の恥と罵ったことを!」

「後悔なんかしちゃいませんよ」


 カーネギスは剣を構え、周囲の兵士たちの行動に気を配りながら、その顔に笑みを浮かべる。


「でも、信じてるんですね。自分が正しいってことは」

「当たり前だ! 俺が正しい! あのときも、今も、付いていく人間を決めたときも、常に俺は正しかった! 間違ってるのはそんな俺を落伍者に追い込んだ世間だ!」

「そうですか……」


 もはや狂気の混じった光をその目に浮かべるゲリュスに、カーネギスは静かに頷く。


 兵士たちは剣を構え、カーネギスを見ている。

 命令を待ってるのだ。一斉にかかれば倒せる。しかし、タイミングがずれて、自分だけが飛び出せばカーネギスの剣で命を失うことになる。

 だから、ゲリュスの命令をひたすら待ってる。


 そんな絶体絶命の状況で、カーネギスは語り始めた。


「実は俺もひとつだけ信じてるものがありましてね」


 ゲリュスがそれに見下すような笑みを浮かべ、あざ笑う。


「なんだ? 神様か? 奇跡か? 三年も連続で負けた惨めな男のお前にこの状況でそんなものが起こると思ってるのか?」

「残念ながら違いますよ、俺が信じてるのは――」


 ゲリュスの馬鹿にする言葉にカーネギスはふっと笑い、夜空の月に向かって剣を掲げ挙げた。剣が月光を反射して光を放つ。

 カーネギスはその姿勢を保ちながら、高らかに宣言する。


「憎らしくも頼りがいのある我が生涯のライバルってやつですよ」


 すると、カーネギスを避けるように、兵士たちに矢が降り注ぐ。


「なっ……なんだ……!?」


 それは全身甲冑によって阻まれるが、その衝撃で兵士たちの動きが止まり、意識がそれる。その隙に、カーネギスは、油断した兵士に斬りつけ、その体を軽業師のように踏み越え、包囲を脱出した。


「このっ……!」


 追おうとした兵士たちの足が、包囲を抜け出したカーネギスの背後を見て止まる。

 そこにはオーストルの兵士たちがいた。それから逃げたはずの見習い騎士たちも。彼らは全員、弓を構え、武器を備え、兵士たちに睨みを効かせている。


 そしてその兵士と見習い騎士たちの指揮を取るのは、左手にボウガンを、右手に剣を持った小太りの騎士だった。

 

 カーネギスが油断なく剣を構え、少しずつ後ろに下がりながら、背後に向かって笑う。


「遅いぞ、トロッコ」

「君が速すぎるんだよ、カーネギス」


 トロッコはため息を吐いて呟く。


「見習い騎士たちがピンチだって聞いたら、足並みも揃えず一人で走っていくんだから」

「子供が助かったんだからいいだろ?」

「おかげで君はあと一歩で死にかけてたんだけどね」


 カーネギスと言葉のやり取りをしたあと、トロッコは普段の穏やかな表情ではなく、冷たい鋭い目でゲリュスを睨んだ。


「おひさしぶりですね、ゲリュス先輩」


 そんな小太りの騎士を見て、ゲリュスがカーネギスが表れたときすらしなかった青い顔をして呟く。


「げぇ……ト、トロッコ……」


 ゲリュスの部下の兵士たちと、オーストル国の兵士、それと怒りを称えた表情の見習い騎士たちがにらみ合う。こちらに戻ってこようとするカーネギスを守るように、兵士と見習い騎士の集合体が一歩足を進めると、ゲリュスの部下の兵士たちが威圧されるようにじりっと下がる。


 ゲリュスはその状況を見て、悔しそうな表情で指示をだした。


「くそっ、撤退だ!」

「待て! ここであんただけでも倒させてもらう!」


 カーネギスがそれを追いかけようとするが、トロッコがそれを掴んで止める。


「まだ数はあっちの方が上だ。それに夜になって、こちらには地の利もない。追いかければ、不意をつかれて逆襲を受ける可能性がある」


 トロッコは兵士たちと見習い騎士たちに、その場にいるように制止の合図をだしながら、逃げていくゲリュスたちの背中を見送る。


「彼らは目撃者を消しながら行動していた。その存在そのものが秘匿だったはずだ。それなのにこんな状況で逃げるっていうのは最悪の失敗だ。こちらは見習い騎士たち全員が生き残ってる。相手の兵士も生きたまま二人確保した。この戦いは僕たちの勝ち――」


 トロッコはそういいかけて、傍の見習い騎士の頭を撫でて、訂正した。


「いや、全員で生き延びるためにがんばったこの子たちの勝利だよ」


 トロッコの言葉に、この状況で全員が必死に生き延びるために立ち回った見習い騎士たちの顔に、誇らしげな笑顔が浮かぶ。

 その表情を見て、カーネギスもため息を吐いて剣を収めた。


「そうだな、すまない。俺たちで見習い騎士の子たちを無事に砦まで送り届けよう」


 トロッコがそんなカーネギスの腹をぽんっと叩いてあきれた表情で言う。


「そもそもよくこんな怪我で追いかけるなんて言えたよね」

「うぐぅっ」


 カーネギスはそれだけで、腹を押さえてうずくまった。

 よく見るとカーネギスの腹には大きな剣の傷があった。


「カーネギスさん!?」


 フィーたちが心配そうにカーネギスに駆け寄る。

 カーネギスは腹を押さえながら、情けない顔でトロッコを睨んだ。


「おいっ、心配しないように隠してたのにそりゃないだろ……」

「僕も君が無茶をやると言い出さなきゃそれに協力したんだけどね。君もこれでめでたくけが人で護衛対象なんだから、大人しくしていてよ」


 トロッコはそうカーネギスを説教すると、その場のみんなに指示をだす。


「それじゃあ、砦まで戻ろう。みんな周囲への警戒を忘れずにね」

「はい!」


 見習い騎士たちは疲れてるだろうに、元気良くトロッコの命令に返事をした。


「おいっ、立て」

「大人しくついて来い」

「……」

「……」


 捕まったゲリュスの兵士の鎧を脱がせ、オーストルの兵士たちが引っ立てる。彼らを尋問すれば、この事件の情報を聞き出すことができるだろう。なぜ、あれだけの兵士をゲリュスが操っていたのか、後ろ盾はどんな人物なのか、それも判明する。

 そう思って安心して、帰路につこうとしたとき――。


 フィーたちに向かって、短剣が何本も飛んできた。

 トロッコが少年たちの前に立ちふさがり、その刃を剣で打ち落とす。


 しかし――。


「ぐぅ……」

「うあぁぁっ……」


 生き残ったゲリュスの兵士二人の喉に短剣が刺さり、兵士たちはそのまま絶命する。


(ちっ……、そっちが本命だったか……)


 トロッコは心の中で舌打ちした。


 月明かりの下、木の上にひとりの男が立っていた。

 その姿を見て、見習い騎士たちの中に混じっていたコニャックが悲鳴を上げた。


「ひっ……ジョンさん……」


 呆然とその名前を呟く。

 男はコニャックのよく知る人物だった。フィーたちもその顔をこの一週間で何度も見てきた。


 だが、フィーたちが知ってる顔は半分だけだった。文字通りの意味で。

 ジョンの顔は右半分しかなく、左側はえぐれたように欠けている。コニャックが悲鳴をあげたのも、それを見たためだった。


 そんな姿なのにジョンは、いつものようにその顔に穏やかな笑みを浮かべる。


「いやぁ、こわいこわい。あの二人、僕は逃げるって言ってるのにいつまでも追いかけてくるんだもん。おかげでこの有様さ。ようやく引き離せたけど、危なく仕事をやり損ねるとこだったよ」


 顔が欠けたままのジョンは独り言のようにそう語ると、見習い騎士たちを冷たい目で見る。


「さて君たちにも死んで……」


 そこまで言ったとき、音もなく背後に回り、木を駆け上がっていたトロッコが、右手の剣でその首を切断した。

 その首と体がぽとりと木から落ちていく。


 首の取れたジョンの体が、森の地面に転がる。

 トロッコは木から降り、そのジョンの遺体を冷たく見下ろした。


「こいつが間者だったか……」


 生かして情報を聞き出すべきだったかもしれない。

 だが、これ以上子供たちにリスクを負わせたくなかった。そう思って、死体を見下ろしていたとき、その体が動き出した。


 首を失った体の右手が動き、斬られた首を掴むと、そのまま首のなくなった場所に押し付ける。そしてその体勢のまま笑いながら立ち上がった。


「なっ、なんで……!?」

「首が取れたのに……」


 少年たちが信じられない現象に悲鳴をあげる。


 再び動き出したジョンはトロッコへと襲いかかる。

 しかし、トロッコは冷静だった。


 トロッコの体を掴もうとした腕を、右手の剣で切り落とすと、左手のボウガンでその頭を打ちぬく。

 トロッコ用の威力を強化されたボウガンは、ジョンを木の幹まで吹き飛ばす。


 トロッコは冷たい目でジョンを見下ろしながら言う。


「どういう手品かは知らない……だが、死なないというなら都合がいい。このまま捕らえて情報を吐いてもらう」


 ジョンは、はははっと笑った。


「何で今夜はこんなに強い人間ばかりに会うかなぁ。本当に運がないよ」


 頭に刺さった矢をそのままずりっと抜くと、ジョンは戦わず逃げる判断をした。トロッコは一瞬追おうと考えるが、子供たちのことを思い出してその足を止める。

 代わりに、その背中にボウガンを打ち込むが、その矢が心臓にささってもジョンの走りは止まることなく、そのまま逃げ去った。


二週間ぶりですみません。ペースあげたいです。感想返しも一気にやろうとしてたのがわるかったのか、毎日ちょこちょこ三つずつお返事させていただこうと思います。

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