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 カーネギスは、振り返りフィーたちの方を見ると、少し驚く。


「そうか、仲間を助けるために足止めに残った見習い騎士たちというのは君たちだったのか」


 それからははっとフィーたちの表情を見て苦笑いをした。


「でもその表情はちょっとひどいなぁ。安心してくれたまえ。助けるよ、君たちのことは」


 カーネギスは苦笑いを途中で笑みに変えてそう言い切る。


 正直、せっかくきてくれた救援だけど、フィーたちは頼りないなぁっと思っていた。

 だって良い思いがない……。


 フィーなんてつい思い浮かべてしまった人物をまた思い出し、ちょっと恥ずかしくなった……。


 少年たちが、そう考えているとカーネギスが森の一方向を指す。


「あっちの敵は倒しておいたから、あっちから逃げようか、っとその前に」


 カーネギスは剣を構える。


「まだ、敵がくるみたいだね」


 三人ほどの兵士が、こちらに襲い掛かってきた。

 フィーたちは身構える。


 しかし、カーネギスは地面を蹴り、自分から距離を詰めると、相手の剣を避け、交差する隙に相手の鎧の隙間を斬り、一気に倒してしまう。


(こ……この人強い……)


 フィーたちは驚く。


 カーネギスはフィーたちにニコッと笑っていう。


「さあ、逃げようか」


 フィーたちもその言葉に従って、逃げ出そうとしたとき、なぜかカーネギスが立ち止まった。

 こんな状況でも、穏やかだった表情が真剣なものに変わる。


「どうやら向こうからかなりの人数が来るようだ。君たちは逃げなさい。恐らく包囲していた兵士たちが、倒された者に気づいて報告に戻ったんだろう。あっちも集合した分、包囲はかなり薄くなってるはずだ」

「そんな、カーネギスさんを置いて逃げられません!」


 フィーたちはその言葉に、むしろ立ち止まる。

 残るってそれじゃあ、カーネギスさんを置いていくことになってしまう。いくら実力があっても、敵の数はまだまだ多い、1人じゃ厳しいはずだ。


 フィーたちはあくまでみんなで助かりたいのだ。それは騎士であるカーネギスさんでも例外ではない。


「君たち、ここは大人の言うことを聞いておき……っと……遅かったか……」


 カーネギスはフィーたちを説得しようとするが、ちょっと遅かったことに気づく。

 兵士たちの足音はもうすぐそばまで来ていた。


 闇に沈みかけた森の中から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 ゲリュスの声だ。


「おうおう、ガキどもを追いかけてたら、なんだずいぶんと懐かしい顔がいるじゃねーか」


 フィーたちを見つけにやついた笑みを浮かべるゲリュスの顔を見て、カーネギスは初めて見る冷たい表情をした。


「久しぶりですね、先輩……」




***




「先輩って……知り合いなんですか……?」


 敵の大将とカーネギスが顔見知りなことに、フィーたちは驚く。

 カーネギスは吐き捨てるように言った。


「罪を犯しそれを隠蔽しようとした。だが露見して、騎士を首になり牢獄に入れられることになった。それで犯罪組織の手を借り逃亡した。そんな男だ。騎士の恥さ」


 その言葉にゲリュスが表情を変え、激昂するように叫ぶ。


「うるせぇ、あれは不当な制裁だ! あんなことで騎士を首になるなんて、到底受け入れられねぇ!」

「人を3人殺せば十分だと思いますけどね」

「俺はただ酒に酔って貧民どもを3人ばっかしぶっ殺しただけだ。あいつらはゴミだ! クズだ! この国に集る寄生虫だ! あんなゴミの命がいくつ集まろうと貴族だった俺のかけがえのない人生の価値にはなにひとつ及ばねぇ!」


 その言葉にフィーたちはあらためてゲリュスという男に軽蔑の目を向ける。

 しかし、ゲリュスはそんな表情に気づかず、自分の正当性を喚きたてる。


「先王さまの時代はそれでうまくいってたんだ。なのにあの王は就任してから、わざわざ俺の過去の罪を穿り返して罪に問いやがった。そんなことあっていいはずがねぇ。そんなこと許されていいはずがねぇんだよ……。あいつのせいで俺の人生は台無しになった……ふざけんなよ……ちくしょう……」


 それからゲリュスは喉の奥から狂笑をもらすと、淀んだ瞳でフィーたちを見る。 


「だからあいつが大切にしている見習い騎士をとっ捕まえて俺さまの奴隷にしてやることにしたのよ。あいつに期待されて将来を嘱望されてるガキどもが、俺にひざまずきゴミみたいに使われ、血反吐を吐きながら死んでいくんだぜ。ひっひっひ、最高の気分だろぉ……?」


 カーネギスはゲリュスの言い訳にもなってない言い訳に吐き捨てる。


「悪党の言い訳にしても聞き苦しすぎますね。その言葉から理解できるのは、あんたは落ちぶれて当然のクズだったってことだけだ」


 それからカーネギスさんは、ちょっと気まずそうにフィーたちを振り返った。


「あ、別に自分のやったことを反省していないわけじゃないよ。あのときの僕もたいがいクズだったともちろん思ってる。でも、ほら、こういう相手にははっきり言っておかないと……ね?」

「そんなことどうでもいいから前見てください!」

「まえー!」

「まえまえまえ!」

「前ー!」


 突然、敵の目の前でフィーたちの方を振り返って話はじめたカーネギスにフィーたちが叫ぶ。

 フィーたちに叫ばれてようやく、カーネギスは剣を構えて、ゲリュスに向き合った。


 ゲリュスはにやつきながら、カーネギスに反論する。


「偉そうなことを言ってるが、お前はどうなんだ、カーネギス? 今の扱いに満足してるのか? 聞いた話じゃ、エリートで血筋も良かったお前が、まだ第一騎士隊にも入れてないそうじゃねぇか」

「へ、へぇ……よく知ってるじゃないですか……」


 実際、気にしてるとこだったのか。

 そのことを指摘され、カーネギスが少し嫌そうに顔をゆがめる。


「そのガキどもを見捨てて、こっちに来いよ、カーネギス。さすがのお前も足手まといがいるんじゃ、戦うのも一苦労だろぉ? なぁにお前にとっても悪い話じゃねぇ」


 ゲリュスはカーネギスにフィーたちを見捨てるように諭す。


「俺たちと一緒に来て、少し……そう少し我慢するだけでいい。そうすりゃ、貴族である俺たちが蔑ろにされるこんな間違った時代は終わりだ。俺たちが自由に振舞える正しい時代がやってくる! 出世も地位も思いのまま、何だってやりたい放題だ! 協力したらお前にだって相応の地位が与えられる。憧れていた第一騎士隊の要職なんてどうだ? なあ、カーネギス、俺たちの仲間になれよ」

「そんな時代、本気でくると思ってるんっすか?」

「当たり前だ。もともとこの国を長年支えてきたのは俺たち貴族だ。そんな俺たちを優遇することこそが、万事がうまくいく正しいまつりごとってもんよ」


 カーネギスは頭をぽりぽりと掻いて、ため息を吐きながらいった。


「まぁ、それも一理ぐらいはあるっすね。一理ぐらいは……」

「カ、カーネギスさん……」


 ゲリュスの言葉を受けてのカーネギスの言葉にフィーたちは動揺する。

 今、カーネギスがゲリュスの側についたら、もう自分たちに勝ち目はない。


 しかし、フィーたちが心配するまでもなく、カーネギスはゲリュスに剣を向けて睨みつけながら軽蔑の言葉をぶつけた。


「でもな、そんな古ぼけた貴族の下らない理はいくつあってもお断りだ、バカヤロウ!」


 その言葉にフィーたちはほっと息をついた。

 逆にゲリュスの顔は憎々しげにそまる。


「いいぜ、お前もそのガキどもと一緒に殺してやるよ、カーネギス。もともと前からお前のことは気に入らなかったんだ。貴族のくせして平民の見習い騎士どもとも平気な顔してつるみやがって、おまけに実力を鼻にかけて人気者気取ってやがった。この俺の誘いを断ったことを、あの世で後悔しな」

「知ってますか? そんな捨て台詞を言う人間の末路は、だいたい決まりきってるって。悪党には必ず罰がくだるんですよ」


 カーネギスはゲリュスに啖呵をきると、フィーたちの方を振り向いて、気まずそうにまた話し出す。


「あ、別に自分が悪いことをしたのを忘れたわけじゃないんだよ。でもさ、ほら、大人って立場って奴があるからさ。こういうときはビシッと言っておかないと――」

「だから前見てください! 前!」

「前! 前!」

「まえー!」

「まえまえまえ!」


 フィーたちは悲鳴を上げて、カーネギスに前を見るように言う。


「こいつらを殺せ! 1人も逃すな!」


 ゲリュスの指示を受け、兵士たちが剣を抜き、フィーたちに近づいてくる。

 まだフィーたちを包囲しようとしていた兵士たちも合流してきたのか、その数はかなり多い。簡単には逃げられそうになかった。

 それにカーネギスさんは残るつもりのようだ。それならフィーたちも逃げるつもりはない。



***



 戦闘がはじまってしばらく、フィーたちは自分たちの判断を後悔した。


(僕たち足手まといになってる……)


 敵に囲まれながら、フィーたち背中を合わせて、敵の攻撃を凌いでいた。


 敵は大人数だが、重装備と剣しかないせいか向き合う人数は少ない。だから堪えられている面もある。

 でも、一番の要因はカーネギスさんが自分たちのフォローをしてくれているからだ。危なくなったらそれとなく動いて自分たちを助けて、崩れるのを防いでくれる。


 特に片腕しかつかえないフィーとクーイヌは、カーネギスの隣で戦っていたが、ほとんど助けられてばっかりだった。


 もしかしたら、1人だともっとうまく立ち回れたのかもしれない。


 フィーたちはカーネギスの実力を信頼しなかったことを後悔した。


「はっはっは、ざまぁねぇな、カーネギス。見習い時代は天才と持てはやされていたお前もここでガキどもと一緒に朽ち果てるわけだ。だいたいお前はよぉ、随分と俺たち貴族の先輩に恥をかかせてくれたよな。3年連続で剣技試合の大将に選ばれたくせして、3回とも平民のゴミに負けやがって」

「3年連続で負けたことについては、申し訳なく思ってますよ。相手がゴミってところは訂正させていただきますがね。それでも子供たちの命をささげられるほどのじゃないですね」


 カーネギスはゲリュスと軽口のやり取りをしながら、フィーたちに小声で囁く。


「合図をしたら逃げなさい。これは命令だ」


 今度こそフィーたちは素直に頷いた。

 それを確認すると、カーネギスはゲリュスに視線を向ける。


「確かにここで終わりかもしれないっすね。でも、あんたの首ぐらい取って見せるさ」


 そういうとカーネギスは体を沈めて、フィーたちから飛び出すと、ゲリュスの方に向かう。

 障害物となる兵士たちを次々と切り倒し、殴り倒し、踏み越え、その身はゲリュスの近くまで迫る。


 ゲリュスは焦りの表情で、叫ぶ。


「お、俺を守れ! こっちにもっと人数を増やせ!」


 その指示を聞き、兵士たちがゲリュスを守ろうと近くに駆け寄る。フィーたちの包囲が薄くなった。

 カーネギスはにっと笑って言った。


「あんたならそうすると思ってたよ。行け!」


 その言葉と同時に、フィーたちはタイミングを合わせ、一点に力を絞り、薄くなった兵士たちの包囲を突破する。そしてカーネギスに指示された方角へと全力で逃げる。


「ま、待て!」

「追え!」

「捕まえるぞ!」


 兵士たちがそれを追走しようとしたが、その背後から声が聞こえた。


「おっと、誰か忘れてないかい?」


 フィーたちに意識がそれた一瞬の隙に、カーネギスは逆走し、フィーたちに追いすがろうとした兵士たちに接近していた。そして隙を晒した兵士たちを、瞬時に切り捨てる。

 フィーたちを追おうとしていた兵士たちの足が思わず止まった。


 1人だけこの場に残ったカーネギスは、ゆっくりと兵士たちの方を振り返り、剣についた血を飛ばす。

 その眼光は兵士たちの足を射止める。


「この背中の後ろにはこれからの国の未来を担う少年たちがいる」


 カーネギスは自分より遥かに多い兵士たちに宣言した。


「この先は1人も通れんと思え」



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