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 フィーたちは追ってくる兵士たちから逃げる。


 さすがに数もばれてしまった。


「5人か? 自分たちが犠牲になって、他の見習い騎士を逃がそうってのか? 泣かせるねぇ」

「どうします? 部隊を分けてもう一方も追跡しますか?」

「いや、あいつらを捕まえてから追う。5人ならそんなに時間はかからねぇよ。それに楽しみってのはひとつひとつ、消化していくもんだろ」


 逃げるフィーたちを見て、ゲリュスが舌なめずりをする。


 フィーたちは走って、相手との距離を一旦離した。


 しかし、相手の視界から完全に消えるわけにはいかない。

 相手をひきつけておかないと……。


 少なくともコニャックが二人の少年と合流するまでは時間を稼がないといけない。それがどれくらいかかるか、フィーたちには分からなかった。

 だから、できるところまでやるしかない。


 フィーたちは距離を離したあとは、一定の距離を保ちつつ、森の中を逃げる。


 さいわい鎧が重いせいか、フィーたちの方が足は速い。簡単に距離は保てる。

 そうやってしばらくは距離を保ちつつ逃げていたフィーたちだが、相手に変化があった。相手の兵士が小手や肩、腿などの部分を脱ぎ捨てていく。


 相手の追う速度が急激にあがった。

 フルプレートメイルを着て行動できるように訓練された兵士だ。軽くなれば、当然、それがスピードになる。


「どうする? 弓を撃つか?」


 代わりに防御力は落ちたことになる。今まで通じなかった弓も剣も、鎧のない部位を狙えば通る。


「ううん」


 フィーは首を振った。

 何しろ敵の数が多い。ひとりを撃つうちに距離を詰められる。それが一番まずい。


 しかし、そうでなくても、距離がじわじわ縮められはじめた。

 原因は分かっている。フィーの足が遅いのだ。あのころより体力はついたけど、それでも仲間内では一番遅かった。それが一緒に行動する仲間たちの足を引っ張っている。


 フィーは決断を迫られる。


 今はまだ山道を押さえながら逃げていた。

 相手がもし馬をまただしてきても、弓で牽制できるようにだ。


 でも、このままじゃ、追いつかれかねない。

 もっとこっちが有利になる地形、でこぼこした道、視界の悪い森の深い場所に移動したかった。できれば、そこで相手の視線を切りたい。


 ただまだ、コニャックが仲間に追いつくのに、十分な時間が稼げてるかが分からない。


 フィーは村で見たあの指揮官の性格を思い出す。


 村長を相手に粗暴な態度で言い争いをし、協力者である村の人間へ自分たちの意思を伝えることもいい加減だった。そして嘘をついたコニャックへは、容赦なく暴力を振るった。

 プライドが高く、感情的な性格。冷静で優秀な指揮官とは言いがたい。


 フィーはハイラルの方を向いてお願いをした。


「できる……?」

「ああ、それぐらいなら」


 ハイラルはフィーのお願いに対してうなずく。


 フィーたちは一旦、思い切って道へとでた。

 視界が一気に広がる。でも、その分、相手の追跡する速度も増す。


 その中に見えた。こちらを目に捉え、嬉しそうな顔で笑う、あの男が。


「お願い!」


 フィーはさっきお願いしたことをハイラルに頼む。

 ハイラルが立ち止まり、弓を構えた。あのハイエナのような男を見ながら、弓を引き絞る。指揮官であるあの男との距離は遠い。

 しかし、ハイラルはうまく角度を調整して矢を放つ。


 それは見事にあの男、ゲリュスへと向かっていった。


 ただしほぼ射程の外から撃った弓、あっさりとゲリュスの剣で矢は叩き落される。


 しかし、期待した効果はあった。

 見え見えの挑発。だからこそ、こちらを下に見ている相手には効果がある。


 フィーは刺すような相手の悪意の視線を感じた。

 それを感じつつ、みんなに指示をだす。


「森の深くに逃げて、視線を切ろう」


 道の守りは放棄する。

 でも、たぶん、相手はまずこちらを捕らえようとするだろうという確信がフィーにはあった。



***



 森の中に、逃げるフィーたちの姿を見る、カインの姿があった。


 その額には汗が浮かぶ。


(無理だ……。対抗できるような数ではない……)


 落馬で人数が減っていても、あの人数差、あの距離なら視線を切られても、フィーたちがいるだろう周辺を人数で囲める。あとは山狩りの要領で、相手を探し、網にかかるのを待てばいい。


 苦悩する……。


 草としての使命を全うするなら、この場では何も手を出さず、すべてを陛下へと報告することが、正しいことになる。

 しかし、その結果として、あの子たちの命は失われるかもしれない。


(あの子が死ぬ……)


 思い出すのは父と母だ。


 カインの両親もまた草だった。

 幼いころのカインは、人のいない山奥に暮らし、両親から草として生きる教育を受けた。ひたすら草としての修行をする毎日。一緒に過ごしたことがあるのは、同じく草を両親に持つ幼馴染のネーナぐらいだろうか。


 父も母も言っていた。


「草とは王の指、王の手。持ち主に噛み付く手などあってはならない」


 実際、父も母も先王の命令を忠実にこなしてきた。その結果は……後の評価では、国に益をもたらしたとは言えないものばかりだったけど……。父と母はそれでも王の命令を忠実に果たしたことは正しかったと信じていた。


 カイン自身も一人前になり、草になり仕えることになった王、ロイは変わった人物だった。


「この件、お前はどう思う?」


 たまに草であるカインたちにそう尋ねてくるのである。

 もちろん命令だから自分なりの考えを答える。しかし、そもそも草に問いかける王など存在しなかった。だってそれは自分の意思を忠実に叶えるための指なのだから。


 それだけでない。引退したあとの草に十分な報酬が払われてないのではと調査まで始めたのだ。

 カインたちはそんなこと考えたこともなかった。

 王の意思を叶え、そして死んでいく。それだけの存在。それが自分たちへの認識だったのだから。


 カインはそこで自分の意思が、目的から外れすぎたことに気づいた。

 思考に深く嵌りすぎて、周囲への意識すらおろそかになっている。そして悩んでいても目の前の問題は一切、解決しない。


 草の教え、それはすべてこの場でカインの取りたい行動を否定していた。

 なのに……。


(助けなければ……あの子を…………)


 カインの心はその答えを絞りだしていた。なぜ、その答えに至ったのかは分からない。この答えが正しいか間違ってるかも分からない。


 それでもカインはその銀色の剣を抜く。


 その瞬間、カインの後方から首を目掛けて鋭い斬撃が襲い掛かった。

 ガキンッと金属がぶつかり合う鈍い音がする。


「あれぇ? 仕留めたと思ったのになぁ」


 攻撃が通り過ぎた方向を見るとひとりの男が立っていた。


 カインはその男を知っていた。

 なぜならカインが監視しているフィーと、この一週間、一緒に過ごしていた男なのだから。


 茶色のやわらかそうな髪、その顔にはおだやかな笑みが浮かんでいる。

 ジョンと名乗っていた男は、カインを殺そうとしていたときですら浮かべていた笑みをたたえたまま、カインに話しかける。


「なんで王家の草がこんな場所にいるの? う~ん、計画が漏れてたなんてことはないと思うんだけどなぁ」


 カインはさっきの太刀筋を思い出す。

 兵士などで剣の指導を受けたものの動きではない。カインの仲間と同じ、暗部のものの剣の振り方だった。


「それはこっちのセリフだ。なんでお前のような者がこんな場所にいる」


 カインは相手を十分に警戒しながら問い返した。


 外部から見ればフィーたちが嵌められたことは明らかだった。しかし、全身甲冑の兵士50人に、騎馬用の馬。おまけに暗部の人間まで。

 なのに目的は見習い騎士をさらうだけ。その目的から注ぎ込まれた人員までいびつすぎる。


「まぁ、僕は彼らの趣味に付き合わされただけというか、仕方なく潜入させられてただけで、あとは父さんに言われてもしものときの後始末をね。そしたらなぜか王国の草がこんな辺鄙な森にいるじゃないですか。じっと俯いて動かないし、ついつい興味が引かれてずっと見てたんですよ。おかげで少年たちを何人か森の外に逃しちゃいましたよ。まあ後で追いかければいいんですけどね」


(よく喋るヤツだ……)


 正直、暗部を勤める人間としてはあるまじき口の軽さだと思う。


「あはは、口が軽いと思ってます? でも、心配しなくても大丈夫ですよ。あなたはここで死ぬんですから」


 そういうとジョンは剣を片手に、笑いながら斬りかかってきた。


 二人の剣がぶつかり合う。


(攻撃が重い……)


 第18騎士隊のある隊員ほどではないが、常人とは思えない力を発揮している。まるで力のリミッターが外れているようだ。


 激しい連続攻撃を受け止めるが、その圧力によってカインの剣が背中側にはじき出され、体が後ろに流されていく。


「ははっ、終わりですね」


 ジョンが笑ってカインの見せた隙に対して、横滑りの突きを放つ予備動作をする。


 それはすべてカインの狙い通りだった。

 膝立ちの状態でカインの左手が雷光のように動き、右腰の鞘に収まっていた銀刀を抜き放つ。


 銀色の軌跡が突きを放とうとしたジョンの腕を通り過ぎる。


「あれっ……?」


 呆然と呟いたジョンの腕の二の腕から先が地面にぽとっと落ちる。


「なんでっ……」


 ジョンは切られた腕を押さえ膝をつき、カインは立ち上がり、彼に宣告する。


「その傷だ。出血多量でもう助からん。もし、助かりたければ雇い主が誰か、本当の目的も含めて全て吐け。……といっても、暗部のお前が吐くわけはないか」


 カインはすぐさま止めを刺す準備をする。

 ジョンは相変わらず腕を押さえながら、笑いつつ呟く。


「ははっ……強い……強いなぁ……。これ……普通の草の強さじゃないよ……」


 案の定、何も語ろうとしないジョンに、カインが止めを刺すために一歩足を近づける。


 するとジョンは緩慢な動作で、カインの切り落とした腕を掴んだ。


(なんだ……? )


 その動きの目的がわからない。警戒してカインの動作が止まる。

 ジョンは切り落とされた腕を、腕のなくなった右腕に押し付けた。


(痛みで錯乱してるのか……?)


 そう考えた瞬間、くっ付けた腕の指が動き出した。


(なにっ……!?)


 それだけじゃなく、ジョンは切られたはずの腕で再び剣を持ち攻撃してくる。

 カインはその攻撃を銀刀で受け止める。先ほどとまったく変わらない重い攻撃だった。


(いったいこいつ何をした……?)


 ジョンは不気味な笑いを浮かべて、カインを見ながら言う。


「もしかしてあなたあのカインさん……?」


 カインは答えない。しかし、それで答えを察したようにジョンは笑う。


「はははっ、通りで強いわけだよ。草でありながらあまりに強すぎて、裏の世界に名前が知れ渡ってしまった不幸な男。でも、そんなあなたがなぜこんな場所に?」


 切りあいをしながら、ジョンは敵から逃げる少年たちの方をみる。


「もしかして、あの中に誰か重要人物がいたり……?」


 隙だらけの格好だった。しかし、カインは戸惑っていた。


(さっきの攻撃、確実に相手の腕を切り落としたはずだ。しっかりと手ごたえがあった……)


 しかし斬り合うジョンの腕は、もう傷が消え、普通に動いている。


(いったいどんな仕掛けだ……?)


 その視線にジョンは笑う。


「不思議でしょう? ちゃんと切ったはずなのにってそう思ってるでしょう? カインさん、ヒタトイの座って知ってますか?」


 ヒタトイの座、カインはその名前を聞いたことがあった。

 アルシア大陸というここからは遠い別の大陸で名を馳せていた暗殺者の集団だ。その実力は、一国の王の暗殺すら頼まれるほどだったらしい。

 噂では1人の男が、両親の亡くなった孤児を拾い、子供たちを暗殺者に育てているという話だった。


「そこでは特別な力をもった孤児たちが集められ育てられてるんです。夜なのに昼のように見える目を持った子供、細身でありながら信じられない膂力をもつ子供、骨を柔らかくしどんな場所にでも侵入できる子、一定の年齢からまったく成長しない子、いろんな力を持った子供がいました」


 ジョンはにこにこと笑いながら、カインへと語る。


「僕の力は死なないことです。死なないんですよ。切られても、首を絞められても、火で焼かれても、鈍器で殴られても決して死ねないんです」


 カインとの切りあいの中で、カインの攻撃が何度か彼の皮膚を裂いたが、それはいつのまにかふさがっていた。


 敵が大きく剣を振り上げた隙をつき、カインの突きがジョンの心臓のある場所に突き刺さる。


「だから僕はみんなにはこう呼ばれるんです」


 しかし、ジョンは動揺もせず、穏やかな笑みをうかべたまま、そのままカインへと剣を振り下ろした。


不死しなず死体ジョン・ドゥって」



前回の落馬描写をちょっと修正させていただきました。

知識不足の作者なので読者さんの突っ込みに支えられております!いつもありがとうございます!

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