185
次の日の見回りは平穏に終わり、お祭りの日がやってきた。
その日は、フィーたち見習い騎士が、はじめて指導の兵士たちなしでみまわりをこなす日でもあると説明された。
最初は、近場の村を3つほど訪れるだけ。だから午前中に終わる。
ジョンから説明を受け、いつも通り朝に集合した見習い騎士の間には、ちょっと緊張した空気が流れていた。
そりゃそうだ。チームがごたごたを抱えてるのだから。
リーダーは相変わらずコニャック。こんな雰囲気の中、誰もやりたがらないのだから仕方ない。
フィーはといえば、周りの雰囲気などどこ吹く風でサンドイッチをむしゃむしゃ食べてた。
「……いつまでも食ってんじゃねぇよ」
コニャックが端々に悪感情を込めてぶつけてくるが。
「はーい」
フィーはけろりとした顔で返事をすると、残ったサンドイッチを一気に頬張りスープで飲み込んで、素直に応じる。
逆に何も関係ないレーミエの方が、空気の悪さに青い顔をしている。
「ちっ、それじゃあいくぞ。ルートは調べておいたから、俺についてくればいい」
そういうと、コニャックは前を向いて歩き出した。みんなもついていくが、コニャックからの指示も特になく、二つに分かれていた部隊が混ざったせいで、少年たちの列はばらばらだった。
それでもみんな黙ってついていく。
「うぅ~、気まずいよぉ~……」
直接、騒動に関与してないはずのレーミエだけが、涙目で小声の泣き言を漏らした。
***
少年たちの見回りは、内容を見なければ、平穏無事に終わった。
村を3つほど訪れるだけなのだ。何かトラブルを得るほうが難しい方かもしれない。
コニャックは、終始フィーにとげとげしい態度で接していたが、これもフィーが流してたので問題はなかった。
砦に帰ると、兵士たちが城の外に集合していた。
「見回りは無事におわったようだな」
部隊長が、フィーたちの姿を見つけて、声をかけてきた。
「はい」
フィーたちが素直な返事を返すと、部隊長は笑って砦の前に集まった兵士たちを右手で指し示す。
「俺たちはこのとおりだ。祭りと聞いて年甲斐もなくわくわくしている」
確かに集まる兵士たちの表情は、みんなうきうきしている感じだった。大人になっても、お祭りというのは楽しみなものなのだろう。
もちろんフィーたちも楽しみだ。
「お前たちも行くんだろ? 一緒に連れてってやるよ」
「はい!」
どうやらお祭りのある村までつれてってくれるらしい。
ありがたい申し出に、フィーたちは元気よくうなずくと、部隊長の後ろについていく。
村へと向かう道には、すでに出発していたのか、兵士たちの集団がまばらに見えた。
「みんなお祭りにいくんですか?」
部隊長に質問すると。
「ちゃんと砦に兵士は残すが、ほとんどの奴は祭りに行くな」
それからにやりと笑って。
「くじ引きで負けて、居残りになった奴らは、この世の終わりかという顔で、落ち込んでいたぞ。酒が飲めんからな」
そういって同情する様子ゼロで、かっかっかと笑い出した。完全に勝利者の笑みだ。
「近年、ここらの地方では大規模な山賊の出現もないからね。できるだけ、祭りを楽しんでもらうようにしてるんだ。ずっと気を詰めてばかりもよくないしね」
背後からの声に振り向くと、兵士長のエッケルトさんがいた。
フィーたちとしては会うのも、一週間ぶりかもしれない。相変わらず柔和な笑みを浮かべている。
「指示をいただいた兵士長には感謝しております。今夜は飲み明かしましょう!」
「ははは、お手柔らかに頼むよ」
テンション高く詰め寄る部隊長に、エッケルトが苦笑いを浮かべる。
そういうやり取りを見て、フィーたちも祭りについて楽しみに話してるうちに、目的となる村へとついた。
ほぼ町といっていい規模の村で、建物は木造の質素なものが多いけど、お祭りのためか、布や木の細工で飾り付けられて綺麗だった。
村の奥のほうからは、村人や訪れた旅人、兵士たちの楽しそうな声が響いてくる。吟遊詩人も来ているようで、楽器にのせた歌が聞こえてくる。
フィーたちもなんだかわくわくしてきた。
村長に挨拶するというエッケルトと別れ、部隊長についていくと、樽や杯のたくさん置かれた区画にたどり着いた。
あたりには独特の芳香が漂っている。においで分かる。お酒だ。
部隊長が振り返るとフィーたちに言った。
「はっはっは、ここは大人のための場所だ。お前たちは飲んだらだめだぞ」
「へぇ……」
「分かってます……」
ちょっと盛り下がった見習い騎士たちに、部隊長が右手の方角を指していった。
「お前たちの場所はあっちだ。食べ物は自由に取っていいし、果物のジュースもあるぞ」
部隊長が指した方を見ると、屋外に置かれた木製のテーブルに美味しそうな料理とジュースがたくさんおいてあった。
「わーい!」
見習い騎士たちは我先に駆け出していく。
フィーも村の人にお皿をもらい、料理を取っていく。
まずかぼちゃの煮物みたいなものを口に運ぶ。
「うん、美味しい!」
鳥の黒胡椒焼きや、山菜の入った卵焼き、豚肉の腸詰。
フィーはそれぞれの料理をお皿にとってどんどん食べていく。
そうやって見習い騎士たちが、美味しい食事を堪能していると、同じ年頃ぐらいの少女たちがおずおずと話しかけてきた。
「あなたたち見習い騎士って本当ですか?」
「う、うん」
偶然近くにいたヘゼールが戸惑いながらうなずくと、きゃーっと黄色い悲鳴があがる。
「わたし騎士ってはじめてみた!」
「ねえねえ、悪い奴らと戦ったりしたの?」
「ま、まだ騎士じゃなくて見習いだよ……だから、そういうのも先輩についていくだけで……」
「すごーい!」
あっというまに一部の見習い騎士たちが、女の子に囲まれる。
全員容姿に優れたものばかりだったけど。やっぱり騎士というのは、女の子にとって憧れの存在なのだ。
「あなたも見習い騎士なの?」
「もしかして外国の血が入ってたりしますか?」
「か、かっこいい~」
フィーの隣にいたクーイヌも、すぐ村の女子たちに取り囲まれる。
というか一番人気だ。
クーイヌはエキゾチックな顔立ちをしているから目立つ。それだけでなく、本当に美形だから、そりゃ人気はでるよね、とフィーも思う。
「え、えっと……あっ、ヒ、ヒース……」
困惑しながら女子の集団に飲み込まれていくクーイヌを、フィーは羊肉の串焼きを口に運びながら見送った。
「ちくしょうー! うらやましいぜー! 俺も美形ならなぁ……」
フィーは別にそんなに容姿は悪くないと思ってるけれど、本人が放ってる普通オーラのせいか、スラッドは女子たちに取り込まれるのをまぬがれた。
「僕もあと身長が30センチ高かったら、レーミエには勝てると思うんだけどなぁ」
フィーも料理をぱくつきながら、女子たちに囲まれて「かわいい」と連呼されてるレーミエを見て言う。
なぜかレーミエに対しては、男性的な面で勝ることに無意味な自信をもっているフィーだった。
***
お祭りもはじまって、ずいぶんと時間が経った。
大人たちはもうすっかりできあがっていて、お酒のジョッキを片手に、村人兵士関係なく、大騒ぎしている。
村の中央では大きな火が炊かれ、吟遊詩人の奏でる音楽にのって、ペアになった男女が踊っている。
その中には村の少女と、見習い騎士たちもいた。
お腹いっぱいになったフィーは、人気のない静かな場所で、そんな光景を眺めている。
「みんな楽しそうだなぁ」
フィーも楽しかった。少し離れた場所から聞くお祭りの喧騒が、不思議と心を暖かくしてくれる。
「きっと後宮にいたまんまだったら、こういう楽しいことも知らなかったんだろうなぁ」
フィーは祭りの明かりを眺めながら、しみじみと呟いた。
そんなフィーの耳に、たったったと誰かがこちらに向かってくる足音がした。
見るとクーイヌが、後ろばかり見ながら、こちらに走ってくる。まるで誰かに追われているようだ。たぶん、フィーのことには気づいていない。
「どうしたの、クーイヌ。そんなに走っちゃって」
「わっ、ヒース。なんでこんなところに」
声をかけると案の定、こちらに気づいていなかったらしい。クーイヌは驚いた顔をした。
クーイヌは、お祭りで別れたときと比べて、服はよれよれになっていた。まあこちらに走ってきた事情もおおむね想像がつく。
「僕はちょっと休憩。クーイヌの方こそどうしたの? せっかく将来有望な美形見習い騎士としてモテモテだったのに、女の子とダンスしてこなくていいの?」
フィーはちょっといじわるそうな笑みを浮かべてクーイヌをからかう。
それでクーイヌもフィーが事情を察してることを理解した。ちょっとむすっとする。
「別にいい。女の子たちにもてたいわけじゃないし……ダンスも興味ないです……」
「ふーん、そっかぁ」
クーイヌは変わってると思う。
こういう年頃の少年は女の子にもてたいものだと思ってた。というか、すぐ近くで見ていると実際にもてたがっている。
クーイヌだって女の子からダンスの申し込みが殺到したからあわてて逃げてきたんだろうけど、もてていること自体は喜んでいると思ってた。
でもフィーのからかいに本当にすねた表情を見せたクーイヌは、そうは思ってなかったみたいだった。
結局、フィーにはクーイヌがどういう考えでそんな結論に至ってしまったのかわからない。友達だって家族だって、相手の考えのすべてを理解することはできない。
フィーはクーイヌに近づいて、その手を取る。
「それじゃあ、せっかくだし僕と踊って見る?」
「えっ……」
クーイヌは驚いた表情をする。
そんなクーイヌにフィーは安心するように微笑みかけた。
「大丈夫。こう見えてもちゃんとステップは覚えてるんだよ」
デーマンにいたとき花嫁修業で身に着けさせられたのだ。誰とも踊る機会がなかったから使ったことはないけれど、練習では意外とうまくてできてたと思う。
フィーは戸惑うクーイヌに一礼すると、ここまで聞こえてくる音楽に合わせて女の子用のステップを踏み始める。
「わっ……」
クーイヌは最初驚いた顔をしたけど、ぎこちなくともそれにあわせて男性用のステップを始めた。やっぱり貴族の子息だから、ダンスそのものは習っていたらしい。
「クーイヌも結構上手じゃん」
やってみると意外と楽しくて、フィーはクーイヌの手を握りながら、くるっとまわったり、寄かかったり、習ったいろんなダンスの動きをしてみせる。
クーイヌはときどきガシャガシャしてたけど、フィーを支えたりしてくれた。
クーイヌを探していた女の子たちも、わざわざここまではこないらしくて、フィーとクーイヌはしばらくふたりっきりでダンスを続けた。
月明かりが照らす中、クーイヌの手を取りながら楽しそうに踊るフィーを見て、クーイヌは思う。
(これって貴族用のダンスのステップだよね……)
ヒースが踊ってみせているのは、貴族の少女や婦人が習うような正式な作法のダンスだった。この村の女の子たちがやっている見よう見真似の踊りとは違う。
クーイヌも後見人にいわれて、一時期、ダンスをきちんとした先生に習っていた。だから照れながらも、ちゃんとヒースの動きにあわせられた。
そう考えると、ヒースは貴族か何かとして、正式な先生にダンスの指導を受けていたことになる。
ヒース本人は貧民の出身だと言っているのに、それだとおかしいのだ。
(この子はいったい何者なんだろう……)
月の白い光に照らされながら、貴婦人用のダンスをきちんと踊ってみせる不思議な少女を見ながら、クーイヌは思った。
(もっとヒースのことを知りたいな……)
なんで貴族の踊りができるのか、なんで男装して見習い騎士なんかやってるのか、いったいどこで生まれたのか、どういう風に生きてきたのか、クーイヌは知らないことばかりだった。
***
村はずれで、コニャックは一人料理をぱくついていた。
「ちくしょう……うまくいかねぇ……」
その口からは、愚痴がましい言葉が漏れる。
「どうしたんだい? お祭りを楽しめてないようだけど」
そんなコニャックに話しかけてきたのは、ジョンだった。
「ジョンさん……」
正直、コニャックはジョンのことをあなどっていた。一緒に見回りをしていた兵士の中でも、立場の低い扱いだったし、実際、見習い騎士たちから見ても気弱で頼りない。
それでも、愚痴を聞いてもらうには、そんな相手のほうがよいのかも、と思う。
「最近、うまくいかないんです……。せっかくリーダーになったのに、言うことを聞かないやつがいて。それでなんか周りの奴らも俺がリーダーにふさわしくないみたいな雰囲気になって……。今まで言うことを聞いていた、南の宿舎の奴らまでよそよそしくなっていくし……」
「そっか……」
ジョンはコニャックの愚痴を聞いてうなずいた。そして言う。
「大丈夫。明日からは見習い騎士たちだけで、見回りをはじめるだろう。それを成功させれば、きっと見習い騎士のみんなもコニャック君がリーダーにふさわしいと気づいてくれるはずだよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「何事もはじめが肝心だよ。はじめが成功すると全部うまくいくし、失敗すると全部だめになりやすい。だから一番最初の見回りを絶対に成功させるんだ。そうすればみんなの信頼は必ず戻ってくるはずだよ」
「で、でも、自信ないっす……」
今まではなんとかあの手この手で相手を負かして、自分の傘下におくことでリーダーとしてやってきた。
それが通じない相手の登場で、しかも逆にぼこぼこにされたことにより、コニャックの自信は喪失していた。
そんなコニャックを元気付けるように笑うと、ジョンはその懐から地図を取り出して見せた。
「それじゃあ、今から僕と一緒に、明日の見回りルートの確認をしよう。全部頭に入れてしまえば、ミスすることはないはずだよ。君が自信をもてるようになるまで僕もずっと付き合うよ」
「ジョンさん……」
コニャックの瞳が潤む。コニャックはジョンを内心で舐めていたことを後悔した。
ちょっと頼りない印象だったけど、優しくて親切な人じゃないか。
「コニャック君にはこの仕事で一番大切なコツを教えておくよ」
「大切なこと?」
「うん」
ジョンは深くうなずくと、コニャックの目をまっすぐ見ていった。
「村の人たちを信じることさ」
「信じる……」
その言葉を復唱するコニャックにジョンが微笑む。
「そのとおり、守るべき人たちを信じられないんじゃ騎士も兵士も務まらないよ」




