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 誰かを嫉んだことはあるだろうか。


 フィーの場合、クーイヌが初めてだったと思う。


 王女だったころは、意識したことがなかった。

 周りも自分もそれが当たり前だと思っていたから。


 見習い騎士になったころは、周りは目標だった。

 いつか、遠い目標だったけど、追いついてやるんだと思っていた。ゴルムスにだって……。


 初めてその感情を意識したのは、クーイヌと友達になってしばらく経ったころだった。


 最初はクーイヌだってみんなと同じだと思っていた。

 あの強かったゴルムスを一瞬で倒してしまったときだって、そういうものかと思い、ただ目標をまた一歩遠くにすればいい、そう思ってたのだ。


 でも、違った。

 一緒に過ごしているとだんだんと分かっていく。

 クーイヌは特別だった。


 リジルがよく自分のことを天才と言ってるけれど、フィーは本当の天才はクーイヌだと思う。


 もちろんクーイヌだって努力してるのは知ってる。子供のころから努力してきたことも。


 でもそれはみんな同じだ。

 ゴルムスだって、レーミエだって、スラッドだって子供のころから剣をやっている。


 今だって立派な騎士になるために、みんな剣の練習を欠かすことはない。

 ゴルムスなんて本人はあんまりがんばってるように見せるのがすきじゃないが、本当に努力家だった。

 あの巨体はゴルムスのアドバンテージだけど、同時にその体を自在に動かすには、筋力トレーニングが欠かせない。


 クーイヌに負けてから、ゴルムスが筋トレの時間を倍に増やしたことを知っている。


 それでもクーイヌに追いつく気配はない。


 普通に努力して、誰よりも強い。

 それがクーイヌだ。


 フィーが努力しても、その足元にすら追いつけない。

 平気な顔をして、すたすたと歩くようにして、フィーたちを引き離していく。


 だから誰もがクーイヌに注目している。


 大人しい性格だから、人の輪の中心になることは少ないけれど。

 クーイヌのことを忘れる人なんかいない。


 北の宿舎の少年たちも、他の宿舎の少年たちも、そして大人たちも、みんなクーイヌのことを認識している。

 見習い騎士の中で一番の剣の使い手で、おそらく将来は騎士たちの中でもトップになるだろう少年。


 ただそこにいるだけで、自分の存在の証明をしている。


 それはフィーがほしくてほしくて、たまらないものだった。


 なのにクーイヌったら、そんなこと意識する様子もなく、のんきにフィーのそばで過ごしているのだ。


(まあ嫉むぐらいしても許されるはずだよね)


 フィーは唇をちょっと尖らせながら、滑らないように一度手を拭って、木剣を握る。


 ここはコニャックに決闘の場所として指定された砦の一角。

 この無駄な諍いから始まった無駄な決闘の舞台。

 フィーもコニャックも準備を終え、その場所に立っている。


 周囲には見習い騎士の少年たちが、興味津々でそれを取り囲んでいた。

 心配そうにこちらを見るレーミエ、スラッド、そしてクーイヌの姿もあった。


「逃げずによく来たな」


 コニャックはフィーの方を見ながら、威嚇するように木剣を素振りしている。

 でも、フィーはクーイヌのことを見ていた。


 少々不満顔で。


(そりゃ、心配するよね。僕ってば弱いもん)


 心配してくれてるのに、こんな風に思うことは失礼かもしれない。


(でも、クーイヌだって悪いと思う。一度も僕に打ち込んできてくれたことないんだから)


 そう、フィーはクーイヌに一太刀入れるどころか、一太刀すら入れられたことがないのだ。

 それほど余裕でかわされてしまう。


 実力差だと言われればそれまでだけど、さすがにちょっと失礼なんじゃないかと思う。


(だからこういう感情を持つぐらいは許してよね)


 心配そうにフィーを見返すクーイヌを見ながら、最後にそんなことを心の中で呟いて、フィーは試合の相手であるコニャックへと視線を移した。

 それでも心はまだクーイヌを意識している。


 クーイヌに追いつけるようになりたい。

 あんな手加減だらけの試合をされるような存在ではなく、ちゃんと戦う相手として認められるようになりたい。

 才能は勝てなくても、そのズボンの裾を掴むぐらいはしたいじゃないか。


 そのためには、今までの通りじゃだめだった。


「いっておくけど、ぼこぼこにされても恨むなよ」


 そんなことを言いながら、こちらを威嚇するコニャック。


 彼は言動のわりに、意外と計算高い少年だ。

 この勝負も勝算があって挑んできている。


 じゃあ、彼の勝算とはなんだろうか。


 答えは明快だった。

 フィーが小さいからだ。


 小さいものは弱い。大きいものは強い。

 これはほとんどの場合、真実だ。戦いにおいて体格の差は大きなアドバンテージなのである。

 大型犬と小型犬が喧嘩して、後者が勝つと予想するものはいない。


 実際にフィーも弱い。


 だからフィーは工夫して戦うようにしてきた。

 剣だけじゃなく他の武器も一緒に使えるようにしたり、相手の不意をつくような技を身につけたり。


 でも、クーイヌに勝とうとするならそれじゃあだめだ。

 基礎的な力が違いすぎるからだ。


 フィーがどんな小細工を使っても、実力が違いすぎて一切通じない。


 だから、クーイヌに追いつきたいと思うなら、追いつけなくともせめて一太刀ぐらい入れてもらえる存在になるなら、フィーも純粋に自分の実力をあげる必要がある。


 コニャックの行動は、彼の勝算と同時にひとつの真実を示している。

 弱い相手を選んで勝負を挑み、勝負前に威嚇して気勢を削ごうとする。それは彼自身も剣の実力はそこまで自信がないということを示していた。


 そんな相手なら正面から倒せるぐらいの実力がないと、クーイヌとは勝負にもならない。


 長期休暇がおわって、サバイバル訓練のことを聞いてから、フィーはゴルムスと特訓をしていた。

 クーイヌとの実力差を埋めるために。


 ゴルムスは本人の訓練にはならないだろうに、それでも「なんでも勉強だ」といって快く応じてくれた。


 その成果をみせるときだ。


(見ててね、クーイヌ)


 フィーはクーイヌをちらっと見ると、木剣を抜いて構えた。


 何かいろいろ言っていたコニャックも、コニャックの挑発に乗らずほとんど無言で剣を構えたフィーに、顔を歪めながら剣を構える。


「ふん、いいぜ。御託はいらねぇ。俺の実力で叩きのめしてやる!」


 フィーとコニャック、二人の決闘がはじまった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 地力が強くなって不意打ちとかもできたら強いよね
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