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 町の少女たちがさらわれそうになった事件から五日が経った。

 捕まえた男たちの引渡しも完了し、逃げた男たちにも追っ手がだされ、ドーベル家の領地には平穏が戻っていた。

 フィーの痛めた足も治り、侍女としてお屋敷の仕事を手伝いながら、休みの日を過ごしている。


 そんなフィーだったが、今日はまた町に来ている。

 それというのも、町の女の子たちにお呼ばれしたからだった。


 あのあと、女の子たちはこっぴどく叱られたらしい。フィーが町についたときには、女の子たちに泣きながら謝罪された。お父さんにげんこつをされたり、フィーのことが心配だったりと、いろいろと大変だったらしい。

 人攫いに襲われたのは彼女たちのせいではないのだから、フィーとしては別にいいのにと思ってるのだけど。

 そんなこんなで仲直りし、屋敷にもどって翌々日、ベッドを届けにきた父親についてきたコロナに、この前のお詫びもかねて招待されたのだ。


 フィーが招待されたのは女子会というものらしい。だからクーイヌは来られない。

 何でも女の子同士が集まって、とにかく話す会合らしい。貴族でいうお茶会も似たようなもんだし、さほど違和感はなかった。


「ありがとう、クーイヌ」

「うん、楽しんできて」


 送ってくれたクーイヌにお礼を言って、五日ぶりに町の門をくぐる。


「あ、ヒース。こっちこっち」


 門の近くで待っていてくれたらしい。ヘラがすぐに見つけて、手招きしてくれる。

 そのままついて行くと、この町の綺麗な白い壁の家にたどり着いた。扉を開けると、ふわりと甘い香りがした。

 フィーはそのにおいをすんすんと嗅ぐ。


「スコーンのにおいだ」

「なんでわかるのよ……」


 ヘラが驚いたような、ちょっと呆れたような視線でフィーを見た。


「あ、いらっしゃーい」


 エピカ――よくヘラの隣にいるちょっと気弱そうな女の子――がフィーを見て嬉しそうに立ち上がる。

 他の女の子たちもすでに来ていた。フィーを見るとそれぞれ歓迎の挨拶をしてくれた。


 エピカが綺麗な布を敷いたバスケットを持って、フィーの方に走ってくる。


「あのね、この前のお詫びとお礼もかねて、みんなでスコーンを焼いたの」

「ええ、そんないいのに」


 そう言いながらフィーの視線は、香ばしいにおいのするスコーンに釘付けだった。

 口の端から、ちょっと涎が見えている。

 流行のお化粧をして身だしなみをきっちり整えた、侍女服姿の少女との外見のギャップがひどい。


(意外と食い意地張ってるんだ……)


 ちょっとしたお礼程度の気持ちで準備したスコーンだったのに、予想外の効果の大きさに少女たちは驚いた。フィーを席に案内して、自慢のお茶を淹れるけど、フィーの視線はスコーンの方をひたすら見ていた。


「えっと、食べていいよ」

「本当!? いただきまーす!」


 エピカがそう言うと嬉しそうに顔を輝かせて、スコーンにかぶりつく。

 もしゃもしゃと蜂蜜を混ぜた生地を食んで、満足げな笑顔を浮かべ、ため息をつく。


「おいしい~!」


 その笑顔に少女たちは、町にいる年少の子供たちにお菓子を焼いてあげたときのことを思い出していた。

 ひとつめを食べたと思ったら、口もとに食べかすをつけたまま、ふたつめを手につかむ。

 その姿は、少女たちが怖れ、そしてちょっぴり憧れた都会女の姿ではなかった。


 少し呆然と、その姿を眺める。

 ただお菓子作りが得意で、彼女がメインでスコーンを作ったエピカだけは、美味しそうに食べてくれるフィーを見て、どことなく嬉しそうな顔をしていた。


 さて、そんなフィーの意外(?)な側面を早くも目撃してしまった少女たちだったが、実はここにフィーを呼んだのは目的があってのことだ。

 目的とはもちろんクーイヌに関係することである。


 自分たちのせいで大変な騒動に巻き込んでしまったし、怪我も負わせてしまった。人攫いにさらわれて遠い国に売られそうになるという人生最大のピンチを助けてもらったし、本当に感謝しなければならないことはわかってる。

 実際にお礼できないほどの恩をもらったと思ってるし、自分たちが力になれることなら、してあげたいと思っている。

 ただ、それで単純に、幼少のころから憧れ続けていたクーイヌさまを諦められるかといったら、また話は別な話なのである。


 もう邪魔したり足を引っ張ったりするつもりはないが、その――どの程度将来的にくっつく可能性があるのかとか、現状はどういう関係なのかとか、それぐらいは知っておきたいではないか。

 将来に向けての心の準備をしたり、自分たちにも少しは可能性が残されてるのか考えるためにも。


 目下のところ、クーイヌさまの行動や態度を鑑みれば、この都会からやってきた美少女――という化けの皮がスコーンのせいで早くもはがれつつある侍女――かもちょっと武器を振り回していた姿を思い出すと怪しい。

 謎の、もうなんだかよくわからない恩人が、クーイヌさまの恋人の第一候補であることは間違いないのである。

 クーイヌさまの方をみればそれはわかる。


 じゃあ、ヒースの方はどうなの、と女の子たちの間でなったのである。


 もし、ヒースもクーイヌを好きなのであれば応援したり、二人の関係が進展するように協力したりしないでもない。


 子供のようにスコーンをぱくつくヒースの姿を見れば、その気持ちも大きく膨らもうというものだ。


 あっ、食べるのにグロスが邪魔だからって、ふき取りやがった……。


 初遭遇のときには、ヒースが放っていた『できる都会の女』のオーラに圧倒されていた少女たちだったが、現況はちょっと呆れた視線に変わっていた。

 技術はあっても、素質はあっても、このヒースという子にはもっとも大切な『女の子はいつだってかわいく』という本当に大切な心持ちが存在していない。

 あとで指導してやりたいぐらいである。

 ただエピカだけは例外的に、暖かい視線でヒースのことを見ていた。

 

 予想外にスコーンに食いつかれ、優雅にお茶を飲みながらお話しするというは当初の予定は狂ってしまったが、計画に変更はない。


 クーイヌさまとヒースの関係を聞くといっても、いつも代表を勤めるヘラが「あんた、クーイヌさまとどういう関係なの?」と聞いては、先日の二の舞である。

 少女たちも学習したし、反省したのである。

 それにそのとき聞いても返ってきたのは『クーイヌさまの侍女』という答えだけである。こんな侍女がいるわけがない……。

 ふたたび直接聞いても、少女たちの得たい情報が得られる可能性は極めて低い。


 でも、大丈夫だった。

 少女たちはこのときのために秘策を考えてきたのである。

 ヒースのクーイヌに対する気持ちを確認するための。


「ねえ、せっかくだから、みんなで一緒にゲームしない?」


活動報告にて書籍版の表紙を公開させていただきました~。

とてもきれいなのでぜひぜひ見ていただきたいです。

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