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クーイヌがフィーの姿を確認して、少しほっとした顔をする。
それからすぐにもとの真剣な表情に戻った。
「この女の仲間か……!?」
「へっへっへ、まだガキじゃねーか。不意をついて少し倒したぐらいで調子に乗るなよ」
男たちは後ろの仲間が倒されたのは、不意をつかれたからと思ったようだが、それは違うとしか言えなかった。
互いに剣を向け、にらみ合う―――クーイヌにとっては、その必要すらない。
クーイヌが地面を蹴ると、その姿が掻き消えた。
相手の視界から一瞬で抜け出すと、死角からすさまじい加速の乗った一撃を放つ。相手は反応すらできずにやられてしまう。
「なっ……!」
男たちが今更、驚愕した顔をする。
だが、もう遅い。
というよりは、クーイヌと対峙した時点で、動きについていける実力がなければ対策のしようがない。それは北の宿舎の見習い騎士たちにとっては、もはや常識となってしまったことだった。
クーイヌは動きを止めずに、狼のような俊敏なステップを踏むと、男たちを防御すらさせずに全滅させていった。
正面から相対しても、フィーがやる不意打ち以上に有効に、比べ物にならないほどの威力で相手を倒してしまう。
何も特別な道具を使わなくても、戦術を考えなくても、これである。
フィーからすると、「モノが違う」としか言えなかった。
斬られた痛みにうめき声をあげながら、地面に転がる悪党たち。
遅れてやってきた町の人たちは、それを見て驚いた顔をする。
「この男たちは拘束して後日、兵士に引き渡しましょう。残党がいるかもしれませんが、深追いはやめてあとは国に任せることにします」
ふうっと一息つくと、いつもの静かな表情に戻ったクーイヌはみんなを振り返ってそう言った。
町の人間たちも頷いた。
(立派に領主してるなぁ~)
と、フィーは思った。
町の男手たちが倒れた男たちを連れて行く。
フィーはクーイヌにまっさきにお礼を言った。
「助けにきてくれてありがとう、クーイヌ」
クーイヌが自分を助けにきてくれたのは明白だった。あんなに急いで。
ほっとして、助かって、そうしてあらためて考えてみると、やっぱりそういう風に助けにきてくれたことが嬉しい。
随分と親しくなって、一緒に過ごしてきて、今更そんなことを思うのはどうかと思うけど―――。フィー自身も少し人間不信の気があるかも、と思ってしまった。
クーイヌは何か思い出したように赤面しつつも、そっぽ向きながら「無事で良かった」と言ってくれた。
その仕草がいつものクーイヌという感じで、フィーはほっとする。信じられないほど強いのに、なんだか可愛いのがクーイヌなのだ。
なんというか、こう――思いっきり撫でたくなる。
ただ、足を怪我しているし、みんなの見ている前でそれをしては、領主をやっているクーイヌの威厳を下げてしまう。フィーは衝動を我慢した。
心の中のクーイヌの頭を、存分にわしゃわしゃと撫でる。
クーイヌがそんなフィーに首をかしげた。
それからクーイヌにお願いする。
「そういえば、肩を貸してくれる? 足を怪我しちゃって」
「怪我を!?」
その言葉にクーイヌが心配そうな顔をする。
「うん、ちょっとひねっただけなんだけどね」
そう言って肩を貸してもらおうとすると、クーイヌがはっと気づいたような表情をした。
それから結構な時間逡巡し、最終的に赤面してどもりながら口を開いた。
そのずいぶんと時間をかけた動作は、フィーが思わずそのままクーイヌをじっと観察してしまったぐらいだ。
「あのっ、そ……それなら、だっ……だっ……だ」
ひたすら『だ』を繰り返すクーイヌに、フィーは何を言おうとしてるのか首をかしげたが、クーイヌが自分に伸ばしている手の形に、ようやく何をしようとしているのか察した。
「抱っこ? それはいいよ。子どもっぽいし、恥ずかしいし」
フィーはくすりと笑いながら、それを断った。
「そっ……そうですか……」
クーイヌが肩を落とす。
そんなクーイヌの肩を借りながら、フィーは一緒に町をめざして歩いた。
「そういえば、クーイヌって投擲もできたんだね。あの時、本当に助かったよ」
逆上した人攫いに斬りつけられそうになったピンチのとき、銀の短刀が飛んできて、それを防いでくれた。あれがなかったら、フィーは最悪死ぬか、そうでなくても大けがを負ってたかもしれない。
今から思い出すと驚きである。なぜならフィーは、クーイヌが訓練中そんなことをしているのを見たことがないからだ。基本的にクーイヌは、近接戦闘のスペシャリストである。
「投擲?」
クーイヌがそれに首をかしげる。
フィーはあれっと思った。
「え、だって……」
クーイヌは本当によくわからないという顔をしている。フィーは混乱した。
クーイヌに寄りかかりながら、あたりを見回しても、フィーの見た銀の短刀はどこにも残っていなかった。町に戻ったあと聞いても、誰も知らなかった。
(じゃあ、あれはなんだったんだろう……)
記憶には鮮明にのこっている、自分を助けてくれた銀の光。
フィーには記憶違いとはとても思えなかった。




