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フィーは少女たちの縄をナイフで切ったあと、自らの武装をチェックする。
準備をしたといっても、服の中に仕込めるものなため、そこまで大した武器はない。
メインになるような武器は、背中に隠していた薄くて軽量の中型の剣。
それから飛び出し式の剣が左右で二本。
残念ながら、フィーが良くトドメに使う鈍器系の武器は少ない。あとは投擲用の小型ナイフ。スカートに隠していた折りたたみ式のショートボウと矢が五本。あとは特殊な道具がいくつか。
「あんたいったい何なの……?」
戦うための準備を整えていくフィーに、戸惑うヘラが問う。
「ふっふっふ、クーイヌの侍女だよ」
それにフィーは不敵に笑って答えた。
外の気配を窺い、閉じ込められていた部屋の扉を静かに開ける。縄で縛っているから大丈夫と思ったのか、ただの少女たちと侮ったのか、扉に鍵はかかってなかった。
少女たちに部屋で待機しているように指示をして、そーっと外にでると、10メートルほど離れた場所に明かりを見つけた。
坑道にあったものをそのまま利用したのだろう。
くすんで古ぼけた明かりの下でひとり、男が椅子に座っていた。
こちらに視線は向いてない。見張りなのに明らかにやる気がない。
ただ運が悪く、視線がこちらに向こうとしていた。
フィーはすぐに投擲用のナイフを相手の右手に向かって投げた。投げられたそれは、男の右手を掠るように通過していく。
「痛てっ! ……なんだ……?」
男が突然の手をみると、スッと切れていた。
一瞬、呆ける男。
男がハっと顔をあげたときには、脚を振り上げ、接近したフィーの姿があった。
かかと落としの要領で、椅子に座って低い位置にある相手の頭を蹴り落とす。
「ぐふっ」
靴裏に(軽量だが)鉄板が仕込まれた靴に蹴られ、相手は気絶した。フィーがいまのところ装備している唯一の鈍器がこれだ。
振り返ると、少女たちが扉から顔を出し目を丸くしてこちらを見ていた。
手招きをすると、傍に寄ってきて、恐る恐る気絶した男の方を見た。それからフィーを見る。
フィーはそれににこっと笑顔で返した。
「にゃ、にゃんなの……あんた……」
「だからクーイヌの侍女だってば」
ヘラの声はちょっと震えていた。
使われてない坑道には明りは少ない。逆に敵がいる位置は光で分かった。
坑道から外にでる一本道、男が三人ほどがランプの下で話している。
「へっへっへ、上手くいったな」
「ああ、あとは馬車にのって、暗黒領まで逃げ切ればいい」
彼らの顔は油断しきっていて、酒まで飲んでいるものもいる。
「おい、酒はあんまり飲むなよ。見張りは交代制なんだ」
「なぁに、馬車がくるまで、約束通りならあと1時間もない。俺たちの番までこねぇよ」
息を潜めて話を聞くと、ほとんどの人員は外にでているらしい。彼らは仲間の馬車を迎えるとともに森の周囲を警戒して、騎士や兵士がきてないか最後の見張りにでているんだとか。
とりあえず、ここの三人を倒さないと坑道から抜けられない。
三人が相手。少し厳しいかもしれないが、倒せば見張りが戻る前に坑道を抜けられる。
フィーはスカートのポケットから球を取り出し投げた。それには細かく砕いた胡椒が入っていて、割れると周囲に広がるようになっている。
「なんだっ!? ぐっ……げほっげほっ」
「おい、大丈夫……ごほっ……ごほっ」
視界が悪かったせいか二人吸い込んでくれた。
フィーはさっきのように走って近づいて、一人を同じ蹴りで気絶させる。
「なっ、敵襲か!? ごほっ……」
もう1人は効きが甘かったらしく、フィーの蹴りは避けられてしまった。しかし、すぐに近づき、短剣で武器を持った方の腕を刺す。相手は剣を取り落とした。
それから回し蹴りで回復しないうちに蹴り倒す。
そして残り一人。
「おっ、お前はさっき捕まえた……。くそっ、罠だったのか……!」
相手は完全に戦闘体勢を整える。
長剣を抜き、こちらへと刃を向ける。不意をつけたから、今までは上手くいったが、正面戦闘だと格段に難しくなる。
さらにフィーの中には問題があった。
さっきまでの戦いを見れば分かるとおり、フィーは相手を殺すことができない。いつも気絶させて無力化させてばかりだ。
それはレコンを相手にしたとき、顕著になってしまった問題だ。
正面戦闘が苦手な上に、無力化までを考えると一気に難易度があがる。こちらは少女を守らなければいけない。悪人相手にそこまで気を使ってられない。
フィーはクロウに言われたことを思い出していた。
『あんまり深く考えるな』
騎士を続けるのをなんとか認めてもらい。さすがに現状のままでは心配してくれたクロウに申し訳ないと、クロウにアドバイスを求めたときに言われた言葉だ。
曰く、『相手を殺してやろう殺してやろうなんて、やる気満々で戦う奴なんて滅多にいない』、『かといって、殺すのをためらってたら自分がやられちまう』。
だから、『積極的に殺しにいく必要はない。ただ訓練どおり体を動かせ。その結果、相手が死んじまったら、そのあとで罪悪感抱くなり、忘れるなり対応を考えろ。……どうしても耐えられなくなったら騎士なんてやめちまえばいい』。
フィーは言われたとおりなるべく思考を薄め、背中に隠していた剣を抜き、相手と対峙した。
相手が飛び掛ってくるのを避けて、間合いを詰める。リーチは相手が有利。懐に入らなければこっちの攻撃は届かない。
初撃を避けて、何度か剣を交わす。
「くっ……!こいつ……!」
相手はフィーのすばしっこい変則的な動きに戸惑ってるようだった。
フィーは伸びた相手の手を斬り付ける。肉を斬る感触がする。
「ぐっ……!」
一瞬、フィーの手が緩んだ。
それは攻撃を浅くに留めてしまう。敵は剣を落とさなかった。まだ十分に力のある腕から、反撃の刃がフィーに振り下ろされる。それをフィーはぎりぎりのところで避けた。
背中の方からきゃぁっという悲鳴が聞こえる。
フィーはさらに懐に踏み込む。
「くっ……!」
リーチの長い武器を持っていた相手は苦しそうな顔をする。
(考えない……!)
その顔を目がけて、今度はフィーは思いっきり片手で剣を振った。首に当たれば殺しかねない攻撃。でも、ためらわない。
慌てて相手はのけ反りながらの攻撃を避けた。体勢が崩れて大きな隙ができる。
しかし、フィーの方も剣を振り切ってるのですぐに次の攻撃は放てない。
でも大丈夫だった。
フィーはそのまま剣を手放し放り捨てると、右と左の飛び出し式の刃を出した。そしてそれで相手の肩を刺す。
「ぐあああっ……!」
両肩を刺され相手が武器を取り落とした。
あとはもう簡単だ。防御できなくなった相手の顔目がけて、フィーは蹴りを放った。相手は白目を剥いて気絶する。
「ふうっ……」
なんとか三人を倒した。
「それじゃあ、坑道から出よう」
後ろにいる五人を振り返ってそう言うと、目を丸くしながら、こくこくと頷いた。
フィーは彼女たちを先導して、夕暮れの日が差し込む坑道の出口へと向かう。
結局、今回も相手を殺すことなく済んだ。
それが良いことなのか悪いことなのかは分からない。
でも、あとでクロウがその報告を聞いたらほっとするかもしれない。




