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町を出て、薄暗い森の中に入っていく。
自然溢れる景色は綺麗だけど、あまり視界はよくない。
「ふっふっふ、都会育ちには怖いでしょ……!」
少女たちはどうやらフィーを都会育ちだと勘違いしているようだ。コンラッドに教わった、流行の最先端とかいう(フィーはうさんくさいと思っていた)化粧のせいかもしれない。
しかし、どうにも怖がっているのは少女たちの方だった。心なしかその顔色が悪い。
大人たちの約束を破ったことが地味に堪えているようだった。
「ひゃっ」や「ひぃ」など何か物音がするたびに悲鳴をあげながら、フィーを先導し森の中を歩いていく。
フィーの方はといえば、森の中に響く鳥の声なんかを聞きながら、予定外の森の散歩を楽しんでしまっていた。例によって暗いところは苦手ではないのだ。
ただ聞きなれない音や、視界の悪さから、まわりに何かあっても気配は察知しにくいかもしれない。
森の中をついていって20分ほど。
少女たちは立ち止まり、フィーの周囲を囲んだ。
自分たちでも怖れる森の深部(そこまで深くもない)、そして圧倒的多人数(片手で数えられる)。忌々しい都会女はびびってるに違いないと思っていたが、いざ対峙してみるとけろりとした顔をしていた。
完全に計算違いである。
(何なのよこいつ……)
リーダーのヘラはそう思うが、フィーとしては当然だった。
時には男相手でもにらみ合って戦うのである。少女たちの甘い包囲は脅威とはなっていない。ただクーイヌの治める町にすむ少女たちとは、良好な関係でいたいと思っているので、状況を甘んじてうける。
「あんた今日からクーイヌさまに近づくのはやめなさい! あんたなんてクーイヌさまにぜんぜん……! ちょ、ちょっとだけぜんぜん相応しくないんだから!」
「そうよ。いくらお洒落でも、貴族に釣りあう容姿だって……! 綺麗でも……。なんかこう…………。ふさわしくない……んだから」
「ううっ、確かに……。相応しくない。私たちぜんぜん綺麗じゃないし、お洒落だって都会の子に負けてるし……。私達ぜんぜんふさわしくないよ」
「こ、こらっ、ゲルト。今は落ち込んでるときじゃないでしょ! この女と戦わなきゃいけないんだから!」
少女たちの言葉はどんどん歯切れがわるくなっていった。
そりゃそうだ。フィーが馬車からでてきたとき『負けた……』とショックを受けていたのだ。クーイヌさまの目に少しでも留まりたいから――恋人になれるなんて図々しい考えはなかったけど――お洒落やら美容やらをできるかぎりがんばってきた。相手の悪いところを探そうとすれば、返しの刃が見事自分に突き刺さってくる。
クーイヌの侍女として外見を整えたフィーを貶すたびに、どんどんクーイヌさまが自分たちから遠い存在であることを自覚してしまう。涙目である。
そんな少女たちに、フィーは苦笑いした。
「クーイヌはそんなこと気にする性格じゃないと思うよ」
恋する少女たちへの励ましの言葉だった。
実際、クーイヌはそんなことで相手を見下したりはしないだろう。そういうことで相手を差別したりしない、優しい気性の持ち主が、フィーの自慢の友達だった。
しかし、悲しいながらフィーの心遣いは少女たちには届かない。
「何よ、余裕ぶっちゃって!」
「しかも呼び捨てなんて!」
悲しいかな。フィーと少女たちでは完全に視点がずれてしまっていた。
互いに、ではないがにらみ合うフィーと少女たち。少女たちには目の前のにっくき都会女フィーをぎゃふんと言わせる術がなく、フィーの方もうまくコミュニケーションできない。
互いにこう着状態になってしまう。
そんなときフィーの表情が変わった。何か酷く厳しい表情になる。
「な、なによ……」
「君たち、誰か他に連れてきた?」
「は、何言ってるのよ?」
少女たちはフィーの言ったことに、本当にわけがわからないという顔をする。
(まずいかも……)
人の気配が近づいてくることに気づいたのだ。しかも、複数。あきらかにこちらに狙いを定めて。
彼女たちの知り合いかと思ったが、音から判断して足運びが普通じゃない。少し荒いけど気配を隠そうとしながら近づいてきている。
彼女たちに警告しようと思った瞬間、茂みの中から男たちが飛び出してきた。
(しまった。距離を測り間違えた……!)
慣れない環境で、気配を捉えるのが遅れてしまった。しかも、相手がもっと遠くにいると思ってしまった。
「へっへっへ! やっぱり女だ!」
「捕まえろ!」
「きゃ!? きゃぁあああああ!?」
「なに!? なんなの!?」
あっと言う間に少女たちが捕まってしまう。
「運がいいぜ。北の暗黒領に逃げるつもりで、迎えの馬車がくるまで森に身を隠していたが、ちょうどいい手土産が手に入った!」
明らかにカタギでない男たちが、少女たちを捕まえ、下卑た笑みを浮かべる。
「いや! 離して!」
「おい、大人しくしろ!」
「ひっ!」
暴れようとした少女たちだが、刃物を突きつけられ、顔を真っ青にして大人しくなった。
男たちの数は総勢10人。
フィーは迷っていた。
(このまま逃げる……? でもそれだと女の子たちの場所が分からなくなってしまう。じゃあ、ここで戦う? さすがにこの人数は無理……。しかも、女の子たちはすでに拘束されてる……)
フィーが選んだ結論は―――。
「おい、まだ。上玉が一人残ってるぞ。しかも、飛びきりのだ!」
「こいつは高く売れるぜ!」
フィーは演技する。男たちに怯える育ちの良い少女のように。
「あ……あなたたち何なんですか……。いきなり、どうしてこんなことを……」
「へっへっへ、俺たちは人攫いってやつよ。大人しくしていな。そうすりゃ怪我はしねぇ」
「……わ、わかりました……。だからどうか乱暴しないでください……」
「わかってるって」
涙を浮かべ真っ青になってその場で震えるフィーを、にやりと笑った人攫いの一人が、後にまわってその腕を縛る。フィーは大人しくされるがままになった。
こちらに怯えて大人しくいうことを聞くと思った人攫いたちは、フィーのボディーチェックをしなかった。
捕まったフィーと少女たちは、そのまま森の奥へと連れて行かれた。
人攫いたちに森の奥深くまで連れてこられたフィーたちは、岩肌に小さく穴の開いた暗い洞窟の中に入らされた。どうやら昔、坑道として使われていたようで、扉のついた部屋がいくつかある。
人攫いたちにその一室に閉じ込められた少女たちは、腕を縛られたまま、膝を抱えて泣いていた。
「ひっく、ひっく、私達どうなっちゃうの……」
「人攫いって言ってた……。私たち売られちゃうんだぁ……」
「お母さん、お父さん……」
目を赤くして泣きじゃくる少女たち。
それも仕方なかった。昨日まで領主の少年に憧れて、町で平凡で幸せな生活を送ってきたのだ。それがまさか人攫いに攫われ、どことも知らない場所へ売られてしまうことになるなんて。
泣かない方がおかしかった。
それでもヘラという少女だけは、きっと強いまなざしでみんなのことを見て言った。
「泣いてる場合じゃないでしょ!」
「ヘラ……?」
「確かに絶望的な状況だけど諦めちゃだめよ! なんとか逃げる方法を探すのよ!」
ヘラも泣いてはいないけど、その瞳には他の子と同じように涙が滲んでた。
「そうはいっても、どうやるの……?」
「そうだよ。私たち、普通の女の子だもん。こんな状況でできることなんて何もないよ……」
「今日の夜には馬車がくるって言ってた……。大人たちもこれじゃ間に合わないよ」
「何か見つけるのよ、私たちで! 例え全員で逃げるのは無理でも、せめて……、せめてこいつぐらい逃がしてあげないと」
ヘラはこいつと言って、縛られた上でフィーのことを指した。
「私たちが……巻き込んじゃったんだから……。それからごめん……。お父さんたちとの約束……破らせて……、こうなったの本当はぜんぶ私のせいだ……」
ついにヘラの目じりからも涙がこぼれだし、ぼろぼろと地面に落ち始めた。
その場の、全員が沈黙する。
そんなとき声が響いた。
「心配ないよ。みんなで逃げよう」
フィーの声だった。
フィーはさっきからずっと周りの音に意識を集中していた。
慣れない環境に掴むのはむずかしかったけど、自分たちの捕まった部屋から人が遠ざかったのは確認する。恐らくさほど見張るつもりはないのだろう。
彼らは隠れている。周囲を警戒する方に力を傾けているはずだった。
今、傍にいるのは恐らく一人か、二人。
そう確信したフィーは、右ひじをちょっと変わった角度で曲げる。
次の瞬間、侍女服の袖口からガシャンッと刃物が飛び出し、フィーの腕を拘束する縄を切断する。ぱらぱら、とフィーの腕を拘束していた縄が解け落ちた。
クーイヌの侍女を務めることになったフィーは、『いろいろ』と準備していた。
もし、クーイヌにピンチが訪れたときのための隠し武器を、侍女服の全身に仕込んでいた。
飛び出すギミックは、ガルージに作ってもらったもの。相手の不意をついたり、ありえない角度から攻撃したりするため。
さすがに触られたら違和感でわかるので、人攫いたちに大人しく拘束されたことが賭けに勝った。
「えっ?」
呆然とする少女たちを置いて、フィーはあっさりと脚の縄も切り、完全に拘束を解くと、むくりとその場で立ち上がった。
そして少女たちに微笑む。
「大丈夫、僕がちゃんと君たちを家族やクーイヌたちのもとに連れて帰るから」




