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 クーイヌと町に行く日、フィーは部屋にこもっていろいろと準備をしていた。

 せっかくクーイヌの侍女をやるのだ。町長や町の人にも会うらしい。おかしな格好ではクーイヌの家の格が下がってしまう。身なりも気合をいれなければならない。

 準備を終え、最後に鏡を見て袖などに違和感がないかチェックしたあと、フィーは部屋を出た。


 部屋をでると、扉の前でそわそわしているクーイヌがいた。

 「待たせてごめんね」と謝ると、「今来たばかりだから」と言って首を振った。足音から、結構待ってたように思うけど。


 お互いに準備ができたので、屋敷の玄関の方に向かう。

 そこではベンノさんが馬車の準備をして待っていてくれた。


 1頭立ての二人乗りの馬車。

 籠に対して馬が少なく、スピードはまったく出ないけど、その分、楽に操ることができるのが利点らしい。御者がいなくても、道沿いに行く程度なら動いてくれるんだとか。

 馬を何頭も飼うのは大変だ。それにいちいち御者を雇うのも無駄なお金がかかる。

 なのでクーイヌの家では重宝してるらしい。


 栗毛の賢そうな馬に挨拶したあと、フィーは馬車に乗り込む。クーイヌも乗って、隣に座った。

 少し狭めで体がくっつくけど、きつくはないので大丈夫だ。


「いってらっしゃいませ」


 手を振ってくれるベンノとカサンドラに手を振り返して、クーイヌが籠の中まで伸びた手綱を少し引っ張ると馬が歩き出した。

 馬車がゆっくりした速度で動き出す。


 町までの道はゆるやかな丘が続き、緑の草原が広がっている。

 窓を少し開けると涼しい風が入ってきた。


「綺麗な場所だねぇ」

「う、うん……」


 クーイヌは少し緊張しているようだった。領主として町の人と対面するのは、やっぱりいろいろと大変なのかもしれない。


 馬車に揺られ、30分ほど――。

 クーイヌと話したりしながら、町に着いた。




 馬車から降りたフィーは感動してしまった。

 籠からクーイヌの手を借りて降りると、白い町並みが広がっていた。


「すごくいい町だねぇ~。建物が白くて綺麗」

「父さんが提案したんだ。こういう風に、建物の雰囲気を統一しておくと、訪れてくれる人も多くなるだろうって」

「へぇ~」


 確かにこれだけ綺麗だと、また訪れてみたくなるかもしれない。

 クーイヌの家に着くまでに、フィーは初めての一人旅をしたのだ。ちょこっとだけ、いろんな町を見てきたけど、その中では間違いなく一番綺麗な町だ。


 それに父さんの提案なんだと話すクーイヌの顔は少し嬉しそうだった。


「それじゃあ、まず町長の家にいこうか」


 町の景色に感動していたけど、そう言われて侍女の役目を思い出す。


「はい、旦那さま」


 返事をして、フィーは笑顔でクーイヌについていった。




 町長の家に着くと歓迎された。


「これはこれはクーイヌさま! ……と、そちらの方は?」


 玄関先で使用人に来訪を告げると、柔和そうな顔をした壮年の男性が玄関まで来て、クーイヌを嬉しそうに迎えた。

 そしてそのうしろについてきたフィーを発見し、不思議そうな顔をする。


「新しくクーイヌさまの侍女になったヒースです。よろしくお願いします」


 フィーはクーイヌの家の恥にならないように、コンラッドに習った笑顔を作り、できるだけ優雅な動作で頭を下げた。


「おおっ、これは失礼しました。町長のベソッポと言います。ドーベル家に相応しい可憐な侍女ですな」

「ありがとうございます」


 自己紹介をすると、町長も納得したように頷き、笑顔を返してくれる。

 それから中に通してくれた。


 案内された客間で、クーイヌがソファに座る。

 フィーはクーイヌの後に立つことにした。そっちのほうがなんとなくそれっぽいからだ。

 クーイヌがちょっと戸惑った顔でこちらを見たが、フィーは大丈夫と首を振った。


(だって主人の隣に座る侍女ってなんかおかしいし……)


 使用人の人がお茶と茶菓子を準備してくれたけど、フィーの位置では食べられないことになってしまった。それについては残念だ……。


 町長が反対側に座り、いくつか世間話や町のことを話す。

 そのまま和やかに会合の時間は過ぎるように思われたが、会話がはじまってしばらく、町長が急に真剣な顔になった。


「実はクーイヌさまにご相談したいことがありまして……」


 穏やかそうな町長の顔にすこし皺が刻まれる。


「ドーベル子爵家の方々にはずっとお世話になりっぱなしですし、クーイヌさまもご多忙でいらっしゃいますから、話そうか話すまいか迷ったのですが……」

「大丈夫です。話してください。俺や俺の家にできることなら、必ず力になるつもりです。父さんみたいに」


 そう町長をまっすぐ見て言ったクーイヌの顔は、この地を収める領主のものだった。


(かっこいいよ! クーイヌ!)


 見てるだけなフィーはとりあえず心の中でぐっと手を握る。

 するとその思念に気づいたように、クーイヌが振り返った。


 「あっ」とした顔でフィーの方を見ると、話をいったん止めて、ソファを立ち上がると、 フィーのところまで歩いてくる。そしてフィーに何かメモみたいなのを握らせた。


「たぶん、話に時間がかかるだろうから、その間、家具屋に行ってどんな感じが見てきてくれるかな。終わったら町を自由に見て回っていいから」


 えー、せっかく仕事ができそうな話だったのに……。

 そうガッカリしたフィーだったが、自分がクーイヌ付きの侍女であることを思い出す。そう、旦那さまに恥をかかせるわけにはいかない。旦那さまの命令は絶対である。


「かしこまりました」


 フィーはメモを素直に受け取り、頭を下げて客間を辞した。

 それから町長の家をでてから気づく。もしかして町を見て回れるよう気を使ってくれたのかなと。まあ町はクーイヌと一緒にまわりたかったし、町長の話のほうに興味があったのだけど。




 フィーが部屋を去ると、町長はクーイヌに事情を話し始めた。


「実は昨日、外の森で怪しい男たちを目撃したという報告が猟師たちからありまして……」

「怪しい男たち?」

「はい、身を隠しているようで、はっきりとは見れなかったのですが、目撃した者の報告によると、何人もいて剣などで武装しているらしいです」


 なるほど、とクーイヌは思った。

 武装しているといったら、恐らく野盗か人攫いの類だ。基本的には最寄の駐屯地に配置された兵士や遠征している騎士が対応してくれるのだが、それまでは町で自衛するしかない。

 クーイヌの領地は田舎なので、駐屯地も離れた場所にあった。すぐに対応してもらうのは無理だろう。

 だから偶然帰ってきていた見習い騎士のクーイヌを頼りにしたのだと。


「わかりました。まず相手がどの程度の勢力か調べてみます。町の人にはもう指示を?」

「はい、若い娘や子供たちには町の外にはでるなと言ってあります」

「それで大丈夫です。くれぐれも森には入らないようにしてください。とりあえず今日か明日、相手の勢力を調査して、それから対策を固めましょう」

「ありがとうございます。調査には猟師の男たちも協力させます」


 話も決まり、猟師の男たちも呼んで、クーイヌは不審な男たちへの対策会議をはじめた。


 その頃、フィーは町を歩いていた。

 とりあえず、クーイヌに手渡された地図を見ながら、家具屋を目指す。


「クーイヌ、がんばってるかなぁ」


 今頃、町長の相談を受けているクーイヌを思いながら歩いていると、突如、進路がふさがれた。

 きょとんっと見ると、少女たちが五人ほど、フィーの進路を塞いでいた。


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