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ここはドーベル子爵家の領地の一番大きな町ポメラ。人口は700人ほどののどかな町だ。
人口は少ないが、先代の領主が新しいもの好きで、取れるはずの税金を町に還し、設備投資などに使わせていたせいか、わりと発展している。
町の道は舗装されていて、石造りや白レンガの建物が綺麗に立ち並んでいる。その居心地の良さのおかげか、町は都市をまたいで移動する商人たちの宿場として発展していた。
そんな町に生まれ育った娘たちはいつもどおり町角に集まり話をしていた。
耳聡いデボラが今日とっておきの情報を話す。
「そういえばクーイヌさまがいま帰ってきてるんだって」
「クーイヌさまが!?」
その情報に女子たちは色めきたった。
クーイヌさまといえば、この地を治めるドーベル子爵領の一人息子である。現在は両親が亡くなってしまったので、爵位を継いで領主を勤めている。
そんなクーイヌはこの領地に住む女の子たちに大人気の存在である。
綺麗な金白色の髪をしたその容姿はまさに王子さま。でも異国の母の血を引いた褐色の肌が、それに新たな魅力を加えている。紫の瞳はいつだって真剣で、性格は無口だけどおだやかで、領民を決して見下したりしない。
そんな存在が同世代にいて、女の子たちが憧れないわけがなかった。
「クーイヌさまかぁ……。去年もかっこよかったけど、見習い騎士になられて、またかっこよくなられてるんだろうなぁ……」
去年、町を視察にきたときの姿を思い浮かべ、町娘の一人が頬を染める。
「もう、ここにずっといてくれたらいいのに」
「そうよ、私たちが全力で養ってみせるわ!」
そんなクーイヌへの唯一の不満といえば、なかなかこの領地にいてくれないということである。
騎士で身を立てるといって、剣の修行にいったりして、なかなか帰ってこない。それでも一年に数度は帰って来て、領民たちに姿を見せてくれるが、それでは足りない。ぜんぜん足りないのである。
見習い騎士になったのだってかっこいいけど、同時にまた王都にいってしまった。先代の領主に習い、税収に頼らず生活できる方法を探すと言っているが、町娘たちにとってはむしろずっとここにいて欲しいのである。
「うふふ、今度うちの親がクーイヌさまのところに新しいベッドを届けにいくのよ。私も手伝うっていってついていくわ!」
「ああ、ずるい!」
「いつも家の手伝いなんてろくにしないくせに」
家具屋の娘、コロナが自慢げにそう言う。
「私たちもいくわ!」
「馬鹿ね。そんなことしたら目的がバレバレじゃない」
「くぅ……。今回は町に来ないのかしら」
「そろそろ来てくれてもいいころなのに……クーイヌさま……」
クーイヌが町に来ているというのに、一度も会えてない状況に、少女たちが地団太を踏む。
「あああああああああぁぁぁぁぁぁ!」
そんなとき、目の良いゲルトが大きな声をあげた。彼女は猟師の娘なのだ。
それが目がいいことに何の因果関係があるかはしらないが、娘たちの間ではそういうことになっている。
「はいはい、どうしたの、ゲルト。また野うさぎでもみつけた……?」
「うさぎなんて見てもねぇ。せめて牡鹿でも見つけたら言ってよ」
クーイヌに会えなくてアンニュイな気分の娘たちの反応は薄い。
しかし、ゲルトは驚愕した顔をして、一点を指して続けた。
「あれ! クーイヌさまの家の馬車じゃない!?」
「え? どこどこどこ!?」
「クーイヌさま! クーイヌさま!?」
クーイヌの名前が出た途端、女の子たちは一斉に反応し、目を皿のようにして、ゲルトの指を指した方向をじっと見つめる。
そして丘道をこちらに向かってくる、小さなぽつりとした影を見つける。
1頭立ての質素な馬車が、こちらへとゆっくり向かっていた。
間違いない。ドーベル子爵家の馬車である。
少女たちは慌てて町の入り口の方まで移動する。
そして町の入り口に面した家の影に隠れて馬車を見張った。かしましくも恥ずかしい年頃なのである。
小さめだけど品の良い馬車は、町の入り口から少し入ったところで止まると、扉が中から開く。
少女たちはその光景を、先ほどよりも目を凝らして見つめた。
開いた馬車の中から、綺麗な白金に近い金色の髪が覗いた。
異国の色に彩られた横顔と、紫の瞳が姿をあらわす。少年は優雅な、少し獣じみたしなやかな動作で、馬車のステップを降りると、町に降り立った。
「ク、クーイヌさまぁ……」
自分たちの誰かが呟く。でも、みんな同じ気持ちだ。
間違いない。クーイヌさまだ。
少し……、少しだけど背が伸びたかもしれない。そして相変わらず綺麗な美少年である。
久しぶりに降り立った領主の姿を見つめて、少女たちは感動に目を潤ませた。
そして今年も一回は挨拶し、できればそのまま会話するのだと決心する。
特にクーイヌさまは町の店なんかを見にきてくれる。この期間になると、娘たちの家の手伝い率が上がるのは、親たちも周知のことだった。
町に来たクーイヌさまは、このまま歩いて町長の家に行くのが通例だった。
まずはその姿をずっと見ていようと思った少女たちの視線の先で、クーイヌは馬車の方を振り返り、覗き込んで手を差し出した。
「ヒース、手を貸すよ」
「ありがとう。クーイヌ」
クーイヌが馬車の方に差し出した手。
それに馬車の中から白い手が伸びてきて、クーイヌと手を結ぶ。
「え?」と呆然とする少女たちの前で、普段は一人しかでてこない馬車から、もう1人、見知らぬ人が出てきた。
金色の髪に、青い瞳、明らかに貴族の出で立ちをした、自分たちと同じ年頃の少女。背は低めだけど、侍女服に身を包み、わずかに薄くした化粧や、髪の整え方が洗練されていて、都会じみた雰囲気を漂わせている。
住んでいるのは田舎なりに、商人の出入りが多いため、ファッションに気を使っていた少女たちは、何故か負けたという気分にさせられた。
クーイヌに支えられながら馬車を降りた少女は、町を見回すと、クーイヌの方を向き微笑む。
「すごくいい町だねぇ。町が白くてきれい~」
「父さんが提案したんだ。こういう風に、雰囲気を統一しておくと、訪れてくれる人も多くなるだろうって」
「へぇ~」
少女はクーイヌと親しげな雰囲気で言葉を交わすと。
「それじゃあ、まず町長の家にいこうか」
「はい、旦那さま」
そういってクーイヌの後をついて、町長の家の方に歩き出した。
少女たちは固まっていた。
固まったまま口をあんぐりと開け、町長の家に向かうクーイヌを追いかけることもできずに、その場で佇んでいた。
そうして少女を連れ立ったクーイヌの姿が娘たちの視界から消えるころ、壁がぎしっとなる音がする。
リーダー格のヘラが動揺した顔で白い壁にしがみつき、思いっきり手でその壁を握り絞めていた。
壁なので別にどうということはないが、握り絞めた力の強さか、妙なキシキシした音があたりに響く。
その口から搾り出すように、掠れた声が漏れる。
「だ、誰よ……。あの女……」
町娘たち全員同感であった。




