154
朝食の時間、クーイヌは羞恥プレイをやらされていた。
椅子に座って食事をしているのはクーイヌだけ。
フィーにカサンドラにベンノ。
三人が壁際に立ち、クーイヌの食事風景をニコニコと見つめている。たまにカサンドラに何か教えられたフィーが駆け寄ってきて、クーイヌに水を給仕したりする。
(昨日はみんなで普通に晩御飯を食べたのに……)
確かに領主の食事としてはこちらが正しい形なのだが、クーイヌとしては恥ずかしいだけだ。
「みんなも座って一緒に食べてよ……」
羞恥とプレッシャーの限界に達したクーイヌが拗ねた表情でそういって、正式なお食事は中止となった。
てきぱきとカサンドラたちは食事の準備し、クーイヌと一緒の席についた。
「ふぅ、実はお腹が空いてたんだぁ。侍女って大変だねぇ」
美味しそうな朝ごはんを前に、お腹を押さえてフィーが言った。
「なら普通にしてて欲しい……」
「でもちょっとやってみたかったし」
クーイヌの隣に座ったフィーは、クーイヌと楽しげにやり取りする。
それからは普通に四人で朝食を食べた。自称侍女のフィーは相変わらずクーイヌの隣で、給仕ごっこも続行していたが。
そんな新人侍女兼お客様と当主の姿を、カサンドラとベンノは微笑ましく見ていた。
食事を終えると、仕事の時間である。
フィーは簡単に食器を洗うのを手伝ったあと、掃除や洗濯を手伝おうと思っていたが、今日は特に手伝って欲しいことはないらしい。住んでる人間も少ないので、なるべくまとめてやるのだとか。
就任一日目、さっそく手持ち無沙汰になってしまった新人侍女フィーに、カサンドラは言った。
「それでしたら、お坊ちゃまのお仕事を手伝ってくださいますか?」
それに頷いたフィーは、早速クーイヌの書斎に詰めかけた。
さてクーイヌの仕事といっても、主な仕事はベンノがやってくれているので、クーイヌのすることはあまりない。いろんな案件のおおまかな方針の決定や最終的な承諾だけである。
なのでクーイヌはもっぱら書斎を好きな本を読む場所にしていた。
そんなところに新人侍女兼お客様のフィーが詰めかけてきたわけである。
もちろん手伝ってもらうことなんてありはしない。
(カサンドラたちはいったいどういうつもりなんだ……)
クーイヌは心の中で呻く。
そんなクーイヌの心中はさておいて、フィーはクーイヌへの恩返しも兼ねての侍女の仕事に励むことにした。
とりあえず、書斎の椅子に座って本を読むクーイヌのために、お茶を淹れてあげることにする。キッチンにいくと、すでにカサンドラがお湯を沸かしていてくれていた。
それを茶葉を入れたティーポットに注ぎ、そのまま運んでいく。書斎につくころには、ちょうど良い感じになってるので、ティーカップに注いで机の上に置いた。
「はい、旦那さま。紅茶です」
「ありがとう」
クーイヌはちょっと緊張した顔つきで紅茶を受け取ると、すぐに口に含んだ。
「んっ……! お、美味しいよ」
「ありがとうございます」
クーイヌからはお褒めの言葉をもらった。
それよりフィーはいきなり口に含んで熱くなかったのか、少し気になった。
背中の方から見ていると、ちょびっと舌をだしているのが見えた。やっぱり熱かったらしい。技術なんて何もないフィーのいれたお茶だから、美味しいとしたら茶葉のおかげだろうけど、そもそも味もわからなかっただろうなぁと思う。
そのあと、フィーはクーイヌの後に立ち、ひたすら旦那さまの指示待ちしてみた。
でもクーイヌは騎士物語の本を読んでるだけなのだ。手伝ってもらうことなんてあるわけない……。
静かに時間だけが過ぎていく。
クーイヌはさっきからうまく本の内容に集中できなかった。
(こんなことなら、ちゃんと来ることを想定して、計画を建てておけば良かった……)
ボートを準備して湖に遊びにいったり、馬にのって遠乗りにでかけたり。
でも質素倹約を旨としているクーイヌの家では、常備しているわけではないので、準備に時間がかかる。
二日、三日の間は、家で過ごすしかなかった。
それなら自由に過ごして欲しいと思うのだけど、クーイヌの侍女をやることに謎の使命感を覚えているフィーである。なかなかこの場から、動いてくれない。
それでもさすがに暇になったのか、背後で少しだけ動く気配がした。
何をするのかとおもったら、クーイヌの背後に移動して本を覗き込んでいる。気配に敏感になってるクーイヌには、なんとなく分かった。
クーイヌが振り返ると、さっともとの位置に戻る。
本を読み始めると、またこそこそと近づいてくる気配があった。
クーイヌは仕方なくページをめくる速度を遅くする。フィーにも読めるように。
ぱらっとページをめくり、それを二人で読むだけの時間が過ぎていった。クーイヌとしては、ちゃんと読めてるだろうか、フィーにとってこの本は面白いだろうかと、緊張してしまう。でも、じっと後にいるのでつまらなくはないようだった。時折、顔が近づいてくる気配がしたりする。
午前中は、そんな妙な形で、二人一緒に本を読むだけで終わっていった。
午後は気を利かせたベンノが、書類仕事をもってきてくれた。
サインを書いたり、印鑑をおしたり、ちょっとした短い手紙を書く仕事だけど、午前中に比べればだいぶん領主っぽい。
フィーも書類を運んだり、インクを乾かしたり、3時ごろになるとカサンドラに呼ばれてクッキー作りを教わったりと、楽しげな様子だった。
侍女の服を着て書斎を楽しげに出入りしていく女の子の姿を、クーイヌは横目で見た。
(もし、見習い騎士を卒業して、ヒースがうちに来てくれたら、こんな風に暮らせるのかな……)
実家での暮らしは穏やかで好きだったけど、ヒースがいてくれると、そこに活力が加わってくれる気がする。
夕方にはベンノが作ってくれた書類仕事も片付き、クーイヌは書斎で一息ついた。ぬるくなった紅茶を飲む。
フィーはカサンドラと一緒に晩御飯を作っている。まだまだ元気いっぱいだ。
クーイヌの実家にやってきたフィーは、カサンドラからいろんなことを教わっていた。お茶の淹れ方や料理も教えてくれるらしい。ついでにクーイヌの好きな料理なんかも教えてくれた。
フィーとしても勉強になるし、あたらしいことを覚えるのは楽しいものだ。
「ねえねえ、クーイヌ。これ僕が作ったんだ。食べてみて」
夕食の時間、フィーはカサンドラに習ったクーイヌの好物のじゃがいもの炒め物をすすめる。
「う、うん……」
クーイヌはフォークでそれを取り、口に入れてくれた。
「初めて作ったんだけどどうかな?」
「……美味しいよ」
ちょっと顔をそらしながらだけど、クーイヌは美味しいといってくれた。
そんな光景を朝食の時間と同様に、笑顔で見つめるカサンドラとベンノたち。そんな二人からある提案があった。
「明日はお二人で街の視察にいってみてはどうでしょうか。クーイヌさまが顔を見せれば、街の者も喜ぶと思いますよ」
「ええ、お弁当も作りますから、是非いってらっしゃいませ」
視察ということにかっこつけた外出なのだが、フィーは楽しそうに目を輝かせた。
「街ですか? 行きたい!」
それから一応、侍女であることを思い出してか、クーイヌの方を向いていった。
「旦那さま、どうされますか?」
そういいながら、フィーの目は明らかに『連れて行って!』と言っている。
「うん……それじゃあ行ってみようか……な」
気を利かせてクーイヌがそういうと、フィーの顔が嬉しそうにパァと輝いた。
「わかりました。それではこの侍女めが、精一杯、ご視察のサポートしますね。旦那さま!」




