表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/205

154

 朝食の時間、クーイヌは羞恥プレイをやらされていた。

 椅子に座って食事をしているのはクーイヌだけ。


 フィーにカサンドラにベンノ。

 三人が壁際に立ち、クーイヌの食事風景をニコニコと見つめている。たまにカサンドラに何か教えられたフィーが駆け寄ってきて、クーイヌに水を給仕したりする。


(昨日はみんなで普通に晩御飯を食べたのに……)


 確かに領主の食事としてはこちらが正しい形なのだが、クーイヌとしては恥ずかしいだけだ。


「みんなも座って一緒に食べてよ……」


 羞恥とプレッシャーの限界に達したクーイヌが拗ねた表情でそういって、正式なお食事は中止となった。

 てきぱきとカサンドラたちは食事の準備し、クーイヌと一緒の席についた。 


「ふぅ、実はお腹が空いてたんだぁ。侍女って大変だねぇ」


 美味しそうな朝ごはんを前に、お腹を押さえてフィーが言った。


「なら普通にしてて欲しい……」

「でもちょっとやってみたかったし」


 クーイヌの隣に座ったフィーは、クーイヌと楽しげにやり取りする。

 それからは普通に四人で朝食を食べた。自称侍女のフィーは相変わらずクーイヌの隣で、給仕ごっこも続行していたが。

 そんな新人侍女兼お客様と当主の姿を、カサンドラとベンノは微笑ましく見ていた。


 食事を終えると、仕事の時間である。

 フィーは簡単に食器を洗うのを手伝ったあと、掃除や洗濯を手伝おうと思っていたが、今日は特に手伝って欲しいことはないらしい。住んでる人間も少ないので、なるべくまとめてやるのだとか。

 就任一日目、さっそく手持ち無沙汰になってしまった新人侍女フィーに、カサンドラは言った。


「それでしたら、お坊ちゃまのお仕事を手伝ってくださいますか?」


 それに頷いたフィーは、早速クーイヌの書斎に詰めかけた。


 さてクーイヌの仕事といっても、主な仕事はベンノがやってくれているので、クーイヌのすることはあまりない。いろんな案件のおおまかな方針の決定や最終的な承諾だけである。

 なのでクーイヌはもっぱら書斎を好きな本を読む場所にしていた。


 そんなところに新人侍女兼お客様のフィーが詰めかけてきたわけである。

 もちろん手伝ってもらうことなんてありはしない。


(カサンドラたちはいったいどういうつもりなんだ……)


 クーイヌは心の中で呻く。


 そんなクーイヌの心中はさておいて、フィーはクーイヌへの恩返しも兼ねての侍女の仕事に励むことにした。

 とりあえず、書斎の椅子に座って本を読むクーイヌのために、お茶を淹れてあげることにする。キッチンにいくと、すでにカサンドラがお湯を沸かしていてくれていた。

 それを茶葉を入れたティーポットに注ぎ、そのまま運んでいく。書斎につくころには、ちょうど良い感じになってるので、ティーカップに注いで机の上に置いた。


「はい、旦那さま。紅茶です」

「ありがとう」


 クーイヌはちょっと緊張した顔つきで紅茶を受け取ると、すぐに口に含んだ。


「んっ……! お、美味しいよ」

「ありがとうございます」


 クーイヌからはお褒めの言葉をもらった。

 それよりフィーはいきなり口に含んで熱くなかったのか、少し気になった。

 背中の方から見ていると、ちょびっと舌をだしているのが見えた。やっぱり熱かったらしい。技術なんて何もないフィーのいれたお茶だから、美味しいとしたら茶葉のおかげだろうけど、そもそも味もわからなかっただろうなぁと思う。


 そのあと、フィーはクーイヌの後に立ち、ひたすら旦那さまの指示待ちしてみた。

 でもクーイヌは騎士物語の本を読んでるだけなのだ。手伝ってもらうことなんてあるわけない……。

 静かに時間だけが過ぎていく。


 クーイヌはさっきからうまく本の内容に集中できなかった。


(こんなことなら、ちゃんと来ることを想定して、計画を建てておけば良かった……)


 ボートを準備して湖に遊びにいったり、馬にのって遠乗りにでかけたり。

 でも質素倹約を旨としているクーイヌの家では、常備しているわけではないので、準備に時間がかかる。

 二日、三日の間は、家で過ごすしかなかった。

 それなら自由に過ごして欲しいと思うのだけど、クーイヌの侍女をやることに謎の使命感を覚えているフィーである。なかなかこの場から、動いてくれない。


 それでもさすがに暇になったのか、背後で少しだけ動く気配がした。

 何をするのかとおもったら、クーイヌの背後に移動して本を覗き込んでいる。気配に敏感になってるクーイヌには、なんとなく分かった。


 クーイヌが振り返ると、さっともとの位置に戻る。


 本を読み始めると、またこそこそと近づいてくる気配があった。


 クーイヌは仕方なくページをめくる速度を遅くする。フィーにも読めるように。

 ぱらっとページをめくり、それを二人で読むだけの時間が過ぎていった。クーイヌとしては、ちゃんと読めてるだろうか、フィーにとってこの本は面白いだろうかと、緊張してしまう。でも、じっと後にいるのでつまらなくはないようだった。時折、顔が近づいてくる気配がしたりする。

 午前中は、そんな妙な形で、二人一緒に本を読むだけで終わっていった。


 午後は気を利かせたベンノが、書類仕事をもってきてくれた。

 サインを書いたり、印鑑をおしたり、ちょっとした短い手紙を書く仕事だけど、午前中に比べればだいぶん領主っぽい。

 フィーも書類を運んだり、インクを乾かしたり、3時ごろになるとカサンドラに呼ばれてクッキー作りを教わったりと、楽しげな様子だった。

 侍女の服を着て書斎を楽しげに出入りしていく女の子の姿を、クーイヌは横目で見た。


(もし、見習い騎士を卒業して、ヒースがうちに来てくれたら、こんな風に暮らせるのかな……)


 実家での暮らしは穏やかで好きだったけど、ヒースがいてくれると、そこに活力が加わってくれる気がする。

 

 夕方にはベンノが作ってくれた書類仕事も片付き、クーイヌは書斎で一息ついた。ぬるくなった紅茶を飲む。

 フィーはカサンドラと一緒に晩御飯を作っている。まだまだ元気いっぱいだ。



 クーイヌの実家にやってきたフィーは、カサンドラからいろんなことを教わっていた。お茶の淹れ方や料理も教えてくれるらしい。ついでにクーイヌの好きな料理なんかも教えてくれた。

 フィーとしても勉強になるし、あたらしいことを覚えるのは楽しいものだ。


「ねえねえ、クーイヌ。これ僕が作ったんだ。食べてみて」


 夕食の時間、フィーはカサンドラに習ったクーイヌの好物のじゃがいもの炒め物をすすめる。


「う、うん……」


 クーイヌはフォークでそれを取り、口に入れてくれた。


「初めて作ったんだけどどうかな?」

「……美味しいよ」


 ちょっと顔をそらしながらだけど、クーイヌは美味しいといってくれた。

 そんな光景を朝食の時間と同様に、笑顔で見つめるカサンドラとベンノたち。そんな二人からある提案があった。


「明日はお二人で街の視察にいってみてはどうでしょうか。クーイヌさまが顔を見せれば、街の者も喜ぶと思いますよ」

「ええ、お弁当も作りますから、是非いってらっしゃいませ」


 視察ということにかっこつけた外出なのだが、フィーは楽しそうに目を輝かせた。


「街ですか? 行きたい!」


 それから一応、侍女であることを思い出してか、クーイヌの方を向いていった。


「旦那さま、どうされますか?」


 そういいながら、フィーの目は明らかに『連れて行って!』と言っている。


「うん……それじゃあ行ってみようか……な」


 気を利かせてクーイヌがそういうと、フィーの顔が嬉しそうにパァと輝いた。


「わかりました。それではこの侍女めが、精一杯、ご視察のサポートしますね。旦那さま!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ