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 ヒースが見習い騎士の宿舎にむかったあと、クロウとイオールはふたりで話していた。

 ほかのメンバーもそれぞれ、任務にいったり、訓練にいったり、休憩したりしている。


「あいつ満面の笑顔ででていきやがったぞ。お前の言葉が相当、嬉しかったんだな」

「俺はただ本当のことをいっただけだ」


 クロウの口調は、イオールにもかなり親しげだった。

 もともと物怖じする性格の男ではないが、それはまるで旧知の間柄の友人に話すような口調だった。

 照れもせず、ただ本当のことを言っただけとさらりと言ってのけたイオールに、クロウはいたずらっぽい笑みを向ける。


「でも、お前の正体をしったら、あいつびっくりするだろうな。


――ロイ陛下」


 陛下の部分は、わざと強調するようにアクセントをつけている。

 そもそも、普段は呼び捨てなのだ。この幼馴染でもある男は。


「この仮面をつけてるときは、その名で呼ぶなといっただろう。ヒースには見習い騎士を卒業するまで教えるつもりはない。

 一応の国家機密だし、あいつにも余計な負担を強いることになるからな」


 この第18騎士隊は国王直属の部隊だった。

 ただしいくらなんでも、国王が隊長を勤めるのは問題があった。なのでイオールという偽名を使い、仮面を付け、非公式部隊として活動しているのだ。

 このことは隊長クラス以外には秘密だが、ロイのカリスマは凄まじく、イオールとしてもほかの騎士たちの熱い尊敬を受けているのだった。


 ヒースに教えないのは、機密保持の理由もあるが、国王直属の部隊だと教えて妙に気負ったり、萎縮させないためでもある。

 必要だから入れたとはいえ、まだ訓練生だ。訓練に集中させてやりたいと、ロイなりの思いやりをもっての措置だった。


「話は変わるけど、あのフィー王女。白と黒どっちだった?」


 クロウが少し真剣な顔になってたずねる。


「さあな、知らん。あの女についてはカインに一任してある。情報の収集も、そこからの判断もな。黒なら報告しろとだけ言ってある」

「おいおい、いいのかよ」

「俺はいそがしい。王の仕事もあるし、フィール王女の事件についてももっと調べなきゃいけないことがたくさんある。あんな女一人には思考の時間を割くのすらおしい。

 黒ならば容赦はしないし、白だとしても関わる気はない。

 正妃である妹に先駆けて、国に乗り込んでくる女だ。会ったとしても、不快な思いをするだけというのは目に見えてる」


 悲しいかな、この国の人間のフィーに対する認識はそんなもんだった。

 妹の恋愛結婚に乗じて、自らも嫁いできた傲慢な女。正妃である妹よりも、先に輿入れの場所にやってきて王の関心を買おうとした浅ましい女。

 その裏でフィーがどれだけ怒り苦しい思いをしたのか、人生をあきらめかけるほど絶望したのか誰も知らない。


「まあ、お前がそう判断したなら、俺は文句はないぜ」

「それよりも、今はヒースのことだ。使える能力を持ってるし、根性もあるが、少々精神的に不安定なところがある。お前ができるだけフォローしてやってくれ」

「言われなくてもやるさ。ヒースは弟分みたいなもんだからな。

 お前もたまには教えてやれよ。すごくお前に憧れてるみたいだぜ」

「時間があればな」


 「時間があれば」というのは、ロイにとってほぼ最高クラスの気のかけようだった。

 国王も騎士もやっているロイが、ヒースのために時間を割く価値があるといっているのだから。


「お前に教えてもらったら、本当に嬉しそうにするだろうな。

 ほんの数時間前までは、絶望して死にそうな顔してたんだぜ。それが希望いっぱいの顔で、ここを飛び出していきやがった」

「あいつはこの国の未来を担う騎士の一人だ。いいことだ」


 ロイは知らなかった。


 傲慢で面倒な女だと思い込み、部下におしつけた自分の側妃が、騎士見習いの試験を受けていた上、まさか自分が部隊に雇ってしまっていたなんてことは……。


 まじで知らなかった……。


 この第18騎士隊の集会所である倉庫を希望いっぱいの顔で飛び出したヒースを、そもそも絶望のふちに叩き込んでいたのはまさか自分だったということは……。


 彼はかなりあと、この件への自分の判断について、本気で壁に自分の頭を打ち付けて死にたくなるほど後悔することになるのだった……。

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