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149 フィーとクーイヌの休日

 おだやかな朝日が照らす午前、クーイヌは早起きしたので書斎で本を読んでいた。


「坊ちゃま、ご朝食ができましたよ」


 扉の向こうからカサンドラに呼ばれて、クーイヌは顔をあげる。カサンドラは長年この家に使用人として仕えてくれている初老の女性だ。

 彼女の呼び声に返事をして、扉を出て食卓へ向かう。

 いまだに坊ちゃまと呼ばれているけど、クーイヌの立場はもうすでに主人というべきものだった。子供のころからそう呼ばれてるから違和感はない。まだ若くて未熟だし。


 食卓にいくとじゃがいものスープとパンがテーブルに用意してあった。


「おはようございます、旦那さま」


 テーブルの横に立つベンノが挨拶をしてくれる。クーイヌの家の執事で、カサンドラの夫でもある。白髭を湛えた初老の男性だ。


「おはようございます、ベンノさん」


 クーイヌはベンノに挨拶を返すと食卓についた。

 ベンノに領地の様子なんかを聞きながら食事を取る。

 クーイヌの家の爵位は子爵家だが、その領地はとても小さい。ほとんど森や山ばかりで住んでる人もほとんどいない田舎だ。町はみっつほどしかない。

 以前までは剣の修行で、今は見習い騎士として長く領地を空けているクーイヌに代わり、ベンノはその領地の管理をしてくれていた。管理と言っても狭くて人も少ない土地なので税収はほとんどなく、国に納める分だけを貰っている。

 クーイヌの父は貴族として受け継いできた財産を投資などして生計を建てていたが、クーイヌはそういうのは自分には無理だと自覚していた。だから騎士になろうと決心したのだった。


 食事が終わると「今日のご予定はありますでしょうか?」とベンノに聞かれる。「父さんと母さんのお墓参りにいってきます」とクーイヌは答えた。


 カサンドラに花を用意してもらって屋敷を出る。

 木々の間を抜け、丘の上を目指し登っていき30分ほど、見晴らしの良い高台についた。周囲の無駄な雑草は綺麗に刈られ、綺麗な緑の絨毯になっている。きっとカサンドラたちがやってくれていたのだろう。

 そこにお墓もある。

 クーイヌが子供のころに亡くなった両親。

 父はこの国でそこそこ歴史のある貴族の一人息子で、母は遠く東の国インディリア出身の女性だった。クーイヌの褐色の肌は母の血筋の影響だ。

 仲の良い夫婦で、家族で良く一緒に旅をして、馬車の事故で亡くなってしまったときはすごく悲しかったけど、いまはその思いでも、こうやって墓前で振り返って幸せに感じられるぐらいには悲しみも癒えていた。


 クーイヌはお墓の前で膝をついて祈りを捧げた。


(父さん、母さん。俺は見習い騎士になって順調にやってます。いろいろ事件もあったけど、今は宿舎のみんなと仲良くなって、一緒に訓練したり遊んだりしながら正騎士をめざしています。勉強は少し苦手だけど、剣術の成績は良いです。もっとがんばって父さんや母さんに誇れるような立派な騎士になるつもりです)


 クーイヌはそこで一呼吸おいて、少し頬を赤く染めた。


(それから好きな人ができたかもしれません)


 薄く開いた目にその子の姿を思い浮かべる。

 それからまた目を閉じて、しばらく天国の二人に祈りを捧げた。


 お墓参りを終えて帰り道をあるくクーイヌは、師匠のところにでも行こうかと考えていた。


(ここにいても時間を持て余すだけだし……)


 屋敷に戻ったら準備をして、師匠のところで剣の修行でもしよう。そう考えて屋敷にたどり着いたクーイヌの目に、開きっぱなしの門の前に佇む人の姿が映る。

 大きめの荷物を小さな背中に負い、金色のさらさらの髪を揺らしながら、門の周りをちょこちょこ確認している。


(えっ……?)


 そう心の中でびっくりしているうちに、彼女が呟いた。


「うーん、呼び鈴とかないのかなぁ。入っちゃっていいのかなぁ」


 聞き覚えのある声。見覚えのある姿。

 その姿に呆然としているうちに、ふと偶然、彼女の視線がこちらを向いた。彼女はこちらをぽけーっと少し見たあと、その表情が嬉しそうに変わる。


「あ! クーイヌ!」

「えっ……えっ……ヒース。なんで?」


 クーイヌの問いかけにヒースは少し心外だという顔をした。


「え、遊びにくるっていってたじゃん!」


 それから満面の笑みでにこりと笑う。


「ちょっと遅くなったけど遊びにきたよ!」


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