146
フィーとアベルはのん気に使いの者の応対に行ったリネットの帰りを待っていた。フィーは作り終えた料理を内心よだれを垂らしながらじっと見ていた。アベルはそんなフィーのことをじっと見ていた。
アベルの部屋に帰ってきたリネットの顔は真っ青だった。
「どうしたの!? リネット」
フィーはその顔を見てリネットに駆け寄る。
「フィーさま……」
リネットはフィーの顔を見て震える声で言った。
「フィーさまが参加できるはずのお茶会に参加できなくなってしまいました……。申しわけありまっ……」
リネットの言葉は途中で途切れ、その瞳からぽろぽろと涙が零れてきた。
「リ、リネット!私なら大丈夫だよ!? だから気に病まなくていいんだよ!」
フィーとしてはその知らせを聞くと正直ほっとしてしまった。貴族の社交界に参加していればばれる危険性が大きくなる。でもリネットが泣き出してしまったことは大問題だった。
「いいわけありません! 宰相からの指示と言っていましたけど、あの王からの指示にきまってます! 一度許可をだした手前止められないからって、他の人に指示させて! なんで……なんでフィーさまばっかり……!うっ……ひっく……」
リネットをフィーは申しわけない気持ちでその胸に抱きしめた。彼女の方が背は高いけど、リネットはフィーの胸で子供みたいに泣きじゃくる。
自分のためにがんばってくれたのに。それなのにうまく協力もできず、素直に感謝もできる状況じゃなかった。そのことにごめんね、と心の中で呟いた。
アベルはベッドの上から呆然とその光景を見ていた。
楽しみにしていたお茶会に彼女たちがでられなくなってしまった。そのことを聞いたとき胸に去来したのは自分でも自覚してなかったほどの穏やかでない気持ちだった。
(なんでだよロイ陛下……! ひでぇじゃねぇか!)
ロイ陛下といえばこの国では英雄だ。アベルもロイのことを尊敬していた。その気持ちはいまも変わらない。
でもフィーのことに関しては別の気持ちをだった。
(フィールさまのことが好きなロイ陛下にとって、フィーさまは邪魔な存在なのかもしれない。だからっていくらなんでもこんな扱いしなくてもいいじゃねぇか! フィーさまだってフィールさまに負けないくらいのいい子なんだぞ……!)
いつもの強気な態度が消えて泣きじゃくるリネット。リネットが本当に今日のお茶会の日を待ちわび続けていたことをアベルは知っていた。嫌いな自分にすらフィーさまの服装の意見を求め、食事の時にはお茶会の話ばかりしていたのだから。
何よりリネットを慰めるフィーさま。この場で本当に泣きたいのは彼女のはずだった。それなのに泣いてしまった侍女のために彼女は優しく抱きしめてその頭を撫でている。
(こんなに……いい子なんだぞ……)
アベルは何もできずに、泣くリネットとそれを慰めるフィーを眺め続けた。
王宮の中を1人の貴婦人が歩いていた。大きな盛り髪に豪奢なドレスを着た30半ばごろの女性。
その顔だちは美しいがどこか毒々しい気配がある。
そんな貴婦人をゾォルスは呼び止めた。
「サルニーア伯爵夫人」
「あら、ゾォルスさま。お久しぶりでございますわ。お茶会のゲストが急にこれなくなってしまいまして、暇になってしまったので王宮にお邪魔させていただいてますの」
羽飾りのついた扇子を口に当て笑うサルニーア伯爵夫人の笑みを、ゾォルスは苦々しい気持ちで見つめた。
「お戯れはお辞めくださるように前も言ったはずですが? 特に今回はわが国の側妃であり、以前はデーマンの姫君だった方ですよ」
「あら、何のことかしら」
睨むゾォルスにサルニーア伯爵夫人はとぼけて笑う。
サルニーア伯爵夫人のお茶会は貴族の間では評判が悪かった。特に下級貴族の女たちの間では恐怖の象徴として語られている。
彼女とその取り巻きの貴族の夫人たちは、お茶会にゲストを招き悪戯を仕掛けるのだ。お茶会の間中ずっとまわりから貶され嫌味を言われ続けるなんていうのはまだいい。中には動物の生き血を頭から浴びせられたなんて話すらある。
なのに未だに取り締まることができていないのは、ターゲットの選定が妙に上手いせいだった。ゲストには彼女の権力では逆らえない、後ろだての乏しい下級貴族の娘が選ばれるのだ。しかもお茶会のあとには念入りに脅しつけられる。
だから事情を聴取しても正式な証言が得られない。
権力なら国のほうが上のはずだが、女社会はそこからずれた場所にある。被害者にとっては国に逆らうより、彼女たちのグループに逆らう方が怖いのだ。
だからこうやって何度も警告することしかできない。頭の痛い問題だった。
そんな彼女たちの悪評もさすがに広まりすぎ、お茶会のゲストになるものも少なくなってきていた。そんな中、新たに生贄として目を付けたのがフィーだった。
側妃でありながら何の後ろ盾も得られてない、それどころか邪魔者扱いされている彼女を、サルニーア伯爵夫人は十分に押しつぶせる相手だと思ったのだろう。
おまけに仮にも国王の妃であり、王族なのである。こんなに美味しそうな獲物はない。
そんなサルニーア伯爵夫人の誘いに、この国の事情に疎いリネットは引っかかってしまったのである。
「あなたもオーストルの貴族の一員なのだ。品性ある行動を心がけていただきたい」
「うふふ、分かってますわ」
まったくこちらの注意を聞く気がない答え。ゾォルスは心の中でため息を吐いた。これはもう証拠を掴んで止めるしかない。
そんな二人のもとにつかつかと誰かが歩いてくる。濡れ羽色の黒い髪に、目つきの鋭いブルーグレイの瞳をした美貌の男。この国の国王であるロイだった。
「あら、陛下―――」
サルニーア夫人の言葉を遮りロイは言った。
「サルニーア伯爵夫人か、ちょうどいいところにいた。国の命令として貴様には今後一切の社交の場を開くことを禁ずる。理由はここに書いている。証言も取れている」
そういってロイが掲げたのは国からの正式な命令書だった。




