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パルウィックの紹介がおわると、最後は中年の作業服をきた騎士(?)だった。
この部隊だと一番の年かさかもしれない。
「俺はガルージ。一応騎士ってくくりになってるけど、武器の作成や整備をしたり、道具をつくったり。
あまり荒事には参加しねぇ。もう歳だしな。
たまに工兵みたいなこともやらされるけどな」
そういうとガルージは、フィーに鞘におさまった剣を手渡した。
ナイフと騎士たちがよく使う長剣のちょうど中間ぐらいの長さで、もってみるとかなり軽かった。
「これは合格祝いのプレゼントだ。
お前みたいに小柄なやつだと、これぐらいの長さのがいいだろ。
ほかにもいろいろと軽量化してある。でも、頑丈さは普通の剣とかわらねぇから安心しろ」
「わぁ、ありがとうございます!」
鞘におさまったままだが、ふってみると手になじんだ。
試合でつかった木剣とほとんど重さはかわらなかった。これなら非力なフィーでも、ちゃんと振れる。
フィーは目を輝かせてその剣を眺めたあと、嬉しそうに腰の部分に差した。
「ほかにも何か作ってほしいものがあったら言ってみろ。出きるものなら、つくってやるよ」
ガルージはそういって渋い笑顔で笑う。
部屋にはいったときみた、よくわからないものもガルージの手によって作られたものだろう。
今度、見てもわからなかったものについても聞いてみたいと思った。
これで部屋にいる全員は紹介してもらえた。
「実はあともう1人いるんだけど、特別な任務でな。出払ってるんだ。会ったときに紹介してやるよ」
でも、クロウの話によると、もう1人いるらしかった。
次はフィーの番だった。
「この隊に見習いとして入らせていただけることになったヒースです!ふつつかものですがよろしくお願いします!」
なんだか嫁入り前の挨拶みたいになってしまった。
それにクロウがフィーの頭に手を置きながら付け加える。
「出身はテオールノアだそうだ。そういうわけでよろしく頼むぜ」
(えっ……?)
クロウに出身地を話したことはなかったはずだ。
というか、そもそもフィーの本当の出身地とも、考えてきた仮初のプロフィールとも違う。
テオールノアなんて地名聞いたことなかった。
「なるほどねぇ」
「了解した」
「おうよ」
でも、騎士隊の四人は、あっさりと納得してしまった。
実はテオールノアとは騎士隊に、不法移民の子どもや、ほかにも国籍をもたない貧民の子など、法的に問題がある子がはいってきたときに使われる、暗黙の記号みたいなものだった。
騎士になれば国籍が与えられ正式な国民になれる彼らだが、見習い騎士である間はまだ不法に滞在していることになってしまってる状態である。
そこで騎士団ではそういう子たちにテオールノアという出身地を与えて、見習い騎士でいる間は不問にしてしまおうという措置をとっていた。
クロウはヒースをすっかり不法移民の子どもだと思っていた。
出会ったときはぼろぼろの服をきていたし、串焼き程度を泣きながら食べる始末。そして試合中のあの手癖の悪さ。
すっかりそうなのだと確信してしまっていた。
ちょっと違和感があるのは、独特のなまりがあるが貧民にしては丁寧な口調と、金髪碧眼というどうみても貴族の血を引いてる容姿だが、貴族が何かのきっかけで取り潰され、一家丸ごと貧民に落ちてしまうこともない話ではない。
(きっと苦労したんだろうな……)
クロウは自分にしては珍しいと思うほど、この小柄な少年に感情移入していろいろ助けてやりたいと思っている。
自分でも知らない出身地を告げられ、戸惑うヒースの耳元で、あとで教えてやるよっとささやいておく。
ヒースは素直にこくりと頷いた。
「あの……僕」
正直、紹介された騎士はみんなすごい人で、フィーはこの騎士隊に自分が本当にいていいのか自信がなくなってきた。
「剣とかはあまり上手じゃありませんが、これから一生懸命訓練します。体力もつけます……。もう倒れたりしないようにしますし、戦いだってもっとこれから強く。それからっ……」
でも、もう自分がいられる場所はここしかない。
だから必死にがんばることを告げようとおもった。
拾い上げてくれた彼らのために、死に物狂いで役にたてる人材になると。
「そんなに切羽詰った顔しなくてもいいのよ、ヒースちゃん。気楽にね」
「そうそう、いまから根をつめたって仕方ないぜ。見習い騎士の先は長いんだからな」
コンラッドとクロウはそんなヒースをなだめるようにいう。
(この騎士隊の人たちは、みんなやさしい人ばかりだ。見捨てられないようにもっとがんばらないと……)
クロウとしては、ヒースが騎士として将来使い物にならなかったりすることより、よっぽど今日みたいに怪我したり無理したりしないかのほうが心配だった。
今日接して感じたことだけど、育った環境のせいか、極端な方向に思い込むことが多いようだった。
いまもなだめてるのに、なぜかむしろ決心を固くしている。
このままではまた怪我をしてしまうかもしれない。
「あのな、ヒース――」
「ヒース」
本当に無理をしてしまう前にフィーを落ち着かせようとしたクロウの前に、誰かがフィーの前にたち声をかけた。
(イオール隊長……)
その声は低く静かなのに、あたりに響く。
そのブルーグレイの瞳は、なだめるように笑顔を作るでもなく、怒るようににらむでもなく、ただまっすぐに真剣だった。
「俺はお前が必要だ。だから、この部隊に入れた。そうでなければ、いれたりはしない。
――だからもっと胸をはれ」
お前が必要だ。
その言葉が、フィーの胸に残響する。
必要だ。
たいていの人にとってフィーは空気みたいな存在だった。王である両親からもほとんど目をかけられない、いてもいなくても変わらない王女。
それでも、めんどうをみてくれる人はいた。王女だから。でも、フィーの陰口をいっていたのもそんな人達だった。それでも彼らには感謝している。
心から心配してくれる人はいた。妹や、その友達の侍女や、わずか数人だけど。フィーは彼らが大好きだった。でも、フィーは彼らに一方的に世話になるばかりで、何もしてあげられたことがなかった。
そしてフィーを必要としてくれた人はいなかった。
初めてだった。
誰かから必要だといってもらえたのは……。
初めてだった。
フィーの人生で自分を必要としてくれる人と出会ったのは……。
イオール隊長。
(この人が、はじめて、生まれてはじめて、わたしを必要としてくれた人……)
「どうだ、ヒース。わかったなら返事をしろ」
その瞳はただ真剣で、その言葉が真実だって信じられた。
フィーは、ヒースは、胸をはって自分を拾い上げてくれた隊長にデーマン訛りの混ざった返事をした。
「はい、たいちょー!」
クロウたち優しい人たちがいるあたらしい場所で、自分を必要としてくれる「たいちょー」のもとで、フィーのあたらしい人生がはじまった。




