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 ヒースがプリフェクトに就任した翌日の晩。


 コンコンコン。

 イウス(仮)が自室で休んでいるとノックの音がした。


「ん?ルータス(仮)か?」


 そう思って扉の方にいきガチャリと扉を開けると、ヒースとクーイヌの姿があった。

 すぐさまイウス(仮)は扉を閉める。


 が、しかし、一足先にヒースの足が扉の間に挟みこまれ扉が閉まるのを防ぐ。比喩ではないフットインザドア。


「なんなんだおまえたちは!」


 思わずイウス(仮)は叫んだ。

 普段なら寮の仲間がいきなり来たからといって彼も閉め出そうとしたりはしない。しかし、二人の出で立ちはとても怪しかった。思わず反射的に扉を閉めてしまうほどに。


 見習い騎士の制服の右腕の辺りには風紀(PM)と書かれた謎の腕章がつけてあり、二人ともどこで購入したのかお揃いの色ガラス入りのグラスをしている。そのせいでヒースの表情がまったく読めない。クーイヌのほうは汗をながして緊張しているのがまるわかりだったが……。


 そんな二人が、というか確実に主犯はヒースだが、扉に足を挟みこんだチンピラのような格好で言った。


「寮の風紀を取り締りにきましたー。部屋の中に怪しいものがないかしらべさせてもらいますー。開けてくださーい」

「おい、ふざけるな!ちょっとまて!」


 その言葉にイウス(仮)は叫んだ。


「ん?どうしたんだい?イウス(仮)くん」

「おまえ昨日は軽く取り締るだけっていってたじゃないか!何初日から人の部屋に入り込んで持ち物検査やろうとしてやがる!」


 就任時に言っていたこととは真逆の行動を取り始めたヒースを、当然の如くイウス(仮)は非難した。


「えー、僕そんなこと言いましたっけ?」


 しかし、ヒースはぴくりとも動揺せず、罪悪感なんてまるでなしの表情で憎たらしく首をかしげたあと。


「でもみんなから頼まれてプリフェクトに就任したからにはちゃんとしなきゃねぇ。

 ほら、ここにも書いてあるでしょ?プリフェクトは寮生の部屋を調べ、風紀を乱すような品がないかチェックすることができるって。僕はプリフェクトとして正統な権限を行使し、仕事を全うしようとしてるだけだよ?それをまさか拒むの?」


 法律を盾に弱者をいたぶる傲慢なクソ役人そのものの態度で、ヒースは偉そうに寮則のページを開いてぽんぽんと叩いてイウス(仮)の顔を扉の隙間から見上げた。


「拒むなら仕方ない。プリフェクトの権利で強行突破させてもらうよ。いけ!クーイヌ!」

「はい……」


 ヒースからの指示を受けたクーイヌが、イウス(仮)が必死に開かせまいとする扉を逆方向から押しはじめる。寮内でもトップクラスの身体能力の持ち主の加勢により、扉はあっさりと開いた。

 そしてあっさりとそこからヒースとクーイヌが進入してきた。 




「さて、風紀を乱すものはないかチェックしないとね」


 部屋に侵入し、両手を手を腰の後ろにやっていやらしい笑みを浮かべながら中を見回すヒースの姿に、イウス(仮)の顔がひきつった。


(しまった……こいつのプリフェクトの就任なんて賛成するんじゃなかった……)


 ヒースとクーイヌでお揃いの色入りのグラスと腕章。明らかにあらかじめ準備しておいたものだ。

 就任してから気が変わったとかでは断じてない。最初からこれをやるつもりであの提案をしたのだ。その目的はわからないが……悪い予感しかしないのは間違いない。


 しかし、部屋をゆったりと歩き回るヒースの姿に思う。


(大丈夫だ。アレの隠し場所は完璧だ!そうそう見つかるはずがない!)


 イウス(仮)は心の奥でほくそ笑んだ。

  プライベートな空間で知識と経験をもとに見出された隠し場所は、少し部屋を調べられたぐらいでは見つかるはずがなかった。そう、問題はない。


 そう思いながら部屋をふらふらとうろつくヒースの姿を見ていると。

 その足が急に立ち止まり、一点に向かってさっと歩き出す。

 思わずイウス(仮)はその前に立ちふさがってしまった。


「ちょ、ちょっとどこを調べようとしてるのかなぁ?ヒースくん……!」

「えー、ちょっと本棚の裏を調べようと思ってー?」


 笑顔でそう言ったヒースにイウス(仮)は心の中で叫ぶ。


(なぜだ……!なぜばれたー……!)


  完璧な、誰にも見つかったことがない隠し場所のはずなのに。

 しかも、まったく部屋を調べてないのにピンポイントでである。

 そこには隠してあった。イウスのお宝が。ヤバイ……。


「どいてよー。調べられないじゃないか」

「待てっ!本当に待て!」


 隠し場所へと一直線に向かうヒースとそれを防ごうとするイウス(仮)で押し合いになる。力では勝てるのにイウス(仮)の背中に変な汗がながれていた。

 まずい。ここでクーイヌという強攻策にでられたらまずい。


 しかし、そこでヒースの動きは止まった。

 ほっと一息つこうとしたイウス(仮)はヒースの表情を見て固まった。

  よりいっそう邪気を増した笑みがそこにはあった。色入りグラスの向こうからでも分かるほどの。


「何かまずいものでもあるのかなぁー?プリフェクトの仕事として調べなきゃいけないんだけどなぁー?」


 そういってもったいぶった口調で言いながら、色入りグラスを一度だけくいっとあげた。


「でもまあ、もしかして男らしいプリフェクトだったら、明らかに怪しい箇所があっても気にせずに部屋をでていくかもしれないねぇ」


 イウス(仮)はヒースが言った意味を一瞬わからなかった。


「は?」


 呆然とした口調で問い返したイウス(仮)に、ヒースは天を仰いで嘆く仕草をする。


「あーあ、僕が男らしいプリフェクトだったらなぁ。仲間たちにちょっとぐらいの秘密があっても見逃してあげるのに。でも僕ってあんまり男らしくないみたいだし?」


 その袖口からは男らしさランキングの投票用紙をのぞかせていた。わざとこちらに見えるように。

 彼が一昨日、不便だから何枚か増やしておこうと言いだした代物のひとつだ。


 ようやくイウス(仮)もヒースの意図を察する。


「待て!賄賂をしろってことか!?だめだぞ!神聖なる男らしさランキングにまさかそんな行為は男らしくない!」

「じゃあ、棚の裏調べる」

「いやいやいや!」


 そう言って棚の裏の方に歩き出そうとしたヒースを、イウス(仮)はまた立ち塞がって止めた。


「なんだよー。プリフェクトの正統なる権利だぞ。しょうがない、クーイヌにお願いしちゃおっかなぁ」


 クーイヌの名前が出て、イウス(仮)の顔は真っ青になる。やばい。ヒースだけならともかく、クーイヌに動かれたら勝てるわけがない。

 そんなイウス(仮)の動揺をあらかじめわかっていたかのように、ヒースはねめあげる視線でイウス(仮)を見た。


「ねえ、僕って男らしいよね」

「……」

「こんなに怪しい行動をとる仲間にも、広い心で見逃してあげるプリフェクト。それはなんて男らしいんだろう。気持ちぐらいポイントが入っても何もおかしいことじゃない。不正なんかじゃ絶対ない」

「こいつ……」


 そう呟きながらもイウス(仮)は男らしさランキングの投票用紙を受け取ってしまった。

 そして震える手でヒースの名前とポイントを書いて―――


「ええー、僕の男らしさってそれだけ?ああ……、急に心が狭くなってきた気がする……」

「ちくしょぉおおおおおお!」


 イウス(仮)は叫びながらヒースに与える男らしさポイントを増量した。


 ヒースはその紙を受け取り満足げな顔でそれを眺めたあと。


「うんうん、僕って男らしいよね。じゃあ行こうかクーイヌ」

「はい……」


 ようやく部屋を出て行った。




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