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 東北対抗剣技試合が終わって翌日の夕方、フィーはクーイヌの部屋で床にだらーんと転がっていた。

 剣技試合という一大イベントも終わりみんなはテンションが上がってはしゃぎまわってたり、逆に気が抜けてだらけてたり。フィーは後者のほうで、クーイヌの部屋に入り浸って彼がもつ騎士の本を読んだり、適当に会話したり過ごしていた。


 今は仰向けになって紙を見ている。そこに書かれているのは、もうすぐ決着が迫る男らしさランキングの順位表だ。もう最終日まで十日もない。

 フィーの現在のランキングは5位。サウナで大量に稼いだのはいいけど、その後の集まりはいまいちだ。


 東北対抗剣技試合の勝利の立役者となったクーイヌにすら抜かされてしまっている。


「むぅ~、延びないなぁ……」


 そして相も変わらず独走しているのがゼリウスである。東北対抗剣技試合には参加しておらず、おばあちゃんの誕生日ということで五日前からは北の宿舎にすらいない。なのに1位なのはそれまでに多量のポイントを稼いでいたからだ。

 基本的に男らしさポイントは何かイベントが起きなければ手に入らない。例えばフィーならサウナでの女子風呂侵入、クーイヌならパーシルとの戦いである。

 その中でゼリウスはコンスタントに男らしさポイントを延ばしてくる特異な存在だった。彼のポイントだけは日常的にほぼ決まった量で伸び続ける。

 しかしその分、最終的な延びは予測できるのである。

 だからこそフィーとしては思ってしまう。


「もう少し延びたら勝算があると思うんだけどなぁ……」


 勝ち目がありそうなのに手が届かない。

 そういう感覚は歯がゆいものだった。


「あの、お茶いれてきます」


 そんな、勝手に部屋に居座り男らしさランキング表を身ながら転がりつづけるフィーという存在に、クーイヌは親切に部屋をでてお茶をいれようとしてくれる。


「ありがとうー」


 フィーは遠慮なくご好意に甘えることにした。


 クーイヌが部屋をでていったタイミングで、いくら見ても変わらない順位表を見るのに飽きたフィーは、なんとなくクーイヌの部屋へと視線を戻した。

 実は気になっていたことがあったのだ。


 コンラッドさんから習った他者の表情から情報を読み取る技術。とはいっても、もともと人間には相手の表情を読み取る能力はあり、それを注意深く観察してより深く正確に読み取るように心がけなさい、といった程度のものだが。

 それによって気づいたことがあったのだ。


 クーイヌの表情がフィーが部屋でねっころがりごろごろと移動するたびに少し変化することに。

 ある特定の位置にフィーが行くと、緊張した表情になる。表面的には隠そうとしているけど、全体的にこわばっているのだ。実はちょっとそれが気になっていた。


 クーイヌが緊張した表情を見せるのは、ベッドの近くの位置だった。


(ベッドの近くに何かあるのかな?)


 フィーはクーイヌのいない隙に、ベッドの付近に移動して下を覗いてみる。

 すると本が三冊ほど重ねてあった。表紙からするとクーイヌの好きな騎士物語の本だ。


 でも不自然だ。

 だってなんでベッドの下に本が置いてあるのだ。

 ちなみにたまたま落ちてベッドの下に入ったまま放置されていたなんてことはない。クーイヌは綺麗好きで、部屋もきちんと整理整頓されていた。

 ベッドの下もほこりがない。なので本だけが気づかずにおちているはずがないのだ。


 ということは騎士物語の本は意図的にベッドの下に置かれているということになる。

 それは変だ。だって本は本棚に置くものだから。


 フィーはするっとベッドの下に体を入れ、その三冊の本をどかしてみた。

 するとその後ろから何枚かの紙が見えた。


(なんだろう……)


 きっとこっちがクーイヌが緊張する原因だろう。


「よいしょっと」


 フィーは体を伸ばして、その紙を手元に引き寄せてみる。


 明るいランプの下でそれを見てみると、ちょっと薄い服装をした金髪の女性が描かれた絵だった。五枚ほどあったけど全部そう。

 フィーの感想としては。


「へー、クーイヌもこういうの見てるんだ」


 意外ではあったけど、驚きはない。

 少年たちがこういうのをよく好むことは知っていた。それを売っている店にもいったことがある。少年たちに付き合わされて。何も買わなかったけど。


「ふむふむ、クーイヌがすきなのは」


 特に下町の少年たちはこういう絵のことを熱心に語り合ったりしてるのを見たことがある。髪の色や体型など、彼らなりの熱中するポイントがあるらしいことはしっていた。

 クーイヌがもっているのも全部同系統だ。そこからは彼の嗜好が読み取れるはずだ。


 特に理由はないが、友達の嗜好を理解してみようとクーイヌの持っていた絵の観察をはじめたフィーの前を、突如ものすごい速さの黒い風が駆け抜けていった。

 フィーが手にしていたはずの絵は全部手もとにはなかった。


 見るとクーイヌが部屋に帰ってきていた。


「あ、おかえり。クーイヌ」

「これは友達がっ……。友達がぁっ……!もって……もっていけって……!」


 真っ赤な表情で滝のような汗を流しながら、絵をフィーの手から奪い去ったクーイヌが何かを呟く。

 フィーは彼を落ち着けようと、まあまあと宥める。


「うんうん、知ってるよ。みんな見てるもんね。クーイヌがそういうの見ててもおかしくないよ。大丈夫」


 あまりのクーイヌの動揺っぷりに、さすがに申し訳ないことをしたと思ってしまう。

 隠し方がめちゃくちゃでついつい取り出してしまったけど、いくら下手で不自然な隠し方をしても取り出してずっと見ているのは可哀想だったかも知れない。


(でも、ああいうのを見てるのって、そんなに知られるのっていやなのかなぁ)


 クーイヌの反応を見ると相当に嫌なのかもしれない。でも、わりと下町の子たちは明け透けに話したりするし、クーイヌ特有のものだろうか。人によるのかもしれない


「ベッドの下は……。ベッドの下は見ないでください……!」

「うん、ごめんね、もう見ないから。お詫びに今度何か似たのを買ってこようか?クーイヌの好きそうなのも分かったし」

「いらないです!」


 クーイヌをなぐさめようとしたフィーの提案は、ぴしゃりと断られてしまった。

 相当にデリケートな部分に触れてしまったようだ。クーイヌの形相は尻尾を踏まれてしまった犬のようだ。


 どうやらコンラッドさんに習った技術は、相手の秘密な場所を発見するのに使えてしまうらしい。王族出身のフィーにはあまり実感がないことだが、もしかしたらクーイヌのように、部屋に秘密を抱えている人間はいっぱいいるのかもしれない。


 そう考えたとき、フィーの頭にひとつのアイディアが浮かんだ。

 まだ顔を真っ赤にし毛を逆立てているクーイヌの前で、フィーが明るい笑顔で立ち上がった。


「あ、僕いいこと思いついた!」


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