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114 男らしさの中の戦争

時系列が東北対抗剣技試合決着後に戻ります。

 誰かが……。

 誰かがなんとかしなければいけない……。

 あの……小さな悪魔を……。


 少年は思っていた。

 何とかしなければと……。


 彼は北の宿舎に所属する見習い騎士たちの中でも、特に特徴のない平凡な少年だ。

 勉強の成績は中の下、模擬戦の戦績は中の上、家族は貴族ではないがそこそこ裕福な家系で、父は王国で文官なんかを勤めている。友達は多くもなく少なくもなく、顔が広いというわけでもないが普通の友達や親友はいる。

 ごく普通の少年。

 だからこれ以降物語に顔を出すことがあったとしても、その存在は他の大勢の中に埋もれてしまうだろう。よってその名前を覚える意味は特にない。

 しかし、この話では登場する以上、名前がないのも不便なのでイウス(仮)と呼ぼう。


 イウス(仮)は思っていた。北の宿舎に訪れたこの危機的な状況を、どうにかしなければならないと……。


 北の宿舎の食堂では、その前で彼と同じ普段は名無しの少年たちがたむろしている。

 いつもはそこで気軽にバカ話をしている少年たちだが、今日のその表情は苦悶に満ちていた。


 彼らが見ている紙に書かれているのは、彼らの大切な行事のひとつである男らしさランキングの順位表である。

 決着まであと五日にせまったそのイベントでは、毎日ポイントを集計し、順位をならべた紙が張り出されるようになっていた。


「ちくしょう!またポイントがのびてやがる!」

「また理由欄は白紙か……」

「おい、おまえ!なんで入れたんだよ!」

「そ、それは……」

「まて、入れた奴を責めるのはよくない。みんな事情は同じはずだ」


 少年たちの間にはなにやら不穏な空気が漂っていた。

 お互いがお互いをピリピリと剣呑な光がこもった目で見つめている。

 そんな彼らがにがにがしい表情で見るのは、仮ランキング現在2位の名前。この北の宿舎に所属するひとりの少年の名前である。


 イウス(仮)のもとにひとりの少年が集団の中から歩み寄り、その耳元で囁いた。


「また差が詰まった」

「何ポイントだ……?」

「320ポイントだ」

「デッドラインまであと780ポイントか……」


 彼はイウス(仮)の親友で、同じく没個性的な少年だ。

 これ以降の話では登場する予定もないので、ルータス(仮)と呼ぶことにする。

 イウス(仮)とルータス(仮)はまわりに聞かれぬように小声で言葉を交し合った。

 こうするしかないのだ。この状況では……。誰もが信用できるわけではない。


「どんどん差が詰まっていく。このままじゃ、あいつが優勝することになりかねないぞ」


 食堂で話す少年たちの口から不安の声が漏れた。

 それに斜め向かいに座っていた少年が、不安そうだけどまだ大丈夫だろうといった顔で返す。


「いや、でもまだ大丈夫じゃね?ゼリウスとの差はまだ3000ポイント以上あるぞ」


 現在の男らしさランキングの順位はゼリウスが7460ポイントで1位、そして問題の少年が4320ポイントで2位だった。まだかなりの差があるように見える。

 しかし、少年たちの顔は明るくなかった。


「いや、クーイヌが今回はかなりポイントを延ばしているんだ」

「ああ、東北対抗剣技試合でかなりポイント伸ばしたもんな。俺も入れたし」

「現在のクーイヌのポイントが2360ポイントで4位。あいつ最終日にそのポイント全部自分にぶち込ませてゼリウスを捲るつもりだ。そう考えると実質的に奴のポイントは6680ポイントだ」

「は、はぁ?!全部譲渡させるきか!?」

「いくらクーイヌがあいつに逆らえないからって男らしくねぇ!」


 彼らもついに気づいてしまった。もうほとんど猶予がないことに。

 男らしさを競うランキングで、まさか男らしくない行為がまかり通りポイントを手に入れてる。そしてその存在がどう考えても優勝を狙いにきているのである。

 それは男らしい男を目指すために設立された男らしさランキングの参加者たちにとって悪夢のような事態だった。


 そして少年たちはそのはじまりとなった二日前の出来事を思い出していた。




「プリフェクト?」

「なんだそれ」


 東北対抗剣技試合に勝ち、一昨日は打ち上げも盛り上がり、なんだか楽しいムードだった北の宿舎の少年たちの前で、金髪の小柄な少年がそんなことを言ったのだ。

 彼の手には、北の宿舎寮則なんて誰も目を通したことがない本があった。


 その本を頭上に掲げながらみんなに声をかけた少年は、いつも通りの人懐っこい明るい声で言う。


「寮の風紀を自主的に取り締る係りだよ。寮の制度ではあったらしいんだけど、みんな知らなくて決めてなかったみたいなんだ。役目は、みんなのいろいろ生活が乱れているところがあったら注意したりするの」

「えー、そんなのいらねーよ」


 少年たちにとって風紀を取り締る存在なんて、見たくもない煙たいだけの存在である。

 プリフェクトを決めようと言い出した少年の言葉に、いい顔をするわけがなかった。


 でも少年はにこっとやさしい笑顔で笑ってみんなに言う。


「そうかな?確かに取り締られるって考えると嫌に感じるかもしれないけど、逆に自主的に取り締っていると言うことによって、まわりから制限は緩くなるっていう風にも考えられるよ。特に最近は嬉しいことがあったからってちょっとはしゃぎすぎたし、もしかしたら上の人からにらまれてるかもしれない。

 北の宿舎の総務の人も変わるだろうし、もし厳しい人に代わって好き勝手してるなんて思われたら、がちがちにいろんなことが制限されちゃうかもしれないよ?

 だから軽く格好だけでも、そういうのを作っておいた方がいいと思うんだ。むしろその方が、今後自由に振る舞いやすくなるかもしれない。

 取り締まるのはあくまで僕たち見習い騎士の仲間だからね」


 そういって少年はいたずらっぽい笑みで、みんなにウインクしてみせる。

 その言葉は理論的で自分たちにも確かに利益があるように見えた。


「だからまず僕とクーイヌが軽くやってみるからさ。任せてみてくれないかな?」


 少年はその小さな胸をぽんっと自信満々に叩いてみせる。

 

 その仕草に少年たちもちょっとだけ考える。


 確かに自主的に軽く注意をし合う程度で、上から怒られるリスクを回避できるなら、それはとても良いアイディアに思える。なにより本人も言ったように、提案したヒースは自分たちの仲間だ。悪いようにはしないだろう。

 少年たちはそう考えたのだ。


「それじゃあ僕とクーイヌがプリフェクトに就任するのを賛成する人は拍手でいいから投票してー。過半数以上なら信任になりまーす」


 食事前の軽い話みたいな雰囲気で切り出された提案に、見習い騎士たちは軽い気持ちで拍手した。


「よしみんな賛成だね!ありがとうー!それじゃあ明日からちょっとだけ風紀の仕事をやっていって、上の人に報告できる実績をつくっておくね」

「おうー!」

「がんばれよー!」


 少年たちはそれに軽い声援を送った。

 さっきやってしまったことが悪魔との契約だったことに気づかずに。


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