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たどりついたゼファスの邸宅は、ものものしい雰囲気だった。
貴族の個人の邸宅には、警備のために私兵が配置されていることはある。
だが、その数が尋常ではない。
カインから草としての技能を教わったフィーには分かった。
うまく全体の数を見せないようにしているが、かなりの数の兵士がこの屋敷には揃えられている。さらには護衛には参加していなかった第一騎士隊の騎士の姿まであった。
索敵任務を終えたフィーたちはクロウの前に集まる。
「俺たちも屋敷の周りを警戒する。カイン、コンラッド、パルウィックは周辺の森に身を隠し警戒を。ガルージ、オールブルは騎士隊のほうに混じって警備を担当してくれ」
「あの、クロウさん僕は?」
ひとりだけ名前を呼ばれなかったフィーは、クロウに訪ね返した。
「ああ、ヒースはちょっとついてきてくれ」
そう言われて、フィーはクロウについていく。
屋敷の裏手から中に入っていった。見張っていた兵士は、クロウの顔を見ると頭を下げすぐに通してくれた。そしてそのまま屋敷の中に入る。
屋敷の中は武装した騎士たちが歩いていた。なんどもそのひとたちとすれ違う。
そんな中をクロウの背中についていったフィーは、ひとつの部屋の中に入る。
中に入ると物は取り払われ、天井に穴が空けられていた。
フィーはすぐに意図を察する。
「入れるか?」
「大丈夫だと思います」
フィーはクロウの言葉に頷く。
それから目的の場所と意図を伝えられた。
「お前にはフィール王妃陛下の護衛を頼む。護衛はフィール王妃殿下には悟られないように行う。部屋の天井から気づかれないように中を監視していてくれ。そして何かあったら降りてくれ」
最後の言葉を告げたクロウの表情は真剣だった。
フィーの身を心配するような、それでも覚悟を決めて送り出さなければいけないと決心しているような真剣な表情。
『何かあったら降りてくれ』、それはつまり命を懸けろという意味だった。
「わかりました」
フィーはクロウに同じく真剣な表情で頷き返した。
騎士になるならば命の危険を負うこともある。第18騎士隊の人達と同じ舞台にたてるのなら覚悟の上だった。
それに妹のためなら命を懸けるのもおしくない。
フィーはクロウと別れ通気口に入り込み、妹がいるという部屋に向かった。おそらく妹がいるということは、国王もいるだろう。もしかしたらフィーは初めてその姿を直接目にすることになるかもしれない。
たどりついた部屋、天井から中を覗きこむと、ひさしぶりに見たフィールの姿があった。
角度のせいであまり見えないが、フィールはデーマンにいたころより痩せてる気がした。その表情はあまり明るくない。
それに部屋の中にはロイ国王の姿は無かった。
代わりに、ベッドの上に寝かされた銀色の髪の青年の姿がある。
眠るように目を閉じた青年は目覚める気配はなく、傍らに座るフィールにも何も反応しない。
その右額には大きな傷があった。
(だれ……?)
見知らぬ青年の姿にフィーの心の中で疑問の声が浮かぶ。
フィールが青年の反応を返さない手をぎゅっと握り。悲しげな声で呟いた。
「トマシュ……」
トマシュ、その名前はフィーもなんとなく聞いたことがあった。
デーマンの隣国で一番小さな国の王子。故国にいたころ侍女たちから、これぐらいならもしかして貴方さまでも落とせるかもしれませんね、と言われたことがあった。
デーマンとは付き合いが薄く、国内のパーティーにしか出席したことのないフィーは会ったことがない。
そして今年、馬車の事故で命を落としたと聞いていた。
そのトマシュ王子がなぜこんな場所にいるのか。
フィーの視線の向こうで、フィールがトマシュ王子の額の傷を泣きそうな表情でなでる。
その手に暖かそうな青い光がぽうっと灯った。
フィールの癒しの力。でもその光を受けても、トマシュ王子は目を開けることはない。
それもそのはずだ。
もしあんな大きな傷を負うような事態に陥り、意識不明の状態になったのならフィールの癒しの力ではどうにもならない。
癒しの力はちょっとした怪我を治す程度の力だから。癒しの巫女と言われていても、現実にできるのはその程度のことなのだ。
それでも希少であり、この時代フィールしかもっていない奇跡の力。
だからそこに人が群がってくる。
たいしたことができるわけでもなく、望みを叶えてくれるわけでもなく、なのにまわりの期待と信望だけを引き寄せてしまう力。
フィーはこの力をもってしまったフィールが、決して幸せを得られているわけではないことを知っていた。
フィールの癒しの力は癒したい人を癒すこともできず、ただ無力に目を瞑る横顔を見つめることしかできない。
フィーの見守る中で、フィールはずっとトマシュのそばに寄り添い続けていた。
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