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 フィーは試験会場のすみっこで、膝を抱え泣いていた。


(勝てなかった……)


 あのとき、フィーが放った渾身の一撃は、ゴルムスに直撃した。

 しかし、それでもゴルムスを倒すには至らなかった。


 ただゴルムスのダメージも大きかった。


「ぐっ……」

 その巨体がふらつく。


「まじかよ、あのゴルムスが!」 

「おい、まさかあいつやっちまうんじゃねぇか?」


 観客がまさかの事態にざわついた。


 宙を飛んでいたフィーの体が地面に着地した。


(一撃じゃ倒せなかった……。今の隙に追撃しなきゃっ……)


 ゴルムスはまだふらふらとしている。

 フィーは息を吸い込み、剣を構えて地面を蹴った。


「わたしは……勝つんだ!」


 次の瞬間、地面にべしゃりと倒れこんだのは、フィーの方だった。


「ぐああっ……!?」


 両足に激痛が走っていた。引きつるような痛みに足をおさえる。

 まわりの人間たちがざわついた。


「おい、まさか……」

「痙攣かっ……」

「なんてこった」


 もともとゴルムスの猛攻を避けていた時点で、フィーの体はとっくに限界間近だったのだ。

 さらにあのチャンスを作るためにした急激な動き、最後の全身のばねを利用したジャンプ、そして地面に着地し追撃しようとしたとき、ついにフィーの足は限界を向かえたのだった。


 フィーは激痛に悶え、起き上がれない。

 それを見て、審判が駆け寄る。


 フィーはそれを見て、すぐに言った。


「やれます……!まだっ……、やれますっ……!」


 そして立ち上がろうとする。


「いっ……ああっ……」


 しかし、もうフィーの足はとっくに限界だったのだ。痙攣した状態で立ち上がれるわけがない。

 それはフィーの体にさらなる痛みを走らせるだけだった。


「まだっ……まだっ……負けない……」


 それでもフィーは剣を握り立ち上がろうと地面をもがく。

 諦めたくなかった。せっかくここまできたのに。もう少しで手が届きかけたのに……。


 仮面の男に問いを突きつけられたとき、フィーは実感した。

 あの離宮には誰もいない。フィー以外の誰も。そして、そこでフィーの人生は終わるのだ。ただひとり、あの高い壁に囲まれた場所で。あの薄暗い場所で。ずっとひとりで……。ひとりで……。

 日陰者がついにたどり着いた、ひとり孤独に消えていくだけの最後の場所……。

 そんなのいやだった。

 ちゃんと光の当たる場所を歩きたい。そんな場所で誰かと一緒に過ごしたい。

 子供のころ、騎士物語に憧れたとき、フィーはそこに光を見たのだと思う。

 それは結婚できる年頃が近づき、剣をやめさせられ、いつのまにか忘れてしまっていたけど。

 いま、以前より強く思う。

 クロウさんみたいな、まだ出会わぬ誰かのような、友達や、仲間や、先輩や、自分を見てくれる大勢の人がいる場所で、そんな場所で生きたい。

 

「負けない……わたしはっ……諦めないっ……ああああっ……」


 痙攣の痛みに涙を浮かべながらも、まだ立ち上がろうと地面を必死に掻くその姿に、観客たちも沈黙していた……。

 ゴルムスですら立ちすくんだまま、呆然とその姿を見ていた。


 もう一分が経過しようとしていた。


 審判をしていた騎士が、悲しげに首を横に振った。


「その体ではもう無理だよ……」


 そして宣言する。


「ただいまの試合の勝者!ゴルムス!」


 その声を聞いた瞬間、フィーの体から力が抜けていった。


(負けた……。勝てなかった……)


 心を冷たい絶望が浸していく……。


(わたしは……何も……つかめなかった……)

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