出版社の人
「黒塚さん」
「あ、どうも」
店内の作業台にあるパソコンで、コーナーの素材を作っていると、大手の出版社の営業の榛名さんがやってきた。俺よりも少し年上の男性だ。
うちみたいな大きいアニメショップだからというわけではないんだろうけど、こうやって定期的に挨拶と本の売れ具合なんかを確認しにやってくる。その間にそれなりに友好的にもなるってもんだ。もちろん仕事的にね。
「今、お忙しかったですか?」
「いえ、全然大丈夫ですよ」
「じゃあ早速お仕事の話なんですけど、あそこのコーナー作っていただいてありがとうございます」
榛名さんの担当しているレーベルで作ったコーナーの話だった。
「いえいえ。えっと……あそこで作業してるスタッフいるじゃないですか。あの人が作ったんですよ」
「そうでしたか! 後でお礼言っておかないと」
「紹介しますよー」
「ホントですか。じゃあ後ほどお願いします。それでですね、あのコーナー作っていただいた書籍なんですけど、最近人気がすごくてですね、重版も検討中なんですよ」
「今更重版ですか? もしかして、アニメ化とか?」
「それはまだ何も決まってないんですけど、作者さんがHPで書いてるマンガが大人気で、それの影響で前に出していたマンガにも火が付いたんじゃないかって思ってます」
「じゃあそのHPに乗せてるやつも書籍化とかしちゃうんじゃないですか?」
「かもですねー」
まぁ教えてはくれないわな。
重版というのは、一番最初に作られた本の数(初版)だけでは足りなくなりそうで、追加で作られることを重版という。新刊やアニメ化などの作品の重版なら珍しくはないのだが、一年以上前の作品が重版などというのはとても珍しいことである。まだ検討中っていうことは、決定はしてないので何とも言えないが、この情報は大きいと言えよう。
こうやって出版社の人と会話をする機会が度々あるのだが、よくしゃべってくれる人もいれば、本当に仕事をするだけの人もいる。そんな出版社の人の中でも仲が良いのが榛名さんである。
「あ、どうします? 新刊の追加発注とかかけます? 僕が持ってる分からお出しできそうなら出しますけど」
仲が良いと、こうやって個人的に持っている分から出してくれることもある。きっと榛名さんがそこそこ上の人間だからできることなのだろうが、書店側としても、出版社で持っている在庫とは別に用意していてくれてる気がするのでとても嬉しい。特別扱いされている気がして嬉しい。まぁもしかしたら『出版社の在庫=榛名さんの手持ち』という言い方をしているだけなのかもしれないけど。それでもその言い方で書店側の信頼を勝ち取っているんだとすれば、それはそれで榛名さんの営業の仕方の勝ちであるといえるだろう。
そして新刊台へと移動して、表紙を二人で見ながらの暴露大会が始まる。
「んー、でも今回はそこまで動いてるタイトルないですし、まだいいですわ」
「そうなんですよね。今回はあんまりパッとしたタイトルないんですよねー。それでもこれとかは他の店舗で動いてたりしましたよ」
「うちも本部からがばっと送られてきておっきく出してたんですけど、初動だけでそれ以降はパッタリですね」
「そうですか。じゃあ来月に期待ですね」
「ですね」
来月は地獄だ。大型タイトルが三作品かぶって発売が決まっていて、新刊台が大変なことになること間違いなしだった。
「もうちょっと分散させて発売させたかったんですけど、やっぱり作者さんの都合とかうちの都合もあるんで、書店さんにはおかけしちゃうと思いますけど」
「いえいえ。来月の売り上げが良くなりますし」
「あはは。そう言っていただけるとありがたいです。来月もよろしくお願いします」
「こちらこそ、新刊の発注でお世話になります」
「じゃあいつも通りで」
「お願いします」
そう会話を打ち切って、榛名さんは棚のほうへと歩いていった。俺は作業台へと戻る。
榛名さんは、このあと担当レーベルの棚の抜け巻の発注をしてくれる。抜け巻と言うのは、『一巻から五巻の間で四巻だけがない』という場合のことで、この状態が続くとうちの売り上げに響いてくる。それを解消するための発注を自分たちでしなければならないのだが、出版社の人がやってくれる場合もある。もちろんやってくれない出版社もある。別にやってくれないからどうというわけではなく、やってくれた場合には少しだけメリットがある。
榛名さんが発注を終えて、発注の一覧書をもって俺のところへやってきた。
「一通り見たんですけど、これの五巻から九巻は今重版がかかってまして、五月のGW前には重版出来予定ですんで、あがり次第お送りさせていただきます。この面で置いていただいてる分も同じくらいですね。で、アニメ化のこっちの商品なんですが、こっちはちょっと重版出来が五月の中盤になりそうなんですよ。在庫とか大丈夫ですか?」
「いや、人気すぎて在庫が日々溶けてますね」
「ですよね……なるべく急ぐようには言ってるんですけど、いろいろと前倒しに話を進めてますのでもうちょっとお待ちいただけると幸いです」
そんな感じで、現在の在庫状況から今後の重版状況を教えてくれるのだ。これがあるのとないのとでは、だいぶ変わってくる。もし棚面の商品を継続して置きたいのに商品が無い場合は、引くか入荷を待つかの判断が必要になってくる。しかし今みたいに重版がかかっていて、商品が入ってくる見込みがあるのであれば、継続して置いておけば良いという判断ができる。
そしてアニメ化の作品に関しても、『商品が無いなら取り寄せしてくれ』というお客さんもいる。そういうお客さんにも説明しやすいし、入荷予定としても大体の日にちを教えることができる。まぁそれでも納得してくれないお客さんも多々いるが、それは仕方ない。
「というわけで、来月の新刊に合わせたフェアのほうもよろしくお願いします」
頭を下げる榛名さん。
「えっ、フェアあるんですか?」
「えっ、僕はそう聞いてますけど」
「マジすか……ってことは月曜日の更新で送られてくるわけか」
「大丈夫ですか?」
「あ、いつものことなんで、大丈夫です。うち、フェア関連の更新が週明けに来ることが多いんですよ。本部が土日休みなんで」
「アハハ。確かポスター抽選会だった気がします。先生の書き下ろしポスターなんで、結構な量を準備させていただいてます」
「マジすか。じゃあコーナーの準備しないと」
「あはは。頑張ってください。ではフェア共々よろしくお願いします」
「わざわざありがとうございました」
「では失礼します」
榛名さんの背中を見ながら思った。
榛名さん、いつも日曜日に来るけど、出版社も土日休みだよな? いつ休んでるんだろうか?




