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63頁目「助っ人の妖精さん達に感謝」

「全員に指示が行き届いたぞ、エドガル」

「ありがとうログズバルド」



 エドガルさんが同じ年代程の、若干髭を蓄えた逞しい男と会話を交わす。彼はログズバルド・ウェイン、オレ達が所属しているギルドの最上位冒険者の一人であり、Sランク級の剣士なのだという。


 知らなかったんだけど、冒険者のランクには明確な序列があるんだと。Sが最高、Fが最低。冒険者になりたてのメチョチョはまだFだが魔獣討伐数が高い為Fの上層らしく、逆に魔獣討伐数が低いヒグンはオレらの中で最も長く冒険者をしているがEの中程度らしい。


 オレとフルカニャルリは共にDランク。まあ、このランクの高さで何かが変わる訳でもなし、同じ冒険者間でマウントを取る以外に使える物でも無さそうなのでそこはどうでもいいか。


 エドガルさんはAランクの上層で、Sランク冒険者のログズバルドさんとは友人関係らしい。冒険者は良くも悪くも実力社会のなので、オレ達が立案した作戦を周りに頼み込んでも応じてくれる者は少ないが、この二人が支持すると瞬く間に準備が整ってしまった。


 他者の視界に映る世界そのものを歪める魔法を使う妖精さん、前進するという結果を引き起こすあらゆる事象と因果を停滞させる魔法を使う妖精さん、思考する程に情報が分散する魔法を使う妖精さん。


 様々な妖精さんがシガギュラドの動きを止めるのに尽力しているが、そろそろ魔力切れで拘束を解かれる。その時が勝負だ。


 ……フルカニャルリの揃えた助っ人のラインナップが有能すぎである。

 戦闘向きではなく攻撃を受けたら霞のように即死するような弱い妖精達と彼女は言っていたけど、魔法の効果だけで全然お釣りが来るだろ。誰か一人くらい仲間に加えたいのだが。



「復習だ。ログズバルド、フルンスカラ、シルフィ。他、前線職の人間はシガギュラドの出方に警戒しつつ攻撃する事によって対象の特殊な膜を攻撃し続ける。俺とメチョチョは隙を見つつ角や目玉を狙い、マルエルはシガギュラドが一定の位置に来るまで潜伏し死の爪で対象を攻撃する。盗賊や工作員といった機動力に優れつつ撹乱にも長けた者はフルカニャルリが張った糸を足場にシガギュラドの動きを妨害。魔法使いや遠距離攻撃の手段を持つ者は後方からシガギュラドの視界を妨げるように攻撃、ヒグンとリカルド、サーリャと攻撃役以外の魔法使い達は後方支援部隊の防衛とバリケードの作成を頼む!」



 エドガルの指示に全員が力強く返事をする。なんか今まで共に行動する事が多かったから身近な人だと思ってフランクに接していたが、この人うちのギルドじゃ相当な上澄みなんだよなあと実感する。



「あの瞬間移動じみた能力については今までの戦いの様子を聞くに乱発出来るものでも無いようだ。だから、マルエルが死の爪を使い特攻するタイミングは瞬間移動をした直後だ」

「了解です」



 シガギュラドには強固な膜と鱗の他に時折使用する瞬間移動がある。それはフルンスカラ曰く一度使用したら再使用まで数分のタイムラグが生じていると言っていた。

 連発して使えない緊急時の回避手段、それを使った後には必ず隙が生じる。オレの出番はそこからだ。



「私は死んでも即時蘇生出来る能力があるんで、危なくなっても助けに来たりしないでくださいね。私を庇ったりして死ぬ人がいたらまじで無駄死になんで」

「無駄死にって言い方……」

「今回ばかりはその意見に同意しよう。全員が等しく一歩間違えれば死ぬ戦場だ、誰かを助けるより自分の命を優先するように」



 エドガルさんはキチンと物の判断が出来る人間だ。そうですよ〜、死んだ他人を甦らせる術なんて持ってませんからねオレ。ノンストレス、ノン罪悪感で戦わないと集中できなくなっちまうからな〜。



「まあもし万が一致命傷になる攻撃受けて、でも死にたくないよ〜って人居たら私ん所来てください。トドメ刺してあげます」

「なんでだよ」

「私、自分の蘇生の他にぶっ殺した相手なら何度でも蘇らせられるって魔法も持ってんすよ。なんで、私が介錯してすぐに元気ピンピンに出来ます」

「倫理観終わった魔法持ってるんだな」

「人間だったら誰もが切望する素敵な魔法でしょうが。何回でも殺せるし殺した事実を無かったことにできますよ。ストレスフリーだ」

「歪んでんなあ」



 エドガルさんとフルンスカラさんが言葉をかけてくる。ヒグンの居ない場は新鮮だな〜。現在ヒグンは後方に待機してるからな、いつものメンツはメチョチョくらいしかこの場にいなかった。



「メチョチョ、怖い?」

「……うん。ちょっとだけ」



 あら珍しい。いつも瞳孔かっぴらいて、獲物を前にした肉食獣みたいな目で魔獣を切り刻んでんのに。戦いを前にして弱気になるメチョチョなんて見るのは初めてだ。



「まま」

「うん? どうしたの」

「まま、ぱぱ、フルカニャ、それに他の皆も。死んだらやだ」



 ほう? これまた珍しい。他の皆もと来たか。


 まあ待機時間中にほかの冒険者とも交流したからな。龍を絶対に討伐して街に生還するという気合を入れる為だろうが、やたらと街の美味い飯屋や酒屋、雑貨店や量販店なんかの話も出てきた。それを聴いてメチョチョは楽しそうに笑っていた。


 メチョチョにとっては、沢山の友達が出来た感覚なのだろう。


 メチョチョは強い。ランクに関係なく戦闘能力のみで言えばエドガルさんの動きに合わせられるくらい卓越した戦闘スキルを持っている。でも多くの冒険者はそうでもない。

 メチョチョやフルカニャルリが人間じゃないから異常なだけで、冒険者の戦場での強さというのはやはりランクにある程度準じている。


 だから不安なのだ。この場にいる多くの人間が、この戦いに参加できる水準に達していないのだから。



「……っ、まま?」



 メチョチョの頭を撫でてやる。メチョチョは先の展開をある程度分かっている、それでもヒグンやオレがこの選択を推し進めたのだから彼女には背くことが出来ない。


 今彼女に必要なのは背中を押してやる事だ。



「さっき無駄死にって言ったけど、訂正。この戦いで起きる死に無駄なんてないよ。人類は脆弱だからね、力を合わせなければ強大な相手は倒せないんだ」

「……うん。わかってるよ」

「そう?」

「うん。……でも、ほんのちょっぴりだけ、やだな」

「……」

「あんなのと戦わないで、逃げてって思う。あたちは悪魔だから、まだまだ人間の、無理だと分かってて立ち向かうとか、そういうの分からないよ」

「フルカニャルリも度々似たような事言ってたよ」



 自己犠牲とか、意地とか、負けず嫌いとかそういう人間らしい感情。フルカニャルリは度々それを指摘し首を傾げていた。



「でも、理解する必要は無いと思うよ」

「なんで?」

「これが精霊にとって良い影響なのか悪い影響なのかは分からないけど、フルカニャルリは理解しないままに人間特有の愛による嫉妬や執着。卑怯さ。意地の汚さを獲得した。最近のアイツ、ちょっとキャラ違うだろ?」

「……ままに隠れてぱぱとちゅーしてるとかそういう話?」

「おい本当に卑しい女じゃねえか。まさにそれだわ」

「あ、秘密って言われたんだった!」

「卑し〜〜」



 びっくりした〜。おいおいおいおい、おい。男少なくて女が多いコミュニティにありがちなドロドロとした環境作るのやめてくれませんか? なまじ脳みそが男なせいでガッツリ女ムーブ出来なくて置いてけぼり食らってるんですけど???



「ま、まあそれは置いとくとしてだ。とにかく、理解なんかしなくても人間と一緒に過ごしているうちにメチョチョも人間らしい行動を取るようになるんだと思うって事よ。そういうもん、理屈とかじゃないんだよ」

「理屈とかじゃなくてそういうものだから皆、命をなげうつの?」

「もっとラフな考えだと思うぜ。決死の覚悟とかそういうのって要はノリなんだよ。死の算段なんか頭からすっぽ抜かしてる連中ばっかだから、なげうつなんて発想すら浮かんでないんじゃないか?」

「…………バカってこと?」

「まあ賢い奴は冒険者なんかしないわな」

「「おい」」



 エドガルさんとフルンスカラさんにジト目で見られた。真理だろ。冒険者なんて自殺志願者の集まりみてーなもんだろ。



「……う、やび。そういえば今日おしっこしてなかった……。エドガルさん、この近くに野営地とかって」

「あるにはあるが、トイレは設置してないぞ」

「野ションかあ……仕方ない。ちょっとトイレ行ってきます。メチョチョの事、頼みます」

「おう」



 エドガルさんにメチョチョを任せ、オレは前線舞台の輪から外れて誰もいなさそうな茂みに向かう。



 ようやく良いスポットを見つけたのでしゃがんでバニースーツを脱ぐ。オールインワンタイプだし網タイツもあるからトイレするの面倒なんだよな。一度完全に裸になり、タイツをズラしてしゃがむ。



「……んっ」



 じょろろろ。ふぃー気持ち良いね、湯気が立ってるや。寒いもんな〜、もう真冬ですよ。


 てかそう言えば明日年明けじゃね? 年明け前に龍をぶっ殺しに来て裸で野外小便してるのか。長い事生きてると変わった体験をするもんだな〜。



「ここに居ためか」

「えっ、ぎゃあっ!?」



 ほっこり顔でパンパン膀胱の中身を出していたら平然とした顔で茂みからフルカニャルリとシルフィさんが現れた。


 オレ、ほぼ全裸。片足に引っかかっているだけのバニースーツに網タイツをずり下げ股も尻も丸見えな状態で放尿中である。



「あっち行きなさい!」

「やっぱり沢山出るのめな〜。マルエルって全部の体液が汁だくであり」

「牛丼か! あっち行けって変態幼女! あとシルフィさんも!」

「ウチらは真面目な話をしに来たんだよ」

「真面目な話かおっけー話そうだからあっち行け」

「マルエル、おしっこ止まらないね……」

「止まらないねじゃないのよあっち行けって! もうこれ止まらないから! 見ないでよぉ!!」



 フルカニャルリは離れた位置に居たのだが、シルフィさんは何故か近付いてきてオレの傍でしゃがみ込んだ。

 地面に流れていく湯気の立った尿を見つめている。この人も変態側の人間かあ……。



「……絶対指につけて舐めたりしないでくださいよ」

「え? そんなことするわけないでしょ」

「ですよね。私の仲間のアホ二人にも言ってやってください」

「えっ……?」



 ビックリするよね。オレもオレも。びっくりしすぎて受け入れられなくて号泣したもん。



「……でも湯気立ってるって事は温かいってことだよね。肌寒いし丁度いいかなあ」

「本当にやめて、お願い。紙一重で今泣きそうになってますからね。いじめよくない」



 真剣にシルフィさんに頼み込む。フルカニャルリもそうだが、この世界の人間は他人の尿を触る事に抵抗ないのか? 衛生観念終わりすぎてるだろ、平均寿命30代未満だろこんな衛生観念じゃ。



「もう終わっためか?」

「拭いてねえよ」

「拭きながら話そう。シガギュラドが動き出すまでもう時間は無いめ」



 いやそれはそうですが。なんで二人ともすぐ近くまで来るの? ねえ、こっちほぼ裸なんだって。邪魔だって、まず葉っぱ千切らせろよ。



「マルエル、今日は蘇生魔法を使う前提で戦わない方がよく」

「え? なんで?」



 不意にフルカニャルリからそんな事を言われる。蘇生魔法を使わずに戦闘だと? 無理だろ。オレの素の戦闘力は低水準なんだぞ。



「いいだろゾンビ戦法、相手の意表も突けるぞ」

「そうだけど、でもよく考えてほしく。……今、マルエルのお腹にはヒグンとの交尾で出来た受精卵があるめ」

「えっ。…………それは、そうか」



 まあ、そうか。ヒグンの精液はちゃんとブリブリに白濁してたから無精子症の可能性は無いだろうし、オレもフルカニャルリも最近まで生理の周期がキッチリしてたから卵子も元気ピンピンだろうし。受精促す薬なんかを飲んだ後に何発も何発もカマしたんだからそりゃ確実に受精卵になってるだろうな。


 ……やば、恥ず。なんでこんな話を知り合いの前でしなきゃいけないの? 変な気持ちになって恥ずかしいのだが……。



「で、それがなんだよ? 何の関係があるん」

「……恐らくだけど、マルエルが蘇生魔法を使うような事態になったとしたら、受精卵は駄目になると思うめ」

「えっ」

「当たり前であり。これから宿ろうとする命があるのだとしたら、それはマルエルとは別個の命でしょ。魔法が適用されるとは思えず」

「い、いや、でも受精卵ってまだ私の一部みたいなもんだろ……? 着床とは違うじゃん」

「魔法の解釈によると思うめ。受精卵は、マルエルの卵子にヒグンの精子が結びついたものでしょ? マルエルだけの細胞で出来た存在じゃないし、遺伝情報が作られているのならそれはやはり別個の生物として見るのが普通だと思い」

「そんなの……」



 そ、そうなのぉ……? 胎児になってんならまだしも、受精卵の時点で別物扱い……?



「どうしてもこれ、戦う前に伝えておきたかった。マルエル、今回に関しては絶対に無理しちゃダメ。……ぼく、マルエルが悲しむ姿見たくないめ」



 ……。


 ……いやいや、じゃあまた中出ししてもらえばいいじゃん。何を大袈裟な。


 ……。


 腹を撫でる。

 腹の下に居るであろう生命の存在。それはまだ感じる事は出来ないが、もしコレを死なせるような羽目になったら。そう考えたらそれだけで、喉の奥がキューっとなって少し苦しくなった。



「……まーじか。まじかぁ……確かに結構凹むかもしれんな、それは」

「そ、そうでしょ? だから、今回は命大事にで」

「今回ってかしばらくじゃん。完全に頭から抜けてたわ」

「ごめん、ぼくがお願いしたばっかりに……」

「い、いや、そもそも私がそれを求めたんだしフルカニャは……はあ。分かった、死ななけりゃいいんだな」

「そ、そうめ。つまりそういうことであり」



 不得意だな〜、死なずに戦うの。相手の意表を突く戦い方がオレにとっての王道だったから、ちゃんと命大事にって感じでの戦闘は長らくご無沙汰だった。



「まあオレの出る幕ってとどめを刺す瞬間くらいだし、皆よりも全然安全な役回りではあるけどよ。にしてもだよな……」

「全然安全じゃないめよ! 敵の懐に潜り込むのはマルエルであり!」

「むしろ飛び回らなきゃならんフルカニャの方が心配だよ私は」

「ぼくは大丈夫め、ちゃんと優先順位があるから。問題は、人に優劣とか優先順位を作っていなさそうなマルエルこそであり!」

「聖人か私は。別にバリバリに優先順位あるけど」

「すぐ自己犠牲するめ!」

「今回はしないよ」

「本当?」

「うむ」



 そもそも自己犠牲がどうたらって思想で動いた事なんか無いしね。任せてほしい。あの種付け妖精とは違ってオレは他人の為に身を削ってまで他人を助けようなどとは思わないのでな。



「それでシルフィさんは? どうしたの?」



 バニースーツを着直しながらシルフィさんに問う。



「マルエルちゃん。……ウチと、キスしよ?」

「なあフルカニャルリ、なんで君はこの人をここに連れてきたわけ? どういう意図?」

「し、知らないめよ! 勝手に着いてきたの!」

「そっか。それでシルフィさんは? どうしたの?」

「ウチとキスしよ」

「そっか。それでシルフィさんは? どうしたの?」

「ウチとキスしよう」

「あぁ、やり直しが効かないや」



 参ったなあ、秒単位のループ世界線に迷い込んじゃった。何度聞き直してもきっと同じ回答しか帰ってこないだろうなあ。心臓ゴン太じゃん。



「なに、ブレス掠って頭焼かれちゃったんすか?」

「ウチ、ファーストキスをあんたに取られたって言ったよね」

「あれは医療行為だったとも言ってますよね」

「言われてない」

「言ってるんよ」



 絶対退かないよ? 言ったもんね絶対に。



「それでウチ、あんたの事意識するようになって」

「医療行為でですか? そりゃ大変だ」

「恋煩いっていう病に罹っちゃった……」

「ショック療法で治しましょうか」

「愛の経口投与で症状を緩和してほしいかな」

「あっ、コイツ女版のヒグンだ間違いない。既視感あるもんなこの気持ち悪さ」



 本当の事を言えばオレも中身は男だから美少女とキスするのは吝かでは無いのだが、雰囲気がなあ……。それによく知らない相手だし。生憎と、もう中高生程の性欲は持ち合わせていないし誰でもいいってならないのよな。



「いいじゃんマルエル、キスくらいしちゃえば」

「あ、お前そういえばメチョチョから聞いたぞ。私に隠れてヒグンとキスしてるんだって」

「……何のことめか?」

「開き直れよ。そこで誤魔化されたらドロつき方がガチになるだろ」

「だって……一緒にいるとなんか、ソワソワしちゃって。ヒグン、かっこいいめ……」

「おーー本人が聞いたら飛び跳ねて喜びそうなセリフ」

「それで、ついしちゃう。ヒグンも応じてくれるし優しくしてくれるから、好き。大好き」

「いいんだよ私はヒグンじゃないからそこまで言わなくても。どこでそんなフラグ立ったんだ、好かれ方が尋常じゃないなアイツ……」



 こう言っちゃなんだが、別にフルカニャルリがヒグンに極太のハートマークを向けるようなエピソードなんか起きてないだろ。オレの知らない所で何かあった感じか? なんか疎外感だわぁ……。



「マ、マルエル! お願い!」

「まだ言う〜……なんでそんなに私とキスなんかしたいんですか? 同じパーティーのリカルドさんとかフリーじゃないっすか」

「あれ兄なんですけど!?」

「異母兄弟でしょー? そんなん全然いけるっしょ、遺伝子二分の一しか被ってないならリスクも低いですって」

「か、考えたことないっての! リカルド(にい)とキスとか、そんなの……」



 あ、赤くなった。まじ? リカルド兄の事好きなの? ラブコメじゃん、てかエロゲーじゃん。



「秘めたる想いがあるのなら私なんかに構ってないで、もっとリカルドさんと一緒に過ごした方が建設的っすよ」

「そ、そんなんじゃないって! も〜! とにかく、キッ、キスの練習させて!」

「それが本音かい。ならフルカニャでもいいだろ」

「ぼくとする? いいめよ」

「いいんだ。ヤンデレ一途キャラどうした」

「女の子同士なのでノーカウントめ」



 そうなんだ。女の子同士ならアリなのか。

 よし、オレもこの戦いが終わったらフルカニャルリとキスしよ。いや、もうこの際したい事全部させてくれって頼むか。男として貯蓄していた方の性欲もぶつけて発散したいからな。



「だ、だめだよ。色んな人とキスするとかビッチじゃん」

「はぐわっ!?」

「ビッチだって、マルエル」

「はぐふっ!? シ、シルフィさんとお前とヒグンとしかしてないから! ……あと、メチョチョ!」

「その体になってからでしょ? それより前も数えるべきめ」

「数えないだろ! 肉体が別物すぎるわ!」

「よく分からないけど、四人とキスって普通に多いと思う」

「純粋無垢過ぎるだろ」



 ビックリしたわ。冒険者の口から飛び出さなそうな貞操観念でびっくり。温室育ちのお嬢様みたいな感覚持ち出されちゃ適わねえや。



「お願い、マルエルちゃん。……これで死ぬかもしれないって考えたらさ、ウチ、もう一度だけキスしてみたいって思ったんだよ」

「コレが終わったあといくらでも出来んじゃん……」

「生き延びられるとは限らないでしょ」



 震える声でシルフィさんが言う。昨日のフルカニャルリと同じような発言だ。


 彼女は……恐怖? によって声を震わせていた。オレ達より先にこの現場に来て、あの地獄のような光景の渦中で戦っていたんだもんな。


 むしろこの反応が自然か。他の冒険者みたいに野蛮に勇しみ叫ぶ方がずっと狂気的だわな。戦争なんかでもよく見られる熱狂、一種のハイ状態なんだもんなアレ。


 そんな彼女が、マトモな感性を持つ彼女が自分を奮い立たせようとしているかもしれない。それでもキスかぁ……。



「……分かった。じゃあ、目を瞑ってよ。シルフィさん」

「はい」



 はいって。そんな改まってするようなものじゃないでしょキスなんて。なんか妙な緊張を覚えるわ。


 そっと唇同士を付ける。女の子らしいプルンと下唇、薄く塗られたリップの感触がした。ちゃんと手入れしてるんだな、ヒグンの唇の粗野っとした感じとはまた大きく違った感触だった。



「ぼくもしてあげめす!」



 さっき断られたのにでしゃばるんかい。シルフィさんはフルカニャルリと身長を合わせる。受け入れるんかい。



「……ありがと、二人とも。元気出た」

「こんなんでいいのかよ」

「女の子好きめ?」

「……今は、これでいい」



 フルカニャルリの問い掛けを流したまま、彼女はボソッと何かを言ってオレを見た。なにか含みがあるようだ、怖いなあ。



 そんなやり取りを交わしていたら不意に龍は動き出し、戦闘の火蓋が切って落とされた。オレ達はそれぞれの持ち場に着く為に散り散りに戦場を駆ける。


 オレは一足先に待機スポットに潜伏する為に崖に登ってそこから落下する。翼を羽ばたかせて落下速度を調節しながらシガギュラドの様子が見える付かず離れずの地点にある物陰に隠れた。

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