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60頁目「初体験の翌日って一日ソワソワするよね」

「……」

「……」

「……」

「……ねえ、なあに? この空気」



 そう切り出したのはメチョチョだった。


 浄……なんだっけ? 名前は忘れたんだが、どちゃつよドラゴンをぶっ倒しに行くっていう依頼を受注しその道中の馬車の中。異様な空気が漂っていたのだろう。


 オレも、ヒグン、フルカニャルリも。誰一人として口数がいつもより少なくて、なんというか、モジモジしていた。媚薬の効果が切れ、今朝方までの有様を思い出し悶絶していたのだ。


 人が変わったような、という表現はとても便利だ。まさにその言い方が相応しいとしか思えないくらい乱れていた。三人とも。だから互いが見れなかった。


 オマケにオレとフルカニャルリとメチョチョの女三人は性的な事を連想させる服装をしている。全員もれなく肌面積の露出が広いからな。脱童貞したばかりのヒグンには、この密室は苦でしかないのだろう。



「よく分からないんだけど、たかだかエッチした位でそんな深刻そうな顔するものなの? ぱぱ、まま」

「い、いやあ〜……ねぇ? ぶふっ」



 ヒグンはオレに同意を求めるような視線を向けた瞬間に鼻血を噴いた。……ジャケットを直し肌を隠す。



「ねえ、フルカニャまでそんな風になってるなんて珍しくない?」

「め……ぼ、ぼくにだって、そりゃあるめよ。今は人間ベースだし……」

「あとあたち思ったんだけど、二人とも小柄でしょ? 産む時大変そうじゃない?」

「ひえぇ!」

「目を逸らしていた事を言わないでほしくっ!」



 フルカニャルリも同じ事を考えていたらしい。オレと同じく彼女も顔を青くした。


 小柄な女性の出産というと、やはり帝王切開になるのだろうか……。


 うぅ。オレ達は一般的な母体よりも大分細いというか、包み隠さず言えばオレもフルカニャルリも肉体はほぼ子供みたいなもんだ、不安にならない訳がなかった。



「なるほど、そういう不安で。じゃあぱぱは? ぱぱも出産の不安?」

「不安、というか。まだシた時の光景を覚えてるからね。あれがハーレム王の見る景色か、と」

「おー。だからそこは元気なんだ? ぱぱ絶倫〜」

「メチョチョ、普段なら嬉しいけど今日は触るのやめてね!」



 メチョチョが対面に座るヒグンに指を伸ばすとヒグンが逃げるように隣のフルカニャルリの居る方に避けた。ヒグンと密着したフルカニャルリは、咄嗟の事に困惑しながらも背中を壁に着けたままそっとヒグンの股間に触れた。



「こ、ここでするの?」

「いや、違っ」

「やめなさい二人とも。メチョチョがいるでしょうが!」



 今にもキスをし始めそうに見つめ合う二人の間に手を差し込んで引き剥がさせる。


 なんなんだ? この夏休み明けのカップルがいる中学の教室みたいな空気。彼女とセットで弄ってくるような陽気な男子とかこの場に居なくてよかったですね。



「あたち気にしないよ? 悪魔だし」

「悪魔だとして、子供のいる場は風紀を正すべきだろうが」

「でもまま、ぱぱとエッチしてたよね」

「……そういう事をしたとして、私は秩序を守る役に徹するからね」

「すごい声出てたよね? もっとして〜って」

「出してないです」

「出てたよ? てかあたち覗いてたし」

「覗いてたの!? ぎゃあああぁぁっ!!!」



 頭を抱えて叫ぶ。オレがメチョチョに見せてきた頼りがいのある凛々しい大人の象が丸崩れじゃないか。



「何を恥ずかしがっているのか分からないけど。生物としては普通の行為でしょ? 堂々としなよ。ままもぱぱも、フルカニャもさ」

「自分だってマイクロ水着を着てるの恥ずかしがってたじゃねえか」

「生物として異常な服装でしょこれ! しかもこれ、普通はないすばでぃな女の人が着るようなものじゃん! あたちが着るのはやっぱりおかしいよ!」

「らしいぞヒグン」

「? おかしくないでしょ。普通に僕それを着たメチョチョで常々興奮してるし」

「おい犯罪者」



 鋭く睨んでやる。オレもロリコンの気はあったから多少気持ちは分かる側面はあった。が、いよいよコイツの異常女児性愛趣味に警鐘を鳴らす時かもしれない。



「……それならぱぱ、あたちともする?」

「! する!!!」

「フルカニャ。コイツ道中で捨てて行かないか?」

「やだ、ヒグンはぼくのであり。手足を切り落として籠に入れるめ」

「あれっ、フルカニャルリの方が過激なんだ。おかしいな、しかも冗談の目じゃないんだもんな」



 確かに。オレの日々のツッコミを目的とした脅しは勿論冗談だが、なんか、宝石みたいって形容詞が着くはずのフルカニャルリの瞳からハイライトが消えているような気がした。そんな訳ないのにね、不思議〜。


 ……てか、ぼくのって言ったよね? それに言ってる内容。なにこのロリ、もしかしてヤンデレに進化した? オレ活け造りとかにされる感じかな。命乞いのセリフ考えよ〜っと。



「……その気合いを、なんたらドラゴンにぶつけてくれなフルカニャルリ。くれぐれも私にぶつけるなよ」

「? ぶつける訳なく。マルエルはヒグンのセカンドワイフであり」

「あ、私がセカンドなんだ。まあいいけどさ」



 自動的に第二夫人にされた。いいね〜、我が強いねフルカニャルリは。いつの間にかちゃんと人間の女みたいな自我を出せるようになったんだね、感動だ。



「それならあたちはさーどわいふでしょ! なんであたちだけ仲間外れなの〜!」



 いや、ワイフってかドーターだろ。そしてヒグンは童貞、っていうギャグで昨日までは笑えたんだけどなあ。童貞じゃなくなって笑いのネタが減ったわ、勿体ねえ。



「別にぼくはメチョチョに禁止してる訳ではなく。ただ、今の段階だとまだモヤモヤしてしまうってだけであり」

「禁止してるじゃん!」

「じゃあそれでよく」

「よくない! あたちとフルカニャほぼ同じような体格じゃん! ずるいよ!」

「同じようではなく。ぼくの方が数センチ身長低く」

「ならいいじゃん!?」

「でもぼくの方がお尻は大きく。しっかりとした胎盤を持っており。安産型」

「そんなに変わらないよー!」

「おーいヒグン。この子供の下ネタ合戦止めた方がいいだろ、御者に聞かれたら通報されるぞ」



 ヒグンは安らかな顔で鼻血を垂れ流し燃え尽きていた。到着する前に天に召されそうだな〜、葬儀屋に連絡入れとくか。



 メチョチョとフルカニャルリの不毛な言い合いが続く事2時間弱、ようやく馬車が目的に着いたらしい。


 リアルロリのギャーギャー言い合う声って、アニメみたいな萌え声じゃないとやっぱり少し耳障りだよな。言い方に気を使わず言うなら猿みたいだもん、キーキーって。オレのロリコン性癖が若干揺らいだかもしれん。



「血が足りなくて死ぬ、死ぬよぉ……」

「だから造血の魔法は掛けたって。少しくらい大人しくしろよ情けねえ」



 ヒグンに肩を貸しながら馬車を降りる。先に降りたメチョチョとフルカニャルリはまだ言い合いをしていた。いいじゃねえの、ぷにガキ同士仲良くしろよ。どんぐりの背比べだろ。



「来たのかお前ら!」

「エドガルさん!」



 先に現場に到着していたエドガルさんと挨拶を交わす。他にも何人も何人も冒険者がいる。すごいな、冒険者の祭りみたいになってる。



「これ全員シガギュラド退治の参加者ですか。すごいな、こんなに集まるだなんて」

「介入した騎士団が返り討ちにされたってんで報酬金が何倍にも吊り上げられたからな。大陸中のギルドから参加者が集まってるぜ」

「大陸中の? ざっと何人くらい来てるんです?」

「1000人以上は居るだろうな。おかげでシガギュラドの居る奥まで進めず、ここでこうして足止めを食らってるわけだ」



 なるほど、だから森の入口にこんなに沢山馬車が停めてあったのか。



「で? 状況はどうなってるんです?」

「分からん。特に何か起きている様子もないし、実はもう討伐されていたりしてな」

「いや、それは無いよ」



 エドガルさんとの会話にメチョチョが割って入ってきた。彼女は森の一方向を睨みながら言う。



「まだ生きてる、休眠に入ってるんだ。じきに動き出すよ」

「へぇ。……ヒグンの新しいお仲間さん?」

「メチョチョです」

「変わった姿してるな。そして、またもやそういう服装、そういう年齢感か……」

「待ってくださいエドガルさん。何故そこで僕に冷ややかな目を向けるんですか? エロいでしょ!」

「だから問題なんだよ。お前、子供ばっか捕まえてそんな格好させて……厄介な揉め事に巻き込まれないようにしろよ」

「僕だって本当はもっとちゃんとしたお姉さんに好かれたいですよ!」

「あ?」「ん?」「ぱぱ、どういう意味?」

「……ん〜と、幼児体型サイコ〜」



 幼児体型最高は流石にキモすぎるセリフだったが、三人から同時に睨まれて咄嗟に出た言葉なので許そう。言わせたみたいなもんだしな。



「……! 来る、動くよ!」



 不意にメチョチョがそう言って身構えた。それが呼び水になったかのように、彼女の所作に合わせるように大地が揺れ出す。



「地震?」

「ただの地震なら木がそのまま空に巻き上がったりしないだろ」



 森林のはるか後方から何かが起こった。爆発だ。闇夜から無数の樹木が放物線を描いてこちらに降ってくる。



「エドガルさん、ヒグン。あれ何とかしてくれ」

「分かった!」

「いきなりだな……!」



 エドガルさんが得物の斧を振りかぶり、ヒグンは大盾でオレ達を庇う。他の冒険者達も樹木の雨を各個迎撃していく。

 が、まあ普通に考えて全ては落とせないのでフルカニャルリが地形を操るスキルで大地の壁を作り他の冒険者を守護した。



魂感応(オリチャ)



 死霊術師のスキルを使い盾の中から周囲の空間の生体反応を感知する。



「めちゃくそでかい魂が一つ。……うわぁ、周囲に集ってる小さな魂が秒単位でザクザク殺されてる。普段ならアリとかの魂がこれに値するんだが、アリよりかはずっとデカイな」

「分かりやすく言うとどういう意味めか」

「人間を虫けらみたいに殺してる何かが足を止めずこちらに向かってる。街に向けて一直線だな」

「こちらから行って迎え撃つべきだな!」

「かっこいいセリフだなあヒグン正気じゃねえや!」



 大盾を退かしてヒグンがドラゴンの居る方に進んでいく。オレの声が聞こえなかった勇敢な冒険者達も大声を上げて楽しそうに森を駆け進んでいく。生まれる時代が違えば侵略者とかやってただろコイツら。



「ここまで来たら退く事は出来ないだろ。行こう、三人とも」



 ヒグンがそう言う。冗談じゃない、勝ち目ないよ〜……って、オレ本来の理性を使えばそう言う所だったが。伊達や酔狂でヒグンについて行った訳だからな、頭を使った危機回避をしてヒグンに背くのは方針に反するな。



「フルカニャ、降りたくなったら降りていいぜ」

「降りず。ヒグンが危なくなったら手足を落として持ち帰るめ」

「ヤンデレロリのキャラは続行かあ。私をバラバラにして捨てたりしないでね」



 フルカニャルリは何も言わずオレにニコッと笑いかけた。表情は笑顔なんだけど、目がねぇ……。




 *




 惨憺たる光景だった。勇ましい叫びを上げていた冒険者達が十人ほど、たったの一撃で死体となった。


 彼らを屠ったのは尾だった。巨大な、鋭利な岩礁のような棘が等間隔に並んだ大蛇のような尾が縦横無尽に暴れ回り、地上を駆ける冒険者達を乱雑に叩きのめしていく。



「あれがなんたらドラゴンかっ!」

「浄域龍シガギュラドだ!」

「なんたら龍って所は覚える意味あんのか? っ、来るぞ!!!」



 シガギュラドの白い鋼鉄のような尾がオレたちの走っていた大地を抉り抜いた。エドガルさん、メチョチョはオレと共に右に避けた。フルカニャルリは糸を出して上方向に上手く回避し、鈍足であるヒグンはそのまま大盾で尾を受け止めていた。



「って、受け止めてる!? 何やってんだヒグンの奴、アホ!?」

「い、いや、だが潰れずに凌げているぞ!?」

「怪物かなぁ!?」



 ヒグンは自分より何倍もデカくて太い尾を盾で受け止め、刃のような突起による鋸のような引き摺り攻撃さえも凌ぎきった。


 力で受け止めたヒグンもおかしいが、あの盾の耐久力も相当だな。オレがプレゼントしたものだが、流石にあそこまで大層な耐久性は売りにしてなかったぞ!



「新たに覚えたスキルだよ。『金剛合一(こんごうごういつ)』というスキルだ! 僕に触れている対象にも僕の耐久度強化の状態をトレースするって物でね!」



 言いながら少し遅れてヒグンも走る。わざと動かなかった理由は自分の背後に控えていた冒険者が叩き潰されるのを防ぐ為だったらしい。高い身長を活かした良いフォローだ。



「俺達の前方に生きている冒険者はいない、自由に動けるぞ! 攻めろ!!」



 エドガルさんが激を飛ばす。そうだね、生きてまだ活動出来ている冒険者は皆シガギュラドの正面に立つのを嫌い周囲に散っている。こんな馬鹿正直に前から突撃しようとするのはオレたちくらいだろう。



「フルカニャ!」



 空を舞うフルカニャルリが先ず標的となった。彼女の身に尾が迫る。



「こんなの当たらず!!」



 ひらりとフルカニャルリは尾による攻撃を回避し、何重にも編み込んで強度を上げた糸を通り過ぎる際に尾に引っ掛ける。

 地面に衝突する直前にフルカニャルリの肉体が静止し、弾かれるようにまた宙に浮かび上がり尾とシガギュラドの振り上げた右腕の周りをグルグルと周回した。


 シガギュラドがバランスを崩し転倒する。尾と右腕が何重にも巻き付けられた糸により縛られ、身動きが上手く取れなくなったからだ。やっぱりフルカニャルリの戦闘センスは頭一つ抜けている、味方だと頼りがいがあるな!



「次はあたちの番! いでよ、尽斧ニグラト!!」



 メチョチョの腕の影から巨大な赤黒い異形の斧が具現化する。シガギュラドの尾程では無いが、やはり人間よりも余裕で大きなサイズの得物だというのにまるで重さを感じさせない軽快な走りでメチョチョはシガギュラドに肉薄する。



「スキル、『剣式・角斬り』!!」

「角切り。料理じゃん」



 紛うことなき四角に切るやつじゃん。しかも剣って言ってるけど得物、斧じゃん。『料理人』のスキルって、本当にまんまじゃん。



 しかしこちらのツッコミを他所に攻撃を放ったメチョチョは目にも止まらぬ速さで斬撃を繰り出した。


 シガギュラドの表面に張った透明の膜がバラッとブロック状に切断されたのが見えた。高速で木やシガギュラドの肉体を足場にしてメチョチョがどんどん龍の守護を解体していく。瞬く間だ。



「な、なんだアレは? マルエル、メチョチョの職業は一体……?」

「料理人です」

「料理人」

「あー、冒険者としての職業名で言えば料理師? ですね」

「戦闘に参加しない補助職じゃないか、それ」

「はい。うちのパーティーの攻撃の柱です」

「何もかもが普通と異なるなお前達は……」

「お褒めに預かり光栄〜っと」



 シガギュラドの防御が剥がれた事を知ってか知らずか、周りに控えていた冒険者達の攻撃が再開される。オレとエドガルさんはフルカニャルリが縛り上げたシガギュラドの尾上に着地する。



「エドガルさん、この尾っぽに穴とか空けれますか?」

「やってみよう。スキル、『隕鉄斬いんてつざん』!!」



 エドガルさんの『斧使い』のスキルが炸裂する。堅固な龍の尾が彼の手にする斧によって割られ、皮を裂き肉に穴を空けた。



「死の爪」



 手首から先に『涅』を纏わせ、ナワリルピリから奪った術を発動する。つけられた傷から確殺の呪いが肉体に伝播し必ず対象を死に至らしめる術だ。


 死の爪を尾に出来た傷にぶち込む。成功だ、龍の肉が黒く滲みそれがゆっくりと尾全体に広がっていく。



 龍の咆哮が鳴った。痛みに苦悶しているかのような叫びにより大気が揺れる。他の冒険者の攻撃を食らっている間は何ともなかったのに、こんな小さな傷で叫ぶのか?


 ……いや、もしかしてこの龍は相当頭が良いのか? オレの『死の爪』がどういったものなのか理解しているとか……。



「おいおいマジかよ」



 龍は叫びながら自らの尾を左腕で千切り取った。死の呪いは尻尾の断面まで広がり、止まった。


 完全にオレの『死の爪』の性質を知っていた。或いは瞬時にそれに気付き、対処してきた。


 縛り付けられた右腕は尻尾と細胞が繋がっている訳では無いから呪いは伝搬しない所まで織り込み済みの行動か……?



「すごいなマルエル、どうやったのか知らんが奴に自ら尾を切断させた! 奴の攻撃手段が減ったぞ!」



 エドガルさんは嬉しそうにそう言う。確かに攻撃手段が減ったのはそうなのだが、注目すべきはそこじゃないだろう。何故そのような行動を取ったのか考えるべきだ。



「どりゃあああぁぁっ!!」



 ヒグンが木を脇に抱えて龍の胴の鱗が薄い部分に根元を叩きつけ突き刺した。パワー系極まれりみたいな戦い方している。防戦じゃないと常識外れな事するんだな……。



「マルエル!」

「フルカニャか。なあ、龍ってもしかして高度な知性を持つ生物か?」

「そうめね、かなり頭は良く。発声器官が異なるから人間語は喋れないけれど、意味は理解出来るめよ」

「そりゃ相当だな。……アイツ、死の爪の効果に気付いて自分から尻尾を切り落としやがった」

「最適な対処めね……」



 冷静な様子でフルカニャルリはシガギュラドを観察する。緩慢な動きで首を動かしながら、シガギュラドが唸り声を上げる。



「……なあ、あのドラゴンさっきまで苦しそうな咆哮を上げてたよな」

「そうめね」

「さっきなんかよりずっと威力の高い攻撃を嵐のように食らっているぞ。なのに何故、今度は咆哮を上げず動きも穏やかになっているんだ?」

「……ッ、生物の肉体は急激に体温が上がると運動機能が低下する! 魔力の熱変化放出が来るめ!!!」

「そういう理屈か! みんなー!!!!」



 冒険者たちに叫ぶ。何人かはこちらに意識を向けたが、流石に全員にまでは届かない。



「あのドラゴンはブレス攻撃しようとしてる! 一旦攻撃はやめて回避の準備をしてくれー!!! って他の冒険者にも伝えてー!!!」



 オレの言葉を聞いた冒険者のうち何人かが攻撃の手を止め他の冒険者にも同じ事を伝えてくれる。しかし、駄目だ。言葉の伝達する速度が遅い、間に合わない!


 シガギュラドの喉元のねずみ色の皮膚にオレンジ色の光が宿り、それは徐々に赤黒く変化していく。



「くそっ!」

「頭に向けて攻撃を集中させればブレス攻撃はこちらに放てなくなります! 魔法が使える皆さん、頭部への攻撃に集中を!!!」



 一人の魔法使いさんがそう叫ぶ。見た事がある、彼は上位ランク冒険者の一人で水属性の魔法を得意とする魔法使いだ。



「シガギュラドの魔力が喉を登っていく。魔法使いが高速詠唱を初め、魔力を全身から両手の先に集めていく。



「マルエル、口に糸を放った方がいいめか!?」

「龍のブレスがどれほどの物かは分からんが焼き切られるだろ! それよか逃げ遅れそうな奴捕まえて後頭部の方に移動させてくれ!」

「分かり!」

「僕はどうしようか!」

「物理的にブレスを盾で防げても熱で燻製になっちまうよ!! メチョチョを抱えて回避行動!」

「マルエルは!?」

「私は付かず離れずの位置にいる! 人間ステーキにされても何回かは蘇生出来るし、深手を負った冒険者を回復する為に待機だ!」

「危険だぞ!?」



 いや、むしろオレ残機制だからこの場にいる誰よりも安全なのだが。ロード機能のないフロムゲーの世界で一人だけマリオのシステムで動いてるようなもんだよ? 心の余裕が段違いである。



「メチョチョー! 攻撃は辞めて、ぱぱに抱きつきダイブ!!」

「! わかったー!」

「えっ、ちょっとメチョチョッ」

「えーいっ!」



 絶えず修復する表面の護りを削りながら駆け回っていたメチョチョがヒグンに狙いを定めて飛び込んできた。巨大な斧を影に仕舞う事もせずそのままヒグンの顔に臍を押し付けるように抱き着いた。



「んぅっ!? ぱぱ! あ、あたちのおへそ舐めないで!」

「……」

「ひうぅ!? く、くすぐったいよぉ!」

「おい変態ゴミロリコン、死体の散乱した戦場のど真ん中でセクハラかましてんじゃねえさっさと避難しろ」

「わ、分かった! あっちで楽しもうかメチョチョ」

「ひゃわっ!? お尻撫で回さないでよぉ!」

「アイツ後で針山にしてやる」



 メチョチョの修道服の下に手を潜り込ませた状態で移動するヒグンを見送った後、オレも両手と翼を魔力を込める。

 結界魔法の類ならオレにも心得はある、もしもブレスが飛んできても軌道を逸らす程度は出来るかもしれないからな。



「! 熱源がまた移動した! ブレスが来る、一斉に頭部に攻撃を!!!」

「上級水魔法『海審龍の渦捻れ顎ツイストジョー・リヴァイア』!!」

「氷冷の風見鶏!」

三叉の光来貫弾トライデント・レーザー!!」

「遠隔斬術・渡り鳥!!!」

「榴弾召喚陣!」



 おーおー、様々な単語が周囲から飛び交う。魔法使いや弓術師といった遠距離攻撃が得意な冒険者がこぞって大技を繰り出した。


 流石にこの密度の大技を一挙に頭に喰らえばいかな巨体といえ無事では済まされないだろう。

 これら全てを食らって首が繋がったままで居られるはずが無い。その上、相手はメチョチョの斬撃で特殊な守護は剥がされているし熱により動きは緩慢だ。


 オレたちの勝ちだ。そう確信した。



「……えっ?」



 違和感が起きた。冒険者達の放った攻撃がいつの間にか龍のはるか後方に移動していたのだ。

 それはまるで何秒も前に放たれた攻撃だったかのように、龍に当たるはずの攻撃の全てが夜の闇に消えていく。


 そして、消え行く冒険者たちの攻撃とは真逆に龍はいつの間にか冒険者のすぐ目の前に移動していた。

 すぐ目の前に移動し、真上を捉えていた。


 やばい、そう思考出来たのは熱の柱が放たれた後だった。



「そん、なっ……!?」



 オレの立っていた位置はブレスの有効範囲をギリギリ外れていた。余波で飛ばされ大木に激突する。


 分厚い炎の柱は長い間照射され続けた。念入りにその範囲内にいた生物全てを炭化させ、分解するように徹底的にシガギュラドは集まっていた冒険者達を一挙に焼き焦がした。



「っ、みんなは……!」



 フルカニャルリは数名の冒険者と共にシガギュラドの後頭部に糸で張り付いていた。無事だ。エドガルさんはオレの飛ばされた大木の近くに居て膝を着いていた。ギリギリ回避行動を取れた様子だった。



「っ、ヒグン!!!」



 ヒグンの姿がない、メチョチョも。そういえば確か、彼が退避していたのは攻撃していた冒険者達が集まっていた後方だ。


 嫌な予感に全身の毛穴が開く。まさか、そんな……。



 仲間を心配する者、目の前の光景を見て絶望する者、理解出来ずに混乱する者。


 長い間炎を放っていたシガギュラドは照射を辞めると白い煙の立ち込める口を歪め、首を上げた。


 シガギュラドの真下には何も無かった。文字通り何も。ただそこには無数の黒い焦げがあるのみだった。

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