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59頁目「初夜」

 その日の夕方に出発するという話だったのだが、妖精郷から戻ってきたフルカニャルリが「助っ人が揃うまで時間かかるので、明日出発しよう!」と提案してきた。その為オレ達は一旦今日は装備を整えたりするのに時間を費やした。



「メチョチョ、もう寝た?」



 夜。オレにしがみつきながら目を閉じているメチョチョの丸い頬を指で軽くくすぐってみる。反応は無い、ぐっすりのようだ。


 オレもそろそろ寝ようかな、やることも無いし。



「マルエル」

「っ?」



 目を瞑り暫く何もせずに寝に入ろうとしていたら、背後から肩をゆさゆさと揺らされた。見ると、フルカニャルリがそこに立っていた。



「どうしたの?」



 寝巻き姿で手を後ろに組んだフルカニャルリに尋ねると、彼女は少しだけ下を向いてオレに質問で返してきた。



「あの、あのね。マルエル。……マルエルは、ヒグンの事好きだよね?」

「? ……まぁ」



 薄暗いから彼女がどんな表情をしているかは分からない。けれど何だかこちらの様子を恐る恐る伺っているようだった。


 何かワケありか。メチョチョを起こさないようにそっとベッドから出てポンチョを羽織って椅子に腰掛ける。



「どうしたの? ヒグンと何かあった? またセクハラされた」

「んーん」

「じゃあなによ?」

「……やっぱり考えため。もしかしたらこれで僕ら、誰か死んじゃうかもしれないって」



 小さな呟きだった。それを聞いて、オレがなにか責めるような反論をすると思っているかのような不安げな声音だった。


 責めるわけない、大切な人を失うかもという思いは際限なく不安になるものだ。それは自然な事だからな。



「大丈夫。いざとなれば私が命懸けで皆の事を逃がすよ。私は幾らか死ににくいしね」

「でも、死ぬかもしれない」

「……そうだね。しっかり気をつけないとだ」

「うん。それでね?」



 フルカニャルリはそこから繋がる言葉を言い出し辛そうにしていた。



「何を言われても怒らないよ。言ってごらん」

「…………最期に、なるかもしれないから。残るものを作りたいって思っため」

「残るもの?」



 はて。残るものとは。今から陶芸かなんか作るんか? 轆轤回しマシーンなんかこの家にはありませんが?



「ぼ、ぼくも初めてだから怖いけど、もしよければ、マルエルも」

「私も?」

「だ、だめかな」



 ??? 全く本題が見えてこないが、まあ深刻そうにしているし放ってはおけないか。



「いいよ。なに? 協力する」

「! あ、ありがとう! いざってなると不安で……」

「イノシシ小娘のフルカニャにしては珍しく弱気だねぇ〜。私が着いてるぜ」

「う、うん。じゃあ、ヒグンの部屋行こ」

「ヒグンの部屋?」



 ヒグンの部屋になにかあるのか。どんな用事があるのかしら、まさかガキを作ろうとか言い出さねえよな? ……ちょっと有り得そう。


 でもなんだかんだで今までの流れを汲むとそういう流れは見事に躱してきたし、今回も案ずる必要はないだろう。もし子作りしたいってんなら、オレの存在は邪魔だしね。




 *




 コンコンコン、と三度ノックする音が聴こえた。



「どうぞー」



 そう言うと、部屋に寝巻き姿のマルエルとフルカニャルリが入ってきた。



「何しに来たの? あとマルエル、ベビードールに着替えてきてね」

「死ね。……? おい、フルカニャ?」



 部屋に入ってきて僕にいつも通り軽い暴言を吐きながら近付いてきて椅子に勝手に座るマルエル。そのまま彼女はフルカニャルリの言葉を待っていたが、いつまでも口を開かないフルカニャルリに怪訝そうな顔で名を呼んだ。



「フルカニャルリの用事か。マルエルはその付き添い?」

「おう」

「そっか。どうしたの? フルカニャルリ」



 そう尋ねると、彼女はゴクリと唾を飲んでこちらに一歩、二歩、とゆっくり歩み寄ってきた。



「灯りつけようか?」

「……ん」



 フルカニャルリはこくりと頷いた。ロウソクに火をつけ仄かな灯りがつく。色の見えるようになったフルカニャルリの顔は、最近見るようになった照れた時の果実のような朱色に染まっている。



「フルカニャルリ?」

「あの、ね。今日は……今日はね。おふざけだったり、悪戯だったりじゃないの」



 一つ一つ、慎重に言葉を選んでいる様子のフルカニャルリ。そのいつにも無い様子に、マルエルも違和感を感じているようだった。



「ヒグンのね、本当の気持ちが聞きたいの」

「本当の気持ち?」

「うん。……ぼくの事、恋人として、愛してくれるかって」

「!?」



 ま、またそういう問答!? マルエルを見る、彼女も目を見開き「えぇ〜!?」と言い出しそうな驚愕顔でフルカニャルリを見ていた。「またそういう流れ〜っ!?」と今に言い出しそうだった。


 でも、フルカニャルリは真剣そのものの双眸で僕の瞳を見つめてくる。綺麗な宝石のような琥珀色の瞳を潤わせながら、ただ黙って僕の回答を待っていた。


 ……僕の気持ちはもう二人に伝えた。それは最低な回答だけど、それでも二人は受け入れてくれた。だから、マルエルの前であろうとも正直に答える。



「愛せるよ。僕はフルカニャルリを恋人として、いやそれ以上の、死ぬまで一緒に添い遂げる相手として愛せる」

「っ。う、嬉しい……っ」



 フルカニャルリは今にも泣き出しそうな声でそう言った。しかしその感情を必死に我慢し、彼女は更に言葉を続けた。



「それじゃあマルエル、交代であり」

「えっ。…………えっ?」

「マルエル」

「えぇ……?」



 フルカニャルリに静かに見つめられ、渋々といった様子でマルエルは僕と目を合わせた。

 一度彼女は気恥しそうに目線を逸らし、少しずつ視線を元の僕の目の元まで動かしていき、徐々に赤くなりながらも小さな声で言う。



「ヒグンは、私の事好き、だよな」

「う、うん」

「……お嫁さんにしたいとか、そういう好き?」

「それは勿論。迷いなく言える、結婚したいの好きだよ」

「あ、ありがとうっ!」



 そう言うとマルエルは下を向いて顔を隠した。どちらも僕には勿体ないくらいの美少女だが、こういう反応をされると好かれてるなって実感する。不思議な気分だな、本当に。



「じゃあ二人とも同じくらい愛してくれているってことで、いいめか?」

「あれっ。それはそうなんだけど同意しづらい発言だ」

「んーん、それでいいの。ぼくはそれでいい」

「えっ? わ、私も、それでいいけど……」



 なんだかてっきり二人は共通の認識でこの場に来たと思っていたのだが、マルエルはフルカニャルリの行動の全てに驚いた様子を見せていた。



「それでね。……こんなの、用意したの」



 ずっと後ろで手を組んでいた、いや何かを隠していた? 様子のフルカニャルリが何かを三つ前に出した。一口で飲めるくらいの容量の液体が入った小瓶だ。



「なにこれ、薬?」

「ポーション的なやつか?」

「媚薬であり」

「「媚薬」」



 マルエルとハモった。媚薬。さてさて、一気に空気がピリッと変わったぞ〜……?



「ぼく達は相思相愛、でしょ?」

「まあ……そうですね」

「だから、その……赤ちゃん、欲しいめ」



 ついにか〜……。ついに直で談判しに来たか〜。


 マルエルを見る。彼女はオレに向けてすごい勢いで手を左右に振って「違う違う!」とアピールしていた。彼女にとっても予想外の出来事だったらしい。



「き、気持ちは嬉しいんだけど」

「これで死ぬかもしれないめ」

「っ」



 フルカニャルリの声は震えていた。今にも泣き出しそうだった。



「人間は、別の種族だから……こんな風に胸と頭がごちゃごちゃするような事になるとは思わなかった。……失うのを考えると、吐きそうになる。だから、これで最後になるかもと考えたら……ヒグンがぼくを愛してくれたという証明が、どうしても欲しいの」

「フルカニャルリ……」

「だから、お願い。今日ぼくに仕込んで、受精させてほしいの」

「……」

「こんな小さな体じゃ、興奮できないめ……?」

「ち、違うよ! 勿論嬉しいしフルカニャルリとの子供も、欲しい。けど……」

「……心の準備が出来ないなら、出来るまで待つめ」



 僕の手をフルカニャルリがそっと握る。それを口元まで緩慢な動きで近付けると、チュッとフルカニャルリが僕の手にキスをしてきた。その後、手首にもキスをしてフルカニャルリは僕を上目で見た。


 強い思慕の念が伝わってきた。これ以上誤魔化したり逃げたりするのは卑怯だ。



「……分かった。しよう」

「待って」



 マルエルの声がした。気持ち強めの声で、彼女は僕らのやり取りを見た後椅子から離れてフルカニャルリよりも更に僕の近くへ身を乗り出してきた。


 彼女の唇は僕の口へと吸い込まれる。と見せかけて途中で軌道が変わり、僕の頭に手を置いて顎を出させるように傾けさせると喉にキスをしてきた。


 数回に渡って僕の喉にキスをした後、少しだけ間を置いてマルエルは口を僅かに開き僕の喉を甘噛みした。



「……ごめん、フルカニャ」



 僕の喉から口を離すと、マルエルも泣きそうな震え声でそう言った。


 彼女は下を向いたまま、少しだけ身を僕から離す。しかし、いつの間にやら僕の手に触れていた彼女の手は離れずに指を搦めようとしたままだった。途中まで搦めて、でもそれ以上はなにかに遠慮しているかのように止まっていた。


 フルカニャルリは小瓶の一つを空けて中身を一気に飲み込む。



「……これ、メチョチョの体液とぼくの錬金術で作った物。強力な催淫効果に加えて、体力の増強とオスの精力強化、メスの排卵誘発をするめ。通常の何倍も出来るようになるから、これを飲んで交尾したら確実に受精するめ。……っ、はぁ、はぁ……っ」



 説明しながら、段々と苦しそうに、色っぽい声で息を切らし始めるフルカニャルリ。


 彼女は僕の手を掴んだまま、それを自身の股に押し付けた。濡れていた、ヌルヌルとした汁がどんどん出てきているようだ。


 指先を震わしながらも、フルカニャルリは空いた手のひらに小瓶を二つ乗せて僕ら二人に差し向けた。



「……の、まないなら、悲しいけど、嫌だけど、諦めるめ。でも、してくれるのなら、そのつもりがあるのなら、取って……あんっ……はぁ、うぅ……取って、中身を飲んでほしくっ」



 言いながらもフルカニャルリの僕の手を股に押し付ける力が強くなり、彼女は僕の手指をベッドの上に置くとそこに腰を下ろし呻きながら腰を動かしていた。



「……っ」



 マルエルがフルカニャルリの手の上から小瓶を取り、中身を口の中に入れ飲み込んだ。



「……ヒグン」

「マ、マルエル」

「中身が男だとか、そういうの気にしないだろ? ……だよね?」

「うん。そんなの関係ないよ、僕は君の全部を愛してる」

「私も……オレも、女としてちゃんとお前が好き。……っ、だから、女の子として、オレの事、見てっ……ぅあっ。はぁ……はっ」

「……僕は、初めから女の子としてマルエルの事が好きだったよ。一目惚れだったし」

「ふっ……あ、くっ……言えよ、タコ。そういう事、は……っ」



 またタコと言われた。でも今回マルエルは、頬を紅潮させて、涙を流しながらも嬉しそうに笑顔を浮かべていた。


 フルカニャルリの手から小瓶を取り、喉に流し込んだ。



 最初に口付けしたのはフルカニャルリとだった。深くて長いキスだった。相手を知ろうとして、相手に知ってもらいたくて、そんな風に交互に舌を絡ませ合った。


 だから、僕は先にフルカニャルリと大人の一歩を踏み出した。

 軽やかだけど確かなフルカニャルリの重みを感じながら、マルエルと濃厚なキスを交わす。


 マルエルのキスは強い執着や独占欲のようなものを感じた。他の事に意識を向けて欲しくない、自分をより強く感じて欲しい。そう僕に叩きつけるような激しく、貪るような唾液交換を行った。


 マルエルとも交わった。普段は僕に悪態を吐き手を出す事も多々あったマルエルだったが、そんな普段からは想像も出来ないほど彼女は甘えたがりだった。



 長い夜だった。長くて、冬なのに暖かくて、狂おしくなる程に永遠を望んだ夜だった。


 二人が僕の名を呼び、僕も二人の名を呼んだ。小さくて柔らかい二人を抱擁し、想いを肉体にぶつけあった。


 太陽が出始めた頃、三人で荒い呼吸をして求め合う行為はお開きとなった。


 僕らは同時に子を宿す為の行為を行った。薬の効力が本物なら、僕は二人の子を作り親となった事になる。



「……ヒグン」



 三人で並んで寝転んでいたら、僅かに枯れた声でマルエルが僕の名を囁いた。……すごい声出ていたものな、メチョチョがその声で起きていないか不安だ。



「離れたくない」

「離れないよ」

「そういうことじゃなくて、マルエルの部屋にメチョチョいるでしょ?」

「ああ、そういう」



 戻ってアリバイ工作をしなきゃって話か。でもそれって、誤魔化さなければ済む話じゃないのかな。



「正直に言っていいんじゃないか? あの子には」

「子供相手に言えるわけないだろ……」

「言い方を濁せばよく」

「たとえば?」

「この晩、ぼくらは赤ちゃんを作ってためって」

「どこが濁せているんだよ。ありのままじゃねえか」

「錬金術で作ったと言えば変な風にはならないめ」

「錬金術で人を作るは歴史に名を残す大偉業なんだよね」

「いつか至りたいめね〜……」



 マルエルとフルカニャルリが裸のまま普段通りの会話を交わす。



「また欲しくなったら僕に言ってよ。……そういうの、夫の役割だろ」

「……ぷっ。夫とか言い出したぞこいつ」

「あはは、なんかセクハラ発言なら慣れているのにそういうセリフになると違和感がすごいね。ヒグンの場合」

「あーはいはい。もう二度とこんなぶったセリフ言わないよ! はーもう、やな奴ら」

「錬金術でっていう話であり、学術的な事め。でも……そうだね。あと何人か子供欲しいかも」

「性欲の妖精さんだったのかお前」

「うるさくマルエル。ドMの変態さんは黙っててほしく」

「本当に殺すからな。今すぐに殺すからな」



 マルエルとフルカニャルリが僕を挟んで互いの頬を引っ張り合う喧嘩を始める。


 ……二人ともに、僕の子が宿ってるのかぁ。一気に二人も奥さんが出来たってことだよね、本当にハーレムじゃないか。

 男しかいない環境で育って爆発した性欲が目標の根幹だったのに、まさか叶ってしまうだなんて……。


 今ならこの幸せにあやかって、多少調子に乗るくらいなら二人とも許してくれるかもしれない。よし、ここは一つ、ハーレムの主として一言言われてもらおう!



「僕の事で喧嘩しないでくれ愛しい妻達。大丈夫、二人の事は均等に愛しているからね」

「きっしょ。離婚していいか?」

「まだ結婚はしていないので破談でありな」

「待って待って本当に待って心折れちゃう真剣に。待って???」



 残酷な決断を選ぼうとしている二人を慌てて静止する。ベッドの上で土下座しようとした時、部屋の向こうでなにか物音がした。



『……ふわぁ。ままぁ?』

「「「!!!!!!?!?!?!?」」」



 そこからは掛け声もなしに一斉に動き出した。全員が寝巻きを気直し、体に付着した汚れを僕の毛布を使ってふき取ってベッドの下に隠し、濡れたシーツの上に僕とフルカニャルリが座って一応隠すようにして早歩きでマルエルはドア前まで行った。



「や、やあメチョチョ。おはよう〜」



 なんでもないフリをしてマルエルはにこやかにメチョチョに声をかけた。メチョチョは数秒マルエルを見つめた後、くんくんと鼻を鳴らして口を開いた。



「……まま、精子臭い」

「うぐぅ!?」

「考えてみれば悪魔相手に誤魔化せるわけ無かっためね……」



 ダメージを受けたマルエルがその場で膝を着く。どうやらメチョチョには一瞬で夜の状況がバレたみたいです。


 その後彼女は言っていた。「いや、ていうか体液提供したのあたちだし、隠されてもわかるよ」と。うんー正しくその通りかもしれない。


 そんなこんなで僕らはシャワーを浴び、決戦の日の朝を迎えたのであった。

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