42頁目「エクソシストだね」
長い間眠っていた気がする。けれど覚えている、知っている。
使用人のフリをして冒険者の人達を騙した。パパに協力して皆の好物を聞いて睡眠薬を混ぜたりした。
……その後、悪魔パボメスに体を操られてからはパパを殺し、マルエルさんも何度も殺し、皆を催眠にかけたり、ママに自殺をさせたり。取り返しのつかないことを幾つも幾つも、私のこの手で、行ってしまった。
「なん、で……生きてるの……私……っ」
悪魔に魂を売って、沢山の人を手に掛けて。それなのに何故私は無事に生きていて、自分の部屋のベッドで寝かされているのだろう。
「うっ……っ……」
泣くのを必死に抑えても漏れてしまう。
パパは私を人間としては見ていなかった。健康な男児を作る為の悪魔の依代としか見てなかった。だから憎かった。でも……それでも、パパは私に良くしてくれたこともあったし、憎い反面で憎からず思っていた所もある。
「……! チャールズッ!」
そうだ、チャールズはどうなったんだろう!?
部屋を出る。悪魔化しかけていた私が残した無惨な傷が屋敷の廊下に残っていた。
居間の方から声が聞こえてくる。走って向かうと、そこにはマルエルさんとヒグンさん、エドガルさんが居た。
チャールズは……居た! 奥の方でフルカニャルリさんと人形遊びをしている。よ、よかった……生きてる……。
『ぎゃあああぁぁっ、もう許してくれええぇぇぇっ!?』
「ッ!?」
びっくりした。断末魔のような悲惨そうな悲鳴が耳に入ってきた。
見ると、机の上に黒い煙が封入されたボトル瓶が置いてあった。そのボトル瓶をマルエルさんが掴み、嫌らしくにやけている。悲鳴はそのボトル瓶の中から響いていた。
「ライターでの直火焼きは効くやろ〜? 熱いにゃ〜」
『あづっあづっあづっ!? 待て待て待て許しっぎゃあああぁぁっ!!』
「うひゃひゃっ。煙がダンス踊ってら、熱で息苦しくなって来たやろ〜?」
『ぎゃぎゃぎゃ〜っ!!?』
瓶のそこをライターで熱するマルエルさん。塩はドロドロに熔けて液状化していて、温度は相当な物だろう。
『ぐるしい、熱いっ、もう勘弁してくれぇえええっ!!』
「ぎゃはははっ」
愉しそうに嗤うマルエルさん。瓶の中にいるのは……パボメス? 私と似た声をしているのは私を依代にした影響だろうか?
「あ、あの……」
「ん? 君は……あぁ! 黒山羊頭の、体の方!」
「はい?」
「レイナさんだよアホ。おはようございます」
「は、はい」
エドガルさん、フルカニャルリさんの視線もこちらに集まる。
「お姉ちゃん! 生きてたっ、うわああぁぁぁんっ!!」
「チャールズ? どうしたの」
私の声が聴こえたのか、チャールズは人形遊びの手を止めて立ち上がりフラフラとこちらにやって来ようとする。……目はやはり見えていないらしい、フラフラとした足取りで、手探りで障害物を探しながらこちらに向かってくる。
転んだら危ないので抱きとめると、チャールズは私の腹に顔を押し付けて泣き始めた。
「チャールズくん、自分のせいでレイナさんまで失っちゃったってずーっと泣いてたんですよ。フルカニャが相手になってあげて泣き止んだんだけどね」
「私が? ……そっか。本当は、私の自我は死んでパボメスの肉体になるはずだったもんね」
「うわああぁんっ!! やだあああぁっ!」
「だ、大丈夫だよチャールズ! 何故だか私の中から悪魔が居なくなってるみたいだから……!」
「本当……?」
「うん。……」
チャールズは泣き止むと、フルカニャルリさんの方へ戻って行った。また人形遊びだ、あんな風にチャールズと手遊びをしてくれる人なんて今まで居なかったから、楽しいんだろうな……。
「……皆さん、今回の一連の事件は私に咎があります」
遠くの方にチャールズが居る今、ヒグンさんとエドガルさん、マルエルさんに頭を下げる。
「弟の目を見えるようにする為に、私は、父の計画に加担してミシェルだなんて架空の人物を演じて騙していました。全ての殺人に私は関与しています。チャールズは、私が勝手にそうすれば喜ぶと思いこんで巻き込んでしまっただけなんです。だからどうか……」
「……んー。エドガルさんは、どう思います?」
ヒグンさんがエドガルさんに意見を募る。エドガルさんは迷うこと無くハッキリと答えを言い切る。
「許さん! 俺も殺されかけたしな!」
「マルエルは?」
「私もー。マジでこの数日間酷い目に遭った。こんなの人生初、有り得ないし」
「だよな。僕も同感だ。許すなんて選択肢は無い」
……そう、だよね。
いや、許してもらうつもりなんかなかった。私としては弟さえ無事ならなんでもいいんだ。
大量殺人の罪で処刑されるとしてもそれは仕方の無いことだ。異を唱えられる立場じゃない。
「そ、それでもどうか。弟だけは……」
「いやまあ、許さないっつっても君ら姉弟の事じゃないんだが」
「へっ?」
「犯行の立案と実行は主にサミュエルさん。後半の洗脳騒ぎからはあんたの事を操っていたこの煙野郎のせいだろう?」
「エドガルさん……」
「うん? あれ、俺って君に名乗ったっけ?」
「いいじゃないっすか。私も同感、勝手に体を動かされてて有罪! ってなったらたまらないでしょ」
「……」
じゃあ、私を誰も責めないというの? それはそれで……嫌だ。だって私は記憶がある、皆を操って沢山の人を殺そうとした、実際に殺した記憶だってある。それなのに……。
「……ふむ」
ヒグンさんが私の顔を見て、視線を下げて、神妙な顔をする。
「ヒグンさん……?」
「……顔はリリアナさん譲りで綺麗ですね。しかし胸が……控えめだ」
「えっ?」
「お前何言ってんの???」
「いたたたたっ!!」
マルエルさんがヒグンさんのチョロっとしたもみあげをつまんで引っ張る。
「私達は誰もレイナさんを恨んだり、憎んだりしてないですよ。っつー事で良くないですか。罪の所在は実際コイツに10割でしょ。気にしなくていいっすよ」
マルエルさんがパボメスの入ったボトル瓶を振る。中からは悲鳴と気持ち悪そうな声が響いてきた。
「もし罪を償いたいってんなら、この悪魔ちゃんの消し方を教えてくれませんか? コイツどんだけ酷い目に遭わせても全然死なないんですよ」
『と、当然だ。身はまだ契約を履行してないのだ! 契約が履行されない限りこの肉体は永遠に不滅、それが悪魔なのだ!』
「履行したら受肉するんだろうが」
『そもそも儀式の最終段階に進んだ時点で貴様らは詰んでいたんだよ! 今更何をしても無駄だ、この瓶をどこかに隠そうと魔力を溜め込んで内側から出て行ってやるからな!!!』
「と、こんな事を言う始末。私達には悪魔を消滅させる術がない、聖職者が居ないからね。って事で、心底困ってるんですよ〜」
「悪魔を消滅させる方法……」
そんなもの私だって知らない。パパの言を借りるのなら、仮の受肉段階まで来て形を得た悪魔はたとえ依代から引き剥がしても消滅しないらしいし。
「……あっ」
「お? なんかいい案でも浮かんだんですかい?」
エドガルさんが興味深そうに尋ねてきた。ち、近いです……。
「……父が、悪魔は契約を履行する前に、願いを叶える意義を失うと在り方を失うって言ってました。在り方を失った悪魔はただの亡霊となって、新たな名前を与える事で魂が変容し全く別の存在に生まれ変わるって」
「神様が零落するシステムも要はそんな感じであり」
私の言葉にフルカニャルリさんが付け足した。チャールズの相手はヒグンさんに代わってもらいこちらにやってきたらしい。いつの間に……。
「神様は自分を信仰する人々の思想によって在り方が歪み、伝える人達によって個を失うめ。その結果、人を悪へと導く魔という在り方を押し付けられて世界に害として排除される。悪魔とは成れ果ての亡霊に過ぎず」
「ほーん? つまり? この煙野郎が叶えようとしてる願いを誰かが叶えてやって、改名してやればコイツは消えるどころか二度とこの世に現れることが出来なくなるってことかい? フルカニャルリちゃん」
「ぼくのお尻をジロジロ見てはならず! ぼくはヒグンのメスであり!!」
「何を言ってるんだ君は」「何言ってんのお前」
フルカニャルリさんの言葉にマルエルさんとエドガルさんが同時にツッコミをする。本当に突拍子が無かったな。変な子。
『レ、レイナ! 聴いてくれレイナよ!』
「ッ! パボメス……!」
ボトル瓶の中からパボメスが私に向けて声を掛けてくる。身が凍る。コイツは、パパが家に来てからずっと私の中に住み着いていた悪魔だ。
夜間私の肉体を乗っ取っていた張本人で誰よりも私の事を理解している。何を言ってくるかは分からないけど、きっと私にとって甘言を弄して来るはず……!
『いいのか!? このまま身を殺してしまえば弟のチャールズの』「目は二度と見えないままだぞ〜とか、沢山の犠牲を出して成果が無いだなんて犬死じゃないか、皆の死を無駄にするのか〜だの。そんな事を言うつもりなんだろうがてめぇは」
パボメスの言葉にマルエルさんが言葉を被せる。彼女はボトル瓶を机に置くと、中身に向けて手のひらを翳した。
「想起」
『ッ!? や、やめてくれそれだけはっ、あっ、ぎゃあああぁぁぁぁっ!? 腹がっ、引き裂かれるううぅあああっ!!?』
「単純な話じゃねえか。つまりチャールズくんが目ェ見えるようになりゃ、お前は何も出来なくなるって事なんだもんな」
今にも息絶える人間のような長く激しく、か細い悲鳴が上がる。煙状になったパボメスが激しくその形状を変化させ続けていた。
苦しみ悶えるパボメスを目で確認すると、マルエルさんはチャールズの方へと歩み寄った。
「レイナさん。チャールズくんの目ェ、私が治してやりましょうか」
「えっ、そんな事が出来るんですか!?」
「やりようはあります。ただそれをやるには1つ条件を守ってもらいたい」
「条件?」
「えぇ。まず、目ェ治ったらもう何も望まない事。そこから先は天運に任せてください、じゃないとソイツはレイナさんの新たな願いを力の原動力にする可能性があるんで」
「……分かりました」
私が頷くと、マルエルさんは「よーし」と言って笑顔になった。
「じゃあ悪魔に体貸した罰って事でルイスさんの様子を見に行ってください。レイナさんの部屋の真向かいで眠ってると思うので」
「ルイスさん、ですか?」
「はい。レイナさんとチャールズくんに話したい事があるって言ってたんで。ま、ゆっくりお話してくださいな」
ルイスさんが私とチャールズに話? な、なんだろう。恨み言でもぶつけられるのかな……。
「大丈夫ですよ」
私の不安そうな顔を見たマルエルさんが柔らかい笑顔で大丈夫と言ってくれた。何が大丈夫なんだろう? 怒られたり文句を言われるわけじゃないって解釈で合ってるのかな……?
「不安なら俺も着いていこうか?」
「エドガルさん……いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
エドガルさんが気を利かせてくれたけど彼は私達の被害者だ。そんな彼に頼るだなんて、そんな……。
「……うぅ」
「じゃあマルエル、ヒグン、フルカニャルリ。チャールズくんの事は任せたぜ。さっ、行こうかレイナさん」
「…………あの、叩かれたりとかって」
「まあ殺されかけたからな〜。多少怖い目に遭うかもしれんが、俺が守ってやるから安心していいぞ」
そ、そうだよねぇ……私、ルイスさんの事殺そうとしてたんだもんね……! こここここ怖い、怖いよぉ……。
「こ、殺されたら骨は薔薇の下に埋めてください……」
「また花弁のない茨の中に入らなきゃならないのか……ヒグン、頼めるか」
「嫌ですよ。そんな事に肉体硬化させないでください」
「そんな事!? わ、私を埋葬するのなんてそんな事ですか! うわああぁぁんっ!!」
「違う違う!! レイナさんも声を上げて泣くのか!? ああそうか子供だもんな、ごめんねっ!」
ヒグンさんとエドガルさんに励まされながら居間を出る。罪悪感は勿論あるけど、ルイスさんの人形の技で絞め殺されたりバラバラにされたりを想像すると震えてしまう。
せめてビンタとかに留めてくれたら……うぅ、こんな事考えるのは都合が良すぎるのは分かってるけど、怖いよぉ……。




