28頁目「屋敷で殺人は怖いじゃん」
12月10日、火曜日。
オレ達と同じく子守りの依頼を受けてギルドから派遣された冒険者ミアが殺害された。首を切断され、服を剥かれて腹に逆五芒星の記号を描かれるという無惨な方法でだ。
現在、依頼主でありこの屋敷の主人でもあるサミュエルさんがミアの死体の処理を使用人であるミシェルに頼み、その他の人間は全員居間に集められている。
いや、性格にはラピスラズリ家の長女は席を外しているのだが、病によって部屋から出られないという事なので仕方ない。
オレ、フルカニャルリ、ヒグン、エドガルさん、ルイスさん、サミュエルさん、リリアナさん、チャールズくん。集められたのは8人。まだ幼く目をも見えないというチャールズくんはどう考えても犯人候補から外れる。
チャールズくんはパッと見同い年くらいに見えるフルカニャルリと離れた位置で手遊びをしている。残った6人は互いに睨み合い、緊迫した雰囲気が漂っていた。
「一旦状況説明をしましょう。ミアさんは夜の間に殺された、ベッドに付着していた血は固まっていた為日が変わって間もなくの頃です。恐らく、皆が部屋に入り寝静まった深夜0から3時間くらいまでが犯行時間としては妥当でしょう」
「血の固まり具合なんかで犯行時間まで分かるんですね?」
エドガルさんの言葉にリリアナさんが口を挟んだ。すぐにオレが手を挙げ意見を述べる。
「私がエドガルさんに言いました。体外に出た血は時間経過で黒く変色し凝固しますので、状態を見て大体6時間程経過したものだと判断しました。また、皆さんが部屋を離れた後なんですけど、背中に死斑が出ているのも確認しました。その度合いからも時間は大体遅くても3時過ぎ、から皆さんが自分の部屋に戻って静かになった0時までの間だと思います」
「君は医者なのかね?」
「あー……まあ、部分的には?」
回復魔法の腕に関しては世界一を自負してますよ、ライセンス失効してるから職業としての医者では無いけどね。
オレの補足を聞いて一応は納得してくれた様子のサミュエルさん達を見ると、エドガルさんは言葉を続ける。
「殺害に使われた武器は、首の断面を見るに恐らく斧や鉈といった力で押し切る物でしょう。剣や、ルイスの使うピアノ線で出来る断面とは粗さが違う。一撃で完全に断ち切られた物だと推測します」
「剣で出来る傷と斧で出来る傷は違うんですか?」
「かなり違うぜヒグン。刃の形状を想像すればよく分かる」
「形状」
「斧や鉈は刀身が分厚く広く出来ていて重量もある、だから垂直方向への斬撃に威力が乗る。だが現在使われている剣は大体が直刀で刀身はそこまで大きくなく重量もそこまでだ。垂直に降ろすと人の首の硬度は越えられず、刃が入った状態でミアは起きて騒いでいただろう」
うわっ。首に刃が入った状態で起こされたらそりゃ、声帯が潰れていたとしても暴れ回るから誰にも気付かれないなんて有り得ないだろうな。本当に、文字通り一刀で眠っている間に殺害されたのだろう。
エグイな……。
「普通に斬り落とす為に剣を振り下ろしたのなら角度的に、ベッドに深々と刃先が入り1度抜く必要があるだろう。すると、ミアから見てベッドの左右どちらかに深い穴が空くはず、しかしそれはなかった。そこから考えれば、ギロチンのように垂直に刃を落とし首を断ち切ったという事になる」
そんな所まで見ていたのか、探偵じゃんエドガルさん。死体の法には目は行ったが、ベッドの傷まではあまり意識して見てなかったな。
「じゃあその斧、或いは鉈か? その凶器はどこへ?」
ヒグンからの質問。ミアさんの居た部屋の中には凶器が無かったのだ。血痕もどこに向けて垂れていた様子はなく、首を断ち切った後そのまま血を拭い、どこかに運んだのは分かる。
だが、人の首を一撃で落とせるような巨大な斧を持ったまま屋敷を歩くのはリスキーだ。どこかに隠していると考えるのが普通だろう。
「それなんだが、サミュエルさん」
「む、私かい? なにかな」
「ミアさんの部屋の窓からどこかへ通じている水路があった。あれ、どこへ通じているんです?」
疑問を振られたサミュエルさんは自分が疑われていると思ったのだろうか、少し瞳孔を開いてエドガルさんを見た。
……人の表情から内面を読み解くようなスキルはオレには無い。
皆、この状況で名指しになんかされたら同じ本能するだろうなとしか思わない。
「窓この屋敷に隣接している水路はそのまま山羊小屋の方へ続いていますよ。排泄物の処理と飲水の確保をする為に作ったんです」
「なるほど。……これは、一応俺の憶測ですが、凶器は恐らく水路に捨てられたのだと思います」
まあ、そうなるか。部屋の中に無いのなら外、水路に隣接しているのならそこにある筈だ。
「さ、探しに行きましょう! 何か分かるかも!」
「でも外はまだ雨が降っていますよ?」
「馬車を走らせるのなら危険かもしれないけど、このぐらいの雨なら十分外でも行動出来るでしょ! は、犯人を特定して、縛り上げておかないと! 危険よ!!」
少しヒステリック気味だが確かにルイスさんの言う通り、少しでも犯行に使われたものは見つけておいた方がいい。手がかりは意外な所にあるかもしれないしね。
全員で傘をさして外に出る。夜から朝方にかけての嵐に比べると大分マシになったが、それでも横から雨が差し込んでくる。くぅー、冬の雨は染みるな……。
「ヒグーン、あったー?」
「それらしい物はないな……」
水路の中を探してみるが、人を殺めるのに使ったと思しき刃物は見当たらない。というか、探すのはとても無理だ。嵐の影響で水嵩が溢れるまで上がっているし濁流すぎて底なんて見えやしない。
「こりゃ、中に捨てられたらどうしようも無いな」
「ちょっと待って。皆、勝手に動かないで」
む? ルイスさんが急に屋敷に戻ろうとする全員を呼び止めた。
彼女は雨の中、手を伸ばして指をクイクイと動かす。すると彼女の服の中から何か小さな物が幾つも洗われ、それはパタンパタンと折り紙を広げるようにして巨大化していく。
あっという間に数体の人形が現れる。フランス人形だ。陶器で出来た、可愛らしい女の子を模した人形が何体も洗われ、それぞれがカクカクと手足を動かしている。
「ルイスちゃん? どうしたの」
「川の流れをせき止めればいいんでしょ」
「えっ?」
「人形操術・魔法人形劇、土粘壁」
四体の人形が各々地面に手を着くと、地形が変容した。水路の勢いを妨げる壁ができ上がり、更に壁によって新たな水路を作る事で氾濫する事を阻止しながら彼女は濁った水の暈を減らしてみせた。
「すごく! 人形さん達が魔法を使っており!」
「人形師は人形を使って色んな職業のスキルを真似事出来るって物だからね。魔法なんてちょちょいのちょいだよ!」
目をキラキラに輝かせるフルカニャルリに自慢げにルイスさんが説明した。
ジェネリック魔法使いってコト? なんでもスキルを模倣できるんだとしたらチートじゃん。オレ人形師に転職してもいいか???
「! あったぞ! 斧!」
エドガルさんの声がした。水嵩の低くなった水路にヒグン、エドガルさんが入っていき発見した斧を引き上げてくる。雨が降った外でアレコレ話すと体調を崩しそうということで、斧を持って屋敷に戻る。
屋敷に入り水気を拭き取り、全員で再び居間に集まる。
「これが、ミアさんの部屋の前に落ちていた斧……」
「黒ね。確実に凶器として使われたものだわ」
「あぁ。ちなみにこの斧って」
エドガルさんがサミュエルさんの方を見る。皆も。
なんか、定期的に犯人扱いされてるみたいな気分になってるんだろうなサミュエルさん、ちょっとしょんぼりしてるわ。可哀想で笑う。
「これはウチで使っている物ですね。倉庫に同じ物がいくつか入っています」
「! じゃ、じゃあつまり犯人は!!!」
「待て待てルイス、それだけで犯人と断定するのは早いだろ」
「そうですよ! そもそも私には彼女を殺すような動機がない!」
「どうですかね! 何かミアちゃんの態度が気に食わないから、そういう理由かもしれない!」
「感情的で衝動的な殺人だったのなら腹の幾何学模様に説明がつかないですよ」
「っ、そうだけど……! マルエルちゃんはあれがなんなのか分かるの!?」
「なんで私に当たるんですか、分かんないですよ。パニクらないで落ち着きましょ?」
「パニクってなんか」「パニクっってなきゃおかしい話の組み立て方してましたよ今。自覚ないなら一度深呼吸してください」
少し語気を強めてやるとルイスさんが静かになった。
「犯人を特定したいってなら凶器以外にも色々目を向けた方がいいでしょ。犯人だと勘違いして全く関係ない人を拘束した所で、本当の殺人鬼が野放しになってたらまた人が死ぬかもですよ?」
「わ、分かったわよ! うぅ……帰りたい……」
ルイスさんが小さくなってそうこぼした。帰りたい、か。冒険者と言えど閉鎖的な空間で殺人が起きれば人並みに怖いんだな。
意外だ、自分以外虐殺すれば解決じゃーんってならないんだ。オレ多分仲間居なかったらそんな感じで脱出してたけど。
「待ってください!」
「? リリアナさん、どうしました?」
? 斧を探っていたらサミュエルさんの妻のリリアナさんに声をかけられる。
「水路に落ちていったからって殺人に使われた物とは限らないんじゃないかしら……!」
「どういう意味です?」
「私や、ミシェルも庭木の伐採に斧を使う事があって、すっぽ抜けて水路に落としてしまうことがあるの! だから」
「しかし、ミアの部屋の前に落ちていたという点から可能性が高いという話で」
「勿論それも分かっているわ! それでも、武器が斧だと断定されると、その、この家の人間や、ミシェルが、犯人だと疑われてしまう可能性が……」
なるほどね。まず斧の仕舞ってある位置を把握してるのはこの屋敷に住んでる住人になるだろうから、単純に考えたら確かに凶器を調達しやすいという点でこの家の人間が怪しくなるのか。
家族が疑われるのを案じて彼女は口を開いたらしい。サミュエルさんとリリアナさんは同じ寝室で眠っていた、チャールズくんは勿論人を殺せないだろうし、長女さんはブラックボックスだが病気を患ってる点では殺人を犯せる可能性はあまり高くない。
すると自動的にミシェルくんが怪しくなるが、傍目で見ている限りリリアナさんとミシェルくんはかなり仲良いみたいだし。庇っているんだな。
「確かに、見た目では血も付着していないみたいだし、これを凶器と考えるのは早計でしたね」
「いや。それが凶器めよ、エドガル」
「なに? ……フルカニャルリ?」
エドガルさんから斧を受け取ったフルカニャルリは、手拭きを取り出すとその刃を拭い折り畳んで机に置く。ジャケットの中から空の瓶を三つ取り出した。
「この家に果物とかあるめか?」
「果物? あるわよ、街で買ったリンゴが確か」
「よく! 持ってきてほしく! ミシェル、お願いしめす!」
「? 分かりました」
フルカニャルリに頼まれミシェルくんが食堂の方へと歩いて行った。そして、彼女は何故かオレの方を向いて空き瓶を差し出してきた。
「? なに」
「マルエル。今からオナニーしてくるめ」
「………………あ?」
……? ……?? ……???
何言ってんのコイツ。ラリってんのか?
「フルカニャルリ、君は一体何を言っているんだ……?」
「ぼくは妖精ゆえ血の匂いは分かるめ。鉄と嗅ぎ分けることも可能であり」
「妖精?」「だーっ!! すごいな、そんな得意があるんだー!」
「うむ! しかし、ぼくだけが分かっても周りは納得しないと思い。なので、ルミノール反応は使えないし仕方なく、別の反応で血痕が着いてると証明してあげめす」
フルカニャルリが腕を組み自信満々に言う。ルミノール反応ってあれか、刑事物とかに出てくるやつ。そういうのも錬金術で出来たりするのか? 相変わらず万能すぎるだろ錬金術。
「それで、証明って?」
「もしこの斧に血液が付着していたのなら、ぼくの簡易錬成スキルにより小さな結晶が生まれめす。ヘモクロモーゲン結晶というやつめ」
「はあ」
「その反応を確かめる為に愛液、膣分泌液が必要であり。それ故、マルエル! 今からオナニーしてその空き瓶に」
「嫌だよ」
「え!? 何故めか、必要な事であり!!」
「嫌だよ」
「わがままは駄目!」
「嫌だよ」
「マルエル! 本当に怒るめよ!」
「お前が自分で集めてくりゃいいだろ」
「ぼくは妖せ「わーわー!!」……事情によって分泌される成分が違うと思われるめ。だから、人間であるマルエルがオナニーしてくるめ」
ズイッと押し付けられた空き瓶を手に取る。細長い、空き瓶だ。
「……私、翼生えてるから、人間じゃないです」
「嘘め、何度も人間を自称しめした」
「自称なので〜。実の所種族的にはハルピュイアだったり〜?」
「いや、有り得ず。以前寝てる間に勝手にマルエルの皮脂とか尿とか唾液とか採って錬金術の材料にしたので。100%人間であり」
「お前なにやってんの殺すよ!?」
急に明かされる衝撃の真実。寝てる間に錬金術の素材にされていたようです。お前はマッドサイエンティストか。
「……あの」
「物的証拠が必要な場面であり。仕方なく。腹を括るめ。女でしょ!!」
「関係ねえから。なんだよ女でしょって。それになんで私なんだよ、私以外にも女なんているじゃんか!」
「交流して一日そこらの人達に頼めるわけなく」
「確かにそれはそう……!!」
言いくるめられちゃった。なんだよコイツ、こんな時ばっかり……!!!
「うぅ……」
え、するのか? 自慰行為、するの? なんだかんだヒグンと暮らすようになってから長らく我慢してきたのに? こんな事をきっかけに再び解禁するの?
て、てか、人前で「じゃあ今からオナニーしてきまーす」みたいな感覚でほじりにいけるわけなくない??? え、そういう頼み事するなら二人だけの時にしてよ。とんだ羞恥プレイなんだが!?
「マルエル」
「ヒ、ヒグン。ちょっと、フルカニャルリに言ってくれよ。もっと別の」「手伝おうか」
「お前だけは絶対にいつか私が殺す」
ヒグンを全力で睨んで怯ませる。コイツは本当に、もう、無敵だな色々と。
「う、うぅ〜……何見てんすかみんなして!!」
「いや……その、良いベッドが置いてある寝室とか、貸そうか?」
「使ってない天蓋付きのベッドが確かあったはずだわ」
「要らんですよ! 夫婦揃って何言ってんすか!?」
「俺は、何も聞いてないから……」
「ひゃー、ヒグンの仲間パネェ〜。誘いを蹴ってよかった〜」
「うううぅぅぅ〜!!!」
何なのこれ、オレ今いじめに遭ってる? 全員同情するような、憐れむような、苦笑いなんか浮かべやがって!!!
なんで血の有無を証明するためにあ、愛液なんて必要になるんだよ!? 意味分からねえし!!!
「マルエル」
「ま、待ってよ! そんないきなり言われても、心の準備が……」
「もっと細い瓶もあるめよ? ただ、そこそこの量採ってきてほしいので、そっちにするなら二本渡すめが」
「突っ込めと!? 穴に!? 処女なんですけど!?」
「入口にちょっと挿して迎え入れればよく」
「よくないわ!!! クソーッ!! 分かった分かったもういいよ! ごめんなさいサミュエルさんほんっっとうにごめんなさい! トイレ借ります!!!」
「あ、あぁ。ゆっくりしておいで」
「あなた。セクハラですわ」
もう普通に涙が出てきたので本格的に鼻水垂れてくる前に居間から飛び出してやった。女体になって過去一後悔した瞬間であった。
*
「ブドウ糖と愛液に含まれるピリジンに血痕を溶解させるとフェロプロトポルフォリンになり、ここにピリジンに含まれる窒素原子が配位する事により結晶が生成されるめ。その結晶はすごく小さいめが、スキル『錬金術師の眼』を使う事により視る事も出来めす。これで、この斧が凶器に使われたかどうかわかるのめよ」
「なるほどな。錬金術師ってのも膨大な事前知識は必要だが多様な事が出来るんだな」
「魔法は術式の再現、錬金術は方式の具現って呼ばれて同等とされてるんだし、魔法と同じくらい出来る事が幅広いのはある意味当然かもね」
「まだ小さいのに凄いわねぇ。チャールズ、フルカニャルリちゃんのようにあなたも賢い子になるのよ」
「はーい」
「よく本読んで勉強してるもんな。仲間がここまで頼りがいがあると僕も鼻が高いよ」
「えへへー! もっと褒めてほしく!」
「いいなあ。ボクもフルカニャルリくんみたいに頭良くなりたい」
「なれるめよ! まだ若いゆえな。それとぼくはメスであり」
「おーい皆、昼食の準備が出来たぞ〜」
「サミュエル様と作りました。皆様の好物は昨日聞きましたので、それぞれに合わせたスペシャルメニューです」
「わー! すごい沢山! これ二人で作ったんですか!? やばーい!!!」
「ははは。こう見えて私も料理は結構好きでね。ミシェルに料理を教えたのも私の弟子なのだよ」
「これはまた、豪勢ですね! 腹が減ってきた……!!」
おい。人がクタクタになって戻ってきたらめちゃくちゃ和気藹々としてるじゃん。
なんなの? 瓶いっぱいにその、愛液、を入れてこいって言うからさ。必死に頑張ってきたのに、最早快感とかじゃなく痛いの段階に行くまで頑張ってきたのに。
なんなのこの落差。泣いていい?
「戻りました……」
「マルエル! おかえりなさい! どう? 沢山採れため?」
「……はい」
「えっ予想以上に沢山入れてきため!? ほとんど満タンであり! 半分くらいでよかったのに、よくこんなに出たね!?」
「ねえ。辞めない? そういう事言うの。酷いよ」
「なんでめか! すごく! 普通の人間のメスよりも分泌量が多いめよ。あ、まさか愛液以外の物を容れたとか?」
「入れてねえよ!! 入れてねえから!!! 馬鹿じゃねえのっ、もうやめてよぉ!!!」
いっぱい入れてこいって言ったじゃないかよ、なんで人より多いねとか言うの? ナチュラルにデリカシーが無さすぎじゃないかなこの妖精さん!?
「二人とも」
まだ何か言おうとするフルカニャルリの口を押さえようとして暴れていたらサミュエルさんに声を掛けられた。
「その、食事前だからそういう話はやめなさい。それと、その瓶を振り回すのは……その……」
「汚いからやめなさい」
「!? 汚くないもん!!!」
サミュエルさんの言葉に続いてとんでもない事を言い出したエドガルさんにムキになって大声を出してしまった。……いや、まあ汚いか。まず間違いなくそれが外に漏れたら不快になる液体ではあるもんな。
「……汚くないもん」
とりあえずヒグンの横の席が空いていたので座って下を向いた。はあ、死にたい。
*
その後、あの斧からは人の血痕が付着しているという反応が出た事により殺害に使われた凶器であると判明した。
凶器が判明した後は各々前日に何をしていたか、どこで寝ていたか、なにか物音はしなかったかという質疑応答が行われた。
オレとフルカニャルリとヒグンは一緒の部屋で、1階の犯行が起きた方とは逆サイドの一角に寝ていた。隣にチャールズくんの部屋があり、その日はチャールズくんも一緒に寝ていたのでオレら三人のアリバイは完璧だった。
他に1階で寝泊まりしていたのはルイスさんだが、彼女は人形師という職業柄人形のメンテナンスは毎日欠かさずやっているらしく、部屋に篭ったら三時間は出ないと豪語していた。
言が真実なら、彼女が部屋に入ったのは日が変わった後というのもあって犯行時間中もメンテナンスをしていた事になる。
疑うなら今夜、誰か見張ってくれても構わないと彼女は言った。今夜何も起きなくてその日以外で事件が起きたなら改めて疑ってとも言った。
口ぶりから、この人は犯人じゃない気がする。
エドガルさん、ラピスラズリ夫妻、ミシェルくんはそれぞれ二階で過ごしており、エドガルさん曰く夫妻は音楽を嗜みながら談笑している声が遅くまで聴こえてきたので部屋を抜け出したとは思えないとの事。
エドガルさんはミシェルくんと遅くまでトランプで遊んでいたらしく、遊び終えた時間的に互いに犯行は不可能だと言っていた。
全員が誰かしらによってアリバイを成立出来ていて、唯一単独だったルイスさんも疑うのならと監視をつけるように言った。正直に言って手詰まりだ、誰が怪しいのかなんで全然分からなかった。
一応、少しでも情報を集めようとしたヒグンが「子守りの依頼でこんなに人を募集するのは多すぎるんじゃ?」と夫妻に質問していたが、彼らの言い分は以下の通り。
「目の見えない息子と、部屋から出られなくて常に体調が心配な娘。二人とも出来るだけ目を離してほしくなかったから、世話をするのに向いてそうな女性三人と有事の際に備えて男性一人を募集したんだ。まさか、男女一名ずつ多く来て下さるとは思わなかったけれどね」
と言われて撃沈していた。土下座していた。うん、追い返されなかっただけ温情だからね。オレらの場合。
そんなこんなで話し合いが進まぬ中、ミアさんの部屋を調べるという話になって。
そこでも血痕以外に他の形跡も調べるだかでフルカニャルリに再び分泌液の採取を求められ、クタクタになりながら採取した。
過度な行為によって流石に疲労と眠気がやばかった。なのでサミュエルさんにお願いし、まだ夕方になったばかりだが風呂に入る許可を頂いた。
「ふぅー……」
冬の雨と暖房のないトイレでの鬼の自慰行為で芯まで冷めきった体に湯の熱が浸透する。いやはや、まっこといい湯だなあ。
「そろそろ上がるか」
まだまだ誰も入らないからとサミュエルさんに言われたので結構な長風呂をしてしまった。
一時間は優に湯船に浸かっていただろう。おかげで手足の指がシワシワで翼もびっちょびちょだ。いけね、羽がいくつか浮かんでる。取っとかなきゃ。
「女と偽ってのミアさんのブリンブリンエロボディーとルイスさんの華奢エロボディーをまた堪能したかったが、やっぱり風呂はなんだかんだ一人が一番気楽で好きなんだよなー。……ミアさんのエロボディーはもう見れないか。勿体ないなー、また谷間に顔を埋めたかった……」
もう亡くなってしまった人だからあまり思い出すのはやめた方がいいかもしれないが、あれはまさに楽園だった。人生で見てきた中で最大レベルの巨乳だったからなー、ミアさん。オレの後に体を洗われていたチャールズくんなんて首から上が胸に埋まってたもん。目が見えてたら性癖壊れてただろうな〜。
「……そういや、ミアさんの体ってどこに運ばれたんだろ。まさか外に埋めたとか? 雨の日にそれやっても埋めた所から勝手に出てくるが」
などと考察を交えながら風呂場を出てタオルを取ろうと棚に手を伸ばす。
「えっ!?」
「ん?」
なんか、人が居た。誰? 見覚えのない顔だ。男性とも女性とも取れる美形の、オレの見た目年齢より少し下くらいの……少年? 少女?
服を見ると執事服を着ている。多分男かな? 分からないけど。
「マ、マルエル様!? まだ、入っていたのですか」
「え? あー、はい。……あっ、ミシェルくん!?」
慌てた様子で帽子を被った事で気付けた。この謎の美形はミシェルくんだった。
「へぇー、めっちゃ顔整ってるじゃないですか! なんで隠すんですか? 見せればいいじゃないですか。あ、でもすごい隈。ちゃんと寝てます〜?」
「……マルエル様は、少しは隠された方がよいかと」
「はい? なにが?」
「……僕、男なので」
「へっ」
その言葉の意味を理解したのは、自分の身体を見ようと俯いた瞬間だった。
乳房があった。ああそうだ、オレ一応今女だったわ。
「……っっっっ!!!?」
慌てて翼で体の前面をガードし、しゃがんで手で胸を隠した。
危ねぇ〜、危うく叫びそうになった。そんな事したらミシェルくん、めちゃくちゃサミュエルさんに怒られるだろうしな。我慢してよかった。
「あの……ごめんなさい。私が長く入りすぎていたのは理解してるんですけど、その、出てってもらえると」
「! 失礼します!」
彼も言われてから気付いたのか、慌てて脱衣場から出ていった。
……なんなんだ今日。人前で自慰を命じられたり肉体年齢の近い男に裸を見られたり。
一日で大分尊厳を破壊されたのだが、第二の犠牲者は実はオレだったのか……?




