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22頁目「一命を取り留めたね」

「結局俺達に頼るのかよ? やはり、あの木偶の坊と手を組むようなやつも無能なんだって証明されたな」



 自分らで素材を集めることが叶わず、ギルドに二人居るという符術士のもう一人は最高ランクの冒険者ってんで滅多に街に居ないらしく。オレ達に残された選択肢はヒグンと同郷の男、フルンスカラのパーティーメンバーである符術士に解呪を頼む事だった。


 彼らの居る宿に行くと、部屋の前で泣きながらヒグンを助けるよう懇願するフルカニャルリの姿があった。オレもその隣に立ち、頭を下げて助けてくれるよう懇願した。



「だが、俺達は協力しない。あんなロクデナシの無能に構ってる時間なんかない、さっさと帰ってくれ。仕事の支度をしなくちゃならない」

「お願い、お願いしめす……!」

「しつけーぞ! なんで自分らの用事を後回しにしてお前らん所の奴に時間を使わねーとなんねぇんだよ!」



 フルンスカラではなくその仲間、両腕に刺青の入った筋骨隆々の男が苛立たしそうに声を荒らげた。



「……そちらの言い分もごもっともだ。稼げる依頼は早い者順だし、人数の多いパーティーなら出資も多くなる。だから、他の冒険者の為に時間を使いたくないというのもよく分かるよ」

「そんな当たり前の事は理解出来てんのか。じゃあもっと当たり前の事を言ってやる。冒険者ってのはいつ死んでもおかしくない仕事だ、全員がそれを承知して冒険者になるんだよ。てめぇん所のリーダーを俺達が特別扱いしなきゃならねえ理由はなんだ?」

「少なくとも俺にとってヒグンはわざわざ助けてやるに値しない人間だ。無能な同業者が潰れる方が俺らにとって都合がいいだろ」

「そんなっ!」「フルカニャ」



 畳み掛けるフルンスカラのその仲間の男にフルカニャルリが反論しようとするのを止める。彼女は悲しそうな目でオレを見るが、今必要なのは相手に要求を飲ませることなのだ。


 オレは奥で呪符を数えて確認している符術士の女に目を向ける。彼女と目が合う、彼女は「やあ」と気安く手を振ってきた。



「……金は出す。私の貯金全部出してもいい。だから、あんたに個人的に頼みたい。駄目か?」



 オレの提案を受け、符術士は自分の顎に指を当ててみせた。



「お金の問題じゃないんだよねー。リーダーが駄目って言うから駄目ー」

「フルンスカラさんの意見が絶対なのか?」

「うんー。だってあたし、ソイツの彼女だもーん」

「余計な事言わなくていいんだよ。という訳だ、諦めてくれ」



 フルンスカラがオレの肩を突き飛ばして動線から退かそうとする。尻もちを着く。フルカニャルリはそれを見てやはり怒ろうとしてくれたが、彼女のジャケットの裾を摘んで止めさせる。



「マ、マルエル!?」

「おい、なんのつもりだ」



 床に額を当てる。こちらの誠意を伝えるための手段として、また動線を塞ぐという意味も込めての土下座をした。



「お願いだ。お願いします。ヒグンを助けてください」

「……勘弁してくれよ。ただでさえヒグンや、君となんか関わりたくなかったってのに。これ以上俺達を困らせるな」

「っ! こ、ここまでしてるのになんで駄目なのめか!?」

「フルカニャ。頼むから今は黙ってて」「黙らず! お、おかしく! すぐ近くに助けが必要な人間が居て、助けられる人間が居るのに、なんで助けてくれないめか!?」

「そっちの都合だけで語るなよ。俺らは忙しいんだ、ロクデナシなんかに」「ヒグンはロクデナシじゃなく!!!」

「話にならないな。おいリカルド、このチビをどっかに捨ててきてくれ」

「へい」



 刺青の男がフルカニャルリの腕を掴もうとする。オレは咄嗟に立ち上がって、フルカニャルリを引っ張って代わりに前に出た。



「なに勝手に土下座を解いてんだよ。人に頼むんだからずっと土下座のままでいろよ」

「この子には手を出すな」

「あ? なんだそりゃ。手を出すってなんだあそりゃ。まるで俺がそのガキをどっかに連れ込んで、変なことをしようとしてるように聞こえる言い方だが? じゃあ代わりになるのか? そのガキの代わりにお前は自分を売れるってのかよ」

「それでいい。だから私の仲間には何もしないで」

「はっ! うるせぇ!!!」



 突然刺青の男リカルドが激高し、拳を振りかぶってきた。オレは退かない、拳が頬に当たった。



「うぐっ!」

「マルエル!! このっ」「フルカニャ!!!」



 オレの前に出ようとしたフルカニャルリを呼び止める。彼女はオレの顔を見る、なんなら邪魔した事に腹を立て怒りの感情を惜しげなくぶつけてきたが、オレの表情を見た瞬間にフルカニャルリは言葉を詰まらせた。



「……犯したいなら犯せばいい。昨日の態度が気に食わないのなら、気が済むまで痛めつけてくれて構わない。……何をされても構わない、隷属の錠を使って縛ってくれてもいい。だから、お願いだから、助けてくれ。あんなんでも、アンタらにとってのロクデナシのクズだったとしても、私らにとっては大切な仲間なんだ」

「ぼ、ぼくも」「フルカニャルリは帰っててくれ。お前が何かされると、ヒグンが傷付く」

「!! そんなのマルエルだって」

「私は、ほら。……なっ?」



 何をされようと自殺して蘇生すれば綺麗さっぱり体の状態はリセットされる。その事をフルカニャルリも理解したのだろう、しかし彼女はそこで引かず、むしろ余計にオレを掴む手の力を強めた。



「だからそういうのが嫌いと言ってるめ。なんでマルエルはっ、他の奴も皆っ、そんな風なのめか!! 嫌な奴なら死んでも構わない、自分だけ苦しんで他人の代わりになろうとする!! なんなのめか、もうよく! 人間には頼らず!!! 言葉の分かる魔獣に頼った方がマシめ! バカ! バカの猿もどき!!」



 酷く蔑むような目で罵りを受けるとフルカニャルリはオレの手を乱暴に離し宿から出て行こうとした。



「待てよ」



 しかし、フルンスカラが呼び止める。フルカニャルリは振り向き、強い視線で彼を睨む。



「……お前達は嫌いであり。特に、特に、大嫌いめ!!」

「君、ヒグン所の錬金術師だよな。下着みたいな服を着た幼女、聞いてた話と服装が一致してる」

「だからなに! ぼくはお前らともう話したくなく!!」

「助けてやる」

「「えっ」」



 フルカニャルリと声がハモる。助ける、確かにそうフルンスカラは言った。

 彼の顔を見る。彼はオレに睨みを返してきた。



「た、助けてくれるのか!?」

「逸るな。このまま断り続けても埒が明かないだろ。だから仕方なく、条件を満たしたら助けてやる」

「なんでもする! だからヒグンをっ」

「ヒグンヒグン言うな、アイツの忌々しい顔を思い出す。お前、名前はなんて言うんだ」



 フルンスカラがオレの名前を尋ねてきた。……ちっ、隷属の錠を使うのか。クソ、本当に性奴隷にでもする気かよ。


 ……嫌だ。嫌だけど仕方ない。このままだとヒグンが死ぬ、もう一日しか時間が無いんだ。相手に従うしかない。



「……マルエル」

「マルエルか。で、そっちは?」

「! あ、アイツは駄目だ! 見たら分かるだろ子供なんだよ!! 酷い事はさせないでくれ!!」

「酷い事なんかしない。お前らは俺達にヒグンを助けるよう頼んだ。信頼関係が必要だろう?」

「っ、そんな事言ってお前ら」「信用出来ないのか? 信用出来ない相手に頼ろうとしてるのか」



 そう言うと彼はリカルドにフルカニャルリを連れ戻すよう頼む。リカルドはフルカニャルリの細い手を掴み、「離せ!」と騒ぐフルカニャルリを力ずくで連れ戻した。



「やめてよ! 私が何でもするから、私がっ」

「お前じゃ意味が無い。それに、マルエルには別の事を頼むつもりだしな」



 フルンスカラは目を細め、蛇のような眼光をしてオレの顔から胸、体を舐めまわすように見る。



「いつもはバニーガールの格好をしてるんだろ? なんで今日は普通の服なんだ」

「……分かった。体売って金稼いでくる、それでいいんだろ!?」

「違うわ! バニーガールの格好なら仲間も集めやすいだろって言いたいんだ。よく聞くぜ、声を掛けられるけど毎回誘いを蹴ってるんだろ」

「当たり前だろ。私はヒグンの仲間なんだ」

「だからその名前を出すなと言ってるんだ。……お前には、ある物を採ってきてほしい」

「あるもの?」



 符術士が部屋にあった巾着袋を空け、中から一つ物を取りだした。角度によって色を変える、不思議な鉱石だった。



「イフラント鉱石。ここから北東にあるルグリシ山脈の麓の洞窟で採れる鉱石だよ」

「ルグリシ山脈……?」

「行くだけなら数時間で行ける。それに見つけるのは難しくない。仲間をすぐに集めて一つ採ってくればいい。半日で戻って来れるだろう」

「わ、分かった!」

「一人では行かない方がいい。ルグリシ山脈は竜の巣とも言われるくらい、竜の目撃例が多いからな」



 フルンスカラは脅かすような声で言う。オレに対し嫌味な笑顔も付けて。


 恐らく山脈に居るのは低級の、あまりサイズの大きくない竜なのだろう。だが、大型の竜は単体で行動する反面低級の竜は群体で行動する。その数は10や20ではきかない、空を覆い尽くす事だってあると言われている。


 一体一体はそこまで強くない。けれど、強い殺人衝動と殺傷能力を持つ空を覆うような翼を持つ生物に襲われれば、仲間を率いても全滅する事はままある事だろう。


 そんな恐ろしい生物の巣。生還なんて期待していない頼み事だ、コイツはオレを試している。無理難題をふっかけて楽しんでいるんだ。


 ……ふざけるな。実質死にに行けと行っているようなものでは無いか。


 フルカニャルリは刺青の男といる。断ったら酷い目に遭わせるって事か。この、クソ野郎共!



「分かった。行って採ってくる。だから戻ってくるまでアイツに変な事はしないでくれ」

「したらどうなる?」

「……生まれた事を後悔させてやる」

「おーこわ。じゃあ早めに戻ってくるんだな。あの子供の事もそうだが、何よりヒグンを助けたいんだろ?」

「分かってる!」



 走って宿から出る。

 仲間を集めている時間などない、鉱石一つ採ってくるだけならすぐに終わらせて撤退すればいいんだ! 幸いオレはもしもの事があっても残機性の命なんだし、人を集めてグダグダされるよりずっとマシだ!


 自分らの宿に戻って仕事用の道具を身に付けて外に出る。そのままオレはギルドには向かわず、単独で馬車の方へと走って行った。




 *




「はい、これどーうぞ!」

「いらない」



 ビスチェとホットパンツ、ガーターベルトにジャケットという、なんとも前衛的というか淫靡な服装をした少女にビスケットをあげる。が、ツーンと拒否されてしまった。



「もー。変な事するつもりじゃないってもう分かったでしょー? そんなにツンケンしないでよー」

「……ぼくはまだお前達の事好きじゃなく。さっきの言い方とか、マルエルへの態度とか、諸々許せないめ」

「そうだよねー。リーダー、ちゃんと反省してよー?」

「俺は悪くないだろ! 最初から助けてやるつもりだったのに、辺に突っかかられて恥をかかされたんだぞ昨日! そりゃあんな態度にもなるってもんだ!」



 あたし達のパーティーのリーダーであり、あたしの恋人でもあるフルンスカラが不機嫌そうに言う。恥ねえ、大した事言われてなかった気がするけどな。



「それにしても竜の巣に行かせたのは良くなかったんじゃない? 危ないよ」

「死にはしないだろ。あそこにいる竜は比較的大人しいし。俺らの邪魔をするもんだから仕方なくだ」

「もし一人で向かってたらどうするのよー。あの子相当焦ってたし有り得るよー?」

「そこまで馬鹿じゃないだろ」



 フルンスカラはこの部屋に運び込んだヒグンという男を見る。ヒグンはもう既に解呪の符を貼ってあるのであと数分で石化が解呪される、意地悪を言っただけで実は初めから解呪の符は用意してあったのだ。



「それでサーリャ。アイツの様子はどうなんだ?」



 うちのパーティーの魔法使い、リカルドがあたしに声を掛けてきた。彼は頻繁にこの部屋と外を行き来している、解熱剤が必要だからだ。


 彼が身を案じているのはあたしの目の前のベッドで寝かされている少女、槍術士のシルフィの事だった。



「また熱が上がった。水氷の符を貼って何とか熱を下げてるけど、夜まで耐えられるかは微妙な所」

「んだよそれっ! クソッ!!!」



 リカルドが壁を殴る。するとヒグンの仲間の痴女ちゃんがリカルドを睨んだ。リカルドは何か言い返すでもなく、バツが悪そうに目を逸らし舌打ちをした。



「焦っても仕方ないよ、医者が来れるのは夜からなんだからどの道でしょー」

「ちっ!! だから俺らであの鉱石を拾ってきて錬金術師に頼みゃ良かったんだ! あの女、邪魔しやがって!!」

「落ち着きなよ。君も、睨まないであげて。あたし達も切羽詰まってるんだよ、仲間が毒にやられちゃってさ」

「ふん。先にそう言えばよかっため、そうしたら」

「説明している余裕なんて無かったし、した所で俺らを行かせたとも思えないな。あの子もヒグンと同類なんだし」

「……どういう意味めか」



 痴女ちゃんが今度はフルンスカラを睨んだ。



「フルンスカラ! 変に拗れるからやめて。この子が居てくれてよかったじゃない、マルエルちゃんならイフラント鉱石をすぐ持ってきてくれるよ」

「……そうだな」

「錬成の成功率低いんだろ? だから俺らで大量に採ってくればよかった。なんで一つなんて言ったんだよフルンスカラ!」

「あんなチビが幾つも無事に採集してこれるわけが無いだろ。確率を上げただけだ」

「ちっ! 納得できねえ……クソが!!」

「暴れないで。ほら、また熱上がってきてるから解熱剤買ってきてよー」



 このまま部屋にいたら物に当たって壊しそうだったからリカルドに買い出しを頼む。



「うぉっ!? だ、大丈夫かお前!?」



 ? 部屋の外で慌てた様子のリカルドの声がした。何事だろう? フルンスカラと顔を見合わせる。


 部屋の扉が開く。そこに現れた人物とその状態に、思わず息を飲んだ。



「っ、マルエル!?」

「はぁ…………はぁっ。持って、きたぞ」



 現れたのはヒグンのお仲間のマルエルちゃんだった。彼女は全身傷だらけで、背中に火傷も負った状態で戻ってきた。翼は無惨にも焼き焦げていて、長かった髪も短くなっている。


 彼女はボロボロの手に持ったイフラント鉱石を机に置き、その場で倒れた。



「マルエルッ!!!」



 すんでの所であたしが支えると、痴女ちゃんもマルエルちゃんの身体を支えた。そっと優しくマルエルちゃんを寝かせる、酷い怪我だ。



「お前一人で行ったのか!? 馬鹿か!? サーリャ、急いで治癒の符を」「私はいいからっ、ヒグンを!!!」



 心配するフルンスカラに食い気味でマルエルちゃんが言葉を被せる。



「いや、もうヒグンは」「嫌ってなんだよ! 約束、だったろ!! オレは約束を守って、急いで採ってきた! だから、お願いだから、ヒグンをっ」



 取り付く島がない。マルエルちゃんは全身傷だらけだと言うのに体を起こし、またフルンスカラに対し土下座をしようとした。



「待ってマルエルちゃん! そんな事しなくていい!」

「頼むから、もう辛い思いにさせないでくれ。この身体をどう扱ってもいいから、お願いだから、助けて……助けてよ……!!」

「落ち着くめマルエル! だ、大丈夫であり、ヒグンはっ」

「ぅあ、あぁ……ああぁっ」



 ボタボタと、マルエルちゃんの目から涙が溢れる。彼女は耳を押え、背中を丸めて床に頭を付けて泣き始めた。



「お、おい。なんなんだよ……?」

「フルンスカラ、お前何言ったんだよ」

「何も言ってないよ!? 俺はただ、ヒグンはもう無事だって伝えようと」「二人とも、一旦外に出てて!」



 困惑した様子で口々に喋り合うフルンスカラとリカルドに厳しい口調で外に出るように言う。彼らは渋々部屋から出ていった。



「ああぁっ、うわぁああっ! まり、あっ、いや、だっ、ああぁぁああぁっ!!」

「マルエル……」



 男衆を追い出す後ろで痴女ちゃんがマルエルちゃんを励ます声がした。そろそろ石化も解ける頃だが、この様子だと目覚めたヒグンも困惑するだろうな。


 ポケットから呪符を出し、それをマルエルちゃんの背中に貼る。



「! なにをしためか!」

「落ち着いて痴女ちゃん「痴女ちゃん!?」これは癒しの符。精神を落ち着かせる効果の符だよ。マルエルちゃん、大丈夫だよ。ゆっくり、深呼吸してねー」



 泣きすぎて過呼吸気味になっていたマルエルちゃんの震えが次第に収まっていく。

 彼女の背中をさする。痴女ちゃんには前の方からマルエルちゃんを抱き締めてもらい、ゆっくりとマルエルちゃんに平静を取り戻してもらう。



「……えーと。なんだこれ、ここどこ?」

「!? ヒグンっ!!」

「ぬがぁっ!?」



 急に立ち上がったせいで痴女ちゃんが弾き飛ばされ机に頭をぶつけた。小さな女の子が頭を押えて「ぐおぉ……!」と唸っている。可愛くて笑ってしまった。



「ヒグンッ、ヒグンッ!!」

「マルエル!? ちょっ、苦しい!!」



 マルエルちゃんは石化の解けたヒグンに正面からギューッと抱きついている。

 相当心配だったんだなー。あたしはヒグンの事をそんなに知らないけど、こんなにマルエルちゃんに好かれているのならフルンスカラの言うような悪い人でもなさそうに思えるけどなー。



「うおぉぉっ!! おっぱいの感触! やっぱり大きいなマルエルっぱい!! ぶほっ!? いいぞ、もっと強く!!」



 いや、悪い人かもしれない。悪い人というか、気持ち悪い人なのかもしれない。関わるのはよそう。



「! そして見知らぬタレ目美女! こんにちわ、初めまして。ハーレムに興味ありませんか?」

「……あ、はは。えっと、まず自分に抱き着いてる女の子の事を見てあげた方がいいですよー?」

「ぼくへのリアクションは何もないめかヒグン!!!」

「ああ。フルカニャルリ、おいで。餅尻を堪能させてくれ」

「わーい!」

「ん? 餅尻? 二人とも何をしようとしてるの、ちょっと、やめなさーい!」

「うっ、うっ……よかった、生きててよかった……!!」

「マルエルちゃんも手伝ってー! 人の部屋でいやらしい事しようとしてるこの二人を止めてー!?」



 石化からヒグンが目覚め、彼にしがみつきながら泣いているマルエルちゃん。彼にピチピチのホットパンツのままお尻を突き出し振っている痴女ちゃん。更には痴女ちゃんのお尻を指をワキワキさせながら触ろうとしているヒグンをそれぞれゲンコツして止める。

 なんなのこの人達、面倒臭い人達だな……。




 *




女帝蜂(ペラトリス・ビー)の毒?」

「うん。それで仲間が熱病に魘されててね……」



 ヒグンの石化が解けて一段落。一度席を外して傷を治して入り直し、驚くフルンスカラパーティーの面々をテキトーに誤魔化しつつ事情を聞いてみた所、お仲間の一人が前回の依頼で魔獣の毒にやられ、生死をさまよっている状態なのだと知った。


 オレの採ってきたイフラント鉱石は、その毒に侵された肉体を正常化する為の薬を錬成するのに必要だったらしい。


 ただ、薬だけでなんとかなる段階では無いため医者の介入も必要で、とりあえず進行する病状を抑える為に薬を作ろうとしていたと。そんな中、石化しているヒグンを見つけたりオレに行く手を阻まれたりで妨害を食らいまくったとの事だった。



「これ、本当に材料合ってるめか?」

「合っているはずだ!」



 現在、オレの採ってきた鉱石と彼らが集めた材料とを使い治療薬の錬成をフルカニャルリが行おうとしている。だがあまりにも構造が複雑で、錬成は難航しているらしかった。



「ど、どうなんだ! 出来そうか!?」

「さ、先に言っておくめが、僕が錬金術師になったのは最近め。レベルも低いし、失敗するかも……」

「そ、そんな!」

「落ち着けリカルド。フルカニャルリちゃん、頼む。最善は尽くしてくれ!」

「め、わかった……!」



 瓶に両手をかざしているフルカニャルリの肩をフルンスカラが掴み願う。なんかこの二人名前似てるな。



「しかし、世話掛けたねフルンスカラ」

「本当だ。ったく、もう二度と見たくない顔だと思っていたのに、まさか同じ街に根を下ろしていたとはな」

「そんな事思ってたのかよ? 僕はお前と友達だと思ってたのに」

「誰が友達だ! お前なんか知らんっ!」



 おー? ヒグンとフルンスカラが軽い口喧嘩を始めた。



「なあ、サーリャさん」

「呼び捨てタメ口でいいよー」

「わかった。で、なんであの二人って仲悪いの?」

「んー。フルンスカラが言うには、ヒグンは自分がやりたい事を全部出来る癖に怠けてて遊びにうつつを抜かしてて、その上教えを乞おうとしても教え方が雑で途中で投げ出すし全部感覚で伝えてきて理解出来ないと不機嫌になるから嫌いだって言ってたよ」

「あー、なんか知ってるわ。そういうの」



 部活とかであるやつだね。真面目じゃないのに好成績残す奴と、真面目に取り組んでるのにイマイチ伸びない奴。そういう類の嫉妬か、そりゃ根深いなー。一方的に嫌うのも分かる。



「フルンスカラのやりたい事って?」

「彼格闘家なんだよ。子供の頃から冒険者になるのが夢で、派手に戦う職業に憧れたんだって」

「へぇ〜」

「でも武器術が得意じゃなくて、仕方なく武術を習ったの。それに比べ、ヒグンは何を持たせてもソツなくこなしたんだって。その上で選んだのは武器を振るわない『重戦士』でしょ? そこで改めてムカついたんだって」

「あー……」

「失敗でありー!」



 サーリャと話していたらフルカニャルリの叫び声が聴こえてきた。彼女は自分の髪をぐしゃぐしゃ〜っとした後、肩を落としてしょぼくれた顔をした。



「ごめんなさい、上手くいかなかっため……」

「なっ!?」

「そ、そうか。……まあ、仕方ない」

「仕方ないってなんだよフルンスカラ!! ふざけんなよっ、だから俺達で」「俺達が向かった所で変わっとも思えん。錬金術師は数が少ないんだぞ、探し出せなかったら結局夜まで待つ羽目になってた!」

「こ、このガキに待ってるよう言って鉱石採りに行けばいいじゃねえかよ!」

「ヒグンを助けてやるって話を蹴った時点で協力しなかっただろ」

「でもよぉ!!!」



 フルンスカラとリカルドが口喧嘩を始めた。ヒグンとのそれは軽口の言い合いのようだったが、今度は本気の熱量だ。どんどん空気が険悪になっていく。


 フルカニャルリは責任を感じて悲しそうな顔をしている。ヒグンが慰めてはいるが、彼女の顔を見るに重責を強く感じているようだ。



「駄目だったか。まあ、仕方ないよね。シルフィには悪いけど、あと数時間我慢してもらわないと……」



 飄々とした態度を崩さずに言うが、サーリャも少し悲しそうな色を滲み出していた。隠しきれていない。心配で堪らないのだろう。


 オレやフルカニャルリがヒグンに向けていた感情と同じ。いや、それ以上に彼らは不安なのかもしれない。それなのに彼らは、悪態を吐きつつもヒグンを助けてくれた。その恩返しは、しないわけにはいかないだろう。



「……私に任せて」

「? マルエルちゃん?」



 泣いているフルカニャルリ、声を荒らげるフルンスカラとリカルドの間を抜けて、ベッドの上で眠っている少女の傍の椅子に座る。


 容姿の年齢は多分オレと同じくらいだ。10代中後半の少女。彼女は魔法使いのリカルドを庇って毒を受けたらしい、若いのによくやる子だ。



「……? な、何してるんだ?」

「毒の解析を行うだけだから、変な反応しないでね」



 リカルドが不審そうな目でオレを見る。一応、アイコンタクトでだがヒグンに『なにか起きたらリカルドを抑えてくれ』と伝える。伝わってるかは定かじゃないが。


 さて。


 オレは眠っているシルフィの顎を僅かに指で傾けさせ、その口に自分の口を近付ける。



「っ!? お、おい! 何やってんだよ!!」



 経口で、周りから見えないようにベロを少しだけ噛んで出血させる。ベロは出血しやすく血が止まりにくい、出血量もそこそこある。

 周りからはディープキスにしか見えないように、多量の血を取り込んで自らに毒を少し移す。


 流れてきた。女帝と付くのに納得出来るくらい強い毒だ、致死性もある。

 全身高熱で意識障害を起こす程度で住んでいるのは符術士であるサーリャが居たからだな。何重にも呪符を重ねて生命維持してる、そうじゃなきゃほぼ即死だ。トリカブトなんかより強い毒性だぞこれ。


 だが、まあ。当たり前だけど、ナワリルピリの毒の方が数百倍強かったからな。こんなのちょちょいのちょいだ。



「……っぷ。ふぅ」

「ふぅじゃないよ」

「いだっ!?」



 フルンスカラにチョップをされた。リカルドはヒグンが押えてくれている。



「お前っ、毒にやられて寝てる人間に何セクハラしてんだこらー!!! 女同士でもやっていい事と悪い事あるだろうがー!!!」

「リカルドに同感だ。ヒグンを助けてやった恩を返してくれとは言わないが、流石に今はふざける場面じゃないって分かるだろ」

「ふざけてないよ! もうちょっと見ててよ!」



 オレはシルフィの顔の上に手をかざし、魔力を込める。



毒食みの祈り(ケリュネア)



 魔法をかける。すると、みるみるうちにシルフィの体を患っていた毒が弱まり、逆に彼女の肉体が活性化し毒に打ち勝つ。

 汗が引き、真っ赤になっていた彼女の皮膚が正常な色に戻り、浅くなっていた呼吸も普通の呼吸に戻った。



「……あれ?」

「! シルフィ!?」

「えっ、シルフィ!? なんでっ、大丈夫なのー!?」

「う、うん。、なんか、一気に楽になった。なんで……?」



 シルフィが目を覚ますと、リカルドとサーリャが同時に彼女に飛びついた。



「信じられない……上位魔獣の毒を、たった一瞬で?」

「キスした時に毒を受け取って、ついでに血液から肉体への影響を強く受けている部分を解析して、ピンポイントで治癒と活性化をかける魔法をかけました」

「毒食みの祈り、聖獣の血と同じ効果を持つ魔法か! 知っている毒のみ、如何なる物でも中和させて破壊された細胞すら癒すという」

「! え、詳しいんですね。回復魔法勉強したの?」

「ああ、村にいた頃少し。覚えていて損はないからね」



 驚きだ。回復魔法なんて回復職の奴しか興味を持たないマイナージャンル扱いなので、他人の口から説明まで聞けるとは……!



「キス?」



 む。シルフィさんがオレの方を見て何か言った。なんだ? フルンスカラに話に行くつもりだったから聞いてなかったぞ。



「……ウチ、君とキスしたの?」

「えっ? あー、まあ。形式で言えば」



 シルフィさんってウチっ子なんだ、想像通りのキャラだな。ツリ目だし。チビだし貧乳だしケツ弱そうだし。それは偏見か。


 シルフィさんは自分の唇を指で触ると、急にボンッと顔を赤くした。照れるのか、オレ女体だぞ。



「ウ、ウチそういう趣味ないから!」

「は?」

「は、はじっ、めっ、あの、はじめてっ、えとっ、う、ウチ処女だからーー!!!!」



 支離滅裂で意味不明な事を言い出すと、シルフィさんはダッシュでどこかへ逃げていった。


 あんまこんなこと言いたくないけど、美少女でも数日間汗水ダラダラで寝込んでたら体臭すごいぞ。外に出る前にシャワー浴びた方がいいと思うけどな。もう遅いか。



「なんなの。今の」

「さあ。変わった子だね」

「つがいであり?」



 ヒグンとフルカニャルリ顔を見合わせる。意味が分からなくて笑った。心の底から。


 その後、フルンスカラ達にお礼を行って宿に戻ると、ヒグンは一番にベッドに潜った。シャワーも浴びないでいきなりである。三日同じ姿勢は相当堪えたらしい。


 なんにせよ、本当にヒグンが元に戻ってよかった。フルカニャルリが悲しむからな、仲間の悲しむ顔は見たくないから安心したぜ。

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