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20頁目「残す問題は帰り方だね」

「愛していたの、わたし」



 ナワリルピリが力無い声で言う。

 彼女は多分、もう復活しない。オレが散々ハッタリで生きる希望をへし折ってやったから、もう受肉しようだなんて思わないはずだ。もし復活しても、もう壊れてしまっているから受肉しても悪さは出来ないだろう。



「なんで、わたしを捨てたの。ねえ、バラク。わたしに言った、好きって、うそだったの……?」



 ナワリルピリが虚空に向けて話しかけている。バラク、誰だろうか。旦那か? 女王ナワリルピリって名前しか知らないからなー……。



「それで、も、会いたい……会って、また」



 ナワリルピリが手を伸ばしている。何が見えているのだろう。


 なんだろう。コイツに何度も何度も殺されたし、フルカニャルリを殺されかけたしオレがコイツに同情する義理はないのだが。なぜだか物悲しい。


 一万年も人を憎んで亡霊やってきたんだ、相当悲しい出来事があったんだろうな。そんな相手の最期を看取るのがオレか〜。重いなぁ。



「……?」



 まだしぶとく肉体を維持しているナワリルピリの手を掴む。彼女はオレを見る、その顔に恐怖心はなかった。意外だ、ビビり散らかすと思ってた。



「会いたい、だけだったの。バラクと」

「そっすか。そりゃ難しいでしょうね、一万年も前の人間なんだから。もうとっくに死んでる」

「ふふ、ふふ。うん、そうよね。本当は、こんなに時間をかけるつもり、無かったの。亡霊になれた時、会いに行ければよかった。……ねえ、わたしって、間違ってた?」



 ナワリルピリが、オレに縋るような目を向けてくる。手が震えている、もう消えかかってるのかな。



「別に、間違ってなかったんじゃない? 死んだ直後は恨みたっぷりだったんでしょ」

「……そうね」

「ならどうせ亡霊のまま会いに行っても復讐しか頭に無かったと思う。それで、復讐が完了した後にお前は酷く後悔するんだ。一万年も愛すような男を自分で手にかけるんだからな」

「……」

「だから多分、良い悪いは置いといて間違ってはなかった。……それに、こんな永い時間忘れる事の無かった感情なら、死んで生まれ変わった後も忘れる事は無いだろ。会えるんじゃねえの、来世でまた」

「……そう」



 ナワリルピリは静かにふふふ、と笑った。何を思ったのかは分からないが、柔和な表情を見るに失言したわけでは無さそうだ。



「もし、この気持ちを抱えたまま生まれ変われるなら、そうね」



 バラクと会いたい、だろうか。最期の言葉として相応しい言葉だ。しっかりと成仏できそうだな。



「今度こそ、貴女を殺してあげるわ」

「……んっ!? え、あれっ! そっち!? なんで、バラクへの恋心は!?」

「じゃあね」

「待って、消えないで!? 不穏な事を言い残して召されないで!?」



 呪いを吐きながら、女王ナワリルピリは風となって消えた。


 もう彼女は復活しなかった。フルカニャルリの爆発によって崩落した死体捨て場跡からは、吹き溜まっていた死の残滓も消えていた。これまで浴びなかった陽の光を浴びて、外の空気に溶けていく。



「……はあ」



 手をパンパンと叩き、黙祷する。この世界の作法には則っていないが、自分なりの気持ちで弔いたかったからこれでいい。



「さて」



 黙祷を終え立ち上がる。さてさて、オレが今いるのは地上まで数十メートルある穴蔵の底。爆発による破壊で途中までは登れる箇所があるが、元々蓋がしてあった範囲は若干の傾斜が所々あるくらいでクライミング難易度鬼って感じだ。


 とりあえず途中の破壊跡まで登り、見上げる。うーん、高層ビルの高さ! 登れないなあ〜これは。



「羽ばたきチャレンジする時なのかなあ」



 自分の翼を見る。一応この翼で二回までなら羽ばたいて少し浮くことは出来るし、落下してくる時もこの翼を何回か駆使して落下の衝撃を殺す事は出来た。


 だが、空を飛ぶのは別だ。翼で空気を掴み体を持ち上げる、その動作を持続的に行わなければならないためスタミナは相当消費するだろうし、何より腰への負荷とか翼の付け根の耐久性など諸々心配だ。


 一応空気の粘性というのは認識出来ている。だが、そもそもオレは泳ぐことすら出来ない。

 液体の粘性を自在に操れないのに、どうやって空気を操るというのか。どう考えても無謀である。



「降りてくる前に助けを求めておけばよかった。完全にナワリルピリの事で頭いっぱいだったわ、降りる時もいきおいだったし」



 地面に手をつき項垂れる。どうしよう〜、現状軽く見てるけどこれ絶体絶命だよね。フルカニャルリ〜、起きて糸を垂らしてオレを引き上げてくれ〜。



「おーい、マルエルー? 生きてるかー」

「!! ヒグーーーン!!! 生きてるよー!!!」



 上からヒグンの声がした。とてつもない届くからだ。全力で大声を出し、救助を求める。



「バニースーツ見つけたかー?」

「見つけれなかったー!!! 1人じゃ上がれないしー、助けてほしー!!!」

「かーまーわーなーいーがー。助ける代わりに、胸を揉んでもいいかー!!!」



 おい。おいマジかアイツ。賭けする時は尻を揉むとか言っていたが、今度は胸? 性欲が服着て歩いてるみたいなやつだな、どんどんエスカレートするじゃないか。



「マールーエールー? 返事はーーー???」

「さーすーがーにー。きーもーいー!」

「じゃあ君とはここでお別れだね。じゃーなー!!」

「!? ちょちょっ、冗談でしょ!? まってー!! ごめーん、ごーめーんーなーさーーーーい!!!」



 必死に謝り倒すと、またヒグンの声が聴こえてきた。ほっと一息。



「じゃーあー! いーちーど僕に、すーきーと言ってくーれー!!!」



 好きと言え、か。まあそれぐらいならいい、心にも無い愛を囁いてやるさ。



「へーんーじーはー?」

「わーかったー!! 熱い抱擁もしてやっから、はーやーくーたーすーけーてー!」

「言ったなー!!! 絶対だぞー!!!」



 今日イチの大声だ。壁に反射して何重にも響き渡っている。なんでだよ、声量ウヴォーギンじゃん。



「わかったがー、どうするつもりだー!」

「いーまーすーぐーにーいーくー」



 今すぐに? どうやってだよ、気球で来るのか? 生身じゃ絶対に降りて来れないし引き上げられないだろ。



「おーい!! マルエルー!!!」

「えっ。…………は?」



 さっきよりもヒグンの声が近くなって、なんでだろうと思って見上げてみたら壁面を高速で滑り降りてくる土煙があった。


 よく見てみると、ソレはヒグンだった。もう一度見る、ヒグンだった。三度目の正直……ヒグンである。



「ヒグン!?」



 え、え、え? どういう事? なんでヒグンは盾をサーフボードのようにしてほぼ断崖絶壁の壁を滑り降りてんの? どういう理屈? 身体能力もさることながら、盾の耐久性どうなってんの?



「おっと」



 あ! ほら、言わんこっちゃない! ヒグンが足場にしていた盾が砕け散ったぞ!!


 だがヒグンは止まらない。彼は壁面を大股で駆け降りながら、円を描くようにしてオレのいる方へと近付いていく。



「よっ」



 そして、彼は壁面からオレのすぐ前に飛び降りてきた。彼は平気そうな顔で「ふう」と息を吐き腕を組んで伸ばすストレッチまでしてる。寝起きか。寝起きの感じで数十メートルの断崖絶壁を駆け下るなよ。



「お待たせ、マルエル。……ぼふぁっ!?」

「わあっ!? なんだよ!」

「なんだよじゃないよ! ふ、服! 穴空いてるじゃないか!!!」



 穴? そういえばさっき、一度だけナワリルピリに心臓潰されてたっけ。その時に服も一緒に風穴開けられてたのか。……うわ、童貞を殺すセーターみたいな穴の開き方してるわ。胸チラ見せじゃん。



「マ、マルエル。それ」

「見るな変態」

「何故だ!」

「何故だ? 何故だと思う、考えさせてやるよ」

「その穴に手を入れてもいいだろうか」

「ああ入れろよ。入れた瞬間に腕へし折ってやる」

「遠慮しておこうかな……」

「賢明ですね。で、降りてきたはいいけどどうやって私を助けてくれるわけ?」



 鼻血を指で拭っておきながらまだ服の穴をガン見するヒグンに質問する。



「簡単だろ。僕が君を抱えて上にあがればいい」

「私を抱えて? ……変な事考えてないよな?」

「当然考えているが?」

「殴るぞ」

「まあまあまあ、まあまあまあまあまあだよマルエル。実際方法はそれしかない、だって僕はこの身一つで降りてきたんだからね。僕が君を抱えて登る他、助かる道は無いんだ。それは何よりも明らかさ」

「殴るから口半開きにしろ」

「そこは食い縛らせてくれ?」



 深く深く、本当に深くため息を吐いて立ち上がる。何をされるんだろう、本当に気味の悪いことをしたら全力で顎に膝蹴りを食らわしてやろう。



「そいじゃ、ちょっと前屈みになって」

「前屈み? 分かった」



 ヒグンの言う通り少し前屈みになる。ジャケットの裾が浮いて尻がすーすーするな……。



「よっと」

「は? お、おい?」



 前屈みになったオレの腹にヒグンは左腕を回す。足が浮く、小脇に抱えられてしまった。



「……私はショルダーバッグじゃねえんだぞ」

「? なんの事だい」

「持ち方おかしいだろ。これははたして人の運び方か?」

「片腕が空く、それにバランスも取りやすい。体の右側を支点にして登ればスイスイ登れるさ」

「登れるかあ。降りてくるのもおかしいがほぼ垂直の壁を登れるわけないだろ。やれたら化け物なんだよ」

「そうでもないよ? よく見てみ、岩肌が結構ゴツゴツしてる」



 そりゃゴツゴツしてるだろうさ。人口の建造物じゃなくてただの縦穴なんだからさ。



「……え、待って。もしかしてこのまま登るつもりなのかお前」

「ああ。ほいっと」



 ヒグンが壁に向かって急に走り出し、瓦礫を足場に跳躍して壁面を掴んだ。



「冗談だろお前」

「なにがだ?」



 靴の先を壁面の溝に掛け、跳ぶ。また壁面を掴む、さらに跳ぶ。



「まてまてまてまて待て! 待て!!」

「どうしたー?」

「言いながら跳ぶな! おかしいっ、おかしいだろ色々と!」

「おかしいか? なにがだ」

「今この瞬間がおかしい!! 普通の人間はっ、人を抱えて断崖絶壁を片手でロッククライミング出来ないんだよ!?」

「そうなのか? じゃあどうやって皆は家具とか運んでるんだ?」

「業者に頼むんじゃないかな普通は! まさかお前、全部自分で運ぶのか!?」

「そうだねぇ、タンスとかは手で持って運んでたよ。二階とか、壁にぶつけないようにするの面倒臭いしな」

「おいなんだその言い方。階段経由せずに運んでるみたいな言い方するな」

「そのつもりで言ったんだが。わざわざ階段使うよりベランダに飛んで運んだ方が手っ取り早いだろ」



 スイスイと壁を駆け上がりながらヒグンは軽やかに言う。まじかコイツ、脳筋キャラかよ。なんで重戦士やってるんだよ攻撃特化しろや。



「頭に血が上ってないかマルエル。しんどかったら言えよ、持ち方変えるから」

「ふざけんな持ち方変えてる時にバランス崩したらどうする!? 私一人なら羽ばたいて落下死は防げるけどな、ヒグンの体重を支えるのは無理だぞ!」

「落とすようなヘマはしないよ。マルエル軽いし、万が一落としてもすぐ拾って壁を掴めばいい」

「同じ人間とは思えないセリフ!」

「というかもう地上に着くよー」

「マジ!?」



 ヒグンはオレを抱えたままトンットンッと軽い足取りで壁を蹴って地上に着地した。信じられない、高層ビル程の高さの壁を10分も経たずに素手で登りきってしまった。化け物なんだよなあ。



「……ヒグン?」

「うん?」

「下ろしてよ」



 地上に着いたのはいい、遠目にオレ達のベースキャンプもあるしフルカニャルリとエドガルさんの姿もある。フルカニャルリは相変わらず目を尖らせてエドガルさんから距離を置いているようだ、元気そうでよかった。


 だが、いつまで経ってもヒグンはオレを下ろしてくれない。小脇に抱えたままただ立っている。



「ヒグン?」

「ぶほっ!」

「ヒグン!? なんで鼻血!?」

「お尻が丸見えだ、マルエル」



 振り向いて自分の下半身を見る。うん、当たり前だ。ジャケットが支えられている腹から胸の方に皺が寄っていて裾が上に移動し臀部及び局部が外に晒されている。



「ぎゃあああっ!? 早く離せよ早くぅ!!!」

「駄目だっ、くぅーっ! 離さなければずっと見てられるんだもんな!」

「わかった、オーケー殺すから! ナワリルピリに宜しく言っといてくれな!!!」

「誰!? 待ってナイフを仕舞ってくれ冗談だから!」

「! マルエルー!!! よかった、よかっためー!」

「あははっ。ただいまー」



 ヒグンに下ろしてもらい、駆け寄ってくるフルカニャルリを受け止め抱きしめ、エドガルさんとも合流する。色々あったが、ようやくオレ達の初の魔獣退治依頼は完了した。


 帰りの馬車の中。行きの時とは逆にフルカニャルリとエドガルさんが眠りヒグンが頬杖をついて窓の外を見ている。

 オレは向かいの席に座っているとまた童貞を殺す穴や太ももの辺りを見られそうだと思い隣に座っている。……まあ、太ももは隣でもやはり見られたが。見ているだけじゃ面白くないのか、1時間もすると彼は興味を失ったようにオレの方を見るのをやめて景色を眺め始めた。


 普段おしゃべりなフルカニャルリが眠っていてセクハラ野郎のヒグンも何もしないから静かな時間が流れる。目を閉じたらオレまで眠ってしまいそうだ。



「……あ、そういえば。忘れてた忘れてた。マルエル」



 ヒグンが急に話しかけてきた。……顔を背けていた理由が分かった、鼻血を拭った後がありありとそれを語っている。



「……回復魔法使おうか?」

「大丈夫、鼻の中に丸めた草を入れておいたからね」

「物理的解決だ。そもそも興奮したら鼻血出るってどういうギミックなんだよ」

「そんな話はいいんだよ。マルエル、賭けの話覚えてる?」

「ん? あ、ネックレスのやつ!」

「そう、それ!」



 言われて思い出す。ネックレスが無事なら私の勝ち、壊れていたらヒグンの勝ちってやつだ。

 ちなみにその賭けを持ち掛けたのはオレだ。絶対帰ってくるぜっていう遠回しなメッセージを伝えたつもりなのと、自分に気合を入れるつもりで言っていたからすっかり頭からすっぽ抜けていた。



「じゃあ、壊れてるかどうか見ようか? チェーンの部分は無事なのが感覚でわかるがな」

「僕が外してあげようか?」

「触んなカス」



 絶対胸とかわざと触るだろコイツ。ジャケットのチャックを下げたらヒグンの鼻から丸めた草ごと鼻血を噴き出した。どのみちじゃねえか、コイツオレの肌に鼻血をぶっかけるつもりだったのか?



「じゃあ外すからな」



 抜けた栓を塞ぐ為にまた草を丸め鼻に詰めるヒグン。構わず首にかけたネックレスに触れて手探りで留め具を探す。



「さてさてさーて、結果はどうでしょうね〜。まあ感触で分かるけどね。私の勝ちだねえ〜」



 ふふふ、首の後ろに行っていた留め具を外し、両手でネックレスの端同士を持ち前に出す。



「ほら、これで私のか、ち……?」



 ヒグンの方に出そうとしたらヘッドが外れてコロンと床に落ちた。



「ふふ、どうやら無傷では無いようだ。僕の勝ちだね〜! って、マルエル?」



 どこだ、どこに落ちた? 薄暗いから見えない、手探りで落とした雫のような形のヘッドを探す。



「どうしたの、マルエル」

「飾りの部分落としたから探してる」

「え? いいよそんなの、安物だし気に入ったなら同じの買ってや」「嫌だ」

「えっ?」



 お守りとして渡された物を無くしたままにするのは縁起が悪い。この世界はあまりにも死が身近にあるからな、出来るだけ幸運値は高い所を維持したいのだ。仏から貰った特権で既に幸運値は少しだけ盛ってくれてるらしいが、更に高めたいね。



 手で床をペタペタ触る。無いなあ……なんかちょっとだけモヤモヤする。人の物だしな、絶対見つけなきゃだ。



「マルエル、そのネックレス僕に返すって言ってただろ? だから別に、見つけてくれなくても」

「そんな事言ったか?」

「え?」

「……言ってたか。忘れてた、ごめん。でも見つける」

「あ、あぁ」



 ペタペタ、ペタペタ。オレらの席の方には落ちていないっぽいな。フルカニャルリの足元を探る。



「! あった!」



 フルカニャルリとエドガルさんの間の床に落ちていた。拾い上げてヒグンに見せる。



「ち、近いよマルエル」

「? んだそれ、また乳でも上から覗き見たか? またセクハラか。ぶっ倒すよ?」

「ち、違うわ! 今回のは素で君が……なんでもない!!」



 なんなんだコイツ。鼻栓なんかするから鼻血が顔の中に充満して顔が真っ赤っかじゃないか。



「って、ネックレス壊れてるーっ!?」

「あ! やっと気付いたかマルエル!!」



 ヘッドを探すのに夢中になってて完全に意識外だった。チェーンにかける部分が完全に千切れている。完全に壊れてしまっている。嘘だろ!? ナワリルピリのとどめを刺す時はそんなに動き回らなかったのに!!



「そんな、馬鹿な……!」

「ふふふ」

「その笑い方やめろ! おかしい、イカサマだこれは!」

「何でもかんでもイカサマ扱いは良くないよマルエル。これは純粋な運の勝負での勝敗さ」

「ま、待ってくれ!」

「そう。喩えるならジャンケンやあみだくじのような完成された公正な勝負だった! その勝負で僕が勝ち、君は負けた。その結果は覆らない、例え何か作為的な意思が介入していたとしても、今君自身がネックレスの破損を、自らの敗北を口にした! この勝負はもう僕の勝利という"結果"で終わっているんだマルエル!!」

「ぐ、ぐぅ……!」

「そして! 確定された事項はもう一つある! これから君は半年間僕に絶対服従!」

「! い、いや、それは流石にさ」

「受け入れたのは君自身だよマルエル!!!」



 ズビシッ! と指をさされる。コイツ、オレを仲間に引き入れた時と同じ熱意を今ここで再びぶつけてきているのか。

 絶対服従という言葉がそんなに魅力的か。犯罪者思考が過ぎるだろ、ドミネーター寄越せ誰か。



「あ、あれは、軽い冗談だろ。ああいうのを本気にするのは良くないだろ……?」

「僕は本気だったよ!」

「く、う、うぅ〜!!!」

「ちなみに先に言っておくね。帰ったら尻揉み、これを撤回する気は皆無だからね」

「なんでだよ!? なんでそういうキモい強引さを持ってんのにお前まだ童貞なの!? 普通ならとっくに童貞捨ててるだろそういう奴!!」

「! そ、それは君が捨てさせてくれるという」「殺すからな。本当に」

「ごめんなさい冗談です」



 睨んだら謝られた。よかった、絶対服従なんてバカげた条件を突きつけておきながらこちらの意思は聞いてくれるらしい。



「ちっ。変な命令はしないでくれよ、頼むから」

「する訳ないじゃないか。僕は紳士だよ?」

「紳士は女にセクハラしねえよ? 残念ながら」

「失礼な! 君にしかセクハラしてないよ!!!」

「じゃあ私に対しても礼を重んじろ!? なんで私にはセクハラしてもいいみたいになってんだ」



 椅子に座り直す。ったく、不死身の化け物に勝ったのになんでこんなふざけた奴に賭け事で負けるかね。嫌んなってしまうわ。



「……ごめん」

「? どうしたの」

「ネックレス。壊したから」



 手の中で分離されたネックレスを見ながら謝る。



「ちゃんと綺麗な状態のまま、返すつもりだった。なのに、私」

「いいよ全然。それ、元々緩くなってたし」

「……は?」

「金具の所だろ? 最初からゆるゆるだったんだよ、君が付ける前から。だから君が壊したわけじゃない、まあ賭けの勝敗で言えば君の敗北は揺るがないけどね!」



 拳を握る。



「待って。良くないな、拳が震えてるよ。そんな目で睨んだら漏らしちゃうかもしれないな、一回落ち着こう?」

「……」

「ごめん! わかった! 一週間に減らそう罰ゲームの期間! だからこっち来ないでくれ!!」

「遠慮するなよ。抱き合うんだろ? おら、来いよてめえ」

「! いいのかい!?」

「うん従来だったら絶対にここで抱きつきには来ねえんだよ!」

「グホァッ!?」



 ヒグンの腹を殴り体をくの字に折ってやる。ふん、ざまあみろ。



「ほら、じゃあこれ返すわ」

「う、加減というものを知らないのかお前は……」

「加減されると思ってたのか? すごいなお前は、もう一発行くか?」

「ごめんなさいっ!」



 拳を振って見せつけたらすごいスピードで頭を下げるヒグン。これに懲りたら、イカサマするのは許すからセクハラするのを控えてほしいものだ。毎度思うが、される度に絶対エスカレートしてるからね。先が怖いのよ。



「あ、あとマルエル。助けに行く前に交わした約束まだ履行してないよ」

「は? なに」

「僕に好きって言うやつ。あと、こっちは覚えてたようだけど熱い抱擁も」

「……はあ」



 余計な事ばかり覚えているな。というかフルカニャルリもエドガルさんもよくこんな騒音出されてるのに起きないな。おかげでストッパーが居ないから永遠にオレが絡まれ続けるのだが。



「じゃあ早速聞いてみようかな! マルエルは、僕の事好き?」

「……」

「……あれ? 聴こえなかったのかな、おかしいなあ。もう一度行くよ、マルエルは僕の事好き?」

「……好きじゃないわけでもないことも無い」

「嫌いじゃん。裏の表の裏で嫌いだったじゃん。好きで言ってよ」

「……ちっ」



 いい加減うざったいのでヒグンの方に寄り、髪の毛を掴んで思い切り自分の胸に顔を押し付けさせる。その状態でヒグンの頭に手を回し、まあ広い目で見れば抱擁だろうという形を取る。



「マルエル!? うおーっ!?」

「はあ、きっしょ」

「きしょじゃないでしょ! 言う言葉間違ってるよ!!!」

「はいはい。好き好き、好きだよヒグン愛してるー」

「僕はそれ程でもないよ!」

「なんでだよてめえええぇぇっ!!」

「いだだだだだっ!!!」



 梯子を外されたので脊髄を外してやろうかなと思い首を押さえ引っ張る。コイツめ人の事コケにしやがって、絶対許せん! 絞め殺してやる!!!



「やはり、つがいであり」

「へっ?」



 そこで、今まで眠りに落ちていたフルカニャルリの声がしてきた。事情を知らないフルカニャルリに、ヒグンの頭を抱き好き好き言っていた瞬間を見られてしまった。



「フルカニャ。落ち着け」

「今、マルエルはヒグンに好きと言っていため!」

「うん、違うんだ。だから」

「ヒグンはマルエルの事を好きめ。前言ってめした」

「は?」「はあぁぁぁぁぁ!? な、何言ってんだフルカニャルリ、あれ意味違うから!!」

「違うめか?」

「違う! 仲間として好きと言ったんだよ!! それ以上でも以下でもなく!!」

「そうなの? 丁度いいじゃんと思ってたのに。もういっその事つがいになって子供作ったらどうめす?」

「どうめす? じゃねえええ!! 人間はそんなポンポン子供作る種族じゃないんで無理ですね!」



 フルカニャルリが参戦し、誤った人間界の性知識を蓄えているフルカニャルリにヒグンと二人がかりで情報を修正している内に中央都に着き、エドガルさんともそこでお別れとなった。


 長いようでいて一瞬の時間だった。



「しっかし、案外楽な仕事だったな」

「そうめか〜? ぼくはもう二度とやりたくないと思いめしたよ?」

「ノリノリでアンデッド狩りしてたじゃないか二人は。楽しんでただろ?」

「まあビビりのリーダーさんと比べたらね」

「倒したの一体だけなんだっけ? あははっ、可愛くめね!」

「うるさいよ! ったく。帰る前に飲み屋寄るぞ!」

「「おー!」」



 というわけで、報酬金もガッポリ貰い三人で道を並んで歩く。ようやく歯車が動きだした実感がした。二人もきっと同じ事を考えていただろう。楽しそうに飲み笑っている彼らを見てると、こういうのも悪くないなという感傷に浸れて良かった。

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