13頁目「冒険者仲間が増えた」
「えへへー見て見て! 似合ってるめかーマルエル!!」
脱がれた服を着直し、そのまま裏路地の蓋がされてるゴミ箱の上に座って二人がランジェリーショップから出てくるのを待ち小一時間。本当にハロウィンのコスプレのようなサキュバス衣装を着たフルカニャルリが戻ってきた。
……ランジェリーショップに入っていったから、もしや下着姿で出てくるのかと内心ヒヤヒヤしていたが流石にそれは避けたらしい。
フルカニャルリはグロッシーレザーだかエナメルレザーだかの、テカテカの黒い生地のハーネス付きのトップスにホットパンツ、それにガーターベルトストッキングを身に付けていた。
サキュバスコスプレのセットアップなのだろう。こんな小柄な子でも着用を想定されて作られているのは驚きだ。とはいえ、だ。
「アウトだろ」
「あうと?」
「これはアウトだろ。なあヒグン、考え直さないか?」
フルカニャルリの背ろに立っているヒグンを見る。彼は腕を組み、ふふふと不敵に笑っていた。
「お前な。これは流石に欲望に一直線すぎるだろ」
「ハーレムなんだよ? やっぱり多少露出は多くなるよね」
「多少。多少かなあこれ。こんなイカっ腹のガキにへそ出しルックさせるか普通?」
「ぼくこれ気に入ってるめよ!」
「なんで気に入っちゃってるんだよ。目のやり場に困るよ」
「! それはぼくが魅力的すぎるという意味めか! やはりぼくの美貌は罪めね……」
「美貌? 幼女の口から出る単語か、ユニークだな」
「どういう意味か!! 幼女幼女って言うけど、ぼくそんなに幼くないぞ! 確かに子供だけど、お前達よりもずっとずっと生きてるめうぞ!!!」
「そりゃ妖精なんだしロリババアなのは予想ついてっけど。それは置いといて考え直せ、こいつ人の格好指定してきたら基本ずっとその格好のまま固定させるんだぜ? どうせ同じセットアップを幾つも買ったんだろ? 疑問に思わなかったのかよ」
「ぼくは全然構わないめよ?」
「いいんだ……」
「いい! だってほら、このお洋服だとぼくのチャームポイントが分かりやすいし!」
「チャームポイント?」
フルカニャルリはオレに背中を向けると、上体を曲げケツを突き出してフリフリと振って見せた。
「この餅尻を見よ!!!」
おー……。幼い少女が露出の高い服でオレにケツを振っている。マニアすぎる映像が目の前に展開されている。
ヒグンの方を睨む、彼は鼻血を僅かに零しながらもうんうんと頷いていた。どうやら店内でこの攻撃を食らった後だったらしい、思い出し興奮だ。
「なあ。良心は痛まないのか?」
「ん? 何の話だいマイファーストハーレムガール」
「死ね。コレってさ、フルカニャルリが無知なのをいい事に性的欲望をぶつけてる感じだよな。普通の感覚で言わせてもらうがな、お前ちょっとおかしいぞ。変態すぎるぞ」
「ぼくは無知などではなく! 悠久を生きた妖精ゆえ!」
「うんごめんね、そうだよね。じゃあ分かるよね、あんまりその服装で、そういう異性の情欲をくすぐるような動きをするのは、外見に相応しいとは言えないって事をさ」
「ぼくは妖精界ではセクシー担当なのめよ!! 妖精王より直々に、淫靡のフルカニャルリという渾名を賜りし大妖精であり!!」
「じゃあ肉体の設計ミスってるなあ。肉体年齢がせめてあと15年くらい上だったならすんなりと受け入れられたんだがな」
「たわけめ。魂の年齢がぼくの見た目に影響するのだ、つまり妖精達がセクシーと呼んだのもこの姿であると言っても過言では無いめ!!」
「過言であれ。頼むから妖精のイメージを下げるな」
とんだロリコン種族じゃないかよ妖精。なんだ、他の妖精は種付けおじさんみたいな見た目してんのか? 殲滅した方がいいだろそんな邪悪な種族。
「まあだが、確かに他の連中に僕のハーレムメンバーの肌を晒しすぎるのも心象がいいものでは無いからね。これから上に羽織るものを買いに行くつもりだよ」
「下に着てるド犯罪コスプレも替えてやってくれ。あと、私のバニースーツ縛りも解除してくれ」
「駄目だよ。だが羽織るものを買うのは良しとしよう。寒くなってきたし、種類持っておきたいしね」
「久しぶりにバニースーツ以外の服も着たいよぉ……」
「わーい! 買い物買い物っ!」
「……待ちなさい。フルカニャ、私の上着着ていなさい」
「えー? なん」「いいから着なさい」
有無を言わさず着ていたジャケットをフルカニャルリに着せる。軍人だった頃から使ってる鬼ヴィンテージ品だ、おじさん臭くても我慢してもらおう。流石にサキュバスコスのまま子供を街に歩かせる訳にも行かないのでな。
「おかーさん、あの人変な格好してるー。うさぎさん!」
「こらっ! 見ちゃいけません!」
「なんだありゃ、露出狂ってヤツ?」
「若いのにいい趣味してんな、あの姉ちゃん。隣にいるのは彼氏か? じゃあアレは妹かな」
「妹っぽい子も下の服やばくね? 姉に付き合わされてんのかな、カワイソー」
「あんな変態趣味に付き合わされてる彼氏くんも可哀想に。恥ずかしくて堪らないだろうなー」
オレじゃあああああ付き合わされてんのはああああぁぁぁぁ!!!!
なんでオレが自主的に肌を見せびらかしてる変態みたいに言われてんだよ、バニーだからか!? そうだなぁ居ないよな街中にバニーは!! 言い訳のしようもありませんね!!!
はあ。なんだろう。こんな思いするために女体化したかったわけじゃないんだけどな。男の頃の肉体に戻りたいかもしれん……。
「マ、マルエル。僕の知らないところで露出狂なんかしてるのか? 自分を大事にしなきゃダメだぞ……?」
「だぞー」
「殺すぞお前ら」
周囲の視線をヒシヒシと感じながらもパパパッと手早く買い物を終わらせる。わざとなのかヒグンはダラダラと店の中を見て回っていたのでポケットマネーで全額支払ったわ。
新たに買ったジャケットをフルカニャルリに渡し、彼女の着ていたジャケットを受け取り着る。ふう。相変わらず足はパーパーの網タイツ晒し状態だが、まあこれはいつもの事なのでスルー。
「フルカニャはどんな感じ……うわぁ。まあそうなるわな……」
フルカニャルリも上着を着てはいるものの、エナメルのホットパンツとガーターベルトストッキングはそのまま見えちゃっている。
「えへへ、どうー? おしゃれ?」
「うーん……渋ハロかな……」
「しぶはろ?」
分からないよな、ごめんな。でもその格好普通に痴女だよ? なんで平然としてるの、妖精には羞恥心とかないの?
「おぉ……二人とも、そこに並んでくれ!」
「あ? お前、何キモイ事言っ」「りょうかーい! マルエル、手ぇ繋ごっ」
「え、あぁうん……」
抗議しようとするのをフルカニャルリに止められる。その後彼女に言われその小さな手を握った。ヒグンは嬉しそうにうんうんと頷いている。この世界に写真がなくて良かった〜、絶対オカズにされてたな。
*
一旦宿に戻り荷物を置き、フルカニャルリを伴い冒険者ギルドに来た。以前から冒険者になりたいというフルカニャルリの強い要望があったから、服などを買い揃えた後はすぐに向かう話に落ち着いた。
冒険者は最年少で誕生日を迎えた16歳からなれる。フルカニャルリの容姿年齢は頑張って高く見積って見えても13歳ぐらいのお子ちゃまだが、純粋な人以外の種族も冒険者になれる以上見た目で弾かれることは無かった。
血液情報から年齢も割り出せるし、フルカニャルリの年齢制限問題はそこでクリアしたようだった。
「……422歳!?」
「げげー!? 私なんかよりずっと歳上!」
「ふふふ。だから言っためよ、ぼくは妖精の中では子供だけど、人間に比べたらずっとお姉さんなのであり!」
「マルエルって何歳だっけ……?」
「わり。具体的には覚えてない、けど大体210歳ぐらいかな」
「二人とも僕の10倍20倍生きているーっ!?」
「本当だ。クソガキじゃんお前」
「やーいガキガキー!」
「時間感覚が違うだけだろ! 絶対精神面は僕が最年長だ……!」
フルカニャルリは確かに子供かもしれないけどオレはバリバリに大人ですけどね。
400年、生きているのか。
「なあ、フルカニャ」
「なにめか?」
「ハルピュイアの知り合いとか、いなかったか?」
「ハルピュイア? んー……ハルピュイアと同化した同胞は確かいた気がするめが、ぼくの知り合いにハルピュイアは居ないめよ」
「そっか」
「……大切な人、か?」
ヒグンが様子を伺うような口調でオレに言う。そうか、翼の事で触れられた際に話した事があったな。この翼の本来の持ち主の話。
「大切な人? マルエルのつがいめか!? ヒグンがつがいじゃなかったのめか!」
「わけあるかぁ!? 誰がこんな男とっ、つがいに、なるかっ!!!」
「そんなに力入れて否定しないでよ」
「ヒグン以外の、本当のマルエルのつがい……キャー!」
なーにがキャーだ。嬉しそうに口に手を当てて黄色い悲鳴上げちゃって。楽しそうだなおい、恋愛トークする時の女子のテンションやん。
「……別につがいとかじゃない。友人だよ」
「友人? マルエルの為のおしべではなく?」
「セクハラオヤジか。大体、その理論で言ったら時代的には私がおしべ相手がめしべになるし」
「相手は女性だっためか」
「しまっ。……まあ、うん」
「ふーん。へぇー?」
ニヤニヤニヨニヨ。含んだ笑みを浮かべながら目を合わせるフルカニャルリとヒグン。なんだよ、異性の知り合いがいちゃ悪いってのかよ。
「妄想するのは勝手だが、その相手とは本当に何も無かったんだ。探りを入れても何も出ないぞ」
「またまたー。言葉では何も無いと言いつつ、実は好きだったんじゃないのー? 告白するつもりだったけど出来なかった、みたいな甘酸っぱい青春を体験しちゃってたりするんじゃないのーその相手とさー???」
「……」
「…………マルエル?」
好きだった、か。一発目に難しい問いを投げてくるヒグンに驚く。
こういう話題になった時、相手に動揺を与えるような話を振るのに慣れているのだろうか?
同年代の女が居ない村出身なのに女にちょいモテしそうな話術使ってくるやん。さっさとそれ活かして童貞捨てろよコイツ。
「何も無いよ。私は恋なんて知らない枯れた人間です。つまらないからあんま掘り下げようとすんなよ」
話す気などサラサラないので喪女ガードを使って強引に話題を断ち切らせに行く。二人はオレの返答を聞くと肩を落とし、同時に力を抜いて「なーんだ〜」と期待外れだという反応をする。
「でも、恋愛をして来なかったというのは絶対嘘め!」
「うん。人に指さすの辞めよっか。私のほっぺにぶっ刺さってるし」
フルカニャルリがオレの頬に人差し指を当てグリグリと捻ってくる。女子供じゃなかったら鼻っ面へし折ってた。
「ヒグンは見た感じそういう浮ついた話はこれまで一度も無かったんだろうなって思うめが「おい」マルエルはなんかそういうのありそう! ぼくには分かりめす!!」
「んー……」
「ぼくに嘘は通じず、妖精は魂で他人を判別してるので! 嘘の色は注意深く観察していれば分かるめよ!」
「本当に器用な奴だな、なんでも出来るじゃんお前。……まぁ、恋愛自体はした事あるよ。特にドラマ性も無いから面白く語りようもないし、だから無いようなもんじゃんって解釈なんだけど」
「ぼくは妖精で、同種は皆殺されたし別の種族と行動するのは今回が初めてだからそういう経験皆無であり! だから、とりとめのない事でも聞きたくと思いめす!! ねぇ、ヒグンッ!」
「いや、僕はそこまで。他人の恋愛話とか聞いたら自分の何も無い人生思い返して涙零れそうだし」
「ほら、ヒグンも聞きたいと言ってめす!」「あれー?」
「はいはい、じゃあそのうちね。少なくともここでするような話でもないし、時間が出来た時にでも雑談程度に話してやるよ」
「やったー! 約束めよ!」
「あい」
完全に本題からかけ離れた話題に突き進みそうだったのでここで話を終わらせる。今日はフルカニャルリの冒険者登録の為に来たのだ、服装も二人揃って痴女痴女してんだから早く登録を済ませておきたい。
三人でフルカニャルリの適職表を見る。
「フルカニャルリの適職で言うと、魔法使い、弓術士の二つが依頼書によく募集かけられてる職業だよな」
「どっちも駄目だな、確かこのギルドじゃその二つは人がパンクしてる。除名か活動停止待ちだ」
「踊り子ってなにめか! ぼくダンス得意であり、お尻ダンス!」
「うーん……目的を考えたら良い得意分野だが、多分その容姿で踊り子のスキルが有効になるのはヒグンみたいなロリコンだけだろうな」
「ヒグンはぼくにメロメロなのめか?」
「おいマルエル。誤解を招くような事を言うな、僕はロリコンじゃない」
「ぼくには興味無いめか……?」
「え!? いやいやそういうわけじゃなく! 泣くな、大丈夫、興味ありありだから!」
「ロリコンじゃねえか」
瞼をかっぴらきすぎて血管がギンギンになっている目でヒグンに睨まれる。すごいなーゲルマン顔面、顔の凹凸がくっきりきっちりだ。指で押したら眼球、ボタンみたいに動いたりするんかな。
「他の適職は盗賊、狩人、工作員、道化師、薬師、錬金術師か。薬師は私がいるから役割が被っている、重戦士であるヒグンと相性がいいのは狩人か道化師かな」
「狩人が弓術士と罠師の両方のスキルを持った職業だっけ。中距離で戦う上、戦場で罠を仕掛けるからその間の防御って役割が活きるな」
「ぼく、弓なんて撃てないめよ?」
「確かに。それによく考えたらフルカニャルリの魔法と相性良くないよな。武器の時点で」
「それを言ったら冒険者の職業なんて皆相性悪いんじゃないのか?」
「ぼくの鉄は薪には手に持っている武器が効果対象なので、手に持たないタイプの物なら装備できるめよ!」
「そんなのあるか……?」
「それこそ罠とか爆弾とかだよな。爆撃師が適職なら、糸でロープアクションしながら絨毯爆撃とか出来たんじゃねえかな……」
「邪悪な戦い方だな。妖精とは思えん……」
うーむ、難しい。フルカニャルリには範囲内の相手を無力化できる魔法と糸のロープアクションによる高い機動力、敵の拘束も出来るし物にも変身出来るという潜伏能力もある。
色んな事が出来るが本体は芋虫の時もそうだが非力だ。やはり重戦士と相性のいい職業を選ぼうとすると、フルカニャルリの持ち味を殺してしまう職業ばかりになる。
「そういえばアレ無いのかよ、特別職? そんな感じのやつが書いてある紙。私の死霊術師もそこに載ってたじゃん」
「確かに。一応受付嬢さんに聞いてくるか。ちょっくら僕」「私が言ってくる。二人は待ってて」
「解せぬ……」
立とうとしたヒグンの肩をグッと押して座らせる。立たせてなるものか、どうせまたナンパするだろお前。
受付嬢さんから別紙を受け取り、その場で確認する。
うーむ……まるっきり空白だ、どうやら特別職というのは本当に適格者が少ないらしい。渡すだけ無駄、だから言われなきゃ渡らさないというのも分かる気がする。無駄な紙を渡しても荷物をかさばらせるだけだしな。
卓に戻り、二人に手でバツのジェスチャーを見せる。
「残念、特別職の適正は全滅だった」
「だよねぇ。やっぱり選択肢はこの中からか」
印字が濃くなっている、魔法使いと弓術士以外の職業を紙の隅に箇条書きで書き写す。
踊り子、盗賊、狩人、工作員、道化師、薬師、錬金術師の7つ。
「やっぱバランスを取るなら狩人か、魔法使いの真似事が出来るんだとしたら錬金術師辺りじゃないか?」
「錬金術。名前はよく聞くけど、具体的に何をしているのか分からないめな」
フルカニャルリが錬金術師に興味を示した? 彼女はオレからペンを受け取ると、まず盗賊、工作員、道化師、薬師に横線を引いた。
「錬金術ってどんな事をするめか? マルエル、ぼくの肉体を作る時に錬金術の話をしていたよね」
「あぁ、フルカニャを仲間に引き入れた後にちょっと勉強したんだよ。まあアレだな、広義的には希少でない物質を魔術的なアプローチで上質な物質に変容、或いは置換される魔術体系を指すらしい」
「木炭と鉱石を魔法で圧縮して火薬を作ったり、地中の物質を操作して鋼鉄を作ったりするあれだよな? 人造人間なんかも作れるって」
「人造人間なんて、魂のない抜け殻を創るだけでも国のトップ層の極一部しか出来ない芸当だぞ。基本は自然物を魔力で圧縮したり、逆に分解したりして構造を組みかえて別の物質にしたり、上位の物質を錬成するのが主って考えた方が良さそうだな」
「難しそう……」
フルカニャルリが頭を抱える。まあ、ファンタジー職業としてのメタ的な見方をすれば正直、このラインナップの中なら錬金術師を選んでほしいところだ。
オレも一応魔法使いではあるが、回復分野以外は専門外だし才能が皆無だからなー。
錬金術は化学の側面もあるから仏の縛りは多分受けていないし、今後も長く生きていくなら身近に錬金術を使う者がいてそれを学べる環境を整えておきたい。決めるのはフルカニャルリだから、錬金術師が選ばれなくてもそれはそれでいいけどね。
「む〜……」
フルカニャルリは踊り子の文字にも横線を引いた。ヒグンは小さな声で「そんなっ!」と言っている。お前それでいいのか。なんだよ、重戦士と死霊術師と踊り子のパーティーって。要になる奴が抜けた後のパーティーやんけ。
「狩人と錬金術師……狩人が、弓を武器にして罠も駆使して戦う、だっけ。どのみち頭を使いそうな二択めね……」
「む。フルカニャは結構頭使って戦闘するタイプだろ」
「そうなのか?」
「おう。盗賊団と戦った時の話なんだが、お前を助け出すために屋根と崖岩に糸を引っつけて馬の脚力で屋根を剥がしたり、上空で回転しながら糸吐き出して数人の盗賊を一網打尽にしたり」
「虫での肉体で100年以上過ごしていたから、あの体での戦い方は慣れてたのめよ」
「戦闘経験が豊富ならどの職業を選んでも何とかなるんじゃないか? 僕は全くの素人だから頼れないかもしれないけど、それこそマルエルは何故か戦いに慣れてるから二人が互いに背中を庇い合ってというかさ」
「人を誘っておいてなにナヨついた事言ってんのお前。今度テキトーな依頼受けてる最中に戦闘術叩き込んでやろうか」
「終わる度に君に抱きついて運んでもらうことになるがいいか?」
「変な事しないならいいよ」
「多分胸か尻は揉むね」
「このパーティー抜けようかな」「冗談です!」
鈍い音が鳴るくらいの勢いで机に頭をぶつけ謝罪するヒグンの耳を翼でくすぐってやる。へへへ、本物羽毛での耳穴くすぐりはかなり効くだろう〜。
ヒグンの頭を身体強化を掛けた手で押さえ、持ち上げられないように固定してくすぐり続ける。素っ頓狂な笑い声を上げるヒグン、ざまあないぜ。
「……決めた! 錬金術師にするめ!」
「おっ、決まった?」
ヒグンの頭から手を離すと、彼は大きく跳ね除けるように後ろに飛んで尻餅をついた。目に涙を浮かべヒーヒーと息をしているヒグンを無視し、フルカニャルリと話す。
「錬金術師か。魔法使いの一派だし、ようやくバランスが取れた感じにはなるな」
「重戦士のヒグン、死霊術師のマルエル、錬金術師のぼく。これってバランスいいのかな?」
「どうだろ。錬金術で攻撃手段を作り、ヒグンがフルカニャルリを守ってもし負傷しても私が治す。錬金術で作った武器なんかを私のスキルで呼び出した下級霊の雑兵に持たせて突撃させてもいいし、組み合わせとしては悪くないんじゃね」
「人海戦術的な戦いがメインになるめね〜」
「なんか、お前がそういう言葉を平気で使ってると違和感すごいな。格好といい普段の性格といいノイズがすごいわ……」
「どういう意味めか!!」
頬を膨らませぷりぷりと怒るフルカニャルリをまあまあと宥め、錬金術師の欄に丸をつけた適職表を持っていくフルカニャルリの背中を見送る。
くすぐりの余韻から復活したヒグンがよろよろと席に戻ってくる。戻ってくるなり、いきなりオレの両頬を手でぶにゅっと掴んできた。殺されたいのだろうか?
「ひゃにをひゅる(なにをする)」
「死ぬかと思ったぞ……!」
「死んだら蘇生してやるよ」
「シャレにならんわ!」
と、短いやり取りを終えるとヒグンに一旦席を離れ、受付待ちのフルカニャルリの方まで行き二階で待っていると伝えた。
冒険者登録の手続きは時間はかかるからな。フルカニャルリは一人で出来ると言っていたが待たされる側は結構暇なのである。だからこの時間を使って次の依頼を探そうという感じだ。
二階スペースに移動し依頼が張り出されている掲示板を二人で眺める。うーむ、やはり剣士や魔法使い、弓術士に僧侶といった人員が必至の依頼ばかりだ。
「なあ、マルエル。これ見てよ」
「んー? ……高い。見えない」
「マジか。椅子持ってくるから待ってて」
「いや。私の脇に手ぇ突っ込んで持ち上げてくれ」
「!!?!? そんな脇出し乳もちょい出しの服でか!? それはちょっとエロ過ぎるよ!!」
「……」
「ごめんなさい、睨まないで」
ヒグンに体を持ち上げてもらい、掲示板の最も上段にあった依頼書を見る。ふむふむ。
「ふむ。正体不明の竜の幼体の討伐? へぇー。募集職業と人数に制限は無しって大胆な依頼だな。報酬金……100万ドラク!?」
「あぁ。凄くないかこれ」
「凄いけど、内容は……」
「ここから東南に位置する火山付近の森で一体の竜の幼体が発見されたみたいだね。今は冬季に差し掛かってるから動きは緩慢で、じきに冬眠するって予想されてるらしいんだけど、暖かくなってきたらこの中央都に向かって動き出す可能性があるんだって」
「へぇー。なんでだろ、中央都になんかあんのか? ドラゴンの赤ちゃんが求めるようなものが?」
「目的地がここって訳じゃなく通り道に中央都があるんでしょ。ただ、これを見逃すとなると大規模な災害になるわけだろ? だから、ギルドメンバーほぼ全員が受けられて報酬金も高く設定されているらしい」
「ふむぅ。危険な気もするが、最高ランクの冒険者も受注してるってんなら行って損は無いな。報酬金もそうだが、冒険者の本来の戦い方ってのを間近で見られるのはいい機会だ」
「そうなんだよ! ただ、今はまだ活動期だから、依頼の開始は冬眠し始める来月からになるんだけどね」
「来月か……」
「どう? 受けてみない? これ!」
そう言われてヒグンのいつもと違う様子に気付く。普段なら魔獣に怖がって、遠目に確認したらすぐにその依頼を降りようとするのに今回に関してはやけに強気だ。
「……あ、最高位冒険者は必ず出動する事が義務付けられているって書かれてる。このギルドのトップが狩ったドラゴンの首を我が物顔で持ち帰って、報酬金をふんだくろうって算段か?」
「そこまでクズじゃないわ!! 純粋に冒険者の上澄みがどんななのか見てみたいんだよ! 言っただろ、僕は元々憧れて冒険者になったんだって!」
オレを誘う時に出した一発目の話か? あれって同情を誘おうとした建前じゃなかったのか。
ヒグンは一切茶化す気のない、真摯な瞳でこちらを見つめながら言う。
「今はまだ、魔獣なんて勝てるわけが無いし戦おうとも思えないけど。でもいつかきっと、どんな強大な魔獣をも倒せる冒険者になりたい、そう思ってるのは本心だよ。……じゃなきゃ、いつまで経っても僕の家族は安心する事が出来ないからね」
家族。カレル・チャピという故郷の事を思い起こしているらしい。そうか、魔獣という存在がいるこの世界で、森や山々に囲まれた集落というのは常に魔獣の恐怖と隣り合わせな筈だもんな。
ヒグンが冒険者を目指した目的の本質に触れたような気がした。ハーレムがどうたら言っている事以外に、彼なりに必死になるに値する事情はあるって事か。
「お前がマトモな事言ってるとなんか気持ち悪いな」
「なんでだよ!?」
「普段の行いだよ。でも、なんにせよお前の方針なら私は反対しないよ」
「えっ?」
「お前が受けたいと思った依頼ならなんでも受けるし文句を言わない。私はお前の勧誘に乗って、命預けたつもりで着いてきたんだぜ? お前の決めた事は私の決めた事、お前が生きている限り私はお前に付き従うよ」
「マ、マルエル……!!」
柄にもなくふざける雰囲気じゃない感じをヒグンが醸し出してきたから彼に合わせてこっちも茶化し無しの言葉を伝えてみると、ヒグンはポカーンとした間の抜けた顔でオレの顔を見てきた。
……? なんだ、ヒグンのやつ、オレと目が合うなり口元を手で隠し目を逸らしてきたぞ。どういう感情なんだそれは。
「……ヒグン?」
「やばい、今君にときめいたのかもしれない……」
「は?」
「こんな感情は初めてだ……。よし。マルエル!」
ヒグンはオレに対して跪き、勝手に手を取ってきた。鳥肌がしっかりと立った。
「こういうの初めてだから、普通の誘い方が分からんが……今日! 共に寝よう!! 子作り的な意っ」
膝蹴りしといた。ヒグンは天を仰ぎ見るように倒れ、気絶した。
「おまたせ〜! あれっ、なんでヒグンは鼻血を流しながら笑顔で気絶してるの?」
「本当にダメな奴なんだなって、こいつは」
「?」
クエスチョンマークを浮かべるフルカニャルリの頭を撫で、身体強化を自身にかけて気を失っているヒグンを担ぐ。今日はもう依頼出来る状態でもないし、最近ずっと働きっぱなしだったしたまの休日と洒落こもう。
脱力しきったヒグンを運び、オレとフルカニャルリは共に宿に帰った。
道中何度か明らかに体目的の男が話しかけてきたが、全員フルカニャルリが糸でぐるぐる巻きにしてくれた。この子は見た目に反して逞しい子らしい。
一時の気の迷いを頻繁に、意図的に起こしてくるヒグンは、果たして安らかな死を迎える事が出来るだろうか。そんな事に思いを馳せた。




