12頁目「よし。ちゃんとしたページ数に戻った」
暖かい。どうやらまたまたマルエルが僕の眠るベッドに潜り込んできたらしい。自分用の寝床があるのに、何故こちらに潜り込んでくるのだろう?
でも眠っている女の子に密着されるというのは凄く、凄くいい。勿論相手の同意なしに手を出すような事はしないが、密着しているのなら多少変な所に手が触れたりしても、仕方ないよねぇ〜???
まず手始めに翼近くの背中のラインから……? あれ、そういえば、マルエルと添い寝してくる時に必ず僕の身に触れる羽毛の存在が感じられない。冬の寒気を完全に遮断してくれるあの温もりとは違う、子供の高い体温くらいしか感じられない。
……子供の高い体温? 確かにマルエルは小柄だが、僕と年の差は3つか4つぐらいしか変わらない見た目だ。でも今感じる温もりはもっと幼い子供特有のもの……?
「……んっ? ……ひょっ!?!?」
あれ、あれれ!? なんか知らない女の子がいる! マルエルとはまた違った女の子が僕の身体にしがみつくようにして添い寝してるーっ!?
瞳の色は目を閉じているから分からないが、髪の色はマルエルの物より更に透明度の高い銀髪が緑がかっているような不思議な色、身長もマルエルより低そうだ。手足も短くてちょこんとしている幼い少女……。
誰だ? 本当に誰だ!? 全く身に覚えがない。
昨日は少し酒飲んで寝たが、知らない女の子を連れ帰ってしまう程泥酔はしてなかったはずだぞ!? というか幼すぎる……泥酔していたと仮定して、よりによってこんな子を連れ帰るなんて有り得ない!!
「おかしい、おかしい……。き、君。おーい」
声を掛けるが起きない。小さな口からは寝息が漏れるだけ。なんなんだっ、なんでまた丁度悪く朝立ちしてんだ空気を読めマイリトルボーイ!!!
待て、ここは冷静になろう。クールさを欠いては駄目だ。昨日あった出来事を思い出し、順に辿って行ってこの子の正体を突き止めるのだ!
確か昨日は珍しく僕達でも受けられる魔獣退治の依頼があって、嫌々その依頼を受けその報酬金でパーッと飲み屋に金を使ったな。フルカニャルリは虫の体だから危険な依頼には連れて行けない分、望まれるものをそのまま買ってやった気がする。
……そういえば、あまり覚えてないのだがフルカニャルリとマルエルが何か話し込んでいた気がするな。マルエルは酷く嫌そうな顔、というか話しながら吐き気を催していたような。あれはなんだったのだろう……。
「……ふぁ、あ、んっ。……ぁ、ひぐん」
「へっ!? あ、お、おはようございます」
「おはよお……むにゃ……んんっ」
「!? な、待て待て、何故余計にくっつく!?」
「? なにめうか?」
「君は誰なんだ!? どこの誰なんだい!? 何故僕のベッドで寝ている!?」
「……? ……頭おかしくなり?」
「なってない! 至極真っ当な疑問を今君に、僕が投げかけているんだっ! 君は一体っ」「フルカニャルリ」
「……へっ?」
「ぼく、フルカニャルリ。……もういいめか? まだねみゅい」
フルカニャルリ。そう呟いた少女は再び目を閉じた。
「ま、待て。待て待て、フルカニャルリって、芋虫の……?」
「……」
「寝るなー! 答えてくれっ、フルカニャルリって、君それどういう」
「……るっせぇな。んだよ朝っぱらから」
僕の声を聴きそれまで寝息を立てていたマルエルが起き上がる。彼女はテーブルを挟んだ向こう側のソファに眠っていた。フワフワ故に寝癖で爆発した髪型のまま上体を上げ、目を擦りながらソファに腰掛けている。
「マ、マルエル。僕の方をよく見てくれ、あら不思議な出来事が起きていないか? 異常に気付かないか!?」
「………………?」
「首を傾げるな! どう見てもおかしい箇所があるだろう!」
「……やっと童貞捨てれたん?」
「こら!! 冗談でもシャレにならないぞ!!! こっ、この見た目の子は駄目だろう流石に!!!」
「はいはい、分かってるよ。その子が誰か分からなくて混乱してんだろ」
「フルカニャルリって言ってたが!? 違うよな、人間の幼体って芋虫じゃなかったよな確か!?」
「……顔洗ってくるわ」
「マルエルー!!」
「うるさい。歯磨いたらちゃんと説明するよ。寝てる子いんだから騒ぐな」
「あ、はい……」
「ちなみによ。平然としてっけど、その子がどんな格好してんのかにもう少し気を配った方がいいぜ。それじゃ風邪ひく」
「え? …………ひゅっ」
ぜ、全裸だああああぁぁっ!!!!!!?!?!?
僕の肉体にしがみついている少女は何も衣服を身に付けていなかった。き、気付かなかった、混乱が勝って意識の外にいた。なんて事だ、裸の少女に抱きしめられている!?
「た、助けてくれマルエル!!!」
「やっぱ気付いてなかったか。そうそう、その態度のせいで童貞捨てたのかと勘違いしたんだよ」
「分かったらから何か服を持ってきてあげてくれーっ!」
「わかってるわかってるわかってるー」
マルエルはもう少し僕にデレてくれてもいいのだが!? なんでここまで冷めてるのかなぁ!?
*
「ちゃんと説明してくれ。どういう事なんだ!」
顔を洗い、歯を磨き、朝シャンし、ついでに喚き立てるヒグンを無視して朝食に目玉焼きと塩かけウィンナーをトーストで挟んだものを作り食す。うむ、素材の味。トマト欲しいな。
フルカニャルリはグー握りでフォークを二つ持ってバラバラになったトーストサンドを食べている。こりゃ躾が必要ですな。
「うま、うま! トーストサンド? うみゃだねーマルエル!!」
「そう? よかった。芋虫だった奴が卵やパンを食って美味と言うとは思わんかったが、たんとお食べよ」
「うんっ!!! ガツムシャ!!」
「のどかな会話をせずに質問に答えてくれ! 何がどうなって、フルカニャルリが人間になっちゃってるんだ!!」
まだ朝だと言うのにヒグンは大きな声を出して説明を求める。朝強いんだなあ、流石山育ちだ。朝飯くらい黙って食え。
「じゃあ事の経緯から説明するが。まあシンプルに、やっぱり私は虫と共生するのは無理だしフルカニャルリも人間の身体というのになってみたい。って事で、二人の目的が一致したからこうなったって流れなんだが」
「それで……?」
「うん? うん。で、こうなった」
フルカニャルリの頭を撫でる。良かった、ちゃんと髪の毛サラサラだ。使い古したリカちゃん人形みたいな髪質だったらと心配したが、キューティクルしっかりしてるね。
オレの説明を聞いたヒグンはガックリと項垂れていた。なんだ? 今の説明じゃ不満なのかしら。
「いやいや! 動機の方は分かったが、じゃあどうなって人間の肉体になったんだよ!? 整形なんてレベルじゃないぞ!?」
「おかわりいる?」
「ほしい! 沢山!」
「ずんぐりむっくりにしてあげるよー」
「無視、を、するなーっ!!」
「サスペンス映画で周りに話聞いてもらえなくてパニくるタイプの秀才チビキャラみたいなセリフ言うじゃん。はぁ……じゃあ、見てて」
「サスペ……なに? よく分からんが……」
フルカニャルリに一応「目を瞑って耳塞いで」とお願いし言う事を聞かせると、オレはリンゴを切る為に置いていたペティナイフで自分の腕の皮膚を剥がし剥いた。
「な、何やってんだ? 痛くないのか?」
「……痛い」
「泣いてるじゃないか!? 何やってんだよバカ!」
「実際にやって教えた方が早いんだよ。いいから座っててよ」
動揺するヒグンを無視し回復魔法で腕の傷の方だけ塞ぎ、指で摘んだ切除された皮膚の方をさらに乗せる。ベーコンみたいだ、人肉グロベーコン。
「以前私は元々は男で、回復魔法を駆使して今の肉体に再設計したって言ったよね」
「言ってたね。……それと同じ工程を、フルカニャルリに?」
「いや。現実的な話をすると、肉体を別の形に弄るのってその相手の身体構造を隅から隅まで把握する必要あんだよ。無理よな。だから基本自分自身しか弄れないよ」
「その理屈だと自分の身体も無理だろ」
「私の場合この世界に来た時点で女になりてぇって欲あったからさ。自分の肉体なんて何回もバラしたし熟知してるよ、回復魔法フルコンしたのもその欲望が根底にあったからだし」
「へぇー……」
あれ? 何故か引かれてる。誰だって一度くらい思うだろ、女になりたいって。軽いノリだろ、変に捉えるなよ。
「でも、自分に出来たって事はやっぱりある程度人体構造を理解してるってことだろ? 自分を改造出来るなら他人もってやはり思ってしまうが」
「回復魔法使いながら身体の形で粘土遊びすんのってクソ時間かかるんだぞ。細胞分裂で変化する幅まで理解する必要があるから一朝一夕の認識じゃ絶対に弄れない。他人の身体を改造するんなら準備に年単位の時間がかかるわ」
「そ、そうなのか。じゃあどうやって?」
「そこでこれよ。スキル、死体加工」
切り離されたオレの皮膚に死体加工スキルを使う。皮膚は小さな人の指を模した形になる。爪などは材料が無いため、作るのは指の形をしたただの人の肉だ。
「私の死霊術師のスキルは生体反応から切り離された生物のパーツを自在に加工出来る。イメージさえ出来れば自由自在なわけよ。まあ効果の範囲制限はあるけどね」
「死体にしか適用されないだろ……?」
「あぁ。ちなみにだが、少し気持ち悪い話をするぞ? いいか?」
「い、嫌な予感がするが聞こう……」
固唾を飲むヒグン。まあ流石に人間の死体を変形させてフルカニャルリと融合したとかそういう話では無いから、案外肩透かしかもしれないが一応な。
「まず昨日、ヒグンに買わせてた物あったろ」
「フルカニャルリに頼まれた物を買ってたな」
「あれな、人間を構成する物質なんだよね」
「えっ」
「ホムンクルスってやつ。素体人間の魔力電池がこの世にはあるんだよ」
フルカニャルリを連れ帰った後に調べて知った事だが、割とこの世界では人造人間はポピュラーな存在だった。高位の錬金術師であれば生物の形をしたガワはスキルで作成可能とのこと。
「ま、命を宿らせるってのはまだ成功者が二人だかしか居ないらしいから完全に独立したホムンクルスを作る事は出来ないらしいけど」
「じゃあなんだ、フルカニャルリの肉体は錬金術によって作られた、そのホムンクルスってやつってことか?」
「いや。それも考えたんだけど、ホムンクルス作るの依頼するのに大豪邸一つ建てれるくらいの金かかるからやめた」
「高いな!?」
予想はしていたけどね。魂が宿ってはいないとはいえ、表面も内側も完全な生命として稼働している人間なんだ。生きてる以上は魔力やエネルギーを生み出す半永久機関みたいなもんだし、その他にも使い道は多岐にわたる。値段をどれだけ吊り上げても買い手は尽きないだろう。
「ま、買うのも依頼すんのも無理って話なら自分で作りゃいいということでね」
「マルエルが錬金術を……? 習ってたのか?」
「まさかまさか。錬金術なんて出来ないよ。そうじゃなくて、死んだ肉に換算される物ならなんでも加工出来るんやって。私」
「? どういう意味だ」
「ここからが気持ち悪い部分なんだが」
皿の上のグロ肉を指でつまみ、手の中で再び形を変えさせる。人の肉で出来た自立する置物だ。球根のような形になったそれを皿の上に戻す。
「一旦人の肉体の一部だったものは千切れた後は"死んだ生体細胞"という扱いになる。つまり、ヒグンに買わせた人間一人分の構成物質を一度私の肉と同化させ、同化した質量分私の肉を削いでしまえば人間一人作れる肉の塊が取れるわけよ」
「ごめん。トイレ行ってきてもいいか?」
「おっけー」
トイレから聞こえる嘔吐音。この世界の文明レベル的に、音は筒抜けだからね。ビシャビシャ出てるわ、よかったーフルカニャルリに耳栓させといて。
「ただいま……」
「出来上がった人間一人分の肉を私の死体加工のスキルで今のこの子の形に整えるやろ? したらまず、30立法センチメートルのバラバラ死体が出来上がるわけだ」
「お゛ぅえっ!」
あ、またトイレ行った。フルカニャルリが不思議そうに首を傾げるが、一応まだ開けちゃダメと教えておく。
「た、ただいま……」
「で、後は傷の断面に向けて回復魔法を掛けて接ぎ合わせて、最後に魂をどう移そうか考えて。考え抜いた結果、脳とフルカニャルリの思考器官を移植を行いました」
「ヴォエッ!! ウゥゥゥオ゛ェッ! ケッ!」
「でよ、肉体が移った瞬間フルカニャルリのやつ、自分の元の肉体食い始めてな? 妖精の性質で、食われた相手に能力を全て継承させて相手を妖精化させて同化するってのがあるらしいんだよ。まあつまり、ブロック肉を人間に復元した時点で食わせときゃ解決してたわけだな」
「く、食った!?」
「おん。共食いならぬ自分食いだな」
音も無く三度目のトイレダッシュ。大丈夫かなぁ、お腹の中空っぽになっちゃうよ。大変だなあ。
「もういいめか?」
「お。うん、おーけーおーけー」
フルカニャルリに大丈夫だと合図し目を開けさせる。同時にヒグンが嘔吐イレから戻ってきた。
「聞いて損した、酷く後悔したぞ……」
「まあまあ。でも納得出来たろ、こいつはちゃんとフルカニャルリ。だからこんなヘンテコな髪色と瞳色してんだよ」
フルカニャルリが不思議そうな顔で、宝石のような琥珀色の目をヒグンに向ける。
これも聞いた話だが、妖精の眼球は特別な価値があるらしく高価で取り引きされるらしい。納得の美しさだ、すれ違い眼球泥棒に気をつけないとな。
「にしても、何故そんな幼い女の子の姿にしたんだよ……?」
「知らねーよ。私だってこいつの事男だと思ってたから最初は普通に男の形に作ったんだけど、こいつが自分食いを完了した瞬間に全身ボキボキ言わして、気付いたらこの形になったんだよ」
「ぼくは妖精故な。妖精の同化を行うと、その同化先の種族に合わせて、自分の魂の形に肉体を変貌させてしまうめよ。今より前の体の時にぼくを食べた芋虫も、普通の小さな芋虫だっため」
「との事らしい。つまりこいつは実は幼女だったって事だな」
「メスだったのか、虫の見た目じゃわからないよ……」
「ちなみに芋虫だった頃使ってた魔法と、何故か糸吐き能力も使えるらしいぜ。なあ?」
「うむ! とくと見よ!!!」
「どわっ!」
フルカニャルリは唾を吐くような感じで口から糸を生成し射出する。糸はヒグンの顔に命中、粘性の強い糸を貼り付けたヒグンが椅子から崩れ落ちた。
「ふふふ、この能力かなり気に入った故、再現!」
「そんな事も出来んのか。便利だな〜妖精」
「もっとぼくを褒めるがいい!」
「よしよし」
自慢げにふんすっと鼻を鳴らすフルカニャルリの頭を撫でてやる。愛いやつめ。
床に倒れていたヒグンが顔に付いた糸を指で頑張って取ろうとして、断念して洗面台で洗い落としてきてから椅子に座り直した。
「にわかには信じられないけど、本当にフルカニャルリなんだね……」
「うんっ! あ、あとねあとね! 見て! ぼくのチャームポイント、ちゃんとこの身体でも再現してもらった!」
「チャームポイント?」
「この餅尻を見よ!」
フルカニャルリが尻をヒグンに向けフリフリと揺らす。彼女は今、人間の少女の姿をしている。
そして、フルカニャルリは丈の短いワンピースを着ており、下着は着けていない。
「ぶほぉふっ!?」
「幼女相手でも鼻血出るのか。キモいなー」
「そういう問題じゃないだろ!? やめなさいフルカニャルリ! はしたないぞ!!」
「えー。ぼくの自慢の餅尻、前みたいに撫でて〜?」
「ぼほふっ!? ぐほぁっ!?」
「待てフルカニャ。それ以上やるとまじで血が抜けて死んでしまう、ステイ!」
身体に尻を押し付けグリグリしてくる幼女に絶えず鼻血を吹き出し続けるヒグンの顔が青くなってきた辺りで止めに入る。フルカニャルリはよくわからないといった顔をしている。天然かぁ、ちゃんと見張ってないとヒグン殺されるなそのうち。
*
「話は分かった。なるほど、魔法や錬金術の世界に全く疎い僕じゃ何も理解できないということが理解出来たよ」
「そりゃよかった。話した甲斐があるぜ」
「学びだね! 無知を自覚できて偉い!」
「どんどん賢くなるなヒグンは。基本水準がマイナスなの、学べる事が多そうで羨ましいよ」
「羨ましい! 無知の知!」
「うん。マルエル、フルカニャルリに人の煽り方を教えるのやめようか」
三人で食事を終え、外に出る支度を整える。昨日の今日でフルカニャルリは人間体になったばかりだから、衣類とか日用品が足りていないのだ。買い足さなければならない。
「そういえば、虫って痛みとか感じないと思っていたんだがフルカニャルリは痛みを感じていたよな」
「いきなり何の話だ?」
「純粋な疑問だよ。痛覚とか暑さや寒さを感じる器官はないんじゃなかったっけ、虫って」
「ぼくは普通に感じてためよ」
「感じる度合いは確かに虫の方が小さいのかもな。こいつ、肉体にでかい風穴を開けた直後から動き回ってたし」
「そうなのか!? だ、大丈夫だったのか……?」
「人は腕が取れたりしたら動けなくなるくらい痛いって聞くめが、それが本当なら痛みに弱くと思うめね。虫はそんなの日常茶飯……ぼくは妖精であり!」
「あはは。……そういえば、フルカニャルリの使う魔法って不思議なものしかないよな。葉っぱに変身したり、武器をお菓子に変えたり」
「へー? そんな魔法が使えるのか」
「うん! ヒグンには見せてなかっためね、じゃあ見せる! 三妖精の悪戯、蛙の冠!」
通りの外れに入り、フルカニャルリがそう唱えると途端に彼女はポンッという音と共に煙を立てて姿を消し、煙が晴れるとフルカニャルリがいた場所には何も書かれていない看板が現れた。
「おー……お? この看板がフルカニャルリって認識で合ってるのか?」
『合ってるめよ!』
「おー看板が喋った。そこは文字で表わせよ」
看板はオレのツッコミを受け確かに! と腕を生やし右上の角に拳をコツンと当てた。コミカルすぎるだろ、なんか世界観違うわ。
「すごいな、本物そっくりだ。ていうか服ごと変身してるのか……?」
「原理が分からんな」
『それはぼくにも分からない。妖精の魔法はそういうもの、意味不明な力。武器をお菓子に変えたのも意味分からないでしょ?』
「それもそうだな」
『ね!』
「出来ると思った事が出来る魔法、みたいな物だとしたら末恐ろしいけどな。どんなものにも変身できるの?」
ヒグンの質問に看板はうーんを腕を組み考えている。なんだ、腕を組む看板って。現代アートだろ。
『無生物なら一応どんな物にも変身できるめが、小さすぎるものや大きすぎるものにはなれず』
そう答えると、再びポンッという効果音が鳴り看板が煙を纏い、煙の中からは元の人間の姿のフルカニャルリが現れた。
「武器を無害なものに変える魔法は街で使っても効果がないので、いつか見せるめ。えへへ、どう? すごいでしょーヒグン!」
「ああすごいな。物に化けるか……ふふっ、かなり便利な能力だな!」
「悪巧み顔だ。ろくでもないことを企んでるぞフルカニャ、気を付けろ」
「ヒグンがする悪巧みならぼく協力するぞ!」
「! お、おぉ〜! なんて忠実なんだ、これだよ! こ〜いうのだよハーレムって!!」
「はーれむ?」
人の多い通りに戻り歩いているというのに人目を憚らず大袈裟に感動するヒグン。変な人を見るような目線が集まってるぞ〜。周囲からしてみれば幼女とバニーガールを連れた変な男、捕まらないか心配だ。
というか、フルカニャルリはハーレムって言葉の意味を知らないのか。
森に来るような奴は口にしない言葉か。てか普通口にしないよな、そんな間抜けな単語。
「マルエル。ハーレムの言葉を意味をフルカニャルリに教えてやってくれ」
「は? なんで私が」
「ハーレムメンバーである君の仕事だ。ぼくはご主人様だからね、手ずから説明するのは違うだろ?」
「おっけー。あれだ、ハーレムってのは真っ当な恋をしないまま拗らせに拗らせ」「もう大丈夫! ごめんねマルエル僕が悪かった、僕の口から説明させてもらうよ」
手で口を押えられた。人の顔に軽々しく触れやがって、怒るぞ。
「まあ簡単に言うなら僕の楽しい仲間達さ! ハーレムとは言わば、互いを尊重し高め合う同好の士。死が分かつまで破れない絆で結ばれた兄妹のようなものさ!」
「えー! そういうのいいな、憧れる!! ぼくも仲間に入れてー!」
「当然さフルカニャルリ。君も僕のハーレム、着せる服装はサキュバス的なのがいいな」
「おい。サキュバス的なのってなんだ、ヤバい事言ってないかお前」
「ヒグンの頼みならなんでも着るよー!」
まじかぁ、乗り気かあ。フルカニャルリのヒグンへの全肯定とヒグンの幼女相手でもエロい格好させようって犯罪者精神。どっちも無敵だな、こいつらプリキュアか?
げ。こんな話をしている最中にエロランジェリーショップが見えやがった。やばいな、流石に本当に冒険者仲間が捕まるのは御免だ。どうにかして話題を逸らしてランジェリーショップから意識を逸らさないとな。
「そ、そういえばさ。フルカニャルリって他にも魔法使えんの? ほら、変身する魔法と武器をお菓子にする魔法以外にさ」
「あるめよ! 見たいー?」
「見たい見たい! 能力を把握しておけば今後役立てられるかもしれないし、な? ヒグン!」
「あ、あぁ。なんだい急に、近いよ……」
「よーし! 二人とも見たいってならぼくの三つ目の魔法を見せてあげめす! 行くめよー! 三妖精の悪戯、脱げ!」
フルカニャルリはオレに向けてそう叫ぶ。……? 何も起きない? オレの体に異変はない、痛みも痒さも。なにかされたという実感が皆無だ。
「……えーと、まさか失ぱ」
口を動かし、歩みを再開した刹那だった。空間に取り残されたかのように、はらりらとオレの着ていた服が地面に落ちる。オレの肉体をすり抜けて。
「………………へっ?」
服が全てオレの体をすり抜けていったので、当然オレは全裸になる。ここは公の場である。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?」
「と、このように。ぼくが狙った相手の装備しているものを全部脱がせることが出来めす。これは一旦脱がせるだけなので距離に特に指定はなく。すごいめか!」
「す、すごい! すごいすごいっ、こりゃ天才的な魔法だよフルカニャルリ!!!」
「やったー!」
「なんでそんなのを公衆の面前で使うんだよあほおおおぉぉっ!!!」
オレのもの以外の悲鳴も聴こえてるというのに脳天気な奴ら。これ、オレが悪いのかな。絶対違うよね。なのになんでオレが変態みたい目で婦女の方々に睨まれているのだろう。
あ、駄目だ。涙出てきた。愚図りながら服を着直すオレ、なんて無様なのだろう。……バニースーツ着替えにくいし。
裏路地に入る。ヒグンとフルカニャルリはオレの企ても虚しく、楽しげな会話を交わしながらランジェリーショップへ向かった。変態ロリコンハーレムへの道が、また1歩近づいてしまったようだ。




