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9ページ目「日記書けんかも。誰にバトンタッチしよう?」

「へっへっへ。大漁大漁」

「儲けですね〜頭領!」

「おう! こんだけありゃあ、俺ら全員死ぬまで遊んで暮らせるぜ」



 旧アラクネの巣穴から財宝を持ち出した窃盗団は現在、北西の港町に繋がる山道を二つの場所を駆使し移動していた。


 ヒグンは部下達の乗る方に載せられている。オレは盗賊団の男に化けたまま先頭車両、頭領と幹部らしき集団が乗る馬車に一緒に搭乗している。


 移動ルートを確認した後、フルカニャルリには先回りして貰いこの山道の先の崖下に糸を蜘蛛の巣状に張って貰っている。


 オレは既に両車両共に対魔獣用の爆弾を御者の座る板の下に仕込んでいる。まずこの車両の爆弾に火を付け、その後脱出し後部車両に乗り移って爆弾に点火。ヒグンを奪還して爆破し、馬車を纏めて崖に落としてやろうという算段である。


 糸を張らせたのは盗賊達の身を案じての事では無い。万が一奪還が失敗した時のフォローの為にと、ヒグンの生活費に充てる分の宝を少しでも確保しようという目的の為だ。



「所でよぉ。おめぇ……」

「っ!?」



 突然、頭領の男が離れた位置に座っているオレに声を掛けてきた。



「おい、こっち来いよ」

「……へい。なんでしょうか」

「いや? ちょっとなあ?」



 ニヤニヤと嫌らしい目つきで笑う頭領の男。変装がバレたか!? 顔は見えないようにフードを被っていたのだが……!!



「……お前、女だろ?」

「!」



 や、やばいやばいやばい、バレてるじゃねえか! 声でバレないように黙っていたのになぜっ!!



「何故分かったか、そんな反応だなぁ。嬢ちゃんよ」

「くっ!」

「俺ァ昔、冒険者をやっててよ。冒険者の盗賊、だから鼻が人より優れるスキルを持ってんだ。へへ、臭うぜ。生理の匂いがプンプンとよぉ」



 きっ!? キモすぎるなあこいつと言いヒグンと言い!! そんなに臭いかオレ!? こんな時代だと匂い消しなんか香水ぐらいしか無いんだよっ!!! お前らだってホームレス臭プンプンで臭いっつーのっ!!!!



「ほらよ」

「えっ」



 頭領の男は自分の巾着袋から何か取り出すと、それをオレに投げて寄こした。なんだこれ? 丸薬?



「腹痛や生理痛に効く薬だ。ったく、いつの間に女なんて拾ったんだか。お前の事よくは覚えてねぇが、生理痛で愚図られても困るからよ、それ飲んどけ」

「あ、ありがとうございます」

「ぎゃはははっ! 元々奴隷にしようとした女かなんかで気に入ったから仲間に引き入れた奴でしょーよ。忘れたんすかあ?」

「そんな奴何人もいるだろうが、一々覚えてねぇーよ」

「うわっ、酷い言葉〜。嬢ちゃん、人肌恋しくなったら俺が相手してやるよ〜? 壊れるギリギリまで気持ちいい思いさせてやるよ〜」

「あ、あはは」



 なんだ、気を使ってくれただけだったらしい。盗賊と言えども頭領、長だな。よく部下事を考えてらっしゃる。


 再び頭領から一番遠い位置、御者の座る壁一枚隔てた所に腰を下ろす。



「……オイ、鳥」

「っ」



 窓の近くに陣取っていたら、窓の外から小さな声がした。フルカニャルリだ。その声がしたと同時に窓から一枚の葉が入ってくる。


 ……。一応、葉を髪に引っ掛けて耳の近くにセットする。



(ヨクボクダッテ分カッタナ)

(変身魔法がどうたら言ってたしな。で、どうした)

(指示通リ糸ヲ張ッテキタ。準備完了ダ、イツデモ人間ヲ連レ出セルゾ)

(了解だ。まだちょっと早いが、崖は目前だし行動に移るか)

「お前はどう思うよ、女」

「ひゃいっ!?」



 大声がオレに向けて投げ掛けられた。頭領の男からだ、どうやら他の盗賊らと雑談していて、オレが心ここに在らずな事に気付いたらしい。



「ご、ごめんなさい。お腹痛くて、話あまり聞けてませんでした」

「丸薬は飲んだのか?」

「は、はい! 飲みました」

「どんな味だった?」

「え? 普通の丸薬の味でしたけど……」

「ほう?」



 丸薬の味? そんなもんどれも最終的に原材料を粉状に砕いて団子にしてんだから似たようなものだろ。事細やかに味のレビューでもした方がいいのか?



「具体的に言うと、馬小屋の干し草と泥みたいな風味に、薬味のような味が効いてて苦いのか不味いのか分からない味、ですかね」

「……本当に飲んだんだな?」

「は、はい。親切を無碍にするのは良くないので……」

「そうかそうか。お前、良い奴なんだな」

「は、はあ」



 なんなんだよ、てっきりまた何か疑いをかけられてるのかと思ってびっくりしたわ。


 男は財宝の一つである王冠を被りながら言葉を続ける。



「良い奴と言えば、だ。お前ら、嘘吐きってのはどう思う?」

「どう思うとは?」

「俺ァよ、盗みや殺しで金を稼いではいるがだからといって人を騙したりするのは好まねえというかよ。ビジネスでもそうだろ? 平然と嘘を吐くような奴は本音を包み隠しやがるから、信用出来る訳もなくビジネス上で手を組む訳にも行かねえ。そりゃそうだよ、嘘吐きってのは社会にいちゃ行けねえ存在なんだ」

「はあ」

「俺らみたいなのが居るのもそれは社会の歯車として機能してんだよ? 財産を独占するような輩から物を盗み貧困層にそれを分け与え格差を少なくする。所有者のいない宝を掘り起こし今生きる奴らの手に渡らせ価値を生み出す。それらは犯罪行為とはいえ、価値の失われたものに息を吹き込む必要悪的な存在だと自負してる訳よ」



 なんだなんだ、講釈始まったぞ? 周りの取り巻きもわ〜ってガヤ入れてるし。なんの時間なんだこれ。



「だが嘘ってのはいつだって自分だけ助かろうというその場しのぎに使われる物なわけだろ? 無いんだよ、嘘ってのは嘘を吐いている本人以外に何の得も利益も生まない、それどころか嘘を吐く事で信用は失脚して人の繋がりに綻びが生まれる、百害あって一利なしの無駄な悪行なんだと俺ァ思うわけよ!! そう思わないか? なあ、そう思わないかお前達ィ!!」

「思うっす! 頭領の言う通りっす!!」

「嘘は良くない!!」

「隠し事も良くない!!」

「よ、よくなーい! 正直者こそ得する社会ばんざーい!」



 なんか歳食ったおっさんの飲み会みたいなテンションになってきたからテキトーにノリを合わせておいた。最後に発言したのはオレです、両手もちゃんと上げたぞ。



「スキル。疾風諒狗(ウィンドワインド)

「っ! うあっ!?」



 突然、頭領の男がナイフを抜き冒険者『盗賊』のスキルと思しきものを使った。彼は風を纏い、一瞬で荷台の端から端まで距離を詰めオレの胸を一突きにしようとする。


 咄嗟の判断で片足を上げて防御するが、膝の下にナイフが刺さる。心臓を刺されなかっただけ良しとしよう。



「くっ、な、なにを……」

「俺が、この俺が、部下の顔も名前も覚えてないとでも思ったのか?」

「……っ」

「その服はニコラが着ていた奴だな。それに、お前と入れ違いで部下が8人程居なくなっている。どこへやった」

「…………バレっ」



 こちらが言い切る前に、顔のあった位置にもう一本のナイフを持った突きが繰り出される。紙一重、顔を傾けなければ脳みそまで刃が貫通していた。



「フルカニャ! ヒグン攫ってこい!」

「エッ、ギャアアアアッ!?」



 オレの髪に挟まっていた葉っぱ状態のフルカニャルリを掴むと変身が解け、巨大な芋虫の姿に戻る。窓から腕を出し、芋虫状態のフルカニャルリを後続の車両に向けて投げた。


 フルカニャルリは器用に口から糸を吐き馬車とは逆サイドにある壁に糸を貼り付け直撃を免れると、そのまま身をひねり馬車の天井に糸を引っ掛ける。

 自身の体を使ってぐるりぐるりと遠心力で糸を天井の隅に巻き付けていくと、その糸を四方八方に飛ばして壁や木々に粘着させた。


 バリバリと音が鳴り、馬の勢いによって天井が引き剥がされる。技巧派だな。フルカニャルリはヒグンに糸を張り付けると、高い位置にある岩の出っ張りに糸を引っ掛け、馬車の車輪に巻き付けることでヒグンを引き上げた。



「な、なんだありゃ、虫か?」

「へっ、部下殺しに宝盗みまでするか。重罪人だなあこりゃ!!!」



 頭領の男がナイフを振るう。オレは既にナイフの刺さっている左足を上に上げて男の顎に膝を入れ、彼の腕を掴んで捻りナイフを奪取する。



「ぐあっ!」

「ちっ。ははっ、バレたならしゃーねえや!」



 幹部の男三人がこちらに向かってくる。オレは思い切り背後の壁を身体強化した腕で薙ぐようにして穴を開け、そのまま御者の肩を掴んで引っ張る事で荷台から脱出する。



「なっ、なんだてめっかふっ」



 御者の頭にナイフをぶっ刺し、その死体で空けた穴に蓋をする。



死体加工(エディゲイン)!」



 死霊術師のスキルで掴んでいた肩を変形させ、骨を鉤爪状にして壁に食い込ませる。一箇所しか留めていないが、穴は狭いし十分だろう。


 御者の座っていた板を踏み割って、中に隠していた爆弾にライターで火をつける。点いた! 後はこの馬車から離れるだけっ。



「てめぇ誰だよ!!」

「いっ!?」



 タァンっという音が鳴る。肩を撃ち抜かれた、銃だ。

 馬車とは別に馬で移動している連中だ。彼らが一斉にこちらに銃を向けている、単発式の銃だがこれを避け切るのは至難の業だな……!



「上ヲ見ロォ!!」

「フルカニャルリ!?」



 上空からフルカニャルリが回転しながら降ってくる。少しシュールな絵面だ。だが彼は回転した状態で糸を吐くことでこの馬車の周囲に広がるように粘着性の糸を展開し、オレを取り囲んでいた馬に乗った連中を上手い具合に纏めていた。



「なんだこれっ!? 取れねえぞ!?」

「ネバネバしてやがっ、うわああっ!?」



 盗賊に貼り付けた側とは逆側を馬車の車輪に引っ掛けることで彼らを一挙に同じ箇所に集める。す、すごい、芋虫だからと侮っていたがコイツ……っ!



「鳥! ボクノ糸ヲ伝ッテ脱出シ」「なんなんだよこの虫けら野郎!!」



 後続の馬車の後ろからやってきた盗賊が弾丸を放つ。タァンという発砲音とほぼ同時に、こちらに向けて落下していたフルカニャルリの身体がひしゃげ軌道を大きく変えた。



「っ!? だああぁっ!!」



 崖の外に投げ出されそうにフルカニャルリに向かって飛び込む。と、届かない!



「お、きろ、おきろ芋虫っ!!」



 身体の損壊が激しくて果たして生きているかも分からないが、それでも手を伸ばす。直後、背後の馬車が爆発し爆風がオレの身を後押しした。




 *




「う……ここは……?」



 目が覚めると、僕は洞窟の中ではなく見慣れない山道の上に倒れていた。


 何があった……? 確か、寝ている僕が盗賊に襲われそうになって、それを庇ってくれたフルカニャルリを洞窟から逃がして、そのまま盗賊達にボコボコにされていたはずだが。



「! マルエルとフルカニャルリは!」



 あの二人はどうなったのか。長い間気絶していたようで体を起こすと平衡感覚がブレてよろける。



「こ、これは」



 僕が倒れていた岩陰から出ると、何故かバラバラになった馬車の一部と、停車している馬車があった。先の道は爆発でもあったのかというくらいに抉れており、馬車で先に進めなさそうだ。



「ダメです! 頭領も他の仲間も皆谷底、見えている範囲にいるやつは肉体が四散していて、とても生きているとは……」

「そうか。残念だな。あの暴れていた虫けらと仲間に扮していた女は?」

「見つかりません! 爆風に飛ばされて山肌に削られながら落ちていったのかと」

「なら確実に死んでいるか」



 なんて言ったこいつら、虫と、女? それって、フルカニャルリとマルエルの事なんじゃないか……?



「仕方ない。頭領は死んだ、これからこのチームは副頭領である俺が引き継ごう。異存はないな?」

「「「「へい!」」」」

「よし」



 何があったんだ!? 僕が気絶している間に、二人がこの盗賊団と戦って馬車を爆発させたのか!? どんな作戦だよ、危険にも程があるだろ! それで崖下に落ちたって、そんなのどう考えても生きてるわけっ。



「所で、貴様はここで何をしている?」

「っ! ぐあっ!?」



 岩に身を潜めていたはずなのに、何者かがその岩を槍で穿ち、そのままの勢いで僕の肘に切り傷を付けた。


 重戦士のスキル『肉体硬化』が無ければ貫かれていた。なんで身を隠していたのにバレたんだよ!?



「目撃者は厄介だから後で始末しておくつもりだったが、自分からやって来てくれるとはな」

「は、ははっ。始末だって? 集団でリンチしておいて殺せなかった奴らがよく言うよ」

「そういうスキルを持っているんだろう? 魔力切れまで攻撃すればいいだけの話だ。最も、そんな事せず海の底にでも沈めてやれば一瞬で済みそうだがな」

「人間って意外と浮きやすい事を知らないのか? 上手くいかないと思うけどな、海に沈めるとか」

「全身の穴に溶かした鉄でも流し込めば沈むだろう?」

「……じゃあそのまま焼き殺した方が早いだろ」



 問答をしている間に盗賊団に囲まれる。20人くらい居る。クソッ、絶体絶命じゃないかよ。



「うぐっ!?」



 誰もなんの合図もしていないのにどこからか発砲音がし、左足にかすり傷をつける。防御力は上がっているが、それでもかなりの威力だ。



「ふむ。意表をついても硬化状態に揺らぎは起きないか。大胆な魔力の使い方だな。常に出しっぱなしにしていると一時間も持たないぞ?」

「と言ったふうに、当然のように不意打ちするような卑怯な連中が相手なんで解除なんて出来ませんよ。ったく、正々堂々宣言してから攻撃してくれっての」

「どこの世界にそんな盗賊がいるんだよ」



 副頭領とかいう男が距離を詰め、槍をこちらへ放とうとする。背中の後ろに手を回し隠していた短剣でそれを防ごうとした瞬間、目の前の男は叫んだ。



「マルク、左腕!!」

「くぁっ!?」



 どこからか短剣を持つ左腕を狙撃される。腕の側面の骨に面している部分がガリガリと弾丸に強く擦られ鳥肌が立つ。大きく腕が弾かれたことで防御行動が間に合わず、副頭領の槍が思い切り僕の顔に放たれる。



「ふぅんっ!!」



 男が捻りながら思い切り力を加える。すると、槍の穂先が捻れたことにより硬化している僕の皮膚が巻き込まれ、ブチブチっという音を立てて裂かれ口内に槍が侵入してきた。



「あああ゛っ!?」



 槍を引き抜かれる。穴の空いた頬から血がボタボタとこぼれ落ちた。



「こんな大きな怪我を負ったのは初めてか? この程度で音を上げるとは、冒険者の風上にも置けないな」

「あ、がっ……くぁはっ……」

「何故岩陰に潜んだのかわかったのか、それとも何故短剣を隠し持っていたか分かったのか。そこら辺りだろうな、今考えてる事。いいだろう、教えてやる」

「ぐはあっ!?」



 男は僕の背中を槍で打ち、うつ伏せにさせた状態で顔をグリグリと靴で踏んだ後にしゃがんで言い聞かせるように口を動かす。



「盗賊職を上位ランクまで高めると、心眼というスキルを獲得出来るのだ。それで物を透過する事が出来る。所謂上級冒険者の専用スキルと言うやつだ」

「上級、冒険者……」

「そうだ。俺とこの盗賊団の頭領だった男はかつてギルドで数少ない上位ランクの盗賊職だったのさ。お前のようなペーペーが10年かけてやっとなれるかどうかの上級職だ。踏んできた場数が違うんだよ」

「場数……」

「そうさ、場数だ。しかもお前、『重戦士』だって? そんなマイナーな職業を選ぶ冒険者なんか皆下級ランク止まりで冒険者を辞めていく。地雷職というやつだ。守るしか能のない足でまとい、誰がチームに入れたいと思う? そんなもの、各々が力を高めれば必要ない役割なんだよ」

「……」

「仲間を集められず、依頼でも貢献出来ず。経験を積めないからこんなにもお前は低レベルなままなのだろう? 需要の無さが露見しているじゃないか。それで女一人連れ回して冒険者気取りか? 守る事しか能のないお前が、唯一の仲間すら守れずに死なせるなんて笑い話にもならんな。もうやめた方がいいんじゃないか? 冒け」

「勝手な事言ってんじゃねえぞクソ泥棒野郎がァ!!」



 副頭領の男の言葉を遮るように、苛立たしげな調子の甲高い、ガラガラした声の怒号が走った。



「ごばぁっ!?」



 崖下を覗き込んでいた男の胸にナイフが刺さっている。それを引き抜き血を吐かせているのはマルエルだった。



「てめぇ!」

「死体加工」



 他の盗賊からの銃撃を刺し殺した死体で防いだ後、死霊術師のスキルを使ったであろうマルエルがその死体を盗賊の方に蹴り飛ばす。



「よくも、ゆるさっ」



 死体を受け止めた男が言い切る前に、死体が赤く発光し爆発する。周囲にいた盗賊も巻き込み、煙が上がった。



「貴様っ!!」

「ヒグン! ソイツはお前に任せた!!」

「え!? で、でもっ、僕には!!」

「お前の噂は聞いた! 魔獣が出る度に逃げ惑ってたって」

「っ!」



 そ、それは。……マルエルと出会う前の話だ。魔獣は人よりも遥かに大きいし、強い。勝てない事もないという力関係の相手にわざわざ喧嘩を売るなんて馬鹿だろう、だから僕は常に魔獣との戦いは避けていた。



「ソイツは人間だ!! 倒せるだろ、お前なら!!!」

「い、いや、でもコイツ元上級職のっ」「ガチャガチャうるせえええぇっ!! オレをあのカキタレ屋から奪い取った時ァ戦ってくれてただろうが!!! あの時みたいな気合い出せやてめぇえ!!」



 叫びながらマルエルは盗賊の持っていた銃を拾い、弾を装填し盗賊の一人を撃ち抜く。同時に自身の腹も撃たれるがお構い無し、彼女はそのまま落ちていた手斧を拾って特攻していく。


 一人で十何人も相手にする気か? そんなの無茶だ、止めないとっ!!



「はっ、女子供が一人増えた所で何が出来る。全く、子供の蛮勇には驚かされるな、主に呆れという意味でだが」

「……退けよ」

「なんだ? お前、この状態で俺に勝てるとっ」



 血と痰を絡ませた唾を思い切り副頭領の顔に向けて飛ばす。目には当たらなかったが、何かが高速で顔に当たったことに過剰に驚いた男が手で大袈裟に顔を庇う。


 上級冒険者だった事が仇となった。ただの唾を毒物か何かだと勘違いしたのだろう。



「そこをっ、退けえええぇっ!!」

「ぐああぁぁっ!?」



 短剣で思い切り男の胴体を切り上げる。刃は男の腰から斜め上の肩へ切り抜ける。が、浅かった! 皮膚と肉の表面を切っただけで致命傷には至っていない! 反撃の槍撃がこちらの眼球に向けて放たれ、手のひらでそれを受け止めるも吹き飛ばされる。


 激しい音を立てて壁に激突する。凄まじい膂力だ。



「は、はぁ。はは、ははは。そうか、眼球だな。弱点は」

「ぐふっ……はぁ、はぁ。なんの事かな」

「とぼけるな。他の箇所は庇ったりしなかったが、目にだけは明確に攻撃を嫌い手で庇っただろう。筋肉と同じだ、眼球は鍛えられないし、硬化も出来ない」

「……」

「あのガキは俺の手下共が片付ける。お前は俺が片付けてやろう。まずその眼球を二つとも抉り抜き、全身に穴を開けて虫の住処にでもしてやる」

「……はは。やれるもんなら、やってみろ。雑魚」

「よく言った」



 男が槍を引きずりこちらに歩み寄る。間合いに入り、壁に背をつけたまま満身創痍な僕の目線に槍を持ち替え肘を伸ばした。



「その目、二度と閉じないようにしてやる。死ねっ!」



 渾身の一撃が槍を通し僕の肉体に流れてくる。最高速度は音速にも到達しているのかもしれない。目にも止まらぬ速さの槍撃は僕の右目を確実に捉え、穿つ為にその穂先を当てた。


 両手は上がらない。グググと、硬化を打ち破ろうとする力がかかる。

 眼球が、僅かに潰れる。

 水分が眼球からブシュッと破裂するように零れる。潰れたトマトのように僕の眼窩に液体が溜まり、右目の景色が大きく歪む。



「死にやがっ」



 首を大きく右に回す。眼球を僅かに潰していた槍はそのまま後方に滑り、槍撃を放った男はそのままこちらへ前のめりに身を滑らせた。


 寝かせていた腕、短剣を持つ手を水平に構える。相手の力を利用し、こちらの攻撃も乗せる。



「なんのつもっ」「攻撃、反転……っ!!」



 こちらが受けたダメージをそのまま、相手に同じ度合いで伝わるほどの力を腕に乗せるスキル『攻撃反転』と、渾身の力を込めた彼の踏み込みの両方が組み合わさった斬撃が男の胴体に入る。


 男は盗賊職で、防御力はそこまで高くない。だからだろう。『重戦士』である僕にとってはまるで豆腐を切るようにアッサリと、彼の身体は上下で真っ二つに分かたれて上半身は思い切り壁に叩きつけられた。



「はあ、はあ……」



 男は何も言わない。完全に死んだ。マ、マルエルは……!




 *




「死ねやあああっ!」

「お前が死ねっ!!」



 拾った手斧とナイフ、ついでに死体から銃を奪い一人で雑魚盗賊共を相手する。


 オレは一応この世界では退役軍人な訳で、戦闘術の心得はあるし対人戦にはそこそこ自信がある。だが相手は10人以上いるし、全員が遠距離武器持ちだからかやはり劣勢を強いられている。


 殺した盗賊を『死体加工』で継ぎ合わせて壁にして弾丸の雨を防ぐ。クソ、腹に二発と左腕に一発、鎖骨にも一発貰ってるし、さっき運良く骨の上を滑ってくれたが頭にも一発貰ってるから平衡感覚がぐにゃぐにゃだ。


 ついでに言うと、あの盗賊団の頭領がオレにやった薬。アレ毒物だな、全身が燃えるように熱く瞼が重い。爪の間が泡立つような錯覚を覚える位の痛みに襲われていて、耳と顎の境界線なんて今にも千切れ飛びそうだ。



「はぁ、はぁ……くっそ!」



 回復魔法ってのは、ダメージを食らったところに脳死で掛ければ治るなんて代物じゃない。当人にとっては高速思考で怪我の状態と箇所を把握し一つ一つ継ぎ合わせる、それを一瞬で行っている魔法なのだ。他事に思考を割く必要があると、簡単な怪我しか片手間に治せない。


 肉体に埋め込まれた弾丸を抜き、弾痕だけ治す。解毒はそれこそ脳のリソースを割くから後回しだ。



「はぁ、こういう場面だと普通チート能力使って無双する所だろ! なんなんだよもうっ!!!」



 もう使わないからと、残った馬車から回収した爆弾を一つ一つ分解し岩越しに相手に投げる。



「相手は残り8人、全員銃持ち。くそ、近距離戦相手か、一人だけなら手放しに勝ち誇ってたのによ……!!」



 憎々しい、爆弾を投げても届かない距離だ。ヒグンはまだあの槍男とやり合ってるから援軍として呼べない。どうしたものか。



「フルカニャルリ……」



 最も障害になっているのは、オレの翼で抱き上げて延々に魔法を掛け続けているフルカニャルリの存在だ。

 やはり先程の射撃でフルカニャルリはほぼ死にかけていた。脳の八割を延命と再生のリソースに割いているが、芋虫の肉体構造なんて知るわけないしやはりというかなんというか、人間とあまりにもかけ離れているせいで解析にも余計な時間を食っている。


 まだしばらくコイツを離すことは出来ないし、コイツを庇い自分を再生させながら戦闘するのは頭が破裂しそうになるからダメだ。絶対知恵熱で煙出てるもんね今。



「……アッ、ウ、グゥ!」

「おう、起きたかフルカニャルリ」

「今、ドンナ状況……?」

「お前を治療しながら戦闘中」

「! ソ、ソンナ、ボクノ事ハ」

「喋んな、集中が途切れる」



 フルカニャルリを黙らせて考える。あの鉄砲隊、どうやって片を付けようか。



「ちっ、銃なんか使いやがって。中世人の癖に……」

「……アノ銃ヲドウニカスレバイイノメカ?」

「あぁ? あー、まあそうだ。遠距離攻撃はオレの弱点でな……」

「分カッタ。ボクノ魔法ヲ使オウ」

「あ?」

「サッキ言ッタメヨ。ボク、所持シテイル状態ノ武器ヲ無害ナ物ニ変エラレル。……マア、コノ調子ダト今ハ一発シカ使エナサソウダケド」

「……それ、ガチでそういう能力なんだな?」

「ウン?」

「銃を無害な物に変えられるってやつ。信じていいのか」

「信ジ……ボクハ」

「分かった。信じる。その魔法、射程距離は?」

「エッ? ……20メートル以内ナラ」

「捕捉制限とかあるのか。無制限に行けんのか」

「少ナクトモアノ人数ナラ全員魔法ニ巻キ込メル筈」

「よっしゃわかった、早速だが行くぞ」

「待ッテ!」

「んだよ!」

「ナ、何故ボクナンカ信用スル! オ前達ヲ殺ソウトシテタノニ!」

「殺そうとしてたのか! じゃあ後で餅尻にデコピンしてやるよ」

「ソ、ソンナンデ」

「そんなんでも何もお前命掛けてオレに協力してたじゃねえか。結果オレが居なかったら死んでたし。そこまでされたら流石に大親友パスタ作ったお前彼女マジギレ一目惚れって話なんだよ!!」

「……ン? 何言ッテンノ?」

「っしゃあ行くぞオラッ!!!」



 最後の一つになった爆弾を思い切り投げ、オレ達と盗賊共の中間地点に落下させる。爆発が起き、爆煙が上がると同時に岩から飛び出し、走る!



「20メートルだっけ!? まだ効果範囲内じゃないか!?」

「煙デ見エナイケドッ、多分マダ!」

「っ!」



 鍛え上げられた軍人は発砲音を耳で聴いて瞬時に回避行動、防御行動を取る事で致命を避けるという。アレ、実はちょっとだけ出来たりする。200歳超え、長期戦争経験者なのでね!


 敵が放った弾丸、その音から銃口はフルカニャルリに向け放たれているのが分かる。咄嗟に肩を前に出しフルカニャルリを庇う。



「うがっ!?」



 肩を前に出したせいで露出した背中に当たった。つまり狙いはフルカニャルリではなくオレの右肩だった。全然予測位置違うじゃん笑うわ。



「鳥ッ!?」

「鳥って呼び方やめろお前! 距離は!?」

「アトモウ少シ、モウ二歩!」

「ぐーりーこっ!!」



 大股で三歩飛び込む。その瞬間、オレの手の中でフルカニャルリが光った。



三妖精ノ悪戯(エンシェントマジック)鉄ハ薪ニ(サンドリヨン)!!」



 そう叫ぶと同時に光が周囲いっぱいにまで広がり、その光に充てられた盗賊達の銃がポンッと音を立ててビスケットやキャンディーといったお菓子に変わった。



「アレー!? オ菓子ニナッチャッタ!? ヤッター!」

「能天気か!? 何にせよチャンスッ、おらああああっ!!」



 予め空中に投げてフルカニャルリの魔法の"所持している武器"という条件から外しておいた手斧をキャッチし一人の男に飛びかかる。顔面を袈裟斬りにして即死させ、奥にいる男に手斧を投げる。胸に当たった。心臓一撃だ、ラッキー!



「らぁあああっ!!」

「っ、効かねえんだよ!!」



 スティールソードを持ち特攻してきた男の攻撃を二つの翼で押し留める。はっ、意外と鳥の翼は密度が高いんだ、それが人間大ともなってくるとクソ頑丈だろう!!


 手に持つ武器が無いから首を掴んで思い切り頭突きをした。仰け反る相手をそのままもう一度頭突きし、天を仰いだ相手の両目に両親指を突っ込んで眼球を奪ってやった。



「ははっ、ぎゃはははっ!! あと何にっん……っ!?」



 なんだ? 急に足腰の力が抜ける。これは……毒か!?

 アドレナリンのせいで完全に忘れていた、この全身の痛み、軋み! 頭領に盛られた毒が完全に血中に解け、全身に巡ったか……!!



「ッ、マルエルッ!!!」

「あぁ? 芋虫、お前オレの名まっ」



 残った盗賊の人数は三人。その三人は、毒が効いて意識が飛びかけているオレの胸にご丁寧に全員が槍を突き立てた。


 ……あ、これ死んだな。心臓が物の見事に貫かれている感覚がある。奇跡も起きないくらいのクリーンヒット、焼き鳥みたいになっちゃってる。



「ガフッ」

「し、仕留めたぞ、仕留めたぞこの野郎!!!」

「はっはー!!! やっと勝ったぞこの化け物が!!」

「アア、アアァァ嫌ァァァマルエルッ、死ンジャヤダァァアアッ!!」



 いや無理で草。あんまおらんもんな、心臓串焼きにして存命してる奴。そいつ恐らく心臓で稼働してるタイプの生命体では無いもんね、6割くらいの確率でフランケンシュタインだろ。


 てかフルカニャルリのやつ、人の名前覚えてんのかよ。じゃあ鳥って名称で呼ぶのやめろよな、ちょっとひりついてたんだよ。その件で。



「マ、マルエル……?」

「あ……あー、見られちゃった」



 心臓を貫かれている無様なオレの姿をヒグンが見ていた。あーあ、ありゃトラウマになってる顔だ。絶望顔だ。もうちょっと苦戦して来いよお前。



「う、嘘だ、マルエル、嘘だって、言ってくれ」

「ヒ……グン……」

「マルエルッ!」

「ごめ……」



 言い切る前に、口が動かなくなった。目が見えなくなる。オレの体が前のめりにぐったりとして、熱が失われていく。


 死だ。親しき者の死を目にし、ヒグンは叫んでいた。ありゃ、戦闘続行できない叫びだな。フルカニャルリに戦線の離脱を頼みたいが、アレも泣き喚いてるから無理か。


 本当にしょうがない連中だなぁ。

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