35 春の肉祭
一早く馬車を降りたセファリス。迫りくる大猪に向かって剣を抜いた。
「私が仕留めるわ! うなれ魔剣!」
宙を薙ぐと雷の刃が発生。
猪へとまっすぐ飛んでいく。
が、途中でぐぐっと曲がり、少しかすっただけで外れてしまった。
「そんなバカな! なんで!」
「まだ制御できていないということだ。練習するんだな」
コルルカ先輩も大盾を持って荷台から出る。
猪の方はわずかにひるんだものの、すぐに突進を再開。
先輩が構えた大盾に頭からぶつかった。
弾き飛ばされる【蛮駕武猪】。
これに対し、遥かに小さなコルルカ先輩はビクともせず。
物理法則を無視したような、ちょっと信じられない光景だ。ダブル〈プラスシールド〉は相当頑強みたい。
倒れた大猪の上にセファリスが飛び乗る。
「今度こそ私が仕留める! うなれ魔剣ー!」
先ほどとは違う、もう一方の剣を猪の首元に突き刺した。
直後に刃からボワッ! と発火。
「あっつ! あつつ! 魔剣! 消火! 消火ー!」
「自分の火でダメージを受けるのは、やはりまだ制御できていないからだ」
冷静な口調でコルルカ先輩は言った。
確かに未熟ではあるけど、あの雷と火の組み合わせは悪くない。
雷の遠距離攻撃で痺れさせて動きを止め、火で刃周辺を焼いて深手を負わせる。なかなか理に適っているね。
お姉ちゃん、狙ってあの二本を選んだ? 計算というより、直観的に、かな。
さて、早く取り掛からないと、この大きな猪はさばくのに時間が……。
…………、……嘘でしょ。もう一頭来る。
遠くから砂煙を舞い上げ、【蛮駕武猪】がこちらへ。
「またバンガム猪だ! これは奇跡か!」
「すごいラッキーですね! あれも私が」
御者台で立ち上がった私は、そこから〈トレミナボール〉を投げた。
マナ玉は猪の頭に、ゴン! と命中。巨体が大地に崩れる。
「じゃ、私とコルルカ先輩が〈装〉を使ってさばいていくから、お姉ちゃんはお肉を冷却箱に入れていって。さっそく始めるよ」
「どうしちゃったの、トレミナ……。そんなにてきぱきと。いつものおっとりは?」
「いつも通りだよ。おっとりしてるし。さあ、お姉ちゃん、早く」
「全然おっとりじゃないわよ……。ちょっと怒ってない?」
「怒ってないし。早くして」
どうやら私は、早く村に帰りたいあまり、無意識の内に不機嫌になっていたようだ。だけど、それもすぐに解消された。マナを活用した解体が思いの他捗り、一時間ほどで全ての作業を終えることができたので。
おかげで、ゆっくりと神獣の肉を味わう時間も取れたよ。
そういえば、私はマナを習得してから初めて神獣を食べる。
火炎板にフライパンを乗せ、三人で囲んだ。
「最初に切り出した肉だ。ここに神獣の魂が宿っているらしいが」
稀少肉と呼ばれ、この部分を食べることで生命力やマナが高まる。取引価格は後に切った肉のなんと百倍以上だ。
コルルカ先輩は取り出した肉を一度置き、その前で両の掌を合わせた。
何だろ? 見たことのない仕草だ。
いや……、一回だけどこかで見た記憶が。……そうだ、前にリズテレス姫と食事をした時。食べる直前に姫様も同じことをしていた。
「先輩、その仕草ってどういう意味があるんですか?」
「ああ、私も実習の時に教えてもらったんだが、命を敬い、感謝するということだそうだ」
……命に感謝。……私、さっき命を奪ったんだ。
自分勝手な都合で不機嫌になって、そのことをちゃんと分かっていなかったかも。
ごめんなさい、しっかり感謝していただきます。
真似をして私が手を合わせると、セファリスもそれに続いた。
それから、改めて肉を焼き始める。
食べてみると、確かに力が溢れてくるような感覚を覚えた。
「でも、あんまりマナが増えた実感はない、かな?」
「バンガム猪は下級中の下級だからな。日々の〈錬〉の方がよっぽど増えるだろう。だがこの猪はウマい。それだけで価値がある」
言いつつ肉をどんどん焼くコルルカ先輩。
しつこくない油に柔らかな肉質。うん、本当にこれだけで充分価値がある神獣だ。どんどん食べられてしまう。
先輩、もっと焼いてください。
ふと、セファリスが手を止めた。
「日々の〈錬〉の方が効果あるんなら、この稀少肉、売っちゃった方がよかったんじゃない? 確か、バンガム猪一頭の稀少肉の取引価格は、……四百万ノア」
思い出した。皆が【蛮駕武猪】と遭遇して喜ぶのは、何も食べるためだけじゃなかった。稀少肉が大金に化けるからだ。
「先輩、肉はあとどれくらい残ってます?」
「……ない。全て焼いてしまった」
女子三人、食欲に負けて八百万の肉を食らい尽くす。
トレミナはマナが多すぎるため、少し増えても自覚できません。
合掌は、理津のいた孤児院がお寺だったことに起因しています。
清川貴子が子供達に教えていたのは、命を大切にすること、
程度だったため、仏教自体は伝わっていません。
お読みいただき、有難うございます。










