171 狐神戦争 私達の家へ
私の〈トレミナキャノン〉が直撃すると同時に、ジル先生は猛吹雪を解除した。決着がついたのが分かったからだ。
トレミナBさんの制御は完璧。もう九尾の狐は数秒も意識を保てないだろう。
思った通り、ミユヅキさんはすぐに人型になった。
その背後にはいつの間にかレゼイユ団長が。逃げようとする幼女を捕まえると、定位置の小脇に抱えた。
途端に大人しくなるミユヅキさん。人型の状態では噛みつこうが毒を放とうが、団長には通じないと承知しているらしい。
連行されてきた幼女に私は視線を向ける。
「私、これからあなたを見ていますから。行動だけじゃなく、その心のあり様も」
「……うぅ、どんぐりのくせに、神であるわらわをビビらせおって」
何とも嬉しげにアイラさんが彼女の頭をペシペシ叩いた。
「くく、命拾いしたわね」
「うるさいのじゃ! ……わらわの計画は台無しじゃ。コーネルキアの実権を握るために、あの天才と名高い姫になり代わるはずじゃったのに……。あの天才と名高い、ユラーナ姫に」
ん? ユラーナ姫?
説明を求める私の眼差しに、ジル先生はわざとらしく咳払い。
「これまでリズテレス様のなさってきたことは、全てユラーナ様の功績になっています。結局あの方は、裏から物事を動かしつつ、自らも動きたいのですよ」
そうか、いかにもリズテレス姫らしいと思う。辛い部分はなるべく自分が引き受けるつもりなんだ。
ただ……、今後ユラーナ姫が大変なことになりそうではある。
先生の言葉に面食らっていたチカゲさんだが、やがて理解したように笑みを浮かべた。
「先ほど魔導具でお話しになっていたのも、ユラーナ姫ではなくリズテレス姫だったのですね。頭目、これは私共に勝ち目はありませんでしたよ」
「ふん、リズテレスとやらの顔を拝むのが楽しみになったのじゃ」
ミユヅキさんが悪態をつき、これにて狐神戦争は終結となった。
だけど、私にはまだやらなきゃならないことが残っている。
私の妹、モアさんを迎えにいってあげないと。彼女は今、自分が分からなくなってるんだから。
「では、私はモアさんの所に行きます」
「同行させてもらうわ。ああなったのは私のせいだし」
アイラさんがそう言うと、シエナさん達魔女の皆さんは一斉に拳を胸の前に。
「私達はジル様と一緒に戦後処理に当たります。同志メアリアは?」
「私はロイガを通じて、生き残った虎神達と交渉してみます……。レイサリオンの守護神獣になる気はないか、と……。オージェス、いい……?」
「……通常の【慧虎】でも我が国の騎士達より遥かに強いので、仕方ありません。皆は俺が説得します」
親衛隊隊長は渋々に了承した。
コーネルキア騎士のような熟練者ならともかく、普通は人間と神獣じゃ機動力の差が大きい。あの【慧虎】が十頭もいれば、巡察任務はずいぶん楽になるだろう。
あ、そうだ。
「先生、散り散りに逃げている【霊狐】達とも交渉してみては?」
「ナイスアイデアです、トレミナさん。〈認識擬装〉が使える【霊狐】種は一頭でも多いに越したことはありません。あなた、おっとりが発動していない時は本当に頭が回りますね」
おっとりをマイナス技能のように言わないでください。
いや、まさかあれは私の精神的負荷をやわらげるための……、どうでもいいか。
「でしたら、そちらは私共が適任です。お任せください」
チカゲさん達、影月忍者部隊がザザッと駆け出した。
と思いきや、子忍者が二人残ってる。
「ミカゲはトレミナ様のお供をします!」
「リカゲも!」
すると、部隊からチカゲさんだけ慌てた様子で戻ってきた。
「娘達の初任務なので私も同行させていただきます!」
……別に構いませんけど。
こうして、私の影達とその過保護者、アイラさん、私の五人でモアさんの元へ向かうことに。
モアさんの所在はマナ感知で把握できている。近付くにつれ、力尽きた【霊狐】や【慧虎】の姿を多く目にするようになってきた。
森に漂う死の空気に、いつの間にかミカゲさんとリカゲさんは父親に寄り添って並走。
何だかんだ言っても、二人共お父さんを頼りにしてるんだ。今回は保護者同伴で正解だったかな。
やがて木々の開けた広場に出た。
命を散らした沢山の神獣達が横たわっている。
その中央には、一頭の兎神。
目を見開いたまま、ただ宙の一点を凝視していた。
……モアさん、戦いに飲まれすぎちゃったんだね。
「トレミナ様、これ以上は危険です。あれは、殺意そのものに他なりません」
チカゲさんがサッと手を出し、注意を促した。
そう、ここから一歩でも近付こうものなら、モアさんはきっとすぐに襲いかかってくる。
アイラさんが大きめのため息を。
「もう力づくじゃないと無理ね。私がやるわ」
「いえ、ここは私に任せてもらえませんか? お願いします」
私がそう言うと、狐の姉妹が引き止めるように抱きついてきた。
「ダ! ダメです! トレミナ様! 私達にも分かります!」
「分かりますとも! あの兎は殺意の塊です!」
「違いますよ。彼女は、私の家族です」
二人の肩に柔らかく触れて落ち着かせる。
モアさんを元に戻す、いい方策があるわけじゃない。あえて私の家族だと口に出したのは、自分なら大丈夫だと信じたいだけなのかもしれなかった。
アイラさんが今度は呆れ気味のため息。「ちゃんとマナは纏ってね」と。
下位種だからと侮れないのは私も承知してる。〈闘〉を維持しつつ、それでも、マナに敵意だけは込めないことにした。
歩みを進めようとしたその時、内側から声が。トレミナGさんだ。
『モアさんは〈トレミナゲイン〉を使っていますわ。私の力でマスターを彼女の心までご案内できるかもしれませんこと』
なんと、そんなルートがあるんですか。
ぜひ案内してください。
『ただし、私がお連れできるのはおそらく扉の前まで。モアさんが開けてくれるかどうかは……』
分かってます。行きましょう。
妹を取り戻すべく、私は一歩前に踏み出した。
[モア]
……暗い。暗くてよく見えない。
けど、分かる。周りは敵ばかりだ。
殺さないと。
もっと殺さないと。
また誰か来た。敵だ。
きっと敵だ。殺さないと。
……………………。
敵だ。殺さないと。殺さないと!
…………ち……が…………。
敵は殺さないと! 殺さないと! 殺さないと!
……ちが……あの、人は…………。
敵は殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと!
……ちがい、……ます!
あの人は! 私のお姉ちゃんです!
――――――――。
気付けば、目の前にはトレミナ様がいました。
あろうことか私は勢いよく彼女に飛びかかろうと。
とととと! 止まれませんっ!
とととと! とりあえず人型にーっ!
七歳児の姿になった私は、ポフッとトレミナ様の胸へ。
顔を上げると、そこには懐かしい穏やかな笑顔がありました。前に見てからそんなに経ってないはずなのに、とても懐かしい……。
「トレミナ様……、私、もっと戦わないとって……」
「もういいんですよ。モアさん、頑張りましたね」
その声を聞いた瞬間、涙が溢れてきました。
涙と一緒に、解き放たれたように色々な感情も。
私、怖くって! でもやらないとって! 逃げちゃいけないって! 本当はすごくトレミナ様に会いたくって!
「うぅ! うぅ! うわ――――ん!」
温かな手が私の髪をそっと。
「モアさん、ううん、モア。
戦いは終わったよ。私達の家へ帰ろう」
狐神戦争、終結です。
次回から新展開になります。
トレミナパーティーの後半はもう少しお待ちを。
日曜か月曜くらいには出せると思います。
今後の展開なんかも少し書く予定です。
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トレミナ達も登場するカオスなブログ(になりました)を連載中です。
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