79.漆黒の瞳をただ丸くしたまま顔を見上げている。起き上がる、妙な後ろめたさと、ざわめき
平静さを保った声色ではあるが、残夏の熱気をまとったままの風が吹きつける草原で聞き取るにはギリギリのか細さでもあった。
「助けていただいて、ありがとうございます」
恐怖に駆られた身体とともに、その声はいまだ震えていた。
「邪炎を2体とも倒したので心配することはないよ。それより、なぜこんな危険な時間に村はずれにいるんだい? それも、一人で」
怖がらせないよう、できるだけ優しい口調になるように気を使いながら言ったつもりだった。しかし、少女はきゅっと口を結び、その表情は今にも泣き出しそうな雲行きとなった。
「それは……きょう村に来られるという魔道士さまが夕方になっても来られないので……心配になって、ここまで来てしまったのです」
えっ? ええっ? 彼女の身を邪炎の危険にさらした原因が、まさか俺にあったとは。もう少し早く村に着いていれば、こんな怖い目に遭わないですんだであろうに。けれど、それを言うなら村の近くに転移させなかった、あのカミサマのせいともいえるのだけれど。
「ええと……それは、すまないことをした」
少女に向き直って、俺は三角に尖がった帽子を取り素直に頭を下げた。
「アシスは、女の子には素直なんだな」
「ほっといてくれ。俺は自分に素直で正直なだけなんだ!」
甲高い声でからかうロッドをつかみ、背中の定位置の鞘に差し込んだ。
「おいアシス。これじゃ、その女の子が見えないじゃないか。前を向かせてくれよ! おい!」
「アシス……アシスさま?」
少女の瞳が急速に光を取り戻した。
真っ直ぐで真っ黒な、どこまでも透き通った瞳を向けられ、胸の内がざわりと音をたてた。
「もしかして、魔道士のアシスさまなのですか?」
少女は、漆黒の瞳をただ丸くしたまま、こちらの顔を見上げている。ヤマシサなど一切ないはずなのに、胸の奥底に起き上がる妙な後ろめたさとざわめきを軽い深呼吸で収める。
「ああ、私がアシスだ。遅くなってすまない。本当はもう少し早く着くはずだったんだ。怖い目をさせてすまなかった」
「いえ……助けていただいたのは私の方です。お礼を言わせてください」
ありがとうございます、と両手を膝に添え、丁寧に、深々と頭を垂れた。その仕草は流れるようでいて、可愛らしさとともに凛とした気品を漂わせていた。
「かわいい声だね」
「えっ?」
俺とは違う甲高い声が響く。少女が驚いてこちらを見ている。
「ロッド、変なことを言うなよ! まったくお前は……」
俺が背中を少女に向けると、一本の杖が優しい光を放っていた。
どことなく、彼女の髪の色と似ているような……恐らく気のせいだろうが。
「こいつはロッド。俺の相棒だ。理由はともかくとして、世界でただ一本の人間の言葉を話す杖だ」
「はじめまして。ロッドさん」
得体の知れない「話す杖」に臆することなく、無邪気な笑顔で話しかける少女。その姿を見ていると、邪炎に襲われても立ち上がれた気丈さも納得できそうな気がしてくる。
「私はミーア。この村の長の娘です」
「ミーア、こちらこそよろしくな!」
「おいおい、なんでロッドが最初にあいさつされてるんだよ!」
「話の流れだから仕方ないだろ!」
「あっ、ごめんなさい。アシス様、はじめまして。ミーアといいます。よろしくお願いいたします」
ペコリと青髪とともに素早く頭が下げられた。
「ミーア。村長の娘さんだったのか。こちらこそ、よろしくお願いするよ」
これが、ミーアとの出会いだった。
このペースで書いていたら年単位になりそう……でも何とか進めます。
パン大好き




