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ー幕間ー 父


 ☆


 休日のガウスとの散歩。

 イナリも一緒にいつもの公園に行き、のんびりとベンチでコンビニで購入したサンドイッチを食べて、だらだらと過ごす。


「平和じゃ」

「平和だね」

『ガウー』


 そんな光景を隣に座っていた見知らぬおばあちゃんが見て、ほほ笑んでいた。


「あんたたち、ワンちゃんも含めて仲良しね」

「はは、そうなんです」


 ちょっと照れつつもこの平和な日常にすっかり慣れていた。

 忘れていたころに、嫌な出来事というのは訪れるものだ。


 ☆


 公園から帰る途中、近くのスーパーで買い物を終えて自宅へ向かっていると、向かいの人影を見た瞬間、大きな胸騒ぎがした。


『がう?』

「どうしたガウスよ。何か恐怖を見つけたか?」

『ガウ……ガウガウ』

「む? ご主人の手を舐めているが、どうした?」

「イナリ、ごめん、ちょっと腕を掴んで僕を部屋まで誘導してくれ」

「うむ……わかった」


 そう言ってイナリは僕の手を掴んで歩いてくれた。ちょっと気を使って腕と言ったんだけど、イナリは構わず手を掴んでくれたことに少しほっとした。同時に心強かった。


「ひっく……んー?」


 酔っ払い男の横を通り過ぎようとしたら、こっちをじっと見てきた。


「お前、もしかして幸太か?」


「人違いです。イナリ、ガウス、行くよ」


「うむ」

『ガウ!』


 イナリが強く引っ張ってくれた。もしかしたら僕はとても足が震えているのかもしれない。

 しかし男は僕に声を掛けた。


「いや待て、その声は幸太だ。忘れてねえよな。俺はお前の……」


『ガウッ!!!!』


 ガウスが大きく吠えた。


「ひっ……けっ、ちゃんと躾けやがれ。酔って見間違えたか。あいつが犬なんて飼わねえよな」


 そう言って酔っ払い男は諦めて、徐々に僕から離れていった。


 ☆


 家に到着し、僕はしばらく椅子に座った状態だった。その間、ガウスが僕の恐怖を少しずつ食べてくれていたみたいで、だんだん調子が良くなってきた。


「ご主人よ。冷蔵庫に全部入れたぞ。褒めて欲しいのじゃ」

「うん、本当にありがとう」

「そこまで素直だと少し怖いのう……先ほどの男はご主人の父じゃな?」


 イナリはすでに察したらしい。男も言いかけていた所もあるし、僕も相当怯えていたしね。


「うん。あの人は僕の実の父。いつも酒に酔って、母に暴力を振っていた最悪な男だよ」

「ふむ、じゃが以前話を聞いたときは、学生時代に住んでいた家で、今は一人で過ごしているのじゃろう?」

「それは僕の予想。母が実家に帰って、父のその後は聞いていないからね。あとガウス、もう大丈夫。手が凄くベトベトになっちゃった」

『ガウ!』


 ひたすら僕の手を舐めてくれていた。普通なら嬉しいことなんだけど、ガウスの場合は『恐怖を喰らう』行為でもあり、これをやり過ぎると恐怖の感情が無くなるらしい。


「ふむ、ご主人の母の沙知の記憶から五郎のことは知っていたが、なかなか悪魔的存在じゃな。沙知がお主を守り切ったからこそ、植え付けられたトラウマじゃな」


 父の暴力は全て母に向かった。僕に対しては一度も殴られた記憶はない。殴られそうになったこともあるけど、都度母が守ってくれた。僕は母に感謝している。一方で母はその環境にしてしまったことを今でも後悔している。


「せっかくの休日に悪魔的人物と会うとは運が無いのう。どれ、今日は外食にするかのう」

「外食?」

「うむ。とっておきの食堂を見つけたから、今から予約するぞ」


 ☆


「ワタチの家がいつから食堂になったのでしょうか?」


 呆れながらフライパンを何度も回し、大きな鍋には沢山の具を入れて、凄い手さばきで魚をさばいていた店主さんがキッチンに立っていた。


「すみません、急に訪ねてしまって」

「まあ部下が困っているなら何とかするのが上司ですからね。あ、クアン様はしっかり食費をいただきます」

「おい待て悪魔店主。今日はなかなか高級食材を使ってるように見えるのだが、現実を逃避するために今日は柴崎青年と同じ扱いにしないか?」

「ではワタチに読めなかった悪魔の書物の解読を一冊お願いします」

「ぐうぬおおおお……しかし、背に腹は……わかった……」


 え、クアン先生って書物とか好きなイメージがあるんだけど、苦手な書物とかもあるの?


「悪魔の書物こそクアン先生が知らない知識とか多い気がするんですが、違うんですか?」

「物によるのさ。歴史を綴った書物や現象を綴った書物は大好物だ。一方で、とある悪魔の他愛もない日常がつづられたものは、知識のひとかけらも無い。今日の食事はバナナだった……という内容が暗号化されていた時は書物を暖炉に投げたものさ」

「あのクアン様が三日かけて解読した書物でしたね。五百ページにもかけて書かれた暗号を解いた瞬間、顔が完熟トマトでしたよ」


 そのクアン先生も見てみたい。というか、五百ページもあってたったのその文章ってどういうこと?


 理由を聞いてみると、どうやらその本を作った悪魔はギミックや手品が好きな悪魔だったようだ。それで、かなりの長文の暗号が書かれた書物を残し、解いた人はどんな顔をするか見たかったのだろう。まあ、そこがきっと悪魔らしい所なんだろうね。


「悪魔はどこかネジが外れています。その多くは相手を悲しませたり恐怖に陥れることで喜びます。命を喰らうのも恐怖の表情を生み出す単純な方法ですからね」

「恐怖で喜ばす……まるで僕の父みたいですね」

「どういう意味だね柴崎青年」


 僕は昔の出来事を店主さんとクアン先生に話した。

 店主さんは一応少し知っていたけど、改めて話していると店主さんは料理の手を止めて僕の話を聞きにリビングに来た。

 心配そうに隣で見てくれるイナリに、時々ほほ笑み、窓の外から見えるガウスにも時々尻尾を振ってくれた。

 話し終わるとクアン先生は「ふむ」と一言だけ言い、そして話し始めた。


「クーの得意分野は既存の現象や事実を照らし合わせて回答を出すことだ。故に心理的な部分は解決できない。こうして話してくれたのはクーの事を信頼していると解釈し、嬉しく思うが、解決できないことには心苦しく思う」

「クアン先生に解決して欲しいなんて思っていませんよ。これは僕の問題なので」

「そうか。だが、もしも金品を借りて来たり、暴力を振ってくるとなれば、すぐにでも悪魔店主に言うがよい」

「店主さんに?」


 そこはクアン先生では無いのか。まあ、実際クアン先生はお客さん兼色々相談してくれる優しい悪魔という感じで、社会的な関係を持っているのは店主さんだ。


「ワタチと柴崎様は雇用の契約をしていますが、一応悪魔的な契約をしています。いつも身に着けている『邪神の刻印入りネックレス』は社員証兼ワタチとの契約の証にもなっています」

「そうなんですか?」


 不運を呼ぶ『邪神の刻印入りネックレス』。これを付けたまま神社に入ることはできないとか、色々な制約はあるものの、そこまで不運に遭遇したことは無く、ただの社員証だと思ってた。デザインはあまりよくないけどね。


「この悪魔店主は心配性なのだよ。雇った以上は本人から言わない限りは責任を持つ。普段の悪魔契約とは異なり『普通の悪魔契約』をしているのさ」

「えっと、普通のとは?」

「そこは気にしなくて良いのですよ。それに、普通の悪魔契約はワタチの名前が必要になります。あくまでも廉価版の契約です」


 そう言っている間に立派な鍋が机に並べられた。すいとん汁って言うのかな。もちもちしたものがいくつも入ってて、肉もたくさん入っていた。

 それと焼き魚やお浸しとか、次々と出てきて、何というか……。


「おい悪魔店主よ。ワシのご主人が感極まって目から塩分を出したぞ」

「ちが……泣いてないやい!」

「ふふ。トラウマを流すのは涙でもあります。今日は醤油を使ったしょっぱめな料理なので、泣きながらでも味は変わりませんよ」

「クーも普段から研究で血と汗の涙を流しているから、ここでたっぷりと補給をするか」

「あ、クアン様は参加費三万円お願いします」

「ちょっと待て悪魔店主。さすがにそれは悪魔的料金ではないか!?」


 そんな突っ込みに思わず笑い、楽しく美味しい料理を食べ、いつの間にか不安は消えていった。

 僕は本当に店主さんたちと出会えて良かったと思った。


 ★


「ひっく。ふへー、おーれはえらいんだー」


 男がふらふらと歩きながら、時々壁にぶつかりつつ、路地裏に入っていった。

 進んでいくとボロボロの小屋があり、男は今日の寝床として勝手に入ろうとした。その時だった。


「おや、こんな時間に入るなんて、泥棒さんですか?」

「ああ?」


 少女の声が聞こえ、男は振り返った。


「けっ、ガキかよ。とっとと失せろよ」

「そう言われましても、ここはワタチのお店なんです。おや……貴方はもしや」


 少女は男の顔を見て、どことなく誰かに似ていると思い、知っている人の親だと思った。


「なるほど。確かに『悪魔のような』人ですね。ふふ、運命というのはとても面白いです」

「殴られてえのか? ああ?」


 男はふらふらと少女に近づき、右手に持っていた酒瓶で少女に殴りかかった。が、それは当たらず、少女は小屋の入口に立てていた箒を取り出して、それで男の顔を殴った。?


「いっ……お前、何しやがる!」

「正当防衛です。むしろ他人なら貴方はすでに死んでいるんです。死んで、このようになっていました」

「このよう……ひっ!」


 小屋の裏から犬が『何か』を咥えて歩いてきた。赤い液体を地面に擦り付けながら引きずってきて、まるで見せつけるかのように男の前に置いた。


「最近窃盗の泥棒が多いんです。ようやく捕まえることができたので、これからこの人を……いえ、人だったモノを模型にするつもりなんです。良かったら見ていきますか?」

「た……たすけてくれええええ!」


 男は何度も転びながらその場を去った。


 それと同時に、紫色の髪の少女がすれ違うように小屋に来た。


「おや、貴女がここへ来るとは珍しいですね」

「珍しくはないです。それに、死の臭いがしたので、来るのは当然です」

「それはこれですね。残念ながらワタチが見つけた頃にはすでに手遅れな状態でした。神としてはワタチに使われるよりも、ちゃんと埋葬してあげたいですか?」


 水色髪の少女が訪ねると、紫髪の少女は首を横に振った。


「その人間さんは先ほどの人間さんと同様に、多くの罪を背負っていますです。先ほど久しぶりに『ヒルメ様』とお話をして、何名か手順を踏まずに冥界に魂を通してほしいと言われたです」


 そう言って紫髪の少女は一枚の紙を渡した。


「これは……ふむ、でしたら一足遅かったですね。先ほど逃げた男性もこのリストの中の一人でした」

「おや、それは惜しいことをしたです。この街が変に荒らされる前に何とかしたかったのですけどね」

「チャンスはいくらでもありますよ。それよりもこの遺体を早々に処理しないと、朝が来てしまいます」

「朝が来ると不都合があるです?」

「はい。従業員が驚いてしまいます。せっかくの信頼を壊すわけにはいきませんからね」


 やがて、遺体は骨だけとなり、青白く光る炎が出てきた瞬間、鉄の籠を取り出して捕まえ、しまうべき場所にしまった。

 全ての作業が終わるころには朝になり、見覚えのある青年と少女がやってきた。


「おはようございます。店主さん。あれ、疫病神さん?」

「はい、おはようございます」

「おはようです。ちょっと用事があって来ました」


 世の中には様々なご家庭があります。柴崎君の父は妻に暴力でしか威厳を見せれなかったとか、本人にしかわからない感情はあるでしょうけど、それは世間一般的に正しいとは言えないですね。そう言う意味や、様々な観点から「悪魔的」な人ということになり、一番の悪魔は人なのではと、買いていて思うことはありますね。

 さて、後半では描画こそしていませんが、人『だったもの』が出てきました。いくら避けても避けられないのが人の死体や、死という概念ですね。

 いつもはほんわかな物語ですが、その裏ではちゃんと「やる事をやってる」店主さんを出したかったなーという思いから、少しだけ今回は出してみましたー。

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