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52話 選手交代となる(サリュークレ視点)

「思えばおかしいとは思っていました。これだけ歴史の中で、長い月日が経っているのに文化が発展していない」

「ほう」

「私達の服装は最初の鍵の時代から考えると逆行しています。なのに化粧という文化は生きている」


 エクラは日々化粧をしていた。

 服の文化の度合いを考えると、化粧という文化はまだ先の話になるはずだ。


「なにより、拳銃という文化がなくなっている」


 エクラは水鉄砲を作ったとシュリから聞いた。

 元々この世界に鉄砲と言う概念がなかったものになる。

 鉄砲という言葉すら失わせるというのは、明らかに人の作意があってこそだ。


「それが何を意味するか分かっているんだろう?」

「……争いをなくす為ですね」


 化学という部分に注視さえすれば、化粧という文化は害がない。だからこそ生き残ったといっていいだろう。


「誓約の一つさ。奴らは自分達のいた世界にあった技術を、国ごとに一つだけ取り入れた。けれど争いの火種になるものは、悉く排除されている」

「拳銃もその一つ」

「我々の存在もそのまた一つさ」


 戦争を起こさないという姿勢は良い事なのかもしれない。

 けれどその危険因子を排除するのは許されるのか。危険因子が人の命であったとしても。


「私達の命は排除されるべきものだと」

「奴らからすれば、私達は人ではなかったということさ」


 鍵の少女もそういう目に遭ってきた。

 長い歴史の中、命を狙われる、またはそれに準じた扱いを受けてきた者達は沢山いる。

 その記憶と意識が、確かに私の中にあるから。


「王族達からすれば、私も鍵の少女も人ではないという事ですね」

「私達の存在は皆、精霊だよ」

「魔も」

「そうさ」


 魔とは精霊の成れの果てだと伝えられている。

 それは正解であって正解ではない。


「魔は、私達精霊と聖女達・人が混じり合って出来たものですね」

「そうさ」


 元々精霊は目には見えなかった。

 それが形を持ち始めたのは、先住していたこの世界でいう人と混じり合った結果だ。

 鍵の少女は水の精霊だった。

 その性質が強かったが故に、私が水の精霊として存在しているところもある。


「だからと言って、それが我々の命を奪う理由にはならないはずでは」

「争いの大義には関係ないだろうね」


 元々の存在の性質が精霊よりだから、人として認められない。

 だからこの世界から排除する事が成り立つというのか。

 そんな理不尽な目に遭い続けたからこそ、ギフトと鍵が生み出された。

 やられたらやり返すなんて、それはまさに争いそのものなのに。


「この復讐劇で幕がおりるのでしょうか」

「さあね。あちらの世界で、また起きるかもしれないね」

「私とエクラには個としての意識があります。私達がこの復讐を拒否すると思わなかったのですか」


 かつてのギフトと鍵のように。

 二人は知らず知らず無意識にこの選択を避けた。

 本来は、先祖達の総意識で復讐が決められる。私達は個の意識を失って。


「この未来が来ると分かっていたからね」

「私がエクラの意志を無視してやり遂げると」

「ラウラの認識が誓約を超えた時点で、魔法の在り方が変わったからね」

「どういうことですか」


 ギフトは王族の血が混じり合ったが為に、誓約から外れて役割を得た。

 しかし鍵は違う。

 この世界の純粋な血統に生まれた。

 なのに、誓約から外れて役割を得たのはなぜか。

 大聖女はそれを認識だという。


「王族にとって脅威である魔法が、王族を守るものと認識されれば、誓約から外れる現実がやってくる」


 ギフトとは違う。

 鍵の少女は自ら誓約を破り、自ら鍵の要件を満たした。


「それは個として存在することも現実にする」


 鍵の少女が無意識であれ、彼の為に逆行した時点で現実は変わった。

 いや、認識を変えたから、その現実がやってきたのか。


「ああ、あの男が愛の力と言っていたのは、あながち嘘ではなかったね」


 一人納得して、一人笑う。

 あの男とは、鍵の少女と結ばれた王族の者か。


「あの王は、鍵の少女を指して、それを幸せだと言っていました」

「それが答えであることを、お前は理解しているのだろう?」

「……」


 肩をすくめ、眉を八の字にして困ったように笑う。

 どちらかと言えば、呆れるという表現の方が正しいか。


「エクラ・ヴェリテもお前も、オルネッラとラウラと同じ条件を満たしている」

「……言わなくとも」

「いや、言葉にしよう。お前達は個として成り立っている。それはつまり、かつてのギフトと鍵が選んだ道を手に出来るということだ」

「いいえ……私はもう決めましたので」


 そうだ。

 いくらそれが、愛という感情が影響して個を得たとしても、そこから復讐をしないと選択できたとしても、私はこの道を選ぶだろう。

 この世界の不穏因子をなくす。そして彼女の望む世界に少しでも近づく為に。


「頑固者め」

「なんとでも」

「無理にギフトの役割を負うなら、魔法が跳ね返るぞ」

「知っていますよ」

「いや、違うな。犠牲を少なくするのは、エクラ・ヴェリテの為か」

「ええ、私はやると決めたのです」


 ふん、と鼻を鳴らして私の横をすり抜ける。

 大きな扉の前で止まり、見返りながらまた笑った。


「まあいい。どちらに転ぼうとも、これでやっと私にも終わりの時間が来たのだからね」


 嬉しそうに話す言葉は、今から死ぬ気の者の台詞。

 エクラが許さなそうな言葉。

 重い扉を軽々しく開く。


「選手交代だ」


 開いた扉の向こうに、会いたくない者が立っていた。

 長く話しすぎたか。


「大聖女、プリマヴェーラ」

「なんだ、エクラ・ヴェリテ」

「貴方はどこに向かうんですか」

「私には約束がある」


 何故かエクラではなく私を見て、満足そうに笑みを深くした。


「私を待つ男がいる。そこへ行かないとね」


 大聖女と入れ替わり、会うつもりもない、けれど会いたいと強く願う女性(ひと)が入ってくる。


「エクラ」

「じゃ、ラスボスさん」

「はい?」

「始めようか」


 見慣れた精霊の刀を私にむけて構える。


「ラストバトルってやつだよ」

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。


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