45話 女子トーク(仮)
「サリュ」
「いかがされました?」
「んー、ちょっといい?」
「構いませんが」
シュリの誘いに柔らかく応えるサリュ。いいなあ塩対応じゃないの羨ましい。
そんな和やかな雰囲気の中、シュリはいきなりぶっこんできた。
「この前、魔に飲まれた時にさ、見えたとかなんとか言ってたのって何?」
僅かに開き、瞬かせて動揺を見せるサリュ。
「それは……話せません」
震えていた瞳がしっかり根を張って動かなくなった。意志を固めたサリュは強い。
なのにシュリは意にも返さず、むしろ挑戦的にサリュを見据えた。
「ふーん」
「申し訳ありません」
少しの間をとって、互いに視線をそのままシュリが静かに呟いた。
「天使様?」
「え……」
「王女殿下?」
「それは、」
「って、エクラの御先祖様は言ってたよね。そう呼ばれるのは嫌でしょ?」
サリュはサリュだもんね、とシュリが笑う。
まさかと言って浅く息を吐いたサリュが、一度静かに瞼を閉じた。
「私が見えたものを分かって」
「うん。そっちの御先祖様の記憶でしょ」
それでもシュリの前では溜息を吐かない。そこは気遣いなのか、優しさなのか。
「シュリエ、とうに思い出していますね」
「まーそーだね」
「貴方がエクラを姉だと言った時点で気づくべきでした」
諦めや疲れといったものを滲ませてた。
あの頑固者があっさり認めている。
それとも知られていた所で痛くもないということ?
「私達、精霊にも記憶がある」
「御先祖様のね」
聖女は御先祖様の記憶が見える。そして精霊もまた同じ。
ああ、そこに到達したの。
「シュリエはギフトの妹ですね」
「あったりー」
ほとんどが記憶を思い出す事なんてないと思うけどね、とシュリが軽い調子で続けた。
「俺の御先祖様がエクラの御先祖様好きすぎでさー。エクラの精霊になったとこで全部思い出したし」
「そんなに早く」
「余程、思い入れがあったんだろーね。トレゾールのこともわかってるんでしょ?」
「ええ、貴方方の飼い犬だった」
トレゾールという名は違う国の言葉でテゾーロと言う。
それにあの見た目、そのまま御先祖様の飼い犬だ。
まさかそこまで飼い犬に好かれる飼い主もいないだろうな。
これぞ、御先祖様の人徳。
というか、そうまでして傍にいるトレゾールは犬にしては随分規格外とも言える。
「正直、俺とトレゾールって例外だと思うよ? 精霊で記憶持ちなんていないし」
「そうですね」
それはサリュとも違う。
というか、私とサリュが例外中の例外。ただしありえる現実ではあるのだけど。
「しかし、私が記憶を有していて、貴方はそこから何を知りたいのです」
「サリュが無事かの確認かな」
「無事?」
怪我はしていません、と応えたらシュリが盛大に笑った。
それに眉を少し顰めるサリュ。
「うけるわー」
「何を」
「エクラが心配してたよ」
「え……」
魔に飲まれた事、その後の見えたという台詞。
一番の懸念は瘴気に塗れるかどうかだったけど、今はそれどころじゃない。
サリュが完全に鍵の記憶を思い出して、その役割を知り得てしまったら、あの真面目は何をしでかすか分からない。
ギフトの記憶と役割を知ったところで、どうしたと思えた私と違って。
「エクラが」
「そ。ねー、サリュ。一度エクラと話しなよ」
彼が鍵で私がギフトでも別段問題はない。
サリュはサリュで、私は私、シュリだってシュリなのだから。
なのに嫌な予感だけはびしびしきている。
「それは」
「エクラがギフトで、サリュが鍵なのはもう変える事が出来ないでしょ」
「ええ」
「なら、サリュがどうしたいかをエクラに伝えないと」
うっわ、シュリが煽った。というか促した。
それやめてよ。
大聖女じゃなくても、なんて言おうとするか分かってしまう。
「そう、ですね。私がしたい事を」
「そーそー」
サリュの瞳の揺るがなさが、とっくに決めていることを示していた。
ずっと考えていたことに答えが出たと眉を寄せて笑う。
そんな苦しいだけの笑顔をして何を決めたというわけ。
「ま、頑張んなよ」
「はい」
「エクラもさー、なんだかんだ見て見ぬ振りしてるとこあるから、丁度いいと思うんだよね」
失礼な。事実だけど。
「シュリエは随分とあの娘と違うのですね」
「だって俺は俺でしょ? 記憶引き継いでるけど、中身も見た目も別。俺はあの子じゃないし」
わざとかけ離れたキャラにしてるとこはあるけどね、とシュリが明るく言った。
「わざと?」
「ん。簡単だよ、俺はエクラに俺を見てほしかったから、切り離した。それだけ」
「成程……格好いいですね」
「でしょ?」
と、二人笑い合う。
そうして、サリュが完全に去って、背を向けたままシュリが軽い口調で投げかけてきた。
「で? エクラ覗き見?」
ぎくっ。
ばれていたとは。
「出てきなよ。サリュいないし」
「げえ」
観念してゆっくり角から出た。
シュリは困ったように笑っていた。
「本当タイミング凄いよね」
「最初から?」
「うん、気づいてた」
シュリは本当勘がいいな。
完全に気配消していたのに。僅かに残っていたものだって消したのに。
「さすがだね」
「まーね。俺だし」
「そっか」
「後はそっちで頑張ってよ」
何があってもエクラの味方してあげるからと笑う。
いけないわ、この子本当小さい頃から出来る子すぎる。
「惚れてまうやろ」
「どうぞー」
くしくも、決戦日は晩酌日になったということか。
「ねえ、エクラ」
「なに」
「どーして俺らに御先祖様の記憶ってあるんだと思う?」
考えた事もなかった。
確かに記憶持ちは歴史上、ここ最近の話になる。
「御先祖様の優しさ」
「ん?」
「沢山の御先祖様が俺達にくれた贈り物ってやつだよ」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




