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41話 隙だらけなのはどちらだ(サリュークレ視点)

「どう? 楽しい?」

「貴方という人は……」


 一瞬で濡れていた身を元に戻した。

 すると、眼の前で非難の声があがる。


「ええー!? 何してるの?!」


 今日は濡れる日なのにと訴える。いつそんな日になった。

 彼女を見下ろすと、全身濡れている。

 髪の毛から雫が落ちて、肌を撫でて水が流れる。

 張り付いた服が透けているのを見て眉間に皺が寄ってしまった。


「まったく」

「え?」


 一瞬にして彼女の纏う水を消失させた。

 風呂場での事が頭をよぎってしまい、それだけはまずいと懸命に振り払う。

 この時この場で思い出すことではない。

 本当エクラは自分を試しているのではと思ってしまう、わざとやっているのでは。


「あ! ちょっと!」


 当然抗議の声があがるわけだが、そんなもの無視だ。

 隙がありすぎる。

 周囲が喜んでいるのだから、この水まきはあっていいものだろうと思うが、さすがにもう少し配慮の上で行ってほしい。

 そんなこと言ってもエクラは理解しなさそうだが。


「もう少し節度と緊張を持っ、」


 最後まで言えなかった。

 メゾンがホースをこちらに向けたからだ。


「おっぷ」

「!」

「可愛い事してるねえ」

「!」


 その台詞が自分に向けられたものだと分かる。

 口だけの動きで、焼きもち、とメゾンが言った。

 別に、私は、そんなこと。

 そもそも誰に対して焼きもちを焼くと言うのか。

 これはそもそもエクラの気のゆるみが許せないだけなのであって、決して周囲に嫉妬なんて。

 戸惑う私に対して、すぐにエクラが意気揚々とメゾンに水をかけにでた。


「メゾンめ! 返り討ちだ!」


 見れば、いつのまにか全員何かしら水を飛ばせるものを持っていた。

 彼女が屋根からおりてきたのは水をかけあう合図ということか。


「なるほど、この場で濡れる気がないとは挑戦的だな」

「オール! 私は濡れる気! その気がないのはサリュだってば」

「はは、近くにいるのが悪かったな」

「容赦ないよ、フルール!」


 私に向けられている水は確かに私に当たるが、いくらかエクラ狙いになっている。

 反応が面白いのだろう。そんな彼女はきちんと応戦している。

 夢中になりすぎて、ずるりと足を滑らせた。

 後ろから両手で両肩を支えてやるが、軽くお礼を言われるだけで、水かけに夢中だ。

 隙だらけなのはどちらだ、まったく。


「サリュ! ちょっと水出して! オールに当てて!」

「お断りします」

「なんでよおおお!」


 百人力じゃんとこちらを見上げて言う。

 この程度と比べ物にならない水を出せるのは確かだが、それは無粋な気がする。

 かといって、エクラの手助けをするのも何故だか無性に嫌だった。

 手伝えば、彼女は喜んで、あの一瞬の笑顔をもう一度向けられるのだろうなと思うと、頭の奥が焼き切れそうになる。

 それは避けたい。


「ああ? なんだ、やる気ねえとか言うんじゃねえだろうな?」


 気配に気づけなかったせいで、頭からまとまった水を浴びる。

 水を浴びたのは自分だけだ。


「ルル!」


 気づいた彼女と共に振り向くとリュミエールが空のバケツを持って笑った。

 バケツの水をかけてくるなんて、また古典的な。


「最後くらいはやる気だしてけ」

「いえ、私は」

「なんだ、お前。面倒だな、濡れろ!」

「え?」


 肩に手をかけられ庭の中心に連れられる。存外強い力というのもあり、逃げられない。

 挙げ句、周囲に皆が集まる。退路が消えた。


「ラストおおお!」

「は?」


 目の前のエクラが両手をあげる。

 瞬間、今までで最大の水が降ってきた。

 周囲の楽しそうな様子から、消すことなんて出来ず、水を被ることを受け入れた。


「ふー、いいわあ」


 どうやらこれで終わりらしい。

 嵐のような一時だった。


「はは、いいもんだろ?」


 肩に腕を回していたリュミエールが手を離して解放する。


「……そうですね」


 観念するとはこういう事だろう。

 目の前で笑うエクラに苦笑するしかなかった。

 何も意識せずに、自分を掴んで離れ難くするのだから、タチが悪い。


「じゃ、お風呂いこっかー」


 前と同じ流れなのだろうか、慣れた様子でぞろぞろ屋敷の中に戻っていく。

 しかもご丁寧に風呂へ続く回廊にタオルが敷いてあった。用意がいい。


「エクラ」

「なに?」


 呼び止めれば、素直に足を止める。

 周囲と風呂に入りたいという気持ちもあるだろう、水を消失させるのは憚られた。

 けれど、濡れたままの姿を晒したまま放っておくのは気持ちの面で納得がいかなかった。


「ん?」


 こちらも濡れてはいるが、上着をかけた。

 そのまま彼女の横をすり抜けて、風呂場へ向かう。

 折角だ、自分も皆に習うとしよう。


「サリュ?」

「せめて隠すべきです」

「はい?」


 よくわからないという顔をして、水音を立てながら後をついてくる。

 自覚してほしいところではあるが、決して言うものか。そこの意地は通した。

 先程、掴まれたものが沁みて心音がやたら高くなっている。

 フラッシュバックするまばゆさに瞳を閉じて深く息をついた。

 これは気のせいだと言い聞かせて。

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。


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