40話 水かけ(サリュークレ視点)
少し暑くなってきたかという頃合いだった。
メゾンと食糧について確認していた時、何をどう細工したのか、屋敷内にエクラの声が響いた。
「あーあー、テステス。うん、よし」
「うん?」
「おや」
早々にやることを終わらせていたので、てっきり遊びに出ているかと思いきや、聖女の力をやや誤った方向に使って何かしでかしてきたのが既に分かる。
相変わらずだ。
想像出来ない事をするのだろうが、もう少し真面目な事をしてもいいと思う。
いや、見てもいないのに決めつけるのはよくないか。
しかし見立ては大方当たっているはずだ。
溜息が漏れる。
私は何故この娘が好きなのだろう、不思議なものだな。
「よおし、権利権ギリギリのことするよー!」
「またおかしな事を……」
「あはは、去年もやったね。行こう」
「え?」
庭に出ようとメゾンに言われ、連れだって向かう。
エクラは喋り続ける。
「暑いの! 好きですかあ? うぇーい!」
庭は皆が集まって、嬉しそうに騒いでいる。
近くにいたシュリに促され庭に出れば、太陽が痛いくらい強かった。
季節柄か土地柄か、この時期の日中はだいぶ気温があがる。
「涼しくなりたいですかー? うぇーい!」
フーやフォンセが楽しそうに返事をしている。
視線を辿って、屋根の上のエクラをみとめた。
「水! かけられたいですかあ? うぇーい!」
自分できいて、自分で返事をしている様は何なのだろうかとは思ったが、そもそもこれも彼女からすれば通常運行なので、何も言わなくていい事だろう。
周囲の様子から考えるに止めない方がいいものでもある。
「やるよー!」
パンという音と共に屋根の上から、大量の水が放たれた。
綺麗な弧を描き、庭にいる私達の元に届くように降ってくる、大量の水。
何かしでかすと思ってはいたが、予想出来なかった事に水を消失させるという選択肢を持てなかった。
「!」
目の前が見えなくなるぐらいの水量をかぶる。
水が過ぎる頃に見上げれば、次の水を被った。
息継ぎの間もないぐらいの水量。
そこに追い打ちをかけるかのように、何かを使って水を飛ばしてくる。
屋根の上からだとそこまで痛みはないが、近くでやられたら怪我はしないがそこそこ痛そうな水圧。
「あ、あれ水鉄砲っていうやつね。ホースっていうのも使うよ」
「鉄砲?」
「そ」
同じく水を被って笑いながらシュリエが教えてくれる。
わざわざこの時の為にエクラ自ら作ったらしい。
どうしてまたそういう方向に情熱があるのか。
そもそもこの大量の水を用意して放つ時点で、相当の労力を要するだろう。
水の精霊の力を借りずに水を用意するというのは重労働だ。
「これをエクラ一人で?」
「いや、ルルが補助してる」
屋根の上でしゃがんでいるようなので見えないが、リュミエールが手伝っているらしい。
一通りの説明を受けた後は、ただ水に濡れるだけに時間が費やされ、散々に濡れる。
それでも周囲は楽しそうに笑っていた。
「まだまだ!」
「!」
エクラが屋根から飛び降りてきた。
相変わらず無茶をする。
聖女の力で強化しているからと言うのだけど、それでも人の身体である以上は自重してほしい。
「うぇーい!」
片方、抱えた物は水鉄砲といったか、もう片方はホースという物だろう。
そこから出る水をかけながら走り回っている。
楽しそうに叫び走る姿を見ていると、たまに屋根の上から水が降ってくる。
やれやれ、まだやるのか。
するとシュリエがエクラと同じ水鉄砲を持っていた。いつ出した。
「サリュもやる?」
「え?」
「ただやられてるだけもなんでしょ?」
「いえ」
「そー?」
と首を傾げて、颯爽と輪の中に入っていく。
近くにいたメゾンもメゾンで何故かホースを持って水を撒いている。
笑顔の割に容赦ない撒き方ではあるが、何も言及しないことにした。
たまに降ってくる大量の水を浴びながら、しとやかさとは程遠い叫びをあげながら走り回るエクラを見やる。
全身から楽しいが溢れ出ている。
彼女のこういうところは羨ましく思う。
「!」
ふと、両手の装備で周囲を濡らしながら、彼女がこちらに気づいた。
びしょ濡れの中、こちらを見留め、次に破顔。
「サリュ!」
「っ……」
どっと、何かが急激にせりあがった。
心底楽しそうに、どこか嬉しそうにして笑うなんて。
せりあがる何かが頭を通り抜けて、くらくらした。
いけない、人目がある。抑えないと。
ここ最近は同じような感覚がくる度に、つい彼女に触れてしまっている。
そんなことの為にここにいることを決めたわけではないのに、最近の自分は制御がきかないものだから困ったものだ。
「!」
「隙だらけですねえ」
にやつきながら、大きくごつい水鉄砲を私に向け水を当ててくる。
その様子に少し腹が立った。
人の気も知らないで。
「主……」
「水も滴る良い男、おめでとう」
また訳の分からない事を。
それでもエクラは楽しそうに笑いながら、水を至近距離でかけてきた。
やはり水圧と勢いから、この近距離では多少痛みがあるな。
「……」
「どう? 楽しい?」
「貴方という人は……」
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