39話 別にっ手繋ぎたいんじゃないんだからね!
「逃げないように、です」
斜め後ろから見るサリュの耳が赤い。
なるほど、さらなるデレがここで舞い降りたか。
逃げないよとだけ伝えれば、握る手に少し力が入った。
「サリュ」
「黙って」
ツンデレの王道じゃないの。
台詞をいかすなら、にっ逃げないようによ、手繋ぎたいわけじゃないんだからっ、かな。
うん、実にいい。尊い、癒される。
「サリュ」
「はい」
「別にっ手繋ぎたいんじゃないんだからね! って言ってみて?」
「……は?」
あ、だめだわー。
さっきまでのデレ期を見たらいけると思ったけど、周辺一帯がブリザードになるレベルでだめだった。
諦めます、御先祖様。私の鍛え方が足りませんでした。
「えっと、これ乾かそう?」
「ああ、そうでした」
失念してました、と、一瞬で乾かしてくれた。
乾かすというよりは、水そのものを消失させたが正しいんだろうけど。
こういうとこは水の精霊ぽいよね。
ひとまずさっきの言葉はなかったことにできたので、そのまま手繋いで歩き続ける。
なんだ。なんだかんだ手繋いだままじゃないの。
手を繋いだまま下山とは可愛いことをしてるなと思う。
「今日は休憩を少し増やしましょうか」
「いいね」
そういえば、フーちゃんやフォンちゃんはとっても甘え上手。
ヴァンやフルールだって見た目の通り、子供らしく甘えてくることだってあるし、それこそ、見た目私より年上組のオールとルルとメゾンは、それなりの方法で甘えてきていた。シュリなんて甘え極めてるし、甘えさせてもくれるスーパーマンだし。
この目の前の精霊だけだ。甘えにきたことがない。
魔が出てもこの優秀な側付が全部手配してくれるし、なんなら彼一人で殲滅して帰ってくる。
この東の果てに移ってから妙にサリュのやる気があがってて、何かにつけても今までの倍でやってる感がある。
甘えるということから、一番離れたところにいる。
「今度そういう時間を作るか」
「いかがしました?」
何かそういう時間と場所と理由作らないとこのツンデレは頷かなさそうだから、そこを囲っておこう。
「エクラ」
「うん」
サリュが最近は調子がよくないのかと遠慮がちにきいてきた。
あ、もしかして仕事の進捗よくないのを体調悪いで変換したというの。
「ううん、元気だよ」
「左様で」
「でなきゃ山走れないでしょ」
身体はすこぶる健康。よきかな。
「まあ敷いて言うなら、最近夢見は悪いかな」
「夢?」
睡眠不足というより、睡眠の質の悪さで仕事捗らない感じ。
貴方もですか、と小さくサリュが囁いた。
「布団が合わないのかな?」
「いえ、あれはあれで快適ですが」
「そうなんだよねえ、すぐ眠れるあたりがねえ」
それか、この土地に何かあるのか。
いやまあ言うなれば、夢見の悪さは向こうにいた時から少しずつ予兆はあったのだけど。
いややめよう、この話してもだしな。
睡眠の質は後日考えることにして、さっき閃いた話を進めよう。
「ねえ」
「はい」
「とっくに魔討伐十回達成してるよね?」
「ああ、そうですね」
私ルールで討伐十回で初ご褒美がある。
ちなみにそこから、五十、百で設定。ご褒美のスタンプラリーですぞ。
後でスタンプ帳をあげるよと話しても特段無反応だった。興味がないらしい。
みんな喜んでたんだけどなあ。
ちなみにメゾンは別でお家のことこなしたらスタンプつくようにしてる。
「何かほしいものないの?」
「いいえ」
一緒にお買い物はなさそう。
買い出しはたまに一緒に行ってるけど、確かに私物買う姿もなければ、何か気になって見てる感じもなかったな。
「側付お休みして一日何もしないとか」
「生憎、側付の仕事は気に入っていますので」
真面目め。
そんなに仕事が好きか。
「えー、やりたいことないの?」
「特段ありません」
「無欲すぎる……聖人なの」
「精霊です」
違う、そうじゃない。
そこはウィットにとんだ言葉で返してほしかった。
真面目には言葉が通じないぞ、つまらん。
「じゃあ今度お酒飲もうか」
「酒、ですか」
「そうそう。晩酌セカンド、縁側で月でも眺めながら」
「……」
これは前にやったから大丈夫でしょ。
それに晩酌なら時間と場所的にも甘えやすいんじゃないの。
いける、ストレスフリーになるため甘え訓練だ。
「サリュ?」
「……ああ、そうですね」
「晩酌じゃないのにする?」
「いえ、そちらで構いません」
「オッケー」
よし、上等な酒を集めよう。
お酒に想いを馳せていると、あっという間に山を下りて畑に出た。
そこで、繋いでいた手が離れた。
「……」
「なんだ、離しちゃうんだ」
サリュを見上げるけど、目を合わせてくれることはなかった。
特段反応もないけど、少しだけ目元が赤くなったので、照れ隠しに一人にんまりした。
デレはここにありますよ、御先祖様。
「行きましょう」
「うん」
そして帰宅後、散々にしごかれ、積み重ねた仕事を全部はけさせられた。
休憩は言った通り多めだったけど、やっぱり短時間でがっとやると疲れるよね。
そう言うと側付の真面目さんは、日々少しずつこなせばこういうことにはなりませんとぴしゃっと返してきた。
通常運行塩対応は相変わらずだったオチというベーシックな締め方をしたとここに記しておく。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




