37話 恐怖の追いかけっこ
ことの発端は私が仕事をさぼりがちだったところからだ。
急襲からいくばかり、仕事のピークも超えて少し緩んでいたといえば、その通りだった。
徐々に仕事をためて、まあそろそろスパートかけていかないとねえと思っていた頃。
「あ」
戸を半分くらい開けていたから、庭先が見えたのだけど、フーちゃんとフォンちゃんが楽しそうに遊んでいるじゃないの。
うわあ可愛いですねえ、ガチ癒し。
こういうのを見ると、自分一人部屋にこもって何してんだろって思えてくる。
「いいなあ」
確かにやる事あるよね、分かってる。
ヴァンの時もシュリの時もためてるの指摘されてたのは分かってた。
今になって今日の側付の癪に触って、やりきらないといけない流れになったのも充分分かってる。
でも、こんなにも可愛い姿を見たら、もう私我慢できないよね。
ということで、勢いよく戸を開けて、縁側に乗り出して二人を呼んだ。
「私も遊ぶ!」
「え?」
当然、驚いた様子でこちらを見る二人。
遅れてフルールやらオールやらも合流してくる。
成程、面子半分ぐらい集まってやるなら、追いかけっことかかな? いいね!
事情をフーちゃんが説明している横で、フォンちゃんが可愛いらしく小首を傾げて問うてきた。
「えきゅ、おしごと?」
「いい! サボる!」
「ほう」
「!」
一際低い声音が静かに通る。
「さぼると」
「ひっ!」
「ご説明頂きましょうか」
最悪のタイミングだった。
固まって動けないところを、ギギギという効果音と共に声のした方に顔を向けると、真っ黒なオーラを纏ったいい笑顔の側付が今日のお届け物を抱えて立っていた。
「おやおや。私には今、仕事をしないという意味の言葉が聞こえましたが?」
「す、少しだけ……ね?」
「ここ数日分溜めに溜めたものが多々ある事を御理解頂いてますね?」
「……」
「……」
瘴気ではない、でもそれよりもタチの悪い黒いオーラがさらに度合いを増した。
真面目は怖い。ガチで恐怖やん。
けど、私は今日やる気が全くしない。こんな時にしたって効率悪いよね? ね?
「む、」
「……」
「無理!」
縁側ダッシュを決め込んだら、あっちも笑顔のまま追いかけてきた。
お届け物はきちんと部屋の中に置いてまでして。律儀か。
「お戻り下さい!」
「見逃がして! やる気出ない!」
ここまでくると、さすがに笑顔は消えていた。
その代わり形相が鬼だ、鬼。般若か?
いやどっちにしたっておっかない。
これは説教コースまっしぐらだ。
なんとか振り切って、クールダウンしたところを戻るのがいい。
よし、逃げよう。
「あ、一周した」
「速えな」
屋敷を一周して、庭に出た。
そのまま外壁に近い所にある巨大な松の木に飛びかかり、一度足蹴にしてそのまま外壁上へ着地。
三角飛びってやつかな?
「アイアムジャパニーズニンジャ!」
「また訳の分からない事を!」
そのまま畑に走る。
駄目だ、ジャンプ一つであっさり外壁飛び越えて追いかけてきた。
なんなの、そんなにおかんむりなの。
「あれ、エクラ?」
「シュリ!」
畑仕事をしていたルルとシュリが驚きの様子でこちらを見た。
勿論、私を追うサリュもばっちり。
「もー、また何かしたの?」
「し、してない! たぶん!」
何も仕掛けていない!
ただし言動はよくなかったとは思うけど!
「シュリ、サリュどうにかして!」
「えー?」
そして結界内、畑傍の山へ走り入った。
遠く、シュリがサリュにどーしたのーと呑気に訊いている声だけ聞こえた。
のに。
「げえ」
「どこまで逃げる気です」
シュリもルルもどうにかしてくれなかった。
距離そのまま追いかけてくる。
これはもう走る登山をこなしながら逃げるしかない。
走る登山というと、アスリートも甚だしいよね、なんて。
「ひいいい、大変申し訳ございませんんん」
「謝罪するぐらいなら止まりなさい」
そして屋敷に戻りなさい、とサリュが叫ぶ。
いやいやいや、おかんむり状態で捕縛されるのは危険でしょ。
もう少しクールダウンしてください、せめて通常運行塩対応ぐらいまでは。
「無理!」
「主!」
精霊相手によくここまで逃げてると自分でも感心する。
けど日頃の訓練でこの山を使っているのもあるのか、サリュに有利に働いている。
何気なくショートカットしてるようで距離を詰められた。
ぐぐっと詰められ、終いには私の手をとってくる。
「と見せかけて!」
「くっ」
仕掛けても倒れない。
最近柔術きかなくなってきた。
体勢を崩しても、そのまま堪えてしまう。
手合わせの勝率的に由々しき自体ではあるけど、逃げるという選択においては絶妙な隙だ。
「少ししたら戻るから!」
「待ちなさい!」
今日はやけに諦めない。
結界内にも限りがあるから、どうにかこの山の中で逃げ切りたかったのに。
「後でちゃんと仕事するから!」
相変わらず、待てだのなんだの叫ぶサリュを少し後ろを向きながら確認する。
般若の顔は終わって、今は少しだけ焦っているようだった。困っているというべき?
「いけません!」
「ん?」
突然視界が開けた。
一時的に森の中を抜けたらしい。
妙にすかすかする足元を見ると、足元に地面がなかった。
「う、そ」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




